第10話 美形騎士アンソニー、スザンヌを挑発する
部屋を出て歩くスザンヌの背後から、
「赤い服の娘さん、お待ちなさい」
と声がした。
さっきの部屋で、ラファエル司令官の隣にいた部下の騎士である。
優雅にカールした長い亜麻色の髪
その風貌は整って美しい。
くっきりとして涼し気な目、美しいラインの鼻筋。
しかし端正な顔には今、意地悪な笑みが浮かんで、スザンヌをからかう。
「お嬢さん、あんた、ここに来ていったい何がしたいんだ?」
騎士が続ける。
「俺たちだけじゃあ、ここもグランド国に占領されると馬鹿にしに来たのか? で、俺たちはみんなグランド国人にされちまうと言いにきたのかい」
するとスザンヌは毅然として言い放った。
「私はラファエル司令官にスコット王子のところに連れていくよう頼みました。しかし司令官は私にも、私の言葉にも関心を示しません」
「それはそうだな。お嬢さんのやってることは、とてもまともとは思えない」
スザンヌは騎士をまっすぐに見つめ、訴えた。
「私はたとえ足がすり減り、なくなってしまっても、王子のところに向かわなくてはなりません。エール国を救えるのは、どんな司令官でも騎士でもありません。私以外にいないのです」
騎士は呆気にとられてスザンヌの顔を見ている。
「私は村の母のもとで家事をしている方がよっぽど幸せなのです。国を救うことなど、もともと私の仕事ではないのですから。しかし天の声は私に命じました。ですから私は何としても成し遂げなくてはなりません。それを主がお望みなのですから」
「主って、誰なんだ?」
騎士が聞くと、スザンヌはこう答えた。
「神様です」
スザンヌは堂々と告げ、こう続ける。
「天使と聖女が私のもとを訪れたのです。その姿は美しくて、声はあたたかくて、私は感激のあまり涙を流していた。そして、その声に従うことを誓ったのです」
スザンヌの体が光り輝いている、軍人はそう思えた。
軍人はスザンヌの前にひざまずき、頭を下げた。
「お嬢様、数々の無礼、お許しを」
軍人はスザンヌの目を見て、こう言う。
「我が名はトリスタン・ド・アンソニー。ラファエル司令官配下の騎士だ。アンソニーと呼んでくれ」
「私はスザンヌ・マルクよ。スザンヌと呼んで」
「ではスザンヌ、手を出してもらえないか」
スザンヌが手のひらを出すと、アンソニーは自分の右手をそれに重ねた。
「神にかけて、王子のもとへ連れていくと約束する」
アンソニーはスザンヌに告げた。
スザンヌはアンソニーに聞く。
「私たち、友達だと思っていいかしら?」
「もちろんだ」
今度はアンソニーが聞く。
「ところで、いつ出発したいんだ?」
その言葉に、スザンヌは前世を思い返す。
私は焦っていた。
天からの啓示を実行しなくては、と強く思いすぎて、まわりが見えなくなっていた。
今みたいに問いかけられたら、きっと目を血走らせて〈今すぐに〉と答えていたと思う。
でも今は、みんなとの出会いとつながりをかみしめながら生きたい。
一度きりの人生なのだから。
だから今は、微笑みながらこう答える。
「明日より今日のほうがいい。でも、もっと遅くなるよりは明日のほうがいい。そんな感じ」
アンソニーも微笑みながらうなずいた。
明日も20時過ぎに投稿しますね♡




