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夜ばなし

「こんばんは、サヨナキドリちゃん。室内から月は見えないけど、美しい夜ね。」


缶コーヒーを手に、桜庭は何気なく私の前に現れた。この既視感のある光景に、私はため息をつくしかなかった。


あの研究室に誤って入って以来、夜の探検は私とリコシェの日課になっていた。


リコシェの解錠能力に頼りながら、魔法省群青支部の各通路を駆け巡った。でも、冒険の最後にはいつも桜庭が現れて、笑顔で行動を阻止する。


今、私は桜庭と壁にもたれていた。缶コーヒーを飲みながら、桜庭が話しかけてくる。


「さて、今日は何を話そうか?リコシェが私たちのスタッフに捕まる前に、少しの間があるわ。」


「...君はこの状況を楽しんでるみたいね。」


「そうでもないよ。私にとっても、あなたたちの逃亡を何度も繰り返すのは少し頭痛の種よ。普段の仕事もあるし、夜になるとあなたたちとかくれんぼをしないといけないから、睡眠時間も削られるわ。不満がないと言ったら嘘になるわね。」


「それは申し訳ない。」


「大丈夫、大丈夫。元気一杯っていいことよ。若い子たちといると、私も元気をもらえる。まあ、おかげで少し話す時間が増えたわね。さて、今日はどんな話をしようか?」


「前にも言ったけど、君と話すことなんてない。さっさとQの居場所を教えて。」


「あなたがあの妖精を確保した後、本気で逃亡を始めるつもりだからダメよ。どうせなら、この3ヶ月の研修期間をしっかり過ごして。その妖精はあなたにこれらのことをきちんと説明せず、半ば強引に魔法少女にしたんでしょう?」


「……」


「当たり?だから妖精は面倒なのよ。」


「私の契約妖精は、ちょっとおっちょこちょいなだけだと思う。」


「そうかもしれないわね。奴らが単におっちょこちょいだったり、純粋な善意で動いているかもしれない。でも、魔法少女になった子たちにとっては、それが危険をもたらすこともあるわ。私のアドバイスは、妖精をあまり信用しないこと。奴らにとって契約者は、栄光と利益を求める道具に過ぎないから。」


「……」


「私の言うことに不満そうね。」


「いや、アドバイスとして受け取っておく。でも、契約妖精との関係を変えるつもりはない。」


「そう。とにかく、妖精と何かあったら私たちも助けることができるのよ。」


「結構。見た目はこんなだけど、もう大人だ。自分で何とかする。」


「大人、か。」


桜庭は少し間をおいて、コーヒーを一口飲む。


「サヨナキドリちゃんにとって、大人とは何?」


「変な質問ね。大人って大人よ。自分の行動に責任を持てる人が大人。」


「じゃあ、私たちの考え方は少し違うわ。私にとって、世界に疑問や不満を抱きながらも、それでも闘い、妥協して生きている人が大人。」


「はぁ。」


「かつての夢を諦めて、生活のために好きでもない仕事に就いている。また、初恋を抱えつつも、それでもなお新しい愛を求めて彷徨っている。失ったことで孤独を感じながらも、その孤独を背負って前に進む。」


櫻庭は微笑みながら、手に持ったコーヒー缶を軽く揺らした。


「心に欠けた部分がありながらも、たくさんのことに妥協し、些細な勇気で人生の小さな絶望に立ち向かうのが大人だね。」


「……」


桜庭は私に向かって手を広げ、半笑いような表情を見せた。


「小さな絶望の積み重ねが人を大人にする。サヨナキドリちゃんにとての絶望は、なに?」


「さあ、どうでしょう。私は絶望しない主義しゅぎだ。」


「あら、残念。ちょっと共通の話題があるかと思ってたのに。」


櫻庭が手を伸ばして優しく私の頭を撫でた。


「それはいいことだよ。絶望の積みがないなら、サヨナキドリちゃんまだ子供のままでいられるね。」


「よせ。言っておくが、私の年齢は君より上なんだよ。」


「ふふ。それは失礼いたしました。」


私が櫻庭の手を払いのけると、彼女は余裕の態度で肩をすくめた。


「ああ、話がそれたわ。私言いたいことは、明日はあなたとの正式な面談の予定だね。数日後には、先輩の魔法少女との見学がある。」


「先輩?」


「そう。先輩の魔法少女と。あなたにとっては良い経験になるでしょう。」


「はぁ。その先輩は誰?」


「秘密。楽しみにしていて。その時はよろしくね。」


桜庭は私に微笑みかけ、空になった缶コーヒーを正確にゴミ箱に投げ入れた。

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