廃墟テニス部(7)
作戦開始まで少し時間があるので交代で仮眠をとったあたしたちは、作戦開始直前の打ち合わせに入っていた。通信機からは元気いっぱいなシンディの声も聞こえる。
「盛り上がってきたところで最終確認だ。
狼憑きとの交戦は極めて高い確率で発生すると踏んでいるが、絶対の保証はない。屋上のダクトから人間の活動音は複数確認できたが、狼憑きがいるかどうかまでは確定させられなかったからな。
狼憑きが第4研本棟にいなかった場合は、作戦目標を要救助者への支援物資提供へと切り替える。ただし救出は行わない。ルデリット、この点を後から突っ込まれないように、よくよく根回しを頼むぜ」
「了解です。狼憑きが排除されたことが確認できなくては、最大6名の非戦闘員を保護したまま旧校舎から脱出する作戦など、ボクとしても承認できません」
「ものわかりがいいボスで助かる。だが、ものわかりの悪い偉いさんには事欠かねえからな。あんたがその手合いに負けるとは思わねえが、万が一にでも負けられると、最悪あたしらが死ぬ」
「肝に銘じます。ボク自身、まだまだ自分が未熟だということも含めて。シンディさんには随分と叱られましたよ」
「し、叱ってなんていませんってば!」
ふむ。ルデリットとシンディはかなり馬が合うようだ。はっきり言えばシンディを一人でHQに立たせておくのはHQの飾りみたいなもんだと思っていたが、ルデリットの補佐としてはボチボチいい感じじゃねえかな。
そうとなれば、あとは前線がバリバリ働くだけだ。といっても大きなトラブルが起こらなければ、0005には狼憑きの死体が転がってる計算ではあるんだが。ま、油断は大敵、慢心以上の強敵はなし、だ。
あたしは視界の隅に置いた時計に、意識を向ける。2339。そろそろ楽しいお喋りの時間は、終わりだ。
「時間だ。我ら第345親衛独立空挺聖女連隊第9中隊は、これより中隊の総戦力をもって、シルバーバレット作戦を敢行する!
ルデリット、シンディ。あたしらの戦争、しっかり見とけ!」
「ご武運を」
「絶対勝てます! 頑張ってください!」
あたしは慎重に慎重を重ねて配置につくと、全周囲警戒モニタを起動した。こいつは猛烈にエネルギーを食うので、今回みたいに補給線がしっかりしてる短期決戦でしか使えない。だがあたしの周囲360度を同時に把握できるようになるだけじゃなく、その映像データを6msくらいのラグでHQに転送できる。
当然、HQに詰めた偉いさんは最高級のグロ画像を見る可能性もあるんだが、どうせ連中はそういうのを見慣れてるし、それはあたしらだって同じだ。ファエバ!
「こちらシンディ。ナイトクローラー1、周囲2kmに渡ってイーサー反応を検知できません」
「監視を続けてくれ。万が一にでも反応があれば、最優先で報告しろ」
「こちらルデリット。屋上に設置されたアクティブソナー照射まで、あと60……30……照射、いま。〈煙玉〉はおおむね予定の位置に到達しています」
「最高だ。〈煙玉〉の起爆10秒前! ジジ、油断すんなよ!」
正確に10秒後、目の前に建つ堅牢きわまりないビルの内部で、かすかにパンパンと何かが弾けるような音がした。ジジが左手を胸元に添えているのが、ちらりと見えた。
「6秒間で12回の爆発音を確認。不発はなかったみてえだな」
「狼憑きは、出てくるでしょうか?」
「どうかな……いや、来る! 正面玄関内部、振動センサに反応! ジジ、迎撃しろ!」
迎撃しろ、の、「ろ」のあたりで、第4研本棟正面玄関の分厚い扉が内部から吹っ飛び、真っ黒な毛皮の塊が飛び出してきた。狼憑きだ。晴れ渡った夜空には、ほぼほぼ真ん丸な月がかかってる。狼憑きが最大の力を発揮できる、最高の夜。
中腰で待機していたあたしが立ち上がったときには、右手に盾を構えたジジが狼憑きとの近接戦闘を開始していた。狼憑きの速度と力は凄まじく、ジジは押される一方だ。鋼鉄のような爪の一撃は強化ポリカーボネイト製の盾を深々とえぐり、丸太のような足で繰り出される蹴りは直撃すればジジといえども無事ではいられないだろう。
だが、押されているとはいえ、ジジはけして押し切られない。10歳で――つまり強化手術を受けた直後に――剣優等章を取ったエリート中のエリート〈盾騎士〉。それが、ジジだ。あいつに止められない攻撃は、誰にも止められない。
だからあたしは、安心して自分の仕事に集中する。
あたしら〈聖女〉は、戦場における前線指揮官であると同時に、歩くAWACSでもある。だがそれだけが〈聖女〉の任務じゃあない。イーサーを使って動く万物を、滅ぼす者。それこそが、〈聖女〉が〈聖女〉と呼ばれるに至った所以だ。
【緊急警報:イーサー・オーバードライブが起動されました】
【緊急警報:戦闘領域の強化決戦兵士は各人のイーサー炉の閉鎖を確認してください】
【緊急警報:イーサー・オーバードライブが起動されました】
【緊急警報:戦闘領域の強化決戦兵士は各人のイーサー炉の閉鎖を確認してください】
大気中には、極めて微弱だが、イーサーの微粒子が偏在している。主犯は人類と鬼種、双方だ。人類はかつてこれによって高度なネットワークを構築し、鬼種は地球全体をイーサーで包むべく今日もイーサー発電所からイーサーを大気中に放出している。〈聖女〉はこの微弱なイーサーを、自分を中心とした空間に対して、一時的に凝集させられる。
あたしとジジは、体内に埋め込まれた超小型生体イーサー炉を閉鎖した。強化決戦兵士が人間を遥かに越える力を行使できるのは、この炉が正常に機能しているからこそだ。炉を閉鎖すると、あたしたちの力は5分ほどで一定の限界を迎える。
一方、ジジと殴り合っている狼憑きは、目に見えて動きに力強さが増した。この狼憑きも生体イーサー炉を搭載しているが、H08b型はイーサーを完全に遮蔽できないという弱点がある――逆に言えばH08bは、外部に存在するイーサーの濃度が上がれば上がるほど、大きなエネルギーを発生させる。イーサーが充満するイーサー発電所への突入が主たる任務となる強化決戦兵士に積むことを考えれば、H08bの欠陥仕様は、むしろ狙って作られた仕様なのだという説があるくらいだ。
でもやっぱり、H08bのこの仕様は重篤な欠陥だった。現代の強化決戦兵士にH08シリーズは搭載されていないってのが、その証拠だ。
あたしは懸命にイーサー・オーバードライブのドライバのご機嫌を取りながら(めちゃくちゃ神経を使う仕事だ)、腰にぶら下げたスプレー缶じみたものを手に取った。ジジには至急、具体的な援護が必要だ。
「銀を喰らえこのクソッタレが!」
そう叫ぶと、あたしはスプレー缶の安全装置を解除して、狼憑きに向かって投げつける。狙いはいくぶん逸れたが、問題はない。小型の近接信管が仕込まれたスプレー缶は、狼憑きの巨体(ないしジジの体)を検知し、空中で炸裂した。バン! という大音響が響き、銀の紙吹雪が舞い散る。俗に言う、チャフだ。金属に照準したがる鬼種相手に原始的なチャフは結構有効なので、いまだに製造が続いている。
言うまでもないが、舞い散った銀吹雪はアルミホイルを細かく引き裂いたものに過ぎない。まかり間違っても銀ではない。だが「銀のように見える」し、ルデリットは「このチャフのアルミ箔には食用銀をスプレーしてある」と言っていた。そしてあたしらは、それを信じた。
銀の紙吹雪は、劇的な効果を発揮した。狼憑きは、銀に弱い――なんて事実は、どこにもない。「狼男の頭を銀の弾丸で撃てば、狼男は死ぬ」的な昔話は、「吸血鬼は心臓に杭を打たれると死ぬ」という昔話と、同じ意味しか持たない。そんなことをされたら、どんな生物でも死ぬ。
だが言語呪術的現実となると、話は異なる。たくさんの人間が「狼憑きは銀に弱い」と信じているという呪術は、魔女術が構成する理論魔術防御を突破して、「狼憑きを銀に弱く」している。そして、たとえいまここで舞い飛んだのがアルミ箔でしかなかったとしても、この場にいる全員が――狼憑きを含めて――「これは銀だ」と思い込んだことで、アルミ箔は銀と同等の言語呪術力を得た。
凝縮しはじめたイーサーによって常ならぬ力を得た狼憑きは、ジジの防御を粉砕するかのような勢いで両手の爪を振るったが、至近でチャフが炸裂したことで衝撃力を失った。狼憑きの毛皮にアルミ箔がまとわりつくと、アルミ箔から青い火の手があがり、毛皮が燃える。狼憑きは地面を転がって苦痛から逃れようとしたが、いまや地面には大量のチャフが撒き散らされている。完全に、逆効果だ。
「決めるぞ、ジジ!」
あたしはそう叫ぶとチャフ缶を2つ同時に手にとって、口で安全装置を抜いた。ジジも半ば崩壊した盾を捨てると、チャフ缶のピンを外す。
「くたばれクズ野郎!」
あたしの合図にあわせて、3つのチャフ缶が投擲され、狼憑きに命中した。大量の〈銀〉を浴びた狼憑きは、いまや青白い炎に包まれている。
それでも。
それでもなお、狼憑きは、立ち上がった。
なぜなら、狼憑きは、そのようなものだから。
なぜなら、強化決戦兵士は、そのように作られるから。
強化決戦兵士のプロトタイプであるこの人造狼憑きであれば、なおさらだ。
ファエバ! こいつはきっと、これまでもこうやって、戦ってきたのだろう。
それでも誰にも勝てず、どうしても勝てず、何をしても勝てず。
できたことはただ、死という決定的な敗北を避けるために、逃げることだけ。
そしていつしかこいつは、こんな廃墟に迷い込んだ。アザール! ファロファロ!
あたしはジジに向かって、作戦の締めとなる命令を発する。
「逃げるぞ! 走れ!」
ジジは背負っていた新品の盾を構え直すと、後方を警戒しながら、あたしのほうに走ってきた。あたしも全力で退避する。イーサー・オーバードライブは、もはやそれ自体で駆動する状態に入った。あたしがケアするべきことは、もう何もない。
青く炎上する狼憑きは、仁王立ちになると、月に向かって大きく吠えた。
狼憑きを包んでいた炎が、すうっと消え去る。「狼憑きは満月の力を己の力とする」という、魔女術理論から導かれた言語呪術の力を利用し、銀の呪術を打ち消したのだ。
狼憑きが、あたしを睨んだ。
あたしも、狼憑きの目を睨み返す。
狼憑きは、あたしの視線を真っ向から受け止めた。
勝利か、死か。あたしたちの世界にはその2つしかないってことを受け入れた、戦士の顔だ。
ファエバ! 最初からお前にその根性があれば、今日ここで死ぬのはお前じゃなかっただろうにな?
目の前で、狼憑きが爆発した。厳密には、H08bが暴走し、爆発した。
あまりに大量のイーサーを取り込んだH08bが、過反応を起こしたのだ。
ジジはあたしを押し倒すようにして、地面に伏せた。瞬時に半身を起こして爆散する狼憑きに向かって盾をかざすあたり、こいつは本当にエリートなんだなとか、そんなどうでもいいことを思う。
透明な強化ポリカーボネイト製の盾に、重い音をたてて焦げた毛皮つきの肉片がぶつかり、骨の破片が突き刺さった。
狼憑きは、死んだ。満月の下、たった一人で。




