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廃墟テニス部(8)

 狼憑きが死んだ1時間後には、救急車やらなんやらが第4研本棟の前に集まってきた。狼憑きは1体とは限らないんじゃねえのとか思ったが、ルデリットがその手のミスをやらかすことは考えにくい。実際、狼憑き最大の弱点は「群れを作れるような協調性がゼロ」なことだ。狼は群れ(パック)を作るってのになあ? 

 あたしらはと言えば、救急医療部の生徒どもに姿を見られるわけにもいかないので、再びカタギリ・タワーのてっぺんに戻っていた。ファエバ! 〈聖女〉と煙は高いところが好きなんだよ、悪かったな。


「こちらシンディ、ナイトクローラー1による哨戒は継続中。帰投まであと6時間。イーサーを発する移動体の反応はありません。

 イーサー・オーバードライブによるイーサー凝集と、H08bの爆発に伴うイーサー放出による局地的なイーサー濃度上昇も、ほぼ解消しています」


 シンディの声を聞きながら、あたしとジジはインスタントのコーヒーを飲んでいた。


「ハシシュはないですからね?」

「ファエバ! 今度こそまだ何も言ってねえだろ! ったく、シンディが淹れてくれるコーヒーが飲みてえよ」

「えええ!? パティ姉さまがハシシュ以外のものを欲しがるなんて!?」

「てめえら、あたしを何だと思ってる?」


 あぶくみたいな雑談をしながら、あたしは第4研のほうを見た。高々と救急車のサイレンが鳴り始めたということは、生き残った生徒たちが搬送され始めたんだろう。これにて一件落着だ。


「そういえばシンディは、ルデリット会長に説教したそうですね?」

「ふへ!? せ、説教!? 違います! 絶対違いますって!」

「そこは主観の問題だ。いいから、何を言ったのか教えろよ」

「ふぇ……私はただ、会長は私みたいな存在のことを理解できないって言っただけです」

「アザール、そいつは説教だわ」

「説教ですね」

「ひええ……恐れ多い……」


 あたしが作戦開始時間を深夜に設定した理由は簡単だ。でなきゃ、目標の狼憑きは逃げただろうから。


 確かに、今回の作戦目標は、暴力の化身ともいえる狼憑きだ。だから少しでも相手が弱ってるところを奇襲するのが、まっとうな作戦というやつになるだろう。

 だが旧校舎に住み着いた狼憑きは、大森林での生存競争から押し出された、骨の髄まで負け癖が染み込んだ負け組だ。にも関わらず他の狼憑きの(ランチ)にはならなかったってことは、要するにあいつは「逃げるのだけは超上手」だったってこと。


 だからこそあたしらは、負け癖のついたクソ狼憑き野郎のなけなしのプライドを揺さぶって、あたしらとの真っ向勝負を選ばせる(・・・・)必要があった。そしてヤツが前掛かりになった瞬間を、刈り取る。そうじゃなきゃあたしらは一生、この廃墟で鬼ごっこを繰り返すことになりかねない。

 そして予想通り、満月の夜に戦いを挑まれた狼憑きは、初手から逃げるという選択ができなかった。


 生まれながらの勝ち組なルデリットには、そのあたりの「負け組の機微」が分からない。自分を圧倒する暴力を前に体と心を芯まで震わせながら、物陰に隠れてひたすら夜明けを待つ心細さも。なけなしのプライドを踏みにじられたとき顔に浮かんでしまうキモい薄笑いも。ルデリットは、知らない。理解できない。ファロファロ!


「とはいえルデリット、基本的には超有能なんだよな。今回はマジでいろいろ助かった」

「エアコンのダクトを通してチャフを全館にバラ撒くだなんて、会長の支援がなければ実現不可能でしたね」


 あたしが第4研本棟の内部をほぼ探査できなかったように、あの建物はとにかく外部との通信を遮断することに特化して作られている。あたし自身が屋上まで行ってようやく、イーサー炉の制御室内部に生きた人間がいるという証拠を得られたレベルだ。だから屋上にあったエアコンの排気口からチャフ缶を投げ込むことはできても、それを各階の適切な位置に運ぼうとすると、小型ドローンを使っても無理だ。途中で通信が途切れてしまう。

 そこでルデリットは、原始的かつ効果的な代案を実行した。チャフ缶を抱えたドローンに一定時間直進せよという命令だけを与え、ダクトに投げ込むという作戦だ。ドローンの動きを正確にシミュレートできれば、確かにこれでも目的は達成できる。作戦開始直前にダクトに向かってアクティブソナーを打ってドローンの到達位置を確認する心配性なところも、高評価だ。

 ま、そりゃあドローンを有線操作すればもっと精密な作業もできただろうが、ケーブルってのはかさばるんでなあ……やっぱあたしらも次からは装輪車か何かを用意するべきだな。


「こちらルデリット。お褒めに預かり光栄です。

 要救助者の容態が安定したと、救急車内の救急医療部員から連絡が入りました。また、行方不明になっていた廃墟テニス部全員の回収も確認しました。本時刻0203をもって、シルバーバレット作戦の終了を宣言します。皆様、お疲れさまでした」

「お疲れさん!」

「お疲れさまでした」

「お疲れさまでしたぁ!」


 実際のところ、ルデリットはあたしらを使わずに狼憑きをぶっ殺すこともできた。あたしがイーサー・オーバードライブで狼憑きを殺したのと同様に、狼憑きがいると推定される地点に――最悪、旧校舎全域に――高濃度のイーサーを散布すれば、あいつは勝手に死んだ。

 だがそこまでの高濃度イーサーは人体にも悪影響を及ぼすし、なにより鬼種を呼び込む危険性がある。学園および学園生徒に対する安全を考えるなら、あたしらが出るのが正しかったのは間違いない。

 もっとも、ログだけ見ればあたしらが狼憑きをあっさり撃破したようなデータになるが、現場的に言わせてもらえれば綱渡りの連続だった。実働2人で狼憑きを殺すってのは無理があったなと、改めて思う。

 ……おっと、それで思い出した。たいした興味があるわけじゃあないが、これもまた作戦結果報告の一部だ。


「ルデリット。行方不明の要救は6人だったな? 何人生き残った?」


 ルデリットは一瞬沈黙した後、「5人です。1人は死亡が確認されました」と答えた。まあ、上出来だろう。普通ならどう考えたって死体らしき残骸が6つ残るだけ……と言いかけて、あたしの脳裏にとてつもなく嫌な予感がよぎる。


「教えろ。死んだ1人は、マリオ・アルモンテじゃねえだろな?」


 要救6名の名簿は、顔写真ともども、事前にルデリットから受け取っていた。6人中5人は上級生徒だが、マリオ・アルモンテだけは下級生徒だったことを、あたしはなんとなく覚えていた。


「……その通りです。亡くなった学生は、マリオ・アルモンテ。

 狼憑きに殺されたので身元の確認に時間がかかりましたが、間違いありません」

「ファロファロ! ルデリット、救急車を止めろ。ジジ、行くぞ」

「アイ・メム」


 コーヒーを一気に流し込んで、あたしとジジは立ち上がった。クソどもを一発ぶん殴らなきゃあ、あたしにとってこの作戦が本当に終わったとは言えない。

 でも通信機から流れてきたルデリットの、妙に落ち着いた声が、あたしらを引き止めた。


「待ってください。アルモンテ学生の死は、パティさんたちのご想像とは、まったく違った形で発生しました。証言も、状況証拠も、それを裏付けています」

「ほう? 説明しろ。ただし、手早くな」


 あたしは眼下に広がる広大な廃墟に目を向けた。第4研のある方角以外は、完全な闇に包まれている。地上200mに吹く夜風が、いささか寒々しかった。


「廃墟テニス部の部長であるシリル・ハクスリーと、部員マリオ・アルモンテは、相思相愛の関係でした。アルモンテ学生は下級生徒ですが、少なくとも廃墟テニス部員の間では完全に対等な関係を築いていたそうです。

 これについては『TPOをわきまえてほしい』という大量の苦情を筆頭とした複数の証言がありますから、間違いありません」


 なるほど。なるほどね。

 ファエバ! あたしはドサリと、腰をおろした。


「屋上のSOSを作ったのは、アルモンテ部員です。ハクスリー部長は、制御室から出ようとするアルモンテ部員を、必死で止めたそうです。でもアルモンテ部員は『下級生徒をオモチャにするの、楽しかったですか?』と言い捨てると、衝撃を受けたハクスリー部長を振り払って外に出ました。

 なおSOSシグナルはいま撤去中ですが、廃材の一部からアルモンテ部員が書いたとおぼしきメッセージが見つかっています。『ひどいことを言ってすみませんでした。愛しています。お元気で』と書かれていました」


 しばらく、沈黙だけがあった。黙ること以外、何をしていいか分からなかったから。

 沈黙を最初に破ったのは、ジジだった。


「隊長、これは特別ですよ?」


 ジジが差し出したコーヒーカップからは、強いアルコールの匂いがした。酒だ。脊髄が「ハシシュじゃねえのかよ」と叫んだが、今は酒で満足すべきだろう。あたしはフラスクを受け取ると、ジジのカップにもたっぷりと注ぐ。


「名もなきクソ狼憑きと、戦士アルモンテに、乾杯! 戦士たちの魂に、安らぎあれ!」

「戦士たちの魂に、安らぎあれ」


 カップの中身を口の中に流し込むと、アルコールが喉を焼いた。

 頭上では、ほんの少しだけ欠けた満月が、煌々と輝いていた。


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