冒険
「ふむ。」
桜庭からもらった本を読みながら、私は考えにふけっていた。
桜庭の言う通り、この教材には新人魔法少女への注意点が記されている。特に権利義務の部分の説明が非常に詳しく、この国が魔法少女を守る法律がしっかりしていることがわかる。
しかし、私が関心を持っている怪人に関する知識は相対的に少ない。ただ、魔法省は怪人に対して即座に殲滅する姿勢を確認した。おそらく、この世界、あるいはこの国は怪人研究に対して何らかの歴史的な原因があり、避けているのだろう。
本の中で気になる点は、怪人の突然変異について簡単に触れられていたことだ。
人口密集地域では怪人が多く出現する傾向があり、刺激されると怪人は強化される可能性があると書かれていた。なるほど、以前の雪野が怪人を速やかに排除することにこだわっていた理由がわかった。
秩序を維持する者としては、リスクは少ない方がいいのだろう。しかし、私のように怪人の生体素材を使って装備を作ったり、怪人の原因を研究したい者にとっては、このようなやり方は障害になる。
やはり、魔法省のやり方と私は合わない。心の中でそれを確認し、本を閉じて、部屋の小窓に目を向けた。
外はもう真っ暗で、時間は深夜。しかし、この世界に来てから夜通し怪人と戦っているおかげで、私の生活リズムは夜型になっている。
慣用の武器は没収されたが、収納スキルを持つ私にとっては、工具を取り出してドアを開けるのは何の問題もない。
私は部屋を出た。
魔法省のやり方が自分に合わないと確認した以上、彼らのルールに従って3ヶ月待って試験を受ける必要はない。今の急務はQを見つけて、彼女を魔法省から連れ出すことだ。そう考えながら、私は宿泊エリアを離れ、メインホールに向かった。
そこで、こそこそ動く人を確認した。
「リコシェ。」
私が名前を呼ぶと、紫の髪の少女が肩を震わせた。彼女が振り返ると、ホッとした表情を見せた。
「何だ、あんたか。驚かせるじゃないか。」
リコシェは頭を振りながら、何かをいじり続けた。少女の肩越しに見ると、デジタルロックだった。
「…何をしている?」
「見ればわかるでしょ。このドアを開けるつもりよ。」
「どうして?」
「出口を見つけるため。それに、取り上げられた物を取り戻すためにね。」
「はあ。」
「3ヶ月待って、あんな試験を受けるなんてバカバカしい。あのババアの口出しもう耐えられないわ。」
リコシェはデジタルロックのキーパッドを力強く押していた。
「ここから出たいというのは同じ意見。でも、それはデジタルロック。暗証番号がわからなければどうやって開けるの?」
「まあ、見ていて。こんなもの、適当に当てれば開くわよ。」
「そんなに簡単に開くとは思えないけど…」
カチャリ。
私の言葉がまだ途中だったが、デジタルロックの画面が緑色になり、ドアが開いた。
「ほら、簡単でしょ?」
「嘘。」
リコシェはドアの中に入り、私の方を振り返った。
「一緒に来る?戦友のよしみで、あたしの後ろをついてくるのは無料よ。」
「…ああ。」
ためらうことなく、私はドアの中に入った。リコシェは微笑みながら大股に歩き始めた。途中で何度も鍵がかかったドアに遭遇したが、リコシェは同じ方法で簡単にそれらを開けた。
「君がそんな鍵開けのスキルを持っているなんて思わなかった。何かコツはある?」
「コツなんてない。普通の鍵や生体認証が必要なら無理だけど。ただのデジタルロックなら、当てずっぽうでも通る可能性がある。」
「…まさか、ずっと当てずっぽうで開けてきたの?」
「言ったでしょ?あたしの直感と運はいい。」
カチャリ。また一つのデジタルロックが解除されたドアが開いた。少し納得いかない気持ちを抱えながら、私はリコシェの後に続いてドアの中に入った。
「研究室か。ここもダメだったか。」
リコシェは失望して肩を落とした。
「次の部屋に行こう。ここは没収された物があるようには見えない。」
「君は近くで続けて探して。私はこの部屋に少し興味があるの。」
「あまり時間をかけないでね。」
リコシェが去る足音を聞きながら、私はこの部屋を慎重に調べ始めた。
ここは暗くて、シルバーグレーが主な色の研究室。壁に埋め込まれたLEDライトが青と白の光を放ち、金属表面と反射し合っている。
周辺の配管に沿って、研究室の奥へと進んだ。医療機器が次第に目に入り、点滅する機器の光の中で、心電図や脳波などが画面に表示された。
私は部屋の中心で足を止めた。
目の前にあるのは巨大で、直立した培養槽。交差する配管が底に集まっている。中には青緑色のな液体で満たされている。微光を放つその液体は、まるで自分の命を持っているかのよう。
しかし、私が驚いたのは、ここでこんなSF的な装置を見たことではない。培養槽の中身に驚いたのだ。
培養槽の中で浮かんでいるのは、半裸の少女。小柄な体、波のような金髪、人形のような顔。少女の胸には、鋭利なもので切られたような傷痕があった。培養液の中でその傷はかすかに金色に輝いていた。
思わず、その少女の名前が私の口からこぼれた。
「ブレイズエッジ、剣崎紅...っ。なぜここに?」
培養槽の中の少女は私の呼びかけに反応しなかった。まるで眠っているかのように目を閉じ、夢の中にいるかのようだった。悪夢に苦しんでいるのかもしれない。少女の美しい顔に、眉がわずかに曲がっていた。
私は培養槽に手を伸ばした。
「ここを見つけるとは、意外だったわね。」
培養槽のガラスに指が触れそうになったその時、少ししわがれた女性の声が私を止めた。
「桜庭…先生。」
振り返ると、長身の女性が実験用コートを着てドアに立っていた。警戒することなく、桜庭は散歩するように私の横に歩いて来た。彼女は頭を上げ、培養槽の中のブレイズエッジを見つめた。しばらく観察した後、周囲の機器のデータをチェックし、満足げな表情で頷いた。
「今日も安定しているわね。状態は良好。」
「…これは何?」
「あなたたちはどうやってここに入ったの?ここに来る前に、いくつかのセキュリティがあるはずだけど。」
「……」
「お黙りか。仕方ない。まだ私たちの間にはその程度の信頼は築けていないわね。後で監視カメラのデータを調べないと。」
「それより、何故ブレイズエッジがここにいる?」
「…そうね、もう見られた。どうせ公開の秘密だし、彼女自身もあまり気にしていないみたい。」
桜庭は深くため息をついた。
「これは医療カプセルよ。」
「医療カプセル?」
「ええ。魔法省の魔法少女やスタッフの力を合わせて作った医療カプセル。あなたもこれを使ったことがあるわ。」
「?」
「記憶がないのも仕方ないわ。その時、あなたの意識ははっきりしていなかったから。一般的な検査では傷はそれほど深刻ではなかったけれど、念のために、短時間だけど治療を施したの。効果は良かったでしょ?今は元気に魔法省のこんな深いところまで入り込んでるんだから。」
「…この医療カプセルに、ブレイズエッジがこんなに長い間いるってことは、彼女が大怪我をしているってこと?」
「ええ。正解。」
「どういうこと?ブレイズエッジはA級の魔法少女。私も彼女と戦ったことがあるけど、その実力は確かなもの。彼女を傷つけるのは…」
「彼女と同等かそれ以上の魔法少女か怪人だけね。」
桜庭が私の言葉を受け続けた。
「五年前のブラックホール事件。最終的には勝利したけれど、あのような力強い相手との戦いでは、やはり後遺症が残るのよ。A級で、四重固有能力者と言われるブレイズエッジでも、このような結果を避けられなかった。これが魔法少女の現実よ。」
私が沈黙すると、桜庭は苦笑いを浮かべ、再びブレイズエッジに目を向けた。
「私とこの子は、もう長い間知り合い。」
桜庭はつぶやくように言い、頭を少し下げ、培養槽のガラスをなでるように触れた。それはまるで懺悔しているようだった。
「この子はもともと体が弱かったの。私の記憶では、いつも車椅子や病床にいたわ。でも、そんな彼女も妖精に選ばれて魔法少女になった。戦闘で受けた傷も、こうして治療が必要になることも多い。」
桜庭は拳を握りしめた。
「魔法少女になってからの能力で、この子自身の病気は抑えられているけれど、それでも新しい戦場と危険が彼女を追い込んでいる。本当に皮肉ね。あの妖精たち、本当にろくでなし。」
「…」
「だから、私は女の子を戦闘に投げ込むあの連中が、どうしても好きになれないのよ。」
「…そうか。」
「そうよ。ああ、ごめんなさいね、つい多くを話してしまったわ。」
桜庭は私に微笑みを向けた。
「あなたの仲間、リコシェは雪ちゃんに捕まったわ。できれば、今夜はこれで終わりにして。どうせ今は逃げる気分じゃないでしょ。」
「……ああ。今日はこれで終わりにする。私も少し疲れている。」
「それがいいわ。それじゃ、おやすみ、サヨナキドリちゃん。」
桜庭は振り返り、ドアに向かって歩き始めた。彼女の背中を見つめながら、私は思わず彼女を呼び止めた。
「ねえ。桜庭先生も以前は魔法少女だったんですよね。」
「…ええ。どうかしたの?」
「さっき、妖精を嫌っているって言ってましたけど、どうして妖精と契約を結んで魔法少女になることを選んだんですか?その理由は何?」
「言うまでもないわ。」
彼女の顔には悲しみと自負が混ざった微笑みが浮かんでいた。
「魔法少女になった妹分を守るためよ。」




