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魔女物語  作者: 夜行
終章「魔女狩り」
22/90

終幕



 噂、というのはいったいどこまで広がるのだろうか。

 村? 町? 国? はたまた世界か。

 人間が存在する限り、人間のように噂は歩きまわる。まるで人間の影のようにいつも後ろについているのかもしれない。

 だから、王都アルヴェルトから南に遥か離れたこの国で噂を聞いてもさほど驚かなかった。むしろ、この場所を離れないといけないのでめんどうだと思ったくらいだ。

 あの名前が耳に入らない場所へ。

 それが、その場所こそが目的地だ。

「黒死の魔女の処刑が決まったらしいぞ」

 黙って耳だけを傾ける。

「いつだ?」

「十日後、と言っていたか」

「まぁ、十日後と決まってから日にちはすでに経っているわけだ」

 噂が始まったのが十日後。ここに噂が辿りつくまでにどれだけの日数がかかったのだろうか。もしかしたら、すでに十日経っているかもしれない。

 二人の少女は無言で机に並べられた物を食べていた。

 そして小さな少女が食べ終わったとき。

「どうするんですか?」

 年上だろうと思われる少女が、自分よりも小さい少女に敬語で話かけた。

「どうもしない。次の国に行くまでよ」

 上品に口を拭ってから立ち上がる。しかし、もう一人の少女は立ち上がろうとしなかった。それを見てもさして興味がなさそうな顔だ。ついてくるなら勝手についてくればいい。今までそうしてきた。

「師匠、ここでお別れのようですね」

 師匠と呼ばれた小さな少女は「そうか」とだけ言った。

「私は戻りますよ」

「勝手にすればいい」

 そう言われて右手を師匠と呼ばれた少女に出した。最後に握手でもしようというのだろうか。

「……なんだその手は」

 手を突き出した少女は握手など求めていなかった。

「雲竜石、ください」

「…………」

 そう言われて顔を歪める。

「お前、あれがどれだけ価値のあるものかわかって言っておるのか?」

「もちろんですよ。だから餞別にくださいと言っているんです。それに、雲竜石は私の方に懐いていますからね」

 それが権利だ、と主張する。

 正直なところ、怒る場面だろう。しかし、そうはしなかった。

「やっとお前から解放される。勝手に付きまとってくれおって」

「楽しかったでしょ?」

「黙れよ」

 そう言ってポケットから少女の拳ほどの石を取り出した。それをひょいと投げる。

「くれてやる。それを持ってさっさと失せろよ。二度と私の前に姿を見せるな」

 そんな言葉を吐かれても少しも嫌悪感はわかなかった。むしろその逆だ。

 立ち上がり、頭を下げる。

「あの時の御恩は一生忘れません。そして、出会えて、再会できて幸運でした。できれば一生ついて行きたいですけど、私にはもっと大事な仲間がいるのです。その仲間を助けなければいけない。必ず、助けた、という噂を貴女の耳に届けてみせます」

 背を向けて、視線は合わせなかった。言葉も必要ない。振り返ることなく、その場から煙のように消えていく。

「……まったく、素直じゃないなぁ」

 そんなに長い付き合いではないが、わかっている。これがあの人なりの別れの仕方なのだろう。ようやく見つけて弟子にしてくれと頼み込んだ。当然拒否されたが、勝手についてまわって勝手に師匠と呼んだ。時折、後ろを振り返ってくれた。それだけで十分だ。

「じゃ、帰りますかね」

 鉄の棒をコン、と地面についた。

 ロゼは後ろを振り返らずに前だけを見据えたのだった。





 なぜ処刑が決まったのか。それは今現在が人間だったとしても、魔女だったからだ。理由はそれだけで十分だった。魔女だと疑われた人間が何人も火刑に処されてきたのだ。それを考えれば処刑されて当然だった。

 では、なぜ何日もかかったのか。それは相手が黒死の魔女だから。その瞳で見つめられただけでウイルスにかかり死んでしまう。そんなものを相手に出来るほど人間は強くない。力がなくなっていると言われても、それを信用は出来ない。

 天災そのものと言ってもいいだろう。そんなものを人間がコントロールできるとは思えなかった。しかし、誰かがやらねばならない。

 重い腰を上げたのは一人の司教だった。自分の命を懸けて黒死の魔女を処刑する。そう宣言した。

「アルビノ? 起きてる?」

「なんだ?」

 今現在、ペストとアルビノは教会の地下牢に幽閉されている。檻は隣通しで相手の姿は見えないが、声は届く。

「元気?」

「こんな状況で聞くことがそれか?」

「他に何を訊けばいいのよ。お腹すいてない?」

「…………」

 ペストが眼を覚ましてからずっとこれだ。何かとこちらの心配ばかりをしてくるが、アルビノに言わせればペストの体調の方が気になる。

 ペストが眼を覚ましたのは、ここに幽閉されて三日目のことだった。本当はまったく違う牢屋に入れられるところだったが、ペストが眼を覚ましたときに自分がいないと魔女の力が復活して暴走するかもしれないと適当な嘘をついた。誰もペストには触りたがらなかったし、すぐに処刑されることもなかったが、それも時間の問題だろう。

 状況は、悪い。

「なんだか変な感じね」

 ペストは自分の手を見ながら言った。

「百年ぶりの人間の身体。言うほど変わらないわね」

 アルビノはそれに応えられる言葉を持ち合わせていなかった。

「力がなくなって、人間になって、普通に歳をとって死んでいくのかしら」

 再び人間としての時間が動き出した。普通ならペストのいう通り、これから歳をとっていくのだろう。しかし――。

「……俺たちには時間がない」

「そうね……」

 二人とも今後のことが予想できている。つまり、このままいけば処刑される。

「どうするの?」

「……どうするもなにも」

 何も出来ることはなさそうだった。二人ともただの人間で、相手は巨大だ。抵抗して、それが結果に結びつくとは思えなかった。

「まぁ、あなたには生きてほしいと思うけど、一緒に死ねるならそれも悪くないかもね」

 同感だ、とアルビノは思った。だから、抵抗する気力がないのかもしれない。自分たちは数日前にすでに死んでいておかしくはなかった。それを教会騎士団がその場では殺さずに、王都アルヴェルトまで連れて帰ってくれたのだ。

「あと数日で処刑の日が決まるだろうな」

「そうね。それじゃ、その日までいっぱいお喋りをしましょう」

 お気楽な、とは思わなかった。

「あぁ、そうだな」

 アルビノはそう返した。

「あ、そうそう」

 とペストはさっそく何かを思いついたらしい。

「ちょっと母さん、って呼んでくれない?」

「……なぜだ」

「だってはっきり聞いてないもの。死ぬ前にしっかり聞いておきたいじゃない」

「…………」

 どうにもその願いは聞きたくない気がした。なので沈黙をきめこむ。

「ねぇ、アルビノ? 聞こえているんでしょ? 母さんって呼んでよ」

「…………」

「ねぇ、ねぇったら」

 こんな薄暗く冷たい場所で死を待つしかないのに、なぜか温かい気がしたのだった。




「お前たちの処刑の日が決まったぞ。明日、正午、刑を執行する」

 突然そう言われたが、特に何も感じなかった。ただ、やっと決まったのかと胸のつっかえがとれたほどだ。

「刑は火刑だ」

「どっちからするんだ? できることなら一緒にしてほしいんだ」

「心配せずとも一緒だ。無駄な抵抗はするなよ」

 そう言って兵は牢屋の前から姿を消した。

「だってさ、母さん。良かったな」

「そうね。最後にあなたを抱きしめさせてもらうわ」

「明日、か……」

 明日、死ぬ。

 未練も何もなかった。今までこれほどまで清々しい気持ちになれたことはない。全部やりつくしたし、一緒に死ねる。せめてその時までは今を楽しむしかない。

「さぁ母さん、今日は何を話そうか」

「そうねぇ」

 その場所には冷たい空気などなかった。




 翌日、正午。

 空気は冷たく透き通っていた。もうすぐ冬がやってくる季節だ。雲は薄く、空を斑に覆っている。

 いい天気だ。誰もがそう思う日。

「これからお前たちを処刑台まで連行する。何か言い残すことはあるか?」

「そうねぇ、ちょっと息子を抱きしめていいかしら?」

「好きにしろ」

「そんなに怯えなくても大丈夫よ。私にもう魔女の力はないわよ。あなたたちがここで死ぬことはない」

「だとありがたいがな」

 屈強な戦士でも、ただその瞳に映れば死のウイルスに感染すると知っていれば、自然と足も震えるものだ。

 兵士の一人が牢屋の鍵をあける。久しぶりに見る母の顔は少し痩せたように思えた。

「アルビノ、ちょっと痩せたわね」

 どうやらお互い様だったらしい。温かい、母の温もりだ。いつまでもこのままでいたい衝動にかられるがそうもいかなかった。

「そろそろいいだろうか」

「えぇ、堪能したわ」

「…………」

 表現が、とアルビノは思ったが何も言わなかった。

 腰の後ろに手を回して鉄の錠をかけられる。少し力を入れてみたが、当然びくともしない。人力でどうこうできる代物じゃない。

 どうにもならないな、とため息をついた。最悪、ペストだけでも逃がしてやりたいと思ったが、一人で逃げるような母親ではないので難しそうだ。

 狭く暗い階段を上って地上へ。

 久しぶりの太陽の光が眼を焼いた。いつしか見た処刑される魔女を思い出す。あぁ、たしかに空を見つめたい気持ちがわかる。世界はこんなにも広く美しいものだと、心に刻んで死ぬのもたしかに悪くない。

 兵に連れられて処刑台を目指す。まわりの視線は気にはならなかった。知った顔もいるだろうが、そんなことはどうでもよかった。時折、ゴミが飛んできて罵声を浴びせられたが、それも受け入れることが出来た。

「見えるか。あれが処刑台だ」

 兵士が指さす方角を見れば、あの処刑台があった。少し段差がある壇上。遠くからでも見えるようにされている。そして中央付近にそびえ立つ大きな柱が二本。あれに括り付けられるのだ。

「あれは、お前たちだけの処刑台だ」

「嬉しくないわよ」

「だろうな。よく抵抗もしないでここまで来てくれた。礼を言う」

 律儀な兵士だ。

「あなたが教会を裏切って私達を助けてくれてもいいのよ?」

「ご勘弁を。貴女はたしかに美しいが、やはり人ではない。そして、私は人だ」

 いつの間にか止まっていた足を動かせと鎖が引っ張られる。逆らうことも忘れて自然と足が動いた。

 死への階段がもう目の前にあった。

 処刑台をあがって見下ろせば、そこは人で溢れかえっていた。誰もが恐怖を見る眼をしてこちらを見つめている。十字架を手に、祈っている者もいれば、赤子を抱いている者もいる。

 これは見せしめだ。魔女にかかわった者も処刑になるという見せしめだ。今後、そんな輩が現れないようには必要な事なのだろう。

「お前はこっちだ」

 鉄の錠を外されてロープで手をきつく縛られる。右側の柱にアルビノは縛られた。柱にはよく燃えるように、すでに動物の油が塗られているのだろう。少し匂いが臭かった。

 ペストも抵抗することなく縛られる。

「いよいよね、アルビノ」

「そうだな」

 足元にはワラが敷かれた。

 そして罪状が読み上げられるが、二人の耳には何も入ってこなかった。そんなもの聞いたところでどうでもいいし、それよりも過去を思い出す方が先決だ。

 両親を殺されたこと。魔女に拾われたこと。魔女を憎み、助け助けられたこと。仇が違ったこと。

 そうだ。アルビノは一つだけどうしてもペストに聞きたかった。

「一つだけ聞きたい。なんで自分を仇にした?」

「強く生きてほしかったから。それしか考えつかなかった。不器用でごめんなさいね」

「もし、違った形で出会っていたなら、復讐の毎日じゃなくてもっと幸せな毎日があったと思うか?」

「そうね。あったでしょうね。私達はきっと出会い方を間違えたのよ」

「そうだろうな」

「私達の出会いは最悪だったと言えるでしょうね」

「そうだな……」

 もし――。と二人は声を合わせる。

「「生まれ変わりがあるなら――」」

 顔を見合わせる。

「また会おう」

「また会いましょう」

 違った出会いを期待して。

 罪状は読み上げられた。それと同時にペストとアルビノの隣に火を持った兵が現れた。恐怖はない。むしろ早くしろと思った。

理由は早く次へいきたかったから。今度は最悪の出会いではなく、リリーとリンドウのように最高の出会いをしたい。

次が、待ち遠しい。

「火を放てぇ!」

 兵士の持った火が、足元のワラへと向かう。

 そして――、火は一気に燃え上がった。

「――ッ!」

 声は二人とも出さなかった。相手が心配するから。ただひたすら終わるまで我慢するしかない。眼の水分はとび、熱い空気が肺を満たそうともこのまま――。

 その時、民衆の後ろから巨大な影が飛翔した。ただの雲の影かと思ったが動きが早すぎる。人は空を見上げて絶句した。

「ド、ドラゴンだッ!」

 その言葉を疑った。そんなものは伝説上の生き物で存在などしない。本の中だけの存在だ。しかし、それはその言葉が似あうだけの容姿をしていた。

 それに気が付いた者。気が付かずにまだ処刑台を見つめているもの。

 場に混乱が生じる。

 最初、それは野次馬が投げたゴミだと思った。小さな瓶。少女に掌よりも小さな小瓶だった。それがペストとアルビノ目掛けて投げ込まれる。誰しもがだたのゴミを投げたのだと思った。

 しかし、その小瓶は二人に当たると破裂して一瞬で炎を消し飛ばしたのだ。

「アルビノ!」

 空から声がした。

 何が起こったのか考える余裕なく、声のした方に視線をやれば、空から降りてくる知った顔が二人いた。

 リリーとリンドウだった。

「まったくこの莫迦者が」

 素早く着地してそばにいた兵士をなぎ倒す。そして持っていたナイフですぐにロープを切った。

「り、リンドウ?」

「久ぶりだね。助けに来たよ」

 嬉しかったが、悲しかった。一目見ればそれがわかる。リンドウは左肩から先がなくなっていた。顔も左眼辺りから皮膚がなく、耳もなかった。明らかに重症だ。きっとあの後に壮絶なことがあったのだろう。まともに動けていること自体がおかしい。

 それでも笑顔を向けてくれる。

「お前、なにやってんだよ……」

 自分の方が死にそうじゃないか。言葉は呑み込まれた。それを言ってしまえば冒とくになってしまう。そんな言葉を親友に言えるはずがない。

「お説教はここを抜け出たあとだ! リリー!」

「わかっとるわい! それ来たぞ! 教会騎士団に王都騎士団じゃ!」

 二つの勢力がその場に集結する。が、民衆に阻まれてなかなかうまいようにこちらに来れていない。この短時間が勝負だ。

「リリー、あなた……」

「また会うたなペスト。人間らしくなったの」

 ただの皮肉だ。それにペストはふふっと笑う。こんな時に談笑している場合ではない。

「立て! 逃げるぞ」

 強い風が飛んでいる。

「逃げられると思うなよ!」

 知った声がアルビノとリンドウの耳に届いた。

「ファルト、久しぶりだね」

「絶対に来ると思っていた! だから俺がお前らを殺してやる!」

 昔からファルトはアルビノとリンドウが気に食わなかった。そして同期で彼らをよく見てきた人物だ。この二人の絆を考えれば絶対に現れると予想していた。

 そして、その言葉の本気が伝わる。なぜならその手に握られていたのは紛れもない神の力。

「嘘でしょ……こんな時に」

 三種の神器の一つ。破邪の剣。

 いつの間にか民衆はかき分けられ、ファルトと処刑台の間に人はいなかった。誰もが巻き込まれて死にたくはない。

 切っ先を壇上に向ける。その力は離れたこの距離でもビリビリと感じることができる。この波動は間違えるはずもない。

「行くぞ!」

 ファルトが一歩前に足を踏み出そうとした時だった。処刑台とファルトの間に一本の鉄の棒が突き刺さった。そしてその隣にふわりと一人の少女が降り立つ。

「お前! ロゼ!」

「やあやあ、久しいね、みんな。悪くない登場だったろう」

「ロゼ……」

「やぁアルビノ。本当に久しぶりだね。だいぶ成長したみたいだな」

 私と違って、と最後に一言そう言った。それは皮肉だけではない。ロゼの姿は別れたあのときとさほど変わっていなかったのだ。

「ロゼ、お前……」

「私は有言実行するタイプの人間だ。おっと、間違えた。有言実行するタイプの、魔女だ」

 その雰囲気は紛れもない魔女のもの。間違えるはずもない。

 覚醒したのだ。

 ずっと魔女に憧れ続けた少女。自らが魔女になりたいと切に願った少女。その為に、友人たちと別れ、一人で茨の道を進んだ。

 そしてその願いは叶えられた。

「まぁつもる話はあるが、ここを切り抜けてからにしよう」

「ロゼ! てめぇ、俺が止められると思ってんのか!」

「思っているよ。むしろ私しか止められないと思っている」

「この破邪の剣を、止められるはずがねーだろうが!」

「やってみなよ」

 薄笑いを浮かべてロゼは挑発する。

「お前も一緒に……くたばれ!」

 ファルトは剣を振るった。

 ロゼは鉄の棒を地面から引き抜き、それで破邪の剣を受けようとする。

「そんな鉄の棒で防ぎきれるわけねーだろうが! 真っ二つだ!」

「君は相変わらずうるさいなぁ」

 破邪の剣と、ロゼの持つ鉄の棒が接触する。激しい金属音。しかし、それは破壊された音ではなく、受け止めた音だった。

「受け止めたッ! そんな馬鹿なッ!」

 ロゼは鉄の棒を振るってファルトを後退させる。

「君は何もわかっちゃいない。そんな奴が破邪の剣を持つ資格はないよ」

 なぜ破邪の剣が止められたのかファルトには理解が出来なかった。

「アルビノ、あのロゼが持っている棒って……」

 見た目は普通の鉄の棒だが、その波動は凄まじい。つまり――。

「あぁ、あれは――破邪の槍だ」

 三種の神器の一つ、破邪の槍。その存在は行方不明とされている。どこにあるのかも、誰が所持しているのか、そのすべてが不明とされていた。

「そんなわけあるか! どうせレプリカだろ!」

「今、君が持っている破邪の剣を止めたことが何よりの証明にならないかな?」

 三種の神器を止めれるのは三種の神器しかない。

 しかしファルトは反論する。

「魔女であるお前が破邪の力を使えるはずがない!」

 そうだ。破邪とは悪しきものを退け浄化させる。魔女である者が持てるはずもないのだ。しかし、ロゼはしっかりと持っている。

「お前、本当に魔女か?」

 からくりがわからない。どういった原理でこうなっているのだろうか。魔女として覚醒したのは嘘で、いまだ人間ではないのか。それなら理解できないでもない。

「魔女さ。私は魔女だ。なに、簡単な話だ。私がこの破邪の槍を見つけて、この槍に主だと認めさせたとき、私がまだ人間だった。それだけのことだよ」

 だから持てる。ロゼはそう言った。

 原理はわかる。だが、そんな事がはたして本当に可能なのだろうか。

「可能もなにも、今現在目の前に存在しているだろう。自分の目で見たものを疑うのか」

「……どこにあったんだ」

「これは身近な場所にあったよ。聞いたら笑うぐらいな扱いをされていた。アルビノ、リンドウ。君たちも見ている」

「えっ?」

 つまりそれは士官学校の中にあったということなのだろうか。

「少し違う。これはな、王の部屋にあったんだ。しかも、帽子掛けの棒にされていたよ」

 あのときだ。大会があったあの日、リリーに言われて王の部屋へと行ったことがあった。そのときに確かに帽子掛けがあったような気がする。

「忍び込むのには苦労したけどね。まぁなんかという感じだ」

 ロゼは破邪の槍をくるくると回しながら言った。

「これは、私の物だ。誰にも渡さない。さぁ、かかってこい。ファルト!」

 煽られるようにファルトはロゼへと向かっていった。

「アルビノ、今のうちに早く!」

「あぁ」

 態勢を立て直してペストを見る。多少の火傷はしているが、命に別状はないみたいだ。あの投げ込まれた小瓶の液体が炎を消すだけではなく、傷も多少は塞いでくれたのだろう。

「簡単に逃げられると思っているのか」

 振り向き、そこにいたのは二人が憧れた存在。教会騎士団団長のセージだった。一番会いたくない人物だ。恩人と言っても過言ではないし、士官学校のときも何かと気にかけてくれた。真っすぐに顔を見れない。

「……逃がして、くれませんか?」

「…………」

 セージは深く眼を閉じて「無理だな」と言った。鞘から剣を抜き、振るう。

「アルビノ! 食い止める先に!」

 リンドウは短剣を腰から抜いてセージに突きつける。しかし、出来るわけがない。そんなことには応えられない。

「リンドウ、旗色が悪くなっておるぞ! 兵が集まってきておる」

 リリーも植物を操って足止めをするが多勢に無勢だ。このままでは長くはもたない。なにか、突破口を見つけなければ。

「上だ! アルビノ! 雲竜石に飛び乗れ!」

 ロゼが叫び、上を見ると、空には体長三メートルほどのドラゴンが飛翔していた。あれに飛び乗るにはかなり勇気がいる。まず、単純に怖かった。

「恐れるな! あれは知性が高い! 早く行け!」

 もたもたはしていられない。だが、自分よりも先にあれに乗せたい人がいる。

「母さん! 先に行ってくれ!」

「あなたが先よアルビノ」

「ここで押し問答している暇はない。頼むから先に――」

「行かせるか!」

 兵士が処刑台に流れ込む。逃がすまいと兵士二人がアルビノを押さえつけて、手持ちの短剣を握った。この場で処刑するはずだったのだ。方法が多少違っても死ねば同じ。

 短剣が高く持ち上がり、アルビノの背中に真っすぐに吸い込まれていく。

その瞬間だった。

「私の息子に――触るなッ!」

 怒涛とも言える声。しかし、それはただの声ではなかった。ペストの人間の黒い瞳が爆発的に赤みをおびていく。兵士二人が突然苦しみだし、絶命したのだ。

「これは――」

 間違いないとリリーは確信する。

「魔女の力か」

 再覚醒。ペストは今この瞬間、再び魔女へと覚醒したのだ。

「こんな事があるとはの……」

 訊いたこともない。魔女から人間に戻ったという話も聞いたことがないし、さらにそこからまた魔女に覚醒したのだ。何度、奇跡をみればいいのか。

「母さん」

 自分の手をまじまじと見つめるペスト。再び、人の道を外れた魔女。その力は増している。死に至るまでほんの数秒だった。黒死の進行スピードが速すぎる。

 喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか。どちらとも言えないこの気持ちに言葉が続かない。

「これで、あなたを守れるわね、アルビノ」

 やはりこれが本当の自分。魔女としての自分が自分なのだ。

 それを少し離れた場所で目撃した兵士は一目散に叫んで逃げた。

「黒死の力が復活したぞ!!」

 その声を聞けば、誰もが恐怖する。場は混乱へと変化した。

 そんな乱戦の中で、すべてをひっくり返せる一撃というのは存在する。だいたいそういった類のものは死角をついて突然現れるのだ。

 バサリと、一匹の蝙蝠が飛んだ。

「お前――」

 蝙蝠はアルビノの身体を覆い、ローブへと姿を変える。

 これでなんとかなるかもしれない。誰もがそう思ったときだった。

 民衆の中から一本の矢が放たれた。音もなく、処刑台へと飛んでいく。だが、それに気が付かないほど落ちぶれてはない。

「アルビノ!」

「わかっている!」

 その矢はペスト目掛けて飛んでいた。だからアルビノはその前に立ちふさがり、ローブが変化した黒翼で落とそうとする。

 しかし――。

 何かがおかしい。この感覚、どこかで感じたことあるような気がした。矢と黒翼が接触した時、それは起こった。

 まるで翼などないかのように、矢はするりと抜けていったのだ。その瞬間に理解した。

「破邪の矢だ!」

 リンドウが叫ぶが一手、遅い。

 避けることも何もできずに、アルビノは破邪の矢をその身で受けるしかなかった。

「アルビノッ!!」

 誰がアルビノの名を呼んだのかわからないかった。後ろに倒れるアルビノをかろうじて受け止めたのは母親のペストだ。ペストは絶句する。破邪の矢が心臓部分に突き刺さっている。まるで自分のときと同じようだった。そして、その矢を射た人物も。

「くっ、ははっ。当たった、当たりましたねぇ」

 不敵な笑い。全身を包帯でぐるぐる巻きにした男、異端審問官のオルガだった。彼は一命をとりとめたのだ。

 状況は最悪と言える。助けに来たはずが、あわや全滅の可能性まで出てきた。

「さぁ、みなさん! 終わらせましょう!」

 覇気が増す。

「……迷っている暇はない、か」

 リンドウは狼の毛皮を被る。

「よせリンドウ! 今の状態で変化をしたら――」

 止めるリリーの声は耳に入っている。だが、この場を逃げ切るためにはこの力に頼るしかない。今のリンドウは重体だ。そこにさらに負荷をかけるとどうなるのか。考えなくてもわかる。

「たくましくなったな」

「こんな形であなたに褒められたくはなかったですよ」

 白い吐息を牙の隙間から漏らしながらリンドウは言った。セージを倒す必要はどこにもない。足止めをするだけでいいはずだ。背後に回って一撃を入れて気絶させればいい。

 そう思って動こうとした瞬間だった。

「ぐっ……」

 強烈な吐き気が襲った。これは狼の毛皮からの警告だ。これ以上はダメだ。自分の意思ではなく、変化がとける。

「どうやら限界のようだな」

 リンドウは床に両手足をついてセージを見上げる。

「少しの間、眠るがいい」

「ちっ、あっちの状況が最悪だな」

 ロゼは舌打ちをして倒れたアルビノとリンドウに視線をやる。

「なによそ見してやがる」

「おっと」

 遊んでいる暇はない。

「悪いがカタをつけさせてもらうぞファルト!」

「やってみろ!」

 いつまでもファルトにかまっている場合ではない。しかし、破邪の剣は絶大だ。自分しか止められないだろう。

 ロゼは破邪の槍と空へとかざした。

「雲竜石!!」

 名前を呼ばれてドラゴンはロゼを目視する。そして空気を肺いっぱいに吸い込んだ。口の周りにはバチバチと電流が流れている。

「あいつはな、雷龍なんだよ」

 大きく開かれた口からイカヅチが勢いよく放たれる。それはファルトを狙ったものではない。イカヅチが落ちたのは破邪の槍だった。雷鳴が支配し、人々は頭をかかえてしゃがみ込む。

「…………」

 ファルトはそれを見つめるしかできなかった。

「……綺麗だ」

 鉄の棒だと思っていたその先端に、イカヅチの刃がついていた。それは天翔ける龍のように電流が棒をぐるぐると回っている。これが破邪の槍の特性だ。刃は自然のもので形勢される。

「手加減は、なしだ!」

 その切っ先をファルトにむける。破邪の槍から放たれた大砲とも言える一撃は、先ほどの落雷とは比にならないほどの爆音をあげて、すべてを吹き飛ばした。誰もが息をのむ。あんなものを喰らっては一欠けらもなく吹き飛ぶだろう。しかし、ファルトは生きていた。

「破邪の剣の結界に守られたか。だが、もう動けまい」

 ここまでが想定済み。さすがに元友人を手にかけることは出来なかった。すぐに踵を返して処刑台に駆け上がった。

「何をしている! 急げ!」

 そう口には出すが、そうもいかない事はわかっている。動かしては危険な事ぐらいわかっている。ペストの時とはわけが違う。

 アルビノは人間だ。人間の心臓に矢がささっている。物理的に絶望しかない。

 全員が取り乱している。そんな中で違和感を覚えたのはリリーだった。何かがおかしい。何かが、溢れそうなこの感覚。

「リリー……」

 自分の名前を呼んだのは、誰だ?

 探すまでもなく、リリーの視線はペストを捉えていた。

「もう……ダメ。抑えが、ききそうに、ない」

 そう言われた瞬間、すべてを理解して叫んでいた。

「全員この場から離れるのじゃッ!」

 そんな事はわかっている、と言おうとしたとき。

「こやつらは置いて行く! さっさと逃げるんじゃ!」

「何を言って――」

「黒死の力が暴走する! もう無理じゃ! ロゼ!!」

「雲竜石、来い!」

 ドラゴンは一直線にロゼの元へと飛翔して、ロゼはその首に掴まった。そしてその足でリリーとリンドウを捕まえて空高くへ羽ばたく。

「ちょっ――」

「リンドウ無理じゃ! これ以上は――」

 リンドウは手を伸ばすがアルビノとの距離はどんどん離れていく。

「おろせぇぇえッ! なんの為にッ! ここに来たと思っているんだッ!」

 誰に言うわけではなく、リンドウは叫んだ。

「急げ雲竜石!」

 全速力で翼を羽ばたかせるが一秒が長い。

「ごめんねアルビノ……」

 ペストは優しくアルビノの頭を撫でる。反応は、ない。

 コップに注がれた水は限界を超え、現在表面張力でなんとか溢れずにいる。しかし、それも長くはもたなかった。

 それは心臓の音なのか。爆発音なのか。処刑台を中心にそれは世界へと蔓延する。黒い霧が一気に広がってすべての命を奪っていった。

「爆発した!?」

 後ろから死が迫る中、自分の無力さにリンドウの眼からは涙があふれていた。

 今にも黒い霧は自分たちを飲み込もうとしている。雲竜石は必至で飛翔するが向こうのスピードの方が早い。

「追いつかれる!」

 まるで生きているかのように、黒い霧は全員をすっぽりと飲み込んだ。視界は真っ暗で何も見えないし聞こえない。

 深淵の闇がそこには広がっていた。

「まだだ! 雲竜石、加速しろ!」

 黒い霧から猛スピードで切り抜ける。たしかに呑まれたが、ロゼが破邪の槍で結界を張って防いだのだ。悪しき力を浄化できる三種の神器を見事に操ってみせた。

 スピードの乗ったまま、向かい風が吹く。ドラゴンにとってそんな風は無風に等しい。だが、霧は影響を受けて押し戻された。

 遠のく。

 どんどんと離れていく。

 助けると誓ったはずなのに。

 大事な仲間なのに。

助けに来たのに。

何も出来なかった。

「絶対、絶対いつか助け出してやるからなッ! アルビノッ!!」

 何年かかろうと、ここへ戻ってくる。

 そして、助けてみせる。

 遠のく中、黒い霧で見えなくなったのか、自分の涙で見えなくなったのか、リンドウは悔しさと後悔で声をあげて泣いたのだった。

 




                       終わり


これにて完結となります。ここまで読んでくださってありがとうございました。

この作品は去年載せていたんですが書き直して載せなおしたものになります。本当は一つの章で10万字ぐらいにしたかったのですが、それはまたの機会に。

実はこれ続きがあります。それを今書いているところなので気が向いたら読んでやってください。

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