第37話 説得
場は再びマルカ城の大広間。
バトラーを中心に騎士たちがスコット王太子に戦勝報告を行った。
それが終わると、スザンヌがこう切り出す。
「バーレル川流域を取り戻したことで、クレバへの道は開けました」
クレバは歴代のセーヌ国王が戴冠式を行った聖地。
ここで式典を行えば、国王としての正当性が公式に認められる。
スザンヌが言う。
「今こそ、神の声に従いクレバに向かう時。戴冠式を行いましょう」
すると、
「待ちなさい!」
と宮廷貴族のシャビネスが口をはさむ。
「まだクレバへの道には敵の勢力が残っている。危険すぎるだろう」
するとスコット王太子はシャビネスを睨んだ。
「貴公は私が戴冠することを望んではいないのか?」
慌てるシャビネス。
「……そんなことは……」
スコット王太子がバトラーに聞く。
「クレバまでは、どれほどリスクが残っているのか?」
「敵対勢力のシニョーラ公国が支配する都市を通ります」
セーヌ国の領土内に存在するシニョーラ公国。
セーヌの王族・宮廷とは対立しており、グランド国と同盟関係にある。
いざ戦闘となれば、セーヌ国とグランド国・シニョーラ公国が敵対する関係となる。
バトラーがスコット王太子に説明する。
「敵の支配下にあるのはアンカレ市、クワトル市、アポロ―二市です」
バトラーの言葉を聞いて、スコット王太子がこう返す。
「クワトルといえば、あの条約が結ばれた都市だな」
スコット王太子が言う「クワトル条約」は彼にとって屈辱の内容だった。
グランド国の主導で、スコット家に王位継承権なしとの書面が調印された。
以来、公的にはスコット王太子は王位を持たないとされている。
この条約もこれまでスコットを苦しめてきたもののひとつだった。
バトラーが言う。
「この都市は奪還しなくてはなりません」
さらに、こう続ける。
「条約を無効にし、王太子の王位継承権を国内外に認めさせるのです」
スコット王太子がこぶしを握って言う。
「よし、やろう!」
さらに声高く、こう宣言した。
「我々はクレバに向かおう!」
周囲から大きな拍手が沸き起こった。
スザンヌは、あらためてスコット王太子に申し出る。
「クレバでの戴冠式には、ここにいるアランシモンさんも同席させてください」
スコット王太子が言う。
「何を言っているスザンヌ。アランシモンは追放された身だぞ」
スザンヌが食い下がる。
「彼はセーヌ国が負けそうになるたび、何度も危機を逆転させてきました。セーヌ国の連勝も、アランシモンさんがいなければありえませんでした」
アランシモンが小声で言う。
「おいスザンヌ、言い過ぎだぞ」
スザンヌもウィンクしながら小声で返す。
「いいのいいの。このくらい言っておかないと」
ここでまた、シャビネスが大声を上げた。
「ふざけるな。こんな無法者を戴冠式に出すなんて。そんなことをいうスザンヌ、おまえも同罪だ」
対するスザンヌはこう返す。
「いいでしょう。アランシモンさんの列席が認められない限り、私もクレバでの戴冠式には出ません」
これを聞いて顔色を変えたのはスコット王太子である。
今や国民的人気を誇る英雄スザンヌ。
彼女を欠いた戴冠式など、盛り上がるはずがない。
しかも〈スザンヌ・マルクに見放された戴冠式〉として世界の笑い者になる可能性さえある。
「おい、ちょっと待ってくれ、スザンヌ」
スコット王太子が声をかける。
少し間を置いて、スザンヌが、
「なんでしょうか?」
と投げやりな調子で返す。
スコット王太子が懇願する。
「わかった。わかったから……。アランシモンも参席させよう」
シャビネスが再び声を張り上げる。
「スコット王太子、考え直して下さい」
しかしスコットは
「シャビネス、口を慎め!」
とぴしゃりと黙らせた。
スザンヌが明るい声で言う。
「承知しました、王太子さま」
満面の笑顔だ。
今夜もお会いしましょうね❤




