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家庭科室の決闘(1)

「あっ……! カミンスカ様よ! カミンスカ様がご登校になられたわ!」

「きゃああああ! カミンスカ様! お、おはようございます……! きゃああ恥ずかしい! おはようございますって言っちゃった!!」

「今日もなんてカミンスカ様はお美しい……」

「ああ……カミンスカ様……カミンスカ王子様……」


 ……ファ、ファエバ?


 話を遡れば、狼憑きをぶっ殺して祝杯をあげた翌朝、ジジが「目標の狼憑きは殺しましたが、念には念を入れたほうが良いのでは?」とか言い出したのがスタート地点ということになるだろう。


 あたしらは旧校舎に住み着いた狼憑きを殺したが、あれが最後の狼憑きとは思えない……というか旧校舎を飲み込まんとしている大森林の中には、間違いなく複数の狼憑きが住んでいる。なので、旧校舎でキャンプしつつ、大森林からさらなる狼憑きが旧校舎へと降りてこないかを確認したほうがいいんじゃないですかってのがジジの主張。

 反射的にうわ面倒くせえと思ったものの、万が一にも別の狼憑きが旧校舎にまろびでて来たら、結局またあたしらの出番になる。そのときにもう一度かくれんぼからスタートするのと、こちらの待ち伏せからスタートするのを選べと言われたら、そりゃあ当然待ち伏せを選ぶわな。


 で、カタギリ・タワーのてっぺんから6日間ほど、大森林を定期的にスキャンし続けた結果、いま大森林にいる狼憑き(と思われる微弱なイーサー反応)はそれぞれ森の中に各自の縄張り(おうち)を持っているようだということが分かった。一件落着。

 かくしてあたしたちは学園に戻って、「休暇を取ったほうが」とか言い出したルデリットを鼻で笑ってから、翌日すぐに登校することにした。学園の通常カリキュラムは、あたしらにとってみれば休暇そのものだ。


 だが、そんなこんなで8日ぶりに登校したあたしとシンディを出迎えたのは、謎の女生徒の群れと、黄色い声援だった。いや確かに昨日、ルデリットに会いに行くときも、なんかあたしを遠巻きに見てる女生徒がいるなとは思ったが……なあシンディ、これ何なんだ?


「簡単に言えば、パティ姉さまのファンですね!」

「お前、あたしに隠れてハシシュ食ってるだろ?」


 マジで意味がわからないので教室までの道すがら(あたしらを遠巻きにする女生徒たちと、彼女らのあげる歓声に包囲されながら)シンディの解説を聞いてみたところ、以下のような経緯があったようだ。


(1)サファイア様はただ単にとっちめられただけで終わるクソ女ではなかった


   「そこは同意だ」「まったくですね」


(2)でも自分が完膚なきまでに打ちのめされたのは事実だし、そこを曲げると次こそは紅茶で溺死させられると考えた


   「そこまではしねえよ!」「えっ?」


(3)なので自分の敗北の価値を高めるために、パティ姉さまの価値を高めることにした


   「相手が世界一だってことにすれば、負けた自分は世界で二位です」

   「ハシシュ抜きでその発想がでてくるの、すげえな」


(4)パティ姉さまは下級生徒の解放者として期待されている


   「えぇ……」「めんどくさって顔しないでください!」


(5)学園の階級制度はもう古い、と表明するのが上級学生の間でいまちょっとしたブーム


   「マジで意味わからねえ」「わからないですね」


(6)結果、いろいろあって「弱きを助ける麗しのパトリツィア王子」の爆誕です!


   「王子?」「王子です!」


 ファエバ! アザール! ファロファロ! サファイア様は殴られっぱなしで終わるタマじゃねえとは思ってたが、これは完全にしてやられた。ここまで上手く負けられるヤツには、初めて会ったかもしれん。

 ……いや、待て。なんかおかしいぞ? 何がってわけじゃねえが、何かがおかしいって、あたしの聖女センサー(カン)が喚き散らしてる。絶対これ何かおかしいだろ?


「……なあ、シンディ。ひとつ聞いていいか?」

「なんでしょう?」

「仮にあたしが王子様だとする」

「仮に、は不要ですよ。誰もが羨む理想の王子様ですから」

「ファエバ! あくまで仮に、だ!

 だとしたらシンディ、お前はどうなる?」

「え? えへへ。そりゃあまあ、王子様が一番大事にしてる侍女と言いますか、なんと言いますか……」

「ファロファロ! さてはお前、サファイアと手を組みやがったな!?」


 照れ笑いをするシンディを前に、あたしは呆然と突っ立つことしかできなかった。

 おそらくこの茶番の何もかもは、シンディがサファイアに吹き込んだ策だ。こいつはサファイアをぶん殴る代わりに、サファイアを誘導して学園の女生徒世論を操らせ、「理想の王子パトリツィア様」と同時に「シンディさんはパトリツィア様の隣にいるのが当然」を強引に既成事実化しやがった!


 呆れと怒りが半々になったあたしを前に、シンディはいたって落ち着いていた。


「私よりもファッションセンスがいい人とか、お化粧が上手な人なんて、いくらでもいます。私は頭が良いわけでもないですし、社交とか政治とかではルデリット会長にかないません。腕っぷしに至ってはまるで論外です。

 だからこのままなら、私はいつかきっと、パティ姉さまの隣にいられなくなります」


 そんなことはない、と言いかけて、あたしは口ごもる。

 あたしは、強化決戦兵士だ。あたしが他人を評価する基準は、あたしが指揮する作戦の遂行にあたって価値があるかどうか以外、なにもない。ジジは民間人相手には極度のコミュ障、ハカセは軽薄なおべんちゃら野郎、カツシローはカタナにしか興味がなく、ティエラは何もかもが論外だが、全員、あたしにとって大事な部下だ。なぜなら連中は、鬼種を効率よく殺す機械(第9中隊)の、パーツ(一員)だから。


 じゃあシンディは?


 あたしはシンディを、守ってやりたいと思ってる。でもそれだけだ。前回の作戦ではルデリットの補佐として良い仕事をしたが、その程度のことなら代役がいくらでも思いつく。それこそサファイア様だって、ちょっと仕込めばやれるだろう。


「私は、パティ姉さまに守ってもらうだけじゃイヤなんです。

 私にだって、これくらいのことはできる。そういう自分でいたいんです。

 こんなのは迷惑だ、最低でも何かする前に報告しろって、怒られて当然だと思ってます。でも私は、パティ姉さまを出し抜けるところを、見せたかったんです」


 ファエバ!

 まいったな。まいった。


「……ったく。お前の勝ちだ、シンディ。してやられたよ。背後からの一撃、完璧な奇襲だ。実働部隊としてサファイアを利用したのも、いいアイデアだった。満点をやってもいい。

 だがな、あたしは王子様みたいに振る舞うことなんて、できない。王子様みたいな身なりを整えることも、まるで無理だ。お前が責任持って、あたしを王子様に(プロデュース)し続けろ」

「了解です!」


 大喜びで敬礼してみせたシンディの目には、涙が光っていた。まあ、嬉しいだろうよ。あたしだって初勝利のときはマジで嬉しくて、基地に帰投したらアホみたいに泣きながら大笑いしたもんな。ファロファロ!


「話は以上だ。さっさと教室に行こうぜ。

 幸い、今日の1コマめは数学だ。これなら退屈で死なずにすみそう――」


「カミンスカ君、あいや待たれい!」


 せっかくあたしが良い話(冷静に考えたら良い話か、これ?)を良い話として終わらせようとしたというそのとき、謎の闖入者が現れた。「あいや待たれい」って何だそりゃ。ハシシュで仕上がったカツシローが口走ったのくらいしか聞いたことねえぞ、そんな言葉。


「僕はヴィンス・ゴールドバーグだ。

 己の名誉を賭けて、カミンスカ君に決闘を申し込む!」


 ファエバ! 決闘? よくわからんけど、喧嘩ってことならありがたく買うけど? っていうか買わない理由ないよな?

 あたしは何かを言おうとしたシンディを押しのけ、一歩前に出た。


「その決闘、受けて立つ!」


 途端に周囲で大きな悲鳴がいくつも上がる。


「大変! 大変よ! ゴールドバーグ様とカミンスカ様のご決闘が決まったわよ!」

「ゴールドバーグ君とカミンスカ女史の決闘? これは一大事だぞ!?」

「決闘! 決闘だわ! 新旧王子様対決よ!!」


 ファ、ファエバ?


 まあ……まあ、いい。上から下までざっくりスキャンした限りで言えば、このゴールドバーグ様とやらはただの人間だ。よーいドンで殴り合いを始めれば、勝負が終わるまでにかかる時間は、最初にどれくらい二人の距離が離れているかに比例する。それ以外のパラメータが関与する余地はない。


「カミンスカ君が決闘を受けてくれたこと、嬉しく思う!

 では決闘の種目は料理とする!」


 ファ、ファロファロ? え? は? ほ?


「パティ姉さま、この学園では決闘を仕掛けた側が種目を選べるんです。

 決闘を受けた側が選べるのは、小種目だけなんです。

 だから受けちゃダメですって言おうと思ったのに……」


 そんなの知らねえ!


「ではカミンスカ君、小種目を選び給え!

 知っているかと思うが、僕はオーブンが一番の得意だ。それ以外で勝負することをお勧めするね」


 ファエバ! 小種目ってなんだよ!

 って、これってかなりヤバいやつじゃね? これ、さらりと小種目とやらを答えられないと、ビビってると思われるやつだよな? マズい。それは絶対にマズい。でも「じゃあ武器もグローブもなし、顔面攻撃なし以外はボクシングルールで」とか言ったら同じくらいマズいことになるのくらいは、あたしでも分かる。料理対決ってのは相手を料理する速度を競う勝負じゃないんだよな、ファロファロ! これどうすんだ?


 でもそのとき、焦るあたしを押しのけて、シンディが一歩前に出た。


「無差別級でお願いします。パトリツィア様は、どんな勝負からもお逃げになられません」


 その手があったか! シンディお前、頭いいな! いやどっちかっていうと成層圏くらいまで突き抜けて頭が悪いな!


「僕を相手に無差別級とは恐れ入った。

 では勝負は2週間後、家庭科室バトルアリーナで18時開始、制限時間は1時間、助手は1人のみだ!

 正々堂々、良い勝負をしようではないか!」


 ゴールドバーグ様とやらが右手を差し出してきたので、あたしは反射的にその手を握った。周囲から大歓声が上がる。中には卒倒した生徒もいたようで、保健衛生部員が呼ばれている。


 ゴールドバーグはドヤ顔であたしの手を何度か振ると、踵を返して去っていった。


 ふうむ。

 料理か。

 料理ね。

 ……料理なあ。


「ところでパティ姉さま、お料理は……」

「『異世界居酒屋ぼぶ』は大好きなおはなし(・・・・)だったな」

「『ね、簡単でしょう』のアレですね。それ駄目なやつじゃないですか、料理って実技なんですよ?

 万が一ですがジジさんが天才的な料理の腕前を……」

「〈盾騎士〉としては天才だな。お前は?」

「ピンを引くと温まるレーション、美味しいですよね。詰んでません?」

「いや、そうでもない。そろそろハカセが帰ってくる。あいつは料理も上手い」


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