第29話 世にも美しい侯爵様
パビリオンの戦いを終えたセーヌ国軍は、いったん解散した。
しかし軍の幹部は国王のスコット7世ともに次の段階への準備を始めていた。
その重大任務にあたっていたのがショーン・ド・バトラー公爵であった。
かつてはセーヌ国軍を率いる司令官だったが、敗北により捕虜となっていた。
ようやく解放されたのはスザンヌがマルカにやってくる頃だった。
しかし当時は身代金の返済が終わっておらず、グランド国との戦いには参加できずにいた。
バトラー公爵は野性味あふれる勇敢な推進力で兵士たちを引っ張る。
しかしその最大の特徴は彼の外見にある。
この世のものとは思えないほど美しいのだ。
瞳は宝石のように輝いている。
鼻筋と口元はしゅっと締まっていて気品があふれる。
バトラーは幹部を集めて、軍の再編に向けての戦略会議を開いた。
真っ先に声を上げたのは指揮官の一人・アモロだった。
「スザンヌはラコーンの草原でグランド国軍を見逃した。なぜなんだ!」
周りの古参軍人からも声が上がる。
「敵が目の前にいれば戦うのが騎士だ!」
「グランド軍を叩くチャンスだったのに!」
これに対してスザンヌが毅然と言い放つ。
「グランド軍は態勢を建て直して強力な布陣をとっていました。もし戦ったら多大な犠牲が出るという心配は、あたたたちにはないのですか?」
スザンヌが続ける。
「パビリオン包囲戦までは、セーヌ国軍はグランド国に負け続けていたではありませんか」
さっきまで野次が止んだ。
スザンヌが言う。
「パビリオンで勝てたのも奇襲がたまたまうまくいったからです。グランド国軍はまだまだ強い。正面から戦えばセーヌ国軍はいまだに苦戦します」
しんと鎮まった会議場でスザンヌが続ける。
「もしラコーンでグランド国軍と戦っていれば、3分の1の兵士を失っていたでしょう。あのとき、戦ってはいけなかったのです」
ここで、
「スザンヌの言うとおりだ」
と言ったのはパビリオンで指揮をとった司令官デシャンだ。
彼がこう続ける。
「グランド国は依然として強力だ。彼らが占領するバーレル川沿いの都市には、さらに強い部隊が控えている。焦って戦っても戦局が不利になるだけだ」
それを受けて、スザンヌも言う。
「現有の勢力では私たちはまず勝てません。もっと仲間を集めて、軍備力も充実させる必要があります」
___________________________________________
会議が終わると、バトラーがスザンヌのもとにやってきた。
「聖なる乙女よ、来てくれてありがとう」
「美しい侯爵様、初めまして」
「いや、俺は初めましてではないのだ」
驚いた表情のスザンヌ。
バトラーが言う。
「クレバでスコット王太子が悪戯を仕掛けたとき、俺もあの場にいた。おまえの機転の早さと堂々としたふるまいに、俺は震えた。そしておまえをずっと支えようと思ったんだ」
「侯爵様は美しいだけではなく、強くてお優しいのですね」
「だから、おまえに誓わせてほしい」
バトラーはスザンヌの前にひざまずいた。
手の平をスザンヌに差し出す。
スザンヌは手の平をバトラーに重ねる。
バトラーはスザンヌの手にくちづけする。
スザンヌの心も震えた。
___________________________________
ほどなくスコット7世が主催する御前軍事会議が開かれた。
そこで「バーレル奪還作戦」の決行が決まった。
グランド国に占領されたバーレル川沿いの橋と都市を取り返していく。
そして最後は、王位継承の聖地・クレバを取り戻す、というものだ。
その情報は、またたく間に広がった。
スザンヌの元で戦いたいという国民の熱気は高まっていく。
セーヌ軍への参加兵、市民兵志願者、物資供給の申出は、日に日に増えていく。
総指揮官には、ショーン・ド・バトラーが選出された。
すると即座にスザンヌが反応した。
スコット国王に直談判する。
「私をバトラー司令官の副官の地位につけてください」
その勢いに押されるように、国王は了承した。
明日も20時頃にお会いしましょう♡




