第41話 騎士たちの涙
その夜――。
スザンヌは宿舎に戻り荷物をまとめ始めていた。
「何をなさっているのですか?」
事務官が慌てて声をかける。
「何を? って、もう私の使命は終わったから、フルーレ村に帰ります」
それを聞いて驚く事務官。
「待ってください。一人で決められては困ります。あなたは国民の英雄なのですよ」
「私のことは私が決めるわ」
「ひとまず、バトラー総司令官に報告します! くれぐれも早まらないでくださいよ」
スザンヌが軍を辞めて故郷に帰る。
この話には厳重な緘口令が敷かれた。
一般兵士にはもちろん秘密。
国民にバレるなど、もってのほかだ。
なにしろ今はスコット王太子の輝かしい即位に国じゅうが湧いている。
だけど、ここでスザンヌが「退場」。
そんなことになったら、国王の人気も、エール国の愛国心も、一気に急降下だ。
軍の上層部は大騒ぎである。
そして誰よりもいちばん焦っているのがスコット新国王にほかならない。
翌朝早く、スザンヌはスコットに朝食に招かれた。
もちろん朝食など口実に過ぎない。
スコットはスザンヌを説得しようと必死である。
一方のスザンヌといえば、もう吹っ切れて食欲満点だ。
極上のチーズと卵焼きとハムを挟みんだ白パンのサンドウィッチ。
コンソメ味のポトフはじゃがいもと玉ねぎ、野菜の旨味たっぷり。
ベーコン、ウィンナーの味も素晴らしい。
「美味しい! この朝食、最高です!」
スザンヌは目の前の料理を夢中で食べる。
料理に全く手を付けないスコットとは対照的だ。
スコットが言う。
「スザンヌ、もし、おまえが望むなら、毎日、このレベルの朝食を用意させるぞ」
「まあ、では、しばらくお世話になろうかしら」
スザンヌがいたずらっぽく微笑む。
スコットが言う。
「フルーレ村に帰りたいというのは本気なのか?」
「ええ、もう王様はクレバで戴冠されましたから」
「だがセーヌ国民はこれからもスザンヌに期待しているぞ」
「でも、もう私には神様からの声が届かなくなりました。私のやるべきことは終わったのです」
「フルーレ村に帰って、何をするつもりなんだ?」
「前みたいに、羊の世話をして、畑仕事をして、家事をして暮らします。故郷に戻って、神様からまた、お告げをいただけるのかを、待ちたいと思います。お告げをいただけたら、また、戻ってきますよ」
今のスザンヌの決意は固い。
スコットはもう何も言わなかった。
国王の説得も失敗。
スザンヌの引退はもう動かせない。
そんな空気がエール軍の上層部に広がっていた。
スザンヌの部屋をノックする音がした。
ドアを開けると、そこにはバトラーがいた。
「すまんなスザンヌ、少し話を聞いてくれ」
テーブルをはさんで、椅子に腰かける2人。
バトラーが言う。
「故郷に帰りたいという話は聞いた」
スザンヌがうなずく。
バトラーが続ける。
「スザンヌがいなくなったら、俺はどうしていいかわからない」
スザンヌはバトラーの顔を見た。これまでになく深刻な表情だ。
バトラーが言う。
「神の声に導かれ、兵の先頭に立ち、誰よりも勇敢に戦うおまえに俺は感動した。そしてスザンヌとともに戦うことが俺の生きがいになった」
バトラーは目を潤ませながら、訴える。
「お願いだスザンヌ、いなくならないでくれ」
手を膝につけて頭を落とし、涙をこぼすバトラー。
スザンヌは彼のそばに近寄ると、その両手をそっと握った。
バトラーの後、アランシモンも部屋に来た。
「俺はスザンヌがいるからセーヌ国軍に来たんだぜ」
「そうだったわね」
スザンヌは彼が直接、自分を売り込んできたことを思い出す。
アランシモンが言う。
「おまえがいなくなったら、俺もセーヌ国軍を辞める」
「そんな……」
スザンヌが動揺する。
アランシモンが悲痛な顔で言う。
「今まですごく楽しかった。これからは抜け殻みたいになっちまうな。俺はスザンヌを信じてついて来た。これからは誰を信じていけばいいかわからないよ」
スザンヌは涙をにじませるアランシモンの頭をそっと抱きしめた。
その日の最後に、レオもやって来た。
「失礼するよ」
部屋に入ってきたテリー。微笑みを浮かべている。
「これまでありがとうスザンヌ。 私たちは君の中の善なるものに惹かれてついてきた」
スザンヌも言う。
「こちらこそありがとう。あなたの助言がなかったら戦いには勝てませんでした」
「スザンヌは傷ついても先頭に立ち続けて軍旗を掲げた。まさに騎士たちの象徴だった」
「あなたたちの方が強かったわ」
「しかしスザンヌがいなければ、もはや私には戦う意味がない」
「そんなこと……」
「君がいなくなったら私は生きる意味を失う。人生はただの時間の浪費になってしまう」
穏やかな表情のレオだが、瞳には涙がにじんでいる。
また今夜投稿しますね♡




