第七話
その瞬間と言うのは一瞬で終わるかもしれない。今までかけてきた時間を考えるとこんな一瞬の為に、と思うかもしれない。だが、その一瞬にはそれだけの価値がある。何年もかけた時間はこの為だけにある。
誰も後悔などはなかった。辛い時もあったが、今はこうして仲間がいて笑うことすらできる。それは辛かった時でも自分が不幸ではなかったと言い切れる気がした。
三人はお互いに視線を送る。言葉は不要だった。
「なるほどの。面白い構図の三人じゃな」
リリーは理解する。この三人がどのような旅をしてきたか。これが終わればゆっくりとお茶でもしながら旅の話を聞いてみたいと思った。
それにはこれを絶対に成功させる必要がある。
「では一番手は儂じゃ。儂が合図をしたらロゼ、ペストの手を斬れ」
「了解」
そう言ってリリーはその場から離れようとする。全員がリリーの不可解な行動に首をかしげる。
「えっと、おかあさん?」
「無意識に願えばそれが叶う」
「え?」
「魔女の力というのはそのようなものじゃ」
みなの方を振り返り、ニヒルな笑顔を見せてリリーは言った。
「すべての生物においてもっとも重要なものじゃろう。そして儂との相性はかなりよい」
両手を広げる。
「魔女の再覚醒は生まれ変わりを意味する。そして、生まれた瞬間に魔女の力は決まるのじゃ」
リリーの身体がゆっくりと浮遊しだした。それと同時にその場の気温が少しずつ上がり始める。そして浮遊が止まるとリリーの身体が光り輝きだした。
「これは――」
「暖かい……」
それはすべての生物が知っていた。それに酷似している。
「まるで――太陽だ」
リリーを中心に光が放たれ、それが照らす箇所は優しい冬の太陽の日差しのようだった。凍り付いている地面たちを破って植物たちが芽を出す。今まで生命が枯れていた場所に息吹が芽吹きだす。
「ロゼ!」
名を呼ばれロゼは自分の役目を全うする。
「破邪の槍よ、この日差しで刃を!」
破邪の槍には刃がついていない。それは自然のもので生成される。この場所でもっとも効果がありそうな日差しを刃として生成した。
ロゼは迷うことはしなかった。破邪の槍をペストの手めがけて振り下ろす。まるで手ごたえなどなかったが、それは切断された。
それと同時にシェルが破邪の矢を引き抜こうとする。
「ぬおぉおっ」
硬い。だが、時間はかけてられない。片手で破邪の矢を掴んでいたが力が入らない。もう一方の手はロゼと手を繋いでいる。シェルはその手を迷うことなく放した。途端に全身に黒死病がまわる。
「司教様!」
右手で破邪の矢を。左手でアルビノの肩を掴んで力まかせに引き抜く。ゆっくりではあるが破邪の矢が抜けて来る。だが、シェルの身体の方がもたない。
意識が薄れかかっていく。このままでは気絶するかそのまま死ぬだろう。だからと言ってこの力を緩めるわけにはいかない。倒れそうになる身体を無理矢理たたき起こして力をこめた。
その瞬間ふっと身体が軽くなるのを感じ、同時に破邪の矢が抜けるスピードが上がったのがわかった。ロゼがシェルを左半身で支えて右手で破邪の矢を握ったのだ。
焼けるような溶けるような痛みがロゼを襲うが放すわけにはいかなかった。とても長い時間に感じたがそれは一瞬の出来事だった。
二人は同時に後ろに転んだ。その手にはしっかりと破邪の矢が握られていたのだった。
「魔女、矢を放せ!」
すぐにロゼの右手を矢から放そうとするが、皮膚がとけて矢にくっついていた。それをシェルは無理矢理皮膚ごと剥がした。右手が完全になくなるか、死ぬよりはマシだと判断したのだ。
矢を引き抜いた瞬間、サクラは違う事をした。それはまた自分の手の皮膚を噛みちぎって血をだしたのだ。それを矢が抜けた心臓部分に押し当てた。心臓に穴が開いた場所にサクラの血が直接流れ込む。だが、それも一瞬のこと。
サクラはすぐに薬をアルビノとペストに飲ませた。
その液体は口に入り、食道に流れ胃に落ちていく。その薬が流れた細胞が活性をはじめ、すぐに鼓動をはじめた。それは瞬く間に全身へと広がっていく。
細胞たちは再生され、血液がどんどんと増えて全身を駆け巡っていった。その身体はリリーの光よって温められ、頬に赤みが帯びて来る。
聞こえる。
初めは小さいながらにわずかな振動だった。意識の外側からそれはどんどんと大きく響いていった。気が付けばたしかに感じる心臓の鼓動。
「アルビノ? アルビノ――」
聞こえる。
自分を呼ぶ声が聞こえる。
いつぶりだろうか。肺に温かい空気が充満する。それだけで幸福を感じることが出来た。
感じる。
そこにいるのがわかる。
早く起きなさいと言われているかのように、ペストの長い黒髪がアルビノの顔をくすぐった。
そして、アルビノは大きな深呼吸を母に返したのだった。




