廃墟テニス部(6)
その後、ルデリットから送られてきた各種データと、あたしがセンサの探索パラメータをいろいろいじって得たデータを照合した結果、わりといい可能性でまだ廃墟テニス部の坊っちゃんたちは建物の中で生きてるだろう、という結論が出た。そして狼憑きもまた、その建物の中にいるのだろう、と。
「しっかし面倒な建物に籠城しやがったな……いや、あれだからこそ籠城できてるんだろうが……」
「廃墟テニス部員は、旧校舎の廃墟にとても詳しいようですね。偶然逃げ込める先とは思えません」
坊っちゃんどもが籠城しているのは、通称「第4研」の本棟だ。第4研は生体イーサー炉の研究開発と実証実験をしていた研究所で、かつては実験用イーサー炉も棟内にあったという。当然、とうの昔に撤去されたそうだが。
そんな建物だからイーサー漏洩対策は完璧だし、壁も天井も途轍もなく分厚く、頑丈な作りになっている。要は、あたしに搭載されたセンサー類では、第4研本棟の内部はまるで感知できない。至近距離まで近寄れば、もしかしたら振動(つまり音響)を検出できるかもな……? 程度の危うさ。ファロファロ!
「狼憑きが棟内をねぐらにしつつ、部員たちを餌として待ち伏せしているとした場合、部員たちが籠城しているのは6階にある実験イーサー炉制御室だと考えられます。
制御室は特に壁が厚く、隔壁も頑丈です。この建物内部にある扉のうち、狼憑きの攻撃に耐えられる扉は制御室の扉しかありません。屋上に向かって排気ダクトが抜けていますが、ダクトは狼憑きが通れるほど広くはありません。状況に、完璧に適合します」
ジジが通信機ごしにルデリットに簡潔な報告をしている間、あたしは「もしかしたら最後のは違うかもな」とか考えていた。疲れきった素人が、排気ダクトの中に入っていこうとするだろうか? それより、イチかバチかで隔壁を開き、屋上まで走ったヤツがいたのでは?
制御室はたいして広いわけじゃあないし、窓もない。籠城してる連中のメンタルはすさまじい速度ですり減っていくだろうし、クソの処分をする方法もない。「こんなところでクソまみれになって死ぬくらいなら」という発想が支配的になったとしても不思議じゃあない。アザール!
とはいえ、これがあまり価値のない推測なのは事実だ。立て籠もった連中の生死と、狼憑きがいまどこに隠れてるかの間には、そこまで強い相関があるわけじゃあない。何をやっても破壊できない隔壁を前に狼憑きが諦めモードに入って、別の場所で食い物を漁っている可能性だって十分にある。そしてあたしらにとって最大の目標は、良くない時間に良くない場所へと出てきてしまった狼憑きをぶっ殺すことだ。
その思いは、ルデリットも同じだったようだ。
「第4研本棟内部に狼憑きがいまも存在する確率は、どれくらいと踏みますか?」
ジジがあたしに視線を向けたので、あたしがジジの代わりに答える。
「これはただのカンだが、あたしは目標が本棟内部をねぐらにしていると考えてる。
狼憑きは、戦うために生きてる。それは負け犬でも同じことだ。こんなご立派な防御拠点を手に入れたヤツが、それを簡単に手放すとは思えない」
「では、どう仕掛けます?」
「試しにちょいと燻してみるさ。幸い、ネタは大量に持ってきた」
「了解です。仕掛けは明日早朝に?」
あたしは旧校舎全体が夕暮れ色に染まっていく壮大な風景を横目で見ながら、「24時に仕掛ける」と答えた。通信機の向こうでルデリットが息を呑んだのが、はっきりと聞こえた。
「無茶です。狼憑きは夜行性ですよ? しかも今夜はほぼ満月です。もし本棟内部に目標がいた場合、最大戦力が発揮できる敵と、たった2人で戦うことになります!」
ファエバ! ご指摘はごもっともだが、やはりルデリットは甘ちゃんだ。それじゃあこの作戦は、絶対に上手くいかない。
「ルデリット。お前は基本的に超悪辣で超有能なんだが、抜けてるところも多い。具体的に言えば、無能なクソ野郎が相手になった途端、お前の能力はガタ落ちする。
シンディは起きてるか? 作戦開始の1時間前には、お前の補佐にシンディをつけろ。それまでに、なんで夜のうちに仕掛けなきゃならねえのか、シンディから教わっとけ」
あたしは通信機をオフにすると、ジジに向かって頷きかけた。苦笑いしながら、ジジもうなずき返してくる。ジジも、シンディの潜在的な才能は評価してる。この作戦に限っては、ルデリットより良いバックアップをしてくれるかもしれない。
とはいえ、バックアップだけでは戦争には勝てない。兵器がどんなに進歩しても、戦争の勝敗を決めるのは、結局はあたしらみたいな歩兵だ。地上最強の歩兵である強化決戦兵士として、ガッツリ仕事をしてやろうじゃねえの。
さて。作戦開始は24時だが、それまでに仕込みは済ませておく必要がある。現在時刻は19時ちょい。完全に日が沈む前には仕込みを終わらせたいから、さっさと動くとしよう。あたしは地上50階から見える夕暮れ時の旧校舎にもう一度だけ視線を送ってから、非常階段へと向かった。
第4研本棟は他の建物からかなり離れて建っているので、屋上に侵入するのはちょいとばかり骨だった。ジジがいなかったら諦めていたかもしれない。ジジは隣のビルからフック付きのロープを投擲し、見事に幅30mの谷間にロープをかけた。
あたし的には内心でヒヤヒヤしながらのロープワークだったが、雨も風もない状況でツルリとやるほど落ちぶれちゃあいない……と言いたいところだが、一瞬ツルリと行きかけたのは秘密だ。やっぱ体の重量バランスが変わったのは、かなりキツイ。
「ただ単にトレーニング不足ですよね、隊長」
「うっせー黙れ! 何のための安全帯だ!」
そんなこんなで完全に日が沈む前に屋上での仕込みを終えたあたしらは、再度ロープを伝って撤収した。ラペリングで降りても良かったが、狼憑きが下で待ち伏せしてたらジ・エンドだ。それに、なるべく「壁から足音が響く」なんて状況は避けたかった。
隣のビルに戻ったあたしらは、そこで栄養補給剤を摂取する。高確率で戦闘が起こり得るってのに、飯を食う度胸はなかった。固形物を消化するためには、体力を使う。いやはや、しかし、こう……
「ハシシュはありませんからね?」
「まだ何も言ってねえだろ! ところでハシシュはねえの?」
「ないです」
ファエバ! ハシシュが食いてえ! だってさ、戦闘前だぞ? これ以外のタイミングでいつハシシュを食うんだ!?




