第28話 呪われた転落の始まり
グランド国の総司令官スールシャールは北への進軍を指示した。
動き始めるグランド国軍の軍勢。
セーヌ国軍はそれを黙って見ている。
遠巻きに見ていた古参の軍人たちから次々と声が上がった。
「敵が逃げたぞ!」
「追撃だ!」
「グランド軍を壊滅させるなら今しかない!」
そのとき、
「お止めなさい! 今日は神が定めた休息日です」
鋭く張りのある声が響き渡った。
スザンヌだった。
古参の軍人はスザンヌに言い返したい様子だ。
それを見て、とっさにセーヌ軍のデシャン司令官が動いた。
「兵士たちよ、聞いてくれ」
力強く、声を張り上げる。
「エール国軍の勇者たちよ、我々は勝ったのだ!」
兵士たちの目がデシャンに集まる。
デシャンが続ける。
「我々はグランド軍を追い払った。パビリオンの平和を我々の力で取り戻したのだ!」
それを聞いて、兵士たちからも声が上がる。
「そうだ!」
「やったぞ!」
デシャンが、さらに声を張り上げて叫ぶ。
「エール国軍の大勝利だ!!」
それを受けて、兵士たちからは、さらに大きな歓声が上がる。
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スザンヌは勝利に湧く兵士を見ながら、前世をぼんやりと思い返していた。
〈前世での私はこの後、意気揚々とマルカに凱旋した〉
当時の出来事がスザンヌの頭によみがえる。
〈マルカで、スコット王太子に戦勝報告をした〉
そこでスザンヌは王太子に提案した。
「今すぐにクレバへ向かって戴冠式に臨みましょう」
しかしスコット皇太子は即座に拒否した。
〈なぜ? 神様がそうおっしゃっているのに?〉
これに不満を持ったスザンヌは、
「なぜ神のお導きに逆らうのですか!」
怒りを込めた口調で、詰め寄った。
そんなスザンヌに、眉をひそめる皇太子。
思えば、あの瞬間からボタンの掛け違いが始まった。
考えの違いが少しずつ互いの不信感を生んでいった。
なぜ皇太子がクレバ行きを拒否したのか、今であればわかる。
クレバまでの道筋には、グランド国軍の強力部隊がひしめいている。
この道中に皇太子を同行させたら、絶好の標的になることは目に見えている。
それでもクレバ行きを主張するスザンヌ。
スコット王太子は、それをうるさいと感じるようになっていったに違いない。
グランド国軍幹部で、クレバに向かう危険を恐れていないのはスザンヌだけだったのだ。
そのことが今であればよくわかる。
ベテラン軍人はスザンヌを「分かってない小娘」と思う。
逆にスザンヌは男たちを弱虫だと軽蔑する。
今まで力を合わせて戦っていた仲間が、一瞬のうちに険悪になる。
〈そこから、すべてが呪われた方角に転がり始めたのではないかしら〉
スザンヌはそう思う。
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再び、現在進行中の世界。
ベテラン軍人たちの嫉妬をよそに、スザンヌの国民人気は高まっている。
重要都市パビリオンを奪還した勇敢な乙女に、貴族も民衆も熱狂した。
誰もが聖女スザンヌに期待を寄せる。
彼女は〈パビリオンの乙女〉と呼ばれるようになっていた。
スザンヌにその実感はなかったが……。
スコット王太子にとってもスザンヌは無視できない存在となった。
ほどなくスコット王太子からの通信使がスザンヌのもとに訪れた。
皇太子からの手紙をスザンヌに渡す。
開けると中身はこうだった。
〈パビリオン包囲戦の活躍は見事だった。マルカで戦いの報告をしてもらいたい〉
スザンヌは通信使に紙とペンを借りる。
そしてこう記し始めた。
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王太子さま
いますぐにでもお会いしてお話しさせていただきたい思いです。
しかし、まだ軍人としてやるべきことが残っています。
それを終えたら、すぐにあなた様のもとへ向かいます。
しばしお待ちください。
スザンヌ
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スザンヌは、この手紙を通信使に渡し、王太子に届けてくれるよう頼んだ。
明日も20時ごろに投稿しますね♡




