第39話 魔女裁判でスザンヌを地獄に落とした男
日が沈むとともにスザンヌは全兵士に集合をかけた。
彼らの目の前に山のように積まれていたのは、薪の束だった、
「焼き討ちでもしようというのか? それにはクワトル城は広すぎる」
兵士たちには、これから起こることの想像がつかない。
彼らの視線がスザンヌに集まる。
スザンヌは彼らに指令を下した。
「城の堀を、薪ですべて埋めていきなさい」
クワトル城のたっぷり水をたたえた堀は曲がりくねりながら長く続いている。
スザンヌの命を受けたセーヌ国の兵士たちは、一斉に薪を投げ入れ始めた。
時間とともに埋まっていく堀。
この作業は徹夜で行われ、すべての堀が埋まった。
翌朝、クワトル市民は、埋められてしまった堀を見て震え上がった。
これで城壁さえ乗り越えれば、いつでも市中に攻撃できる態勢だ。
「セーヌ国軍の大軍勢が一気に攻めてくるぞ!」
「彼らは凶暴で野蛮だ。暴力、略奪の餌食にされる」
その日のうちに、クワトル市の司教が街の外に出てきた。
そして門の鍵をスザンヌに引き渡し、街の開城を申し出た。
クワトル市に入城するセーヌ国軍。
スザンヌはスコット王太子とともに城門をくぐる。
白馬に乗って白く輝く軍旗を掲げるスザンヌ。
きらびやかな衣装に身を包んだスコット王太子。
その姿を見ようと、親フランス派の市民たちが集まる。
そんなスザンヌのもとに、一人の修道士が近づいてきた。
スザンヌは白馬を降りて、彼の話を聞く。
修道士は言う。
「私はブラザー・トーマスと呼ばれています」
「スザンヌ・マルクです」
「エール国軍の食料不足は聞いております」
「その通りです。非常に困っています」
「私は市民に、成長の速い豆を育てようと呼びかけていました」
「まあ、なんてありがたいお話でしょう」
笑顔で喜ぶスザンヌ。
トーマスが言う。
「市民たちが育てた豆も、ちょうど育ちました。ぜひ教会にいらしてください」
教会を訪れると、子供たちや貴婦人たちが集まっていた。
そして彼らの育てた大量の豆を提供してくれた。
スザンヌは市民の一人一人とハグして感謝を表した。
最後の街、アポロ―ニ。
ここもかつては敵対勢力下の街であった。
しかしクワトル市陥落の影響は大きかった。
スザンヌが降伏勧告を送る。
するとすぐさま代表者が開城に応じたのである。
さあ、いざクレバへ。
しかしスコット王太子は怯えていた。
スザンヌに弱音を言い出したのだ。
「クレバ市民はきっと激しく抵抗するに違いない」
クレバには親グランド国派の主要人物が多いというのがその理由だった。
シニョーラ公国軍も駐留している。
さらにスコット王太子が言う。
「戦いになったらクレバには堅固な城がある」
スザンヌがこう答える。
「わがセーヌ軍は軍勢十分ですよ」
「しかし今の軍には城を攻撃するための武器が足りない」
「長旅の最後だから仕方ありませんわ」
「我々は勝てないのではないか?」
暗い目をしたスコット王太子。
そこでスザンヌは悟った。
王太子は自分の実母からずっと王の血統を否定され続けた。
敵国には条約まで作られた。
それは心の深い傷になっている。
しかし今、現実に自分がセーヌ国王になろうとしている。
いざ、王位が目の前に迫って来た。
その途端、王太子は混乱し始めた。
そして恐怖を覚え始めたのだ。
スザンヌは言う。
「王太子、恐れてはいけません」
スザンヌは王太子の両手を握って、言った。
「クワトルを制圧した今、王太子は正当な王位継承者なのです」
スザンヌはスコットに微笑んで、言う。
「胸を張って威厳を持って軍を前に進めましょう。その姿を見てクレバ市民は王太子の前に平伏すでしょう。私の言葉を信じてください」
曇っていた王太子の目が輝き始め、こう口を開く。
「スザンヌ、おまえの言葉はこれまで、噓だったことがない」
スザンヌも言う。
「ええ。私は神様からお言葉を頂戴していますから」
スコット王太子は目を潤ませながらスザンヌに言った。
「ありがとうスザンヌ。これからも私を支えてくれ」
そしてセーヌ国軍はクレバ市の目前まで迫った。
そこに通信使が現れた。
「スコット王子へ謁見のお願いです」
クレバ市民代表の使節団からの手紙だった。
〈市外の「サギマン城」でお会いしたい〉
と記されており、スザンヌは了承した。
サギマン城での謁見。
クレバ市民代表の使節団はスコット王太子を礼を尽くして出迎えた。
彼らは全面降伏、城門解放を申し出た。
エール国軍はそのままクレバ国内へと行進した。
白馬に乗って白い軍旗を掲げるスザンヌ。
その傍らにスコット王太子。
王族の赤を基調とした衣装に、大きな帽子、輝く装飾品。
2人が城門をくぐると、クレバ市民から、
「万歳! 万歳!!」
というコールが巻き起こった。
街頭に大群種が集まり、歓迎ムード一色である。
スザンヌはクレバ使節団の男性に聞いた。
「ここには親グランド国の有力者も多かったのでは?」
「彼らは全員、ここを出ていきましたよ」
彼がこう続ける。
「セーヌ国軍が入ってきたら、何をされるかわからない、ってね」
スザンヌは思う。
その中にはあの人もいたはずだ。
ラシン大学の総長グレール。
前世でスザンヌを処刑した、異端審議の裁判長を務めた人物だ。
どんな証拠があっても、スザンヌに有利なものはもみ消した。
騙し討ちもされた。
文字を読めないことをいいことに、絶対的に不利な誓約状にサインさせられた。
どんな手を使っても、スザンヌを異端者にしようとした。
グレールはこのクレバ市に住んでいた。
〈会ったら嫌味のひとつも言ってやろうと思っていたのに〉
スザンヌには珍しく、そんなことまで思ってしまう。
それほど因縁の人物である。
今夜も20時ごろ投稿しますね♡




