第121話 二人で買い物
スーパーに入ると、夕方なので、結構混んでいた。多分、ご近所さんも買いに来ているはず。ま、いっか。もう結婚してることは、みんな知ってるみたいだし。
聖君はカートを押しながら、
「なんにしようか~~」
とつぶやいている。なんだか、かわいいかも。
「冷蔵庫見てきたんだよ。野菜は結構そろってたんだ。でも、肉とか魚とかが、まったくなかったんだよね」
「冷凍庫にも?」
「海老があった。エビチリでも作る?」
「中華?いいかも。エビチリ好き!」
「俺、中華ならあれが食べたいな」
「なあに?」
「酢豚。でも、エビチリとだと、味がかぶるかな」
「酢豚も美味しいよね」
「海老はまだ、冷凍したままにしておくか」
「うん」
「じゃ、豚肉だね」
聖君はお肉売り場にカートを押して行った。豚肉をかごに入れると、
「サラダも食べたいよね」
と聖君はぼそってそう言って、何やら考え込んでいる。
「中華のサラダにするの?」
「うん。棒棒鶏とか~~、あ、まだ暑いから、水餃子を冷やしてサラダと食べるってのもありかな~」
「美味しそう」
「俺、餃子作るの得意なんだ。知ってた?」
「知らない~~。すご~~い。餃子が得意なんて!」
「えっへん。では、聖シェフが水餃子を作って差し上げましょう」
聖君はそう言うと、餃子の皮だの、ひき肉だのをかごに入れていった。ああ。なんだか、めちゃかわいいよ。
じゃなくって。私。私も作るんだってば。この調子じゃまた、聖君に全部作ってもらうことになっちゃうってば。
「酢豚は私が作るからねっ」
「…」
聖君は、しばらく黙って私の顔を見ていた。
「な、なあに?心配なの?」
「ううん。桃子ちゃん、鼻息荒くしてるから、おもしれ~~って思って」
ガク。なんなの、それ。っていうか、私鼻息荒かった?
「デザート食べたくない?」
「え?」
デザート?
「桃子ちゃん、何気にココナツ好きだよね」
「知ってた?」
「俺も好き。ココナツミルク作ろうか?」
「聖君が?」
「うん。このスーパーけっこういろんな食材揃ってるじゃん。さっき、タピオカもあったし」
「タピオカも好き!」
「でしょ?れいんどろっぷすで夏のデザートとして出してた時、美味しそうに食べてたもんね」
見られていたか。さすが、目ざとい。
「じゃ、デザートはココナツミルクね」
「うん!」
嬉しいかも。って、待って待って。また、聖君が作ることに。
ああ、もういいや。それを隣で手伝うことにいたします。私は補助でいいです、もう。
だって、聖君、本当にわくわくしながら、買い物してるんだもん。お料理好きなんだなって、すごくよくわかるよ。
「私、太っちゃわないかな」
「え?なに?いきなり」
「聖君、お料理上手だし、聖君が作ったのって、私たくさん食べちゃうし」
「それ、赤ちゃんいるからでしょ?」
「わ、わかんない。聖君が作ってくれてるからかもしれない」
「いいじゃん。食細かったんだから、そのくらい食べても」
「そ、そうかな」
「俺の作った料理、美味しいって言ってくれるの嬉しいよ?」
「でもね、普通の夫婦は逆じゃない?」
「何が?」
「奥さんがお料理上手で、旦那さんが結婚したら、太っちゃったっていう、旦那さんのほうの幸せ太りってあるじゃない?」
「あはは。そういう逆ってことか。俺はまた、奥さんがたくさん食べたら、旦那さんが怒っちゃうもんだとでも言いたいのかと思ったよ」
「あ、そんな旦那さんもいるかもしれないし」
「いいじゃん。うちはうちでしょ?他の夫婦と比べなくたって、別にさ」
そうか。そうだよね。
あれ?
お隣にいる、カップルが私たちをじっと見ている。それからひそひそと話をしている。
ああ、会話がきっと聞こえてたんだな。私は高校生だし、それなのに夫婦の話なんてしてるから、不思議がられたのかな。
「桃子ちゃんってさ、好き嫌いなかったよね?」
聖君はゆっくりとカートを押しながら、私に聞いてきた。
「あるよ」
「え?まじで?前に聞いたとき、ないって言ってなかった?」
「う。多分、遠慮してないって言ったかも」
「なんだよ、それ。もしかして俺、桃子ちゃんが嫌いなもの作っちゃってたんじゃない?」
「ううん。大丈夫」
「何が嫌いなの?」
「ニガウリとか」
「うまいじゃんか。それ、食べず嫌いじゃない?今度ゴーヤチャンプル作ってあげるよ?」
「苦くない?」
「俺が作るのは、苦くない」
さすがだ。
「あと…」
「まだあるの?」
「セロリとか」
「もしかして、匂いがきついものダメとか?」
「う~~ん、そうなのかな。あ、春菊もちょっと苦手」
「ああ、やっぱり、そうなんだ。じゃ、あれもダメでしょ?パクチー」
「パクチー、好き!」
「え?!」
聖君がすごい顔で、私を見た。
「え?そんなに驚くことだった?」
「なんで、あんなのが好きなの?」
「え?」
「パクチーだよ?あの、くっさい味の」
「聖君、駄目なの?」
「うん」
「聖君だって、好き嫌いないんじゃなかったの?」
「唯一、駄目」
「なんだ!聖君だって、私に嫌いなものかくしてたんじゃない」
「でもほら、パクチーってあまり料理に使われないからさ、言わないでもどうにかなるじゃん?」
「タイ料理とかに入ってるよ?」
「トムヤンクンとか?あれは食べられません」
「そうなの?」
「桃子ちゃん、好きなの?」
「辛くて駄目」
「あはは!辛い物もダメなんだっけ?」
「…うん」
聖君とそんな話をしながら、スーパーの中をぐるりと回った。
「もう買うものないね。レジ行くか」
「うん」
レジに向かうと、ああ、例のおしゃべり好きのお隣さんがいるじゃないか。
「あら、桃子ちゃん」
「こんにちは」
「お買いもの?」
「はい。母が出張エステなので、遅くなるから」
「お隣にいるのが、旦那さんでしょ?はじめまして」
「はじめまして」
聖君がペコってお辞儀をした。
「何回か、見かけてはいたのよ。でも、こんなに近くで見るのは初めて。まあ、近くで見たら、いっそうイケメンじゃないの。桃子ちゃんったら、素敵な旦那さんをゲットしたのね~」
「…」
ああ、顔が引きつる。なんて言い返したらいいんだ。聖君を見たら、聖君も困っていた。
「うちの娘なんて、今年22なのに、彼氏もいないのよ。結婚もできるかどうか。あ、噂をすれば来た来た」
「え?」
「そこで仕事帰りの娘に会ったから、一緒に買い物してたの」
後ろを向くと、本当だ。お隣の娘さんがいる。
「あれ?桃子ちゃん?」
「こんにちは」
実は、この人苦手だったりするんだ。
「久しぶりね。元気だった?あ、この人が旦那さん?」
「はい」
聖君はまた、ぺこりとお辞儀をした。
「まあ、すごいイケメン。どこで知り合ったの?」
「えっと、海で」
「ナンパ?」
「いえ、そうじゃなくって」
「大学生でしょ?今いくつ?」
「18です」
「見えない。大人っぽい。え~。ほんと、かっこいい。好みのタイプ~~」
「え?」
聖君の顔が固まった。
そう、この親子は似ている。それどころか、娘さんのほうが、お母さんを上回るくらい、おしゃべりなんだ。それもかなり露骨に、いろんなことを聞いてくる。それが昔から、苦手。あのひまわりですら、近寄らないようにしてるんだから。
「名前は?」
「榎本聖です」
「聖君?桃子ちゃんの家に住んでるんでしょ?」
「はい」
「じゃ、今度うちにも来てよ~~。お茶でもしに。ね?お母さん」
「そうよ。いらして。ぜひ!」
母子が目を輝かせ、そう言って聖君を見ているので、聖君もはいとしか言えなかったようで、
「は、はい。あの、機会があったら伺います」
と顔を引きつらせながら、そう言った。
「それじゃ、また今度ね」
二人はそう言うと、さっさと私たちよりも前にレジに並んでしまった。
「…」
聖君はしばらく、固まっていた。それから、やっとカートを押すと、2人から離れたレジに並び、
「どわ。すげ、疲れたかも」
と、うなだれた。
「聖君も苦手?」
小声で私は聞いた。
「う~~ん、お母さんのほうはそうでもないけど、娘さんのほうはどうも」
「そうなの?」
でも、本気で顔、引きつらせていたもんな~。
「俺、多分ね」
「え?」
「やたらと、女性らしい女性、苦手だと思う」
え?
「桜さんも実は、初めて会ったとき、うわ、苦手って思っちゃったんだよね」
「あんなに綺麗なのに?」
「う~~ん。やたら、女らしいでしょ?」
「うん」
「性格は違ってたから、だんだんと大丈夫になったけど」
「性格?」
「男っぽかったから」
「ああ、そういえば、そうかな」
「桜さんが酒飲んで絡まれたときは、かなりまいっちゃったけどさ」
「え?でも、桜さんが酔っぱらったとき、送っていったよね?」
「だから、ほら…」
「いらっしゃいませ」
レジが私たちの番になり、聖君は一回黙った。それから、会計を済ませると、買ったものを袋に詰めながら、
「前に桃子ちゃんとひまわりちゃんが、泊りに来たときあったじゃん」
と聖君は話し出した。
「あんとき、俺、帰るの遅くなったでしょ?」
「桜さんを送って行って?」
「そう、桃子ちゃんが、めちゃ怒ったとき」
「めちゃ、怒ってないよ」
「うそだ~。俺の弱点、攻撃してきたじゃん」
「弱点って?」
「脇腹」
「あ!忘れてた。そうだったよね、ああ、いいこと思い出した」
「なんだよ。なんでいいことなの?」
「えへへ」
「なに?なんで、薄ら笑いしてるの?まさか、また脇腹…」
「聖君にいじめられたら、やり返そうと思って」
「いじめてないじゃん、いつも」
「からかって遊んでるよ、いつも」
「それはからかうとかわいいから」
聖君がそう言って、私の鼻をむずってつまんだ。
「もう、また~~」
「あはは!桃子ちゃんの鼻かわいいんだもん。つまみやすくって」
「どんな鼻よ~~」
「まあ、仲いいのね」
私たちの隣を、お隣さんが通りながら、そう話しかけてきた。
「え?」
聖君と同時に、固まってしまった。
「おほほほ、それじゃ、お先に」
「はあ」
「聖君、本当に今度うちに来てね」
娘さんはそう言って、聖君の背中をぽんってたたいて、それから、スーパーを出て行った。
「どうして、聖君にだけ言うのかな」
私はぽつりと袋に最後の品物を入れながら、そう言った。
「え?」
聖君はまだ、表情を硬くしたままだ。
「うちに来てって、聖君にだけ言ってた。それに、私の旦那さんなんだよ?それなのに、どうして、うちに来てなんて言ったりするのかな」
あ、なんだか、だんだんと腹が立ってきたかも。それに何気に、聖君の背中触っていったし!
「へえ、桃子ちゃん、俺のこと旦那さんって意識…」
「あるよっ」
腹が立ってるから、つい聖君にも声を大にしてそう言ってしまった。
「…」
聖君は一瞬びっくりして、それからカートを片づけに行き、
「帰ろうか?」
と力なくそう言った。
「うん」
私はまだ、気がおさまらず、口をとがらせながらうなづいた。
車に乗ると、聖君はまた、シートベルトを締めてくれた。そして、突然、チュってキスをしてきた。
「え?」
うそ。こんな駐車場で?誰か知ってる人もいるかもしれないのに?!
「かわいい」
「へ?」
「怒ってた桃子ちゃん、かわいかった」
「う…」
もう~~。やっぱり、聖君は変態だ。
「そうだ。すっかり忘れてたけど、桜さんの話の続き」
私は、突然思いだし、車を走らせた聖君に聞いた。
「あの日もね、結構絡んできて、俺、かなりまいっちゃっててさ」
「うん」
「桃子ちゃんがうちにいるのに、なんで俺、桜さんといるんだろうとか、もう、この辺に桜さん置いておいて、一人でさっさと帰っちゃおうかなとか、そんなことまで、考えてて」
「そうだったの?」
「うん。でも、いきなり、吐く!とか言うから、トイレまで連れて行ったり、そりゃもう、まじで大変でさ」
「そうだったんだ」
「けっこうへとへとになって、うちに帰ったんだ。そうしたら、桃子ちゃんはすねてたし」
「え?」
「でも、すねてる桃子ちゃんも、かわいくって、俺、あ~~、やっぱり桃子ちゃんはかわいいって、あんときも思ってたよ」
「…」
か~~。顔がほてった。なんだ。それならそうと、言ってくれたらよかったのに。
いや、待てよ?言ってたかな?桜さんが大変でってことは、そういえば、言ってたっけ。でも私、自分のことで精いっぱいで、聖君が大変な思いをしてたってことも、考えもしなかったんだな。
「ごめん」
私が謝ると、聖君が、
「え?なんで謝ったの?」
と驚いて聞いてきた。
「聖君があのとき、大変だったのなんて知らないで、すねちゃってて、ごめんなさい」
「ああ、あの時のことで謝ってくれたの?あはは」
聖君はいきなり、さわやかに笑うと、ちらっと私を見て、
「いいんだ。あんとき、桃子ちゃんが店にいて、俺を待っててくれたってだけで、俺、すぐに癒されてたからさ」
と、優しく言った。
「私が待ってるだけで?」
「うん。それだけでも、嬉しかったよ」
「…」
「それより、あのときは俺のほうこそ、一人ぼっちで待たせてごめんね」
「う、ううん、そんな」
「俺、やっぱ、桃子ちゃんが一番」
「え?」
「隣にいて、まじで、癒されるし、嬉しいし、満たされる」
「それは私も」
聖君は私の手を握り、
「美味しい夕飯、作ろうね」
とかわいく言ってきた。
「うん」
ああ、聖君の手、あったかくって大きくって、安心する。
やっぱり、私は幸せだ。さっきのお隣さんのことなんか、もうすっかり忘れて、私は運転している聖君に見惚れていた。




