第九話
「興覚め」
その一言を言い残してバスティーはその場から離れていった。その背中を見つめるシェル。
「ふん」
その怒りの息にシェルはロゼを見る。目隠しをしているのに怒っているのがわかる。わかるにはわかるが、なぜロゼがこんなにも怒っているのかがシェルにはわからなかった。
「なんだあいつは。本当に人間なのか。クソみたいな人間だな。どんな顔をしているのか見たくなった。はやくこれを外してくれ」
そう言われてシェルはロゼの目を覆っていた布を下にぐいっと下げた。
日差しがいつもよりも眩しかった。眼が慣れるのは数秒だった。そして視界が元に戻ったときには目の前にシェルがいた。
「なんて顔をしているのだシェル司教殿」
ロゼの目に映ったシェルの顔はなんとも言えない複雑な顔をしていた。いくつもの感情が混ざっている顔だ。悲しいのか切ないのか怒っているのか。どれとでもとれそうでとれない顔。それを見てロゼは笑う。
「君はもっと怒っていいと思うぞ。どうもシェル司教殿はあの司教には噛みつくと行為が頭から抜け落ちている」
くだらない、とロゼはくつくつと笑った。怒りはどこへ消えたのか。シェルのそんな顔を見て満足したのか。当のシェルはいまだに言葉を繋げられなかった。かわりにサクラが繋ぐ。
「誰かの為に怒るのってすごい事だと思うよ」
「うん?」
「簡単なようだけど、すっごく難しい。わたしには出来ないかもしれない。お姉さんはすごいね。ね? 司教様」
「あ、あぁ」
空返事を返すシェル。
「私は別に怒ってなどいないぞ」
「えー、怒ってたよ。そりゃもう烈火のごとく怒ってたよー」
「お、怒ってない」
どうやら血が頭から下に戻ったのだろう。さきほど自分が口走った事を思い出したようだ。ロゼはサクラの方を見るばかり。シェルとは顔を合わせようとすらしない。
何かを考えたわけではない。何かを言おうとしたわけではない。だが、シェルの口は動いた。
「魔女、おま――」
「あっれー! シェルじゃないか!」
そんな空気を切り裂く声が聞こえた。




