第十七話
いきなり目の前に希望が現れ、その希望がたちまち消え去ってしまったら人はどうするだろうか。どうせ元々なかったものだ、と割り切れる人間が世の中に一体どれほどいるだろうか。
「大丈夫! きっとなんとかなるよ!」
サクラはことさら明るくそう言った。ロゼにはそれが痛かった。自分の所為だ。自分がネルに捕まってしまったし、ここで会うべきではなかったのだ。
「サクラ……」
シェルはこの状況を腕を組んで黙って見ている。口を出すべきではないと思い、今後の事を考えているのだろう。
「二人ともすまない。すべて私の所為だ」
いつもなら売り言葉に買い言葉をいうシェルはそれでも黙っている。かわりにサクラが口を開く。
「大丈夫だって。だって――」
サクラは自分のカバンをごそごそを手を突っ込んで何かを探し始めた。二人の視線はその見えない手に集中した。そしてサクラがそれを取り出す。
「あっ」
「え?」
サクラが取り出したのはネルに渡したはずの不老不死の薬だったのだ。
「ど、どういう事ですかお嬢さん。それはさっき……」
「まさか偽物を渡したのか?」
サクラは無言で首を横に振る。
「ううん、違うよ。あの子に渡したのは本物の正真正銘の不老不死の薬だよ」
「だったら――」
「これはね、元から二本あったの」
「なるほど」
一本ではなく、二本あった。単純にそれだけの事だが、なぜ二本あったのか。それこそ単純な事で二本必要だったから。
「本当は一人一本、って感じだったんだけど、ね」
そう言われてロゼは理解した。あの場には二人いるのだ。アルビノと母親のペスト。しかし、薬は一本しかなくなってしまった。
「まぁ、まだ時間はあるし考えよう」
ロゼにはわかる。この事実があの二人に知れた時、きっと二人は自分の事よりも相手を優先するだろう。だから、尚の事迷うだろう。その時までに解決策と、見つからなかった時にどうするかを考えなくてはいけない。どちらかを救い、そちらかを見捨てるのだ。そんな決断が待っているかもしれない。
「お嬢さん、半分ずつ飲ませるっていうのはダメなんですか?」
一本しかないならそれを半分ずつ。シェルはそう言った。
「ダメって訳じゃないんだろうけど、そのぶん効果も半分になっちゃうと思うな。それに、この薬が効くかはわかんないしね」
まだ誰も飲んだことがない薬だ。その効果が本当にあるのかはまだわからない。
「だしかに。なら、考えましょう」
「うん、そうだね」
答えは簡単ではない。答え自体が存在しないのかもしれない。なら自分なりの答えを胸に秘めるしかない。サクラは考える。何が最善で、何が最良なのかを。
いや、と頭を振る。
考えない方がいい。そんな事を思った。考えるから答えが見つからないのだ。ゆるりと流れに身を任せる事で見つかる答えもあるだろう。時の流れに逆らうから強く感じるのだ。
自分はうまくこの流れに乗ることができるのだろうか。
「お嬢さん? どうされました?」
「どうした? サクラ」
自分一人では出来ないだろう。でも三人なら。
「ううん、なんでもないよ」
仲間がいる。
根拠などはない。それでも安心できるし確信ができる。きっと黒死病は止まる。世界は元のカタチへと戻るのだ。
「いこっか。世界を救いに」
その言葉に笑う者はいない。壮大な目的の為、同じ目的を持った仲間だ。ロゼとシェルは力強く頷いてみせた。それだけでサクラから笑みがこぼれたのだった。




