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魔女物語  作者: 夜行
第三幕
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第十五話

 詰まっていた息を吐き出す。いつから呼吸をするのを忘れていたのかと思うほど、新鮮な空気が肺を満たした。途端に頭が回って来る。



「喧嘩はおしまい。許す許さないじゃない。それよりもわたしたちには優先する事がある。判断は教皇様にまかせます。いこ。二人とも」



 伝えることは伝えられたとは思っていない。肝心の話なんてまったく出来ていない。それでも、シェルの事を想えばここにこれ以上いる意味はないし、自分たちのやっている事に賛同してくれる可能性は低い。


 長居は無用だ。


 全員が踵を返して部屋を出ようとしたとき。



「なぜその男と旅をしている」



 そう問われ、サクラとロゼは顔を見合わせた。



「ただの成り行きだ。本来なら私とサクラだけでいい」



 ロゼがそう答えるとシェルが何か言いたそうな顔をしたが、ここで口を出すのは無粋だと思ったのだろう。精一杯、顔で抗議する。



「わたしも、司教様と同じ、親が魔女だから」



 同情、とは違う。同族、仲間という意味がみてとれる。シェルは抗議の顔をやめてニコニコだった。こいつは調子のいい事でと、ロゼは呆れたため息を吐いた。



「……そうか。最後にもうひとつ。なぜ、魔女がそれを持っている」



 誰に言った言葉かは明白だった。この場に魔女は一人しかいない。だが『それ』とはなんのことだとサクラとシェルは顔を見合わせる。


 ロゼはカツン、と金属の音を鳴らした。



「これは私の物だ」



「違う。それは教会が管理し人間が扱う物だ。なぜ、魔女が持っている。いや、なぜ魔女が持つ事が出来るのだ」



 世の中には納得できない事が山のように存在する。その中でもっとも疑問に思うのが矛盾している事だ。



「お前は魔女だろう。なぜ、魔女が聖なる槍である破邪の槍を持つことが出来るのだ」



「は、破邪の槍!?」



 シェルは思わず声を上げた。予想もしなかった言葉が出て来たからだ。教会の者なら誰しもが知っている物だ。そして、その行方も。



「シェル司教殿、君は本当に気が付いていなかったのか……」



 憐みの瞳を向ける。普通ならひと目見ればわかるだろうに、やはり頭のネジが緩んでいるか存在しないのだろうという眼をしている。



「いや、魔女が破邪の槍を持っているとは誰も思わんだろ普通……」



「君たち人間は頭が固すぎるのだ。これに私が主だと認めさせた時、私はまだ人間だった。それだけの事だ」



「いや、しかし……」



 理屈はわからんでもないが、そんな事があって良いのだろうかとシェルは右手を口に当てて考える。だが、どんなに否定したところで、目の前に事実として存在してしまっているので、納得するしかないのも事実だ。



「それは教会が所持するべき物だ。長らく行方不明だったが、返してもらおう」



 教皇の言い分もわかる。元は教会の物で誰かが盗みだし行方不明になった。それを見つけたからと言って良いように使っていいものではない。


 ロゼは二歩前に出る。


 意外な行動にサクラは驚いた。まさか返せと言われて返すつもりなのかと。だが、そこはロゼという魔女だった。


 床に破邪の槍を垂直に立て言う。



「破邪の槍よ、お前の主はどっちだ?」



 その言葉と共に槍から手を放して、素早く槍から距離を取る。すると破邪の槍はロゼの方向にカランと倒れたのだ。



「こういう事だ」



「茶番だ」



 足で槍を跳ね上げて再びその手中に収める。


 誰が見ても今の行動は茶番だと思われるだろう。倒れる際に少し自分の方へと傾ければいいはずだ。


 だが、妙な説得力があった。


 誰がやってもおそらくロゼの方に倒れるだろうと。なんの根拠もないが、そう思ってしまっている。それをロゼはわかっているので、ただ鼻を自慢気に鳴らすだけだ。



「この槍は生きている。主を決して傷つけないだろう。なんならこの槍でお互いを刺してみようか?」



 刃がないただの棒だ。どうやって刺すというのだという反論はなかった。それどころか、ロゼの提案に誰も口を開けないでいる。



「聖なる力を扱える魔女、か」



「そうだ。それが私の力だ」



 唯一無二とはこの事だろう。今までの魔女の長い歴史の中に聖なる力を扱える魔女など存在しなかった。そしてこれからも存在するとは思えない。それほど稀有な力だ。



「その力で黒死病を止めると?」



「この力だけではない。ここにいる三人の力で止めるのだ。それ以外は必要ない。お前たちの役目はあの結界を解く事だ。何度も同じ事を言わせるな」



 自信に満ち溢れた言葉。その言葉はその者自体にも影響を及ぼす。そして、それは二人にも伝わる。怯える事なく、確信をしている。自分たちがそれを成し遂げると。



「だからと言って、根拠がない事は出来はしない」



「じゃぁ、このまま世界が滅んでもいいの?」



「世界は滅ばない」



「なんの根拠があってそれを言ってるんだ」



「危険が大きすぎる」



「だからと言って、事が起きるのをずっと待っている訳にはいきません。教皇様、よく考えてください」



 三人はそれ以上の言葉は言わなかった。これ以上はただの押し問答になる。そして血が頭に昇って判断が鈍り、激しい言い合いになるだろう。ここらが引き際だ。冷静な内に話し合いを終えるべきだと判断する。


 三人は誰が言う訳でもなく、その部屋を後にしたのだった。



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