第64話 ディート城・最上階から愛を込めて
グランド国軍はジュネ2世に脅しをかけてきた。
総司令官のストリーニは使者を送り、こんな手紙をよこした。
〈シニョーラ公国はわが同盟国だろう。スザンヌを渡せ。さもないと貴公は敵とみなす〉
しかしジュネ2世は敢然と返事を返した。
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身代金の額はセーヌ国が上だ。
ここでスザンヌをあなたに引き渡したら、私は彼女の殺害者となる。
そして世界から批判され続けるだろう。
スザンヌを殺したがっているのは、あなたたちグランド国軍だけだ。
私は世界の常識に従う。
スザンヌの身柄は高い身代金を用意したセーヌ国軍に引き渡す。
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翌日、ディート城はお祭り騒ぎだった。
「スザンヌちゃん、おめでとう」
ジュネ2世の妻・カトリーヌが笑顔でスザンヌを抱きしめた。
彼女は亡きアンジェリーナの後を受けて、スザンヌの身の回りの世話を務めている。
今はすっかり母親代わりだ。
「カトリーヌママ、ありがとう」
幽閉とは名ばかりで、スザンヌは城の住人たちと仲良く暮らしていた。
子供たちも、すっかりなついている。
敵であるはずの兵士たちとも笑顔で談笑していた。
その夜、ジュネ2世の主催で盛大な宴会が開かれた。
誰もが笑顔でスザンヌの解放を祝った。
しかしそれは、これから別れが来ることを意味していた。
宴も終わりに近づくと、カトリーヌが泣き出す。
まわりにいた侍女たちも嗚咽を漏らし始めた。
男たちの目もうるんでいる。
みな、スザンヌと別れたくないのだ。
スザンヌの身柄引き渡しの日。
空はよく晴れ渡っていた。
ディート城には阿闍梨公も姿を見せている。
スザンヌの身柄を狙っていたグランド国軍が、力づくで邪魔をしてくる可能性も警戒された。
ディート城にはセーヌ国の騎士たちも駆けつけ、厳戒体制をとった。
しかしグランド国に動きはなかった。
捕虜引き渡しの場での武力衝突。
それは国際的なルールに著しく反している。
さすがにグランド国もそれを理解していたようだ。
アランシモンが阿闍梨の姿を見つけて近寄る。
そして笑顔で抱き合う。
アランシモンの後ろには、スザンヌの戦友の騎士たちが並ぶ。
この日のために駆けつけたバトラー。
優しくて紳士的で勇敢なレオ。
頼れる司令官・デシャン。
荒くれ者だが体を張ってスザンヌを守るルナール。
忠誠と敬愛を誓ってくれたアンソニー。
だれもが満面の笑顔だ。
スザンヌは塔のバルコニーから、下に並ぶみんなに手を振った。
髪をまとめての男装。
衣装はジュネ2世に借りた。
「まあスザンヌちゃん、カッコいい」
カトリーヌが見上げる。
侍女たちも、
「ステキ」
と、うっとり眺めている。
するとスザンヌはバルコニーから身を乗り出した。
壁を乗り越えようとしている。
地上からはるかに高く、階層でいえば5階ぶんはある。
落下したら助からない。
「危ない!」
騎士たちの声が飛ぶ。
スザンヌは塀を越えた。
落ちる!
女性たちが悲鳴を上げる。
しかし、スザンヌは空中にいる。
聖女が魔法を使ったのか?
いや、よく見ると縄梯子に足を掛けている。
縄梯子は下まで続いている。
下には分厚く藁が敷き詰めてあった。
もし落ちても大怪我はしない。
一同は胸をなで降ろした。
スザンヌは片手で縄につかまる。
もう一方の手を大きく振りながら、青い空のもと、笑顔で空中をゆっくり降りてくる。
観衆からは拍手が始まる。
歓声も上がり始めた。
セーヌ国の兵士もシニョーラ公国の兵士も声を合わせて喜んでいる。
スザンヌは思う。
〈この2つの国って、敵同士じゃなかったかしら?〉
だが今は昔からの仲間だったかのように肩を組んではしゃいでいる。
〈いつか、こんな平和な世界か来るのかしら?〉
スザンヌは目頭が熱くなる。
視界がにじみ始める。
スザンヌは縄を伝う手もとをつかみ損ねないように、慎重にゆっくりと歩みを進めた。
(終わり)
お付き合いいただきましてありがとうございます❤️




