家庭科室の決闘(7)
あたしは車のフロントガラスに投影されている時計にちらりと目をやった。予定時間通り。自分の視界内に置いた時計にも意識を向ける。予定時間通り。ファエバ! わかってる。わかってるんだよ、こんなことしても意味ないって。だが時計を見ることくらいしかできねえのも事実でなあ。
実際、あたしの隣で車のハンドルを握ってるジジも、さっきからちらり、ちらりと時計に視線を向けては、シフトレバーを操作するたびに軽く右手を胸元に添えている。こいつなりに、相当緊張してるんだろう。
「安心しろ、ジジ。万事予定通りだ。つうか数分なら遅れても構わねえんだから、安全運転で頼むぜ」
「わかってます。そういう隊長こそ落ち着いてください。さっきから視線が泳いでますよ」
ぐぬぬ。
あたしは気分転換もかねて、家庭科室バトルアリーナで目下絶賛開催中の「カミンスカvsゴールドバーグ料理決闘」の生中継を車内モニタに投影させた。当たり前だがそこにあたしはおらず、ハカセが一人で淡々と作業を進めている。
「おーっと、ここでゴールドバーグ選手、冷凍庫から何か板のようなものを取り出しました! 解説のエメラルド様、あれはなんでしょうか?」
「冷凍のパイ生地ですわね。本来ならば自分でパイ生地も作られる方ですが、今回は時間制限が厳しいですから、さすがに既製品をお使いになるようです」
「なるほど、パイ生地を冷凍させてあったのですね! これは得意のアップルパイを作る、ということなのでしょうか!?」
「ゴールドバーグ・アップルパイと言えば、この学園の生徒で知らぬ者などいない逸品……ですが今回は少し、違うようですわよ?」
「なんと!? エメラルド様はここからいかなる美味が生まれると予測されますか!?」
「いくつか予想はございますが……実際の完成を待つほうが、より楽しめるというものかと」
「確かに! おっと、ここで鐘が鳴りました! 残り時間30分です!!」
ファロファロ! エメラルドからは「派手なショウにします」と聞いてはいたが、ここまでとは聞いてねえぞ! ジジ、こりゃあマジで遅刻厳禁だな。
「遅刻厳禁なのは重々承知してます。
早く着きすぎても駄目だというのが面倒くさいですね」
そりゃあな。料理実技の場であたしにできることなんて、ほとんど何もない。「パトリツィア様は何もしてないんじゃない?」みたいな正しい疑いを抱かれないためには、早く到着しすぎても駄目だ。
そのとき、車に搭載した通信機が鳴った。
「こちらシンディ。異常ありませんか、オーヴァ」
「こちらパトリツィア。万事順調だ。あといちいちオーヴァをつけるな。いつの時代だ」
「一度やってみたかったんです!
ハカセさんからは『余力があるからデザートも作れそうっす』と連絡が入ってます!」
「ハカセに任せる、と伝えてくれ」
「了解です!」
シンディからの通信を切ったあたしは、再び画面に意識を戻す。中継はハカセの手元を映していた。あいつ、ナイフ一本で、人参を花みたいな形に整形してやがる。実況も解説も大盛りあがりだ。
いやしかしハカセは料理が上手いとは思ってたが、万全というか過剰なくらいの補給下で料理を作らせると、なんかすっげえイキイキしてんな。あいつ、戦場より厨房のほうが向いてるのかもな。さすがにこんなこと、面と向かっては言えねえが。
「言ってあげてもいいと思いますよ」
「いや、それはねえよ。強化決戦兵士に向かって『お前は戦場向けじゃない』なんて、あたしがそんなこと言われたら、言ったヤツの歯が全部折れるまで殴るぜ?」
「ハカセは私に、自分は戦場向きじゃないと漏らしたことがあります。ここだけの秘密にしてくれ、とも言ってましたが」
「マジで!?」
いや……それもあり得るかもしれない。ハカセに限らず、親衛司祭は演技のプロでもある。その場を盛り上げたり、熱くなりすぎた空気を冷ましたりするのも、親衛司祭の仕事のひとつだから。
事実、あたしはあの軽薄で浮気性なハカセが本当は陰キャだってことにすら、気づいてなかった。画面の中でガチ集中して人参を刻んでるいまのあいつこそが、本当のハカセなのかもしれない。
に、しても。
ふむ。
これまた、実に意外だな。あたしは特にその手の話に興味がなかったってのもあるが。
「まったく、世の中は驚きの塊だな。
まさか〈盾騎士〉のなかの〈盾騎士〉、規律の権化にして盾より身持ちが固いと言われてたジジことアグニア・グロンルンド様が、所属部隊の親衛司祭と寝てたとはね。『ここだけの秘密』ねえ。いやはや、とんでもねえ規律違反じゃねえか」
ジジは黙ってアクセルを踏み込み、ニヤニヤしながらジジの顔を覗き込んでたあたしはシートに頭をぶつけた。ファエバ!
多少、途中で運転が荒くなったものの、あたしらを乗せた車は予定時刻通りに家庭科棟の前に着いた。あたしは後部座席に積み込んだ荷物を肩にかけると、バトルアリーナとやらに向かって走る。実際には走る必要はないし、当然ながら全力疾走でもない。だが「走って来た」という演出は必要だ。
「ご武運を、隊長」
「任せろ。あたしらの戦争、観客席からしっかり見とけ!」
先回りして家庭科棟の正面扉を開けてくれたジジにそう言い残しつつ、あたしは走った。
事前に読み込んでおいた地図と、現地にいるシンディの偵察データをもとに、最も生徒の注目を集めるルートを選択。その効果は抜群で、家庭科棟のホールや廊下はまたたく間に歓声に包まれた。すげえな、ホールで料理対決のパブリック・ビューイングまでやってんのか。
あたしが現着したという情報はアリーナにも届いたようで、実況者が「カミンスカ様が家庭科棟に到着したとの速報が入ってまいりました!」と絶叫している。そうさ、真打ちと砲兵支援ってのは、最後に登場するものなんだぜ? 砲兵支援は最初に欲しいんだがな!
途中から放送の運営をしているっぽい身なりの学生があたしを誘導してくれたこともあり、あたしは特にトラブルもなく出場者入り口を通過。律儀にもそこで待っていたシンディに、軽く手を振る。ほんと、気が利くよな、シンディ。入り口で係員とあたしが揉める可能性があると踏んで、エスコートに来てたってわけだ。ファエバ! あたしを何だと思ってる!?
「この扉の先が、会場となります。
それぞれの調理ブースに向かう花道がありますので、そちらを利用してください。入場の演出を行いますので、少し眩しいかもしれません。ご注意ください」
誘導してくれた係員に礼を言いつつ、あたしは肩にぶら下げてきた大型のクーラーボックスから中身を取り出し、目の前の扉が開くのを待った。あたしが両手で抱えたブツを見て、係員が目を大きくひん剥く。
そのとき、扉の外でアナウンスが流れた。
「残り時間10分! パトリツィア・カミンスカ様、ご入場です!」
あたしが一歩前に進むと同時に、扉が開く。
一時的に暗転していた家庭科室バトルアリーナに、スポットライトが舞い飛び、華やかなファンファーレが鳴り響いた。
あたしはエメラルド様との打ち合わせ通り、ハカセが一心不乱に調理を進めているブースには向かわず、バトルアリーナの中央に設置された食材置き場に向かう。スポットライトが迷わずあたしを追従するところを見ると、エメラルド様もしっかりと根回ししたってことだろう。
アリーナの中央で、あたしは運んできた食材を高々と掲げ、叫んだ。
「フォージ城塞学園、初代生徒会会長が好んだという、伝説の巨大魚!
あらゆる釣り人が捕獲を諦めたコイツを、パトリツィア・カミンスカがいまここに、食材として提供しよう!」
この瞬間、料理対決の勝敗は決した。




