第19話 奇跡か? 偶然か? 魔女の呪いか?
「おまえたち、何をしているのだ!」
戦闘準備を始めたスザンヌの部隊に、男の怒鳴り声が響き渡った。
アモロ司令官ではない。
スザンヌはその声の方に振り返ると、風格漂うの男が立っていた。
短い髪、いかつい鼻すじ、丸い目からは鋭い光が放たれている。
その男が言う。
「戦闘準備の命令など出していないぞ!」
スザンヌが男はにじり寄った。
「あなたは誰なの?」
その男が言う。
「私はパビリオン市の指揮官・デシャンだ」
デシャンはスザンヌの頭から足までをひととおり見る。そして言う。
「君がフルーレの乙女スザンヌか?」
「そうです」
「なぜ、グランド国への攻撃を急ぐ?」
「それが神の意思だからです」
「なるほど」
デシャンは言う。そしてこう続ける。
「しかし、少し待ってくれないか」
「なぜです?」
「パビリオン市民は食料も物資も尽きて苦しんでいる。まず補給物資をみんなに届けさせてほしいのだ」
と言うや、デシャンは自分が率いる兵たちに、
「船に食料と補給物資を積み込め!」
と命じた。
そこにはデシャンが率いてきた大船団が停泊していた。
彼が率いる兵士たちが一斉に補給物資の積み込みを開始する。
スザンヌは思う。
きっとこのデシャン指揮官も私のことを信用してはいない。
しかし彼の中の、戦う気持ちは折れていない。
そしてアモロ司令官とは違い、スザンヌと話し合う姿勢は見せてくれている。
スザンヌを諫めたパビリオンの指揮官・デシャン。
スザンヌが察するとおり、彼の戦う気持ちは消えていなかった。
彼は決死の覚悟で、この大船団を率いてきた。
敵兵監視の中、リュシーの街までバーレル川を渡ってきたのである。
一刻も早くパビリオン市民に食料と物資を届けるためだった。
デシャンはスザンヌに言う。
「補給船団を安全に渡らせるために、パビリオンからも攻撃部隊を出した」
スザンヌがたずねる。
「どこを攻撃しているのですか?」
「川の北岸にあるグランド国の拠点、レーヌ・サム砦だ」
「確かに。そこから攻撃されたら船は沈められますね」
「そして今日吹いている、上流に向かう西風に乗せて、船を進めたのだ」
それを聞いて、スザンヌが言う。
「でも帰りはどうするのですか?」
デシャンは顔をゆがめながら言う。
「それが問題なのだ。思ったより西風が強すぎる。このままではパビリオンに戻れない。レーヌ・サム砦からの攻撃を食い止める兵たちも、さすがに長い期間までは持たない」
「心配はありません。きっと神のご加護があるはずです」
とスザンヌは言う。
さらにスザンヌはデシャン指揮官に、ずっとモヤモヤしていた疑問をデシャンにぶつけた。
「補給部隊に南周りのルートをアモロ隊長に命じたのはあなたですか?」
「そうだ」
とデシャン。
スザンヌが聞く。
「グランド国の砦を攻めようとは思わないのですか?」
「そうだ。今は市民への補給が最優先だ」
「しかし、天からの声のお導きのほうが、あなた方の司令よりも、ずっと賢明で的確です」
デシャンがムッとした顔をする。
スザンヌは、かまわず続ける。
「あなたは心配なさいますが、神様はパビリオンの市民を憐れみ給います。必ず、救いの手をさしのべてくださるのです」
そうスザンヌが言うと。すうっと、さわやかな風が流れてきた。
デシャンのほおをひんやりとなでて、流れていく。
さきほどまでと逆の風が、しだいに流れ始めていた。
風はどんどん強くなる。
パビリオンに戻るための、東向きの風がやって来たのだ。
「なんと! 奇跡だ……」
デシャンがつぶやく。
この乙女が起こした奇跡なのか、それとも神の意思なのか……?
それとも……魔女?
デシャンは混乱していた。
この乙女は普通の少女ではない。
おそろしい力を持っている可能性がある。
しかし、デシャンは怖れていた。
この乙女は戦いにはやっている。
何をしでかすか、わからない……。
明日も20時代前半に投稿しますね❤️




