第十五話
一筋の線が、一筋の赤い線がサクラ胸元にはいった。
「いっ――、たっ――――いっ」
「ちっ、浅いか」
わずかに切っ先をかすめた。しかし、あと一瞬でも躱すのが遅ければ致命傷になっていただろう。
「てぇんめぇッ! お嬢さんの柔肌によくも傷をッ!!」
「はい、どうどうシェル司教殿。落ち着け落ち着け。あそこに飛び込んだら死ぬぞ」
ロゼはシェルの背中部分の服を掴んで停止させる。
「ぅぅ……。いたい。泣きそう……」
自分の身体を抱きながら涙目になる。
「次は――」
ないぞ、とネルは言いかけてやめた。やめた、というよりも言葉が出なかったのだ。サクラの傷がどんどんと塞がっていくのが見えたのだ。
「ぅ~、ロキぃ、早く早くぅ」
まぁ待て。というロキの声が頭に聞こえる。
傷口に膜のようなものが覆いかぶさっている。それが凄まじい勢いで傷を塞いでいった。数秒後には傷は完全に塞がる。
「ふぅ」
痛みから解放されて深呼吸を一回。
「……とんでもないな」
リリーはよほど過保護だったようだ。あのような代物を作り出すなど、よほど大事だったのだろうと、ネルは記憶にあるリリーの顔を思い浮かべた。
そして目の前にいるリリーと瓜二つの忘れ形見。さて、どう攻略をするかとネルは思考を巡らせる。このまま戦えば勝てるのは勝てるだろう。ただし時間がかかるのはたしかだ。それはそれで面倒だと思う。もう少し簡単に、スマートに攻略できる方法はないか。それが卑怯だと言われても、悪道だと言われても、邪道だと言われても、左道だと言われてもかまわない。
「サクラ! 大丈夫か!?」
自分を師匠と呼び、自分を弟子だと言い張る元人間。
優先順位は――。
「遥か昔から変わる事はない」
ネルは素早く動いた。
「えっ? あっ!」
その行動の意味を、何をするのか、サクラはすぐに理解したが身体は思考と違ってすぐには動かなかった。
「動くなよ、忘れ形見よ。妙な動きを見せればこいつの首を即座に撥ねる」
ネルはロゼの背後を取り、地面に押さえつけた。そしてその首にはガラスの剣が触れていた。一秒もあれば、首は切断されるだろう。
「ぐっ、し、師匠?」
ロゼの言葉にネルは見向きもしなかった。
「終わりだ。三秒だけ待ってやる。薬を寄こせ」
ネルは三秒たてば本当にロゼの首を切り落とすだろう。自分の弟子だろうが目的を遂行する為には命を奪う。それが容易に理解できた。
ネルは、本気だ。
「わかった! わかったよ! わたしの負け! 渡す、渡すからちょっと待って!」
サクラは両手をあげて叫んだ。
「サッ、サクラッ!」
ロゼの言葉など届かなかった。サクラは自分のカバンの中を漁る。すぐに小瓶を見つけて取り出して、それをネルに向かって放り投げた。ネルはそれを自分の波動に絡めとり、自分に引き寄せた。両手で小瓶を持ち、胸の前で抱いた。
「これで――」
その時の表情は、長く生きた魔女のものではなく、年相応の子供の顔に見えたのだった。




