第五幕
試合が終わって四人は一か所に集まった。
「おつかれ。防衛どうだった?」
「まぁ、来たのが一人だったからソッコーで倒した」
「それは良かった良かった。ちょっと旗とるの遅れそうだったから心配した」
「お前んとこは何人だった?」
「防衛が二人だったね。敵陣まで誰も会わなかった」
「なるほどね。二二で分かれていたのか。って、うおっ!」
アルビノは思わず驚きの声を上げた。そこにいたのは同じ顔なのに、天地ほど違う表情をした姉妹がいた。
ロゼはどうやらご立腹の様子で、クルルは顔の前で両手を合わせて必死に誰かに謝っている。
「ど、どしたのロゼ……」
リンドウが怒れる虎を落ち着かせるように話しかけた。
「私は世の不公平さを見た」
アルビノとリンドウは訳がわからずに顔を見合わせた。とにかくかなり怒っていることだけは理解できる。
「戦闘に関しては悪かった。一人、足止めをできずに、足止めをされてしまった」
「い、いや、十分な働きだったよ」
そこでクルルがひたすら謝っているので、二人はなんとなく察した。
「ごめんなさいごめんなさい。役立たずでごめんなさい」
さすがにフォローをしないといけないと思って話を聞く。
「何があったの?」
「そ、それが……よく覚えてないんです」
「…………」
すぐに気絶でもさせられたのだろうとすぐにわかった。
「だ、大丈夫だよ。そのうち慣れてくるはずだから、ね」
「ぅぅう~。すいません~」
かたや双子の姉も何やら聞いてほしそうだったので聞いてみる。
「ロゼは? 何をそんなに怒っているんだ?」
するとロゼは地獄の門を開くように重く口を開いた。
「まぁ私情だ。我が妹様がどれだけ可愛いのかを知ったよ。だが、最後には私の性格の悪さの方がいい感じだと言っていたが、それは果たして喜んでいいものなのかどうか……」
フッ、と明後日の方向にため息をついた。
これはかなりの重症だ。余計な事を言ってくれたものだと敵チームを恨む。まぁ相手が他人ならともかく、この二人は血を分けた姉妹だ。そこまで仲が悪くなることはないだろう。
「とにかく、怪我人が出なくて良かった。クルルは気絶させられた時に殴られたんだろ? 大丈夫か?」
「ちょっと痛いですけど大丈夫です!」
「私には聞かないのか?」
めんどくさいなぁと思ったが口には出さずに、労いの言葉を投げる。
「ロゼはよくやってくれた。お前が一人足止めをしてくれなかったら、俺はやばかったかもしれん」
「まぁ、当然だな」
「…………」
これをあと何回繰り返すことになるだろうかとアルビノは憂鬱になった。
「ま、まぁまぁ初戦だし、勝ててよかったよ。反省点は次に生かそう」
「そうだな」
「次の試合までまだ時間あるし、他の試合を見ながら反省点や作戦を考えよ」
まだ試合は始まったばかりだ。これからまだ何試合もしなければいけない。試合が進むにつれて勝つことは困難になってくるだろう。自分たちが慣れるという事は、相手だって慣れるという事だ。
それ以上に自分たちが動けるようになればいいというのは簡単だが、そううまくいくわけがない。予想通りに事が進む方がおかしな世の中だ。
この試合では物事に対して予想外の」ことが起こった場合の経験つませるのが目的だ。それを何度も経験して騎士となる。
実戦経験に勝るものはない。それはつまり強くなれるという事だ。それがアルビノもリンドウもわかっているからこそ、この試合が楽しくてたまらない。この経験を積んだ時、自分はいったいどのぐらい成長できるのか。自分の目標まで手が届くようになるのか。
この学校を卒業するときの自分が楽しみで仕方がなかった。
他の試合を見ているときだった。
「君たちがアルビノとリンドウか?」
そう声をかけられて振り向いた。そこにいたのは知らない大人の男だった。四人は顔を見合わせる。誰かの知り合いかとアイコンタクトをしてみるが、誰も心当たりはないようだった。こういう場合は第三者が仲介にはいった方がいい。
「何か御用ですか。私たちは今、忙しいのですがね」
ロゼが凛とした態度で言った。男は横に首を振る。
「そう拒絶をするな。まずは私の自己紹介をしよう。私は王直属の護衛の一人で名をレジャーという」
ますます意味が分からなかった。王の護衛の人間がこんなところで、しかも自分たちを訪ねてくる理由はなんだろうか。
「あっ、もしかして――」
リンドウが何かに気が付いたようだった。心あたりは――ある。
「そうだ。お前の母親が呼んでいるのだ。王宮へ案内しよう」
リリーは王の薬を作っている。この大会も見に来ると言っていた。しかし、魔女が堂々と見ることなどできないだろう。それこそ教会の人間に見つかってもめてしまう。だからリリーは王を利用したはずだ。その使い。
「待て待て」
しかし、それに異を唱える者が一人。ロゼだった。
「本当に信用できるのか? 今の話。私は疑り深くてね。どうにも……」
他のチームが勝ちたいが為に罠に嵌めるつもりではないのだろうかとロゼは考えた。
「考えてみなさい。大の大人が子供の指示に従うと思うか」
「バカな親はどこにだっている」
それこそ自分の子を捨てたり。
「いや大丈夫と思いますよロゼちゃん」
今まで黙っていたクルルが口を開いた。
「なぜそう言い切れる」
するとクルルは一つの物を指さした。
「それ、王直属の護衛を証明するバッジですよね? 本で見たことがあります。簡単に複製なんてできるような代物じゃないし、作るのにすんごいお金がかかってるって読みました。もし仮に複製なんてしようものなら、火あぶりの刑になるとも」
そう言われて三人はバッジを見つめる。たしかに高そうな凝った装飾品だ。とても偽物とも思えない。
「なかなか賢いお嬢さんだ。たしかにそうだが、その考えは根本が危ういな」
「え?」
「たしかに私は王直属の護衛の者で間違いはないが、それが信用に値する人間だとはイコールではない。私が王を裏切っている可能性だってある」
「あっ……」
「まぁ、可能性など考えてもキリはないがな。さてどうするかな? 私についてくるか、それとも断るか」
レジャーは楽しむように不敵に笑っている。四人を試しているのだ。
「ついて行くよ」
リンドウがそう言った。
「ほう。いいのか?」
「はい。あなたからは嘘の匂いがしませんから」
「鼻がいいようだな」
レジャーはもちろん毛皮のことを知らない。それに今、リンドウは毛皮を持っていない。それでも感じとったのだろう。
「うちのまま、平気で無茶なこと言うから。連れてこいっていうのは本当だと思うよ。仮に連れて行かなかったら、それに気が付くだろうしたぶんペストさんもいるだろうしね。そんなことになったら、きっと王都は滅ぶよ」
「あ~、まぁ、居そうだし、そうなりそうだな……」
「まぁ及第点だな。あまり長話をして遅くなっては私の身の安全が危うい。少し急ごうか」
その表情は真面目だった。だからこの話が本当だと信じられる。
「大丈夫ですよ。僕たちからままに言っておきますから」
「そうしてもらえると助かる。私にとって魔女は……恐怖でしかないのだ」
苦笑いをしてそう言った。きっと本心なのだろう。アルビノとリンドウに申し訳なさそうだった。
「勝てて良かったの。おめでとう」
「まま~」
開口一番そう言うなり、二人は抱き着いた。
「見てくれてたの?」
「うむ。なかなかよかったぞ。あのまま二人をぶちのめすのも可能じゃったのに、旗を優先したじゃろ。さすがじゃな」
「えへへ~」
リンドウは頭を撫でられてご満悦だ。
「おう、リンドウ、待て待て。それよりも――」
アルビノはリンドウをリリーから引きはがして背筋を伸ばす。ロゼとクルルはとうに背筋は伸びていて、顔に余裕の表情は一欠けらもなかった。
なぜならそこには、この国の王がいるのだ。
「レジャーよ。ご苦労だった。しばらく下がってよい」
「はっ」
同じ人間とは思えないほどの迫力だった。優しく微笑んでいるのにもかかわらず、その気迫はすごい。老いていてもまだ鋭利な金属のようだった。
「そうかしこまることはない。もっとくつろぎなさい」
「いや、普通の人間には無理じゃろ」
「そうか? とにかくこうして会えたことを嬉しく思う。魔女の子たちよ。それに学友たちもだ」
王は一人一人に握手をした。ロゼですら緊張しているのがわかるし、クルルは今にも気絶しそうだ。
「これは夢、きっと夢だ」
「ロゼちゃん、きっと私たちは天国にいるんですよ~」
「いや、それはおかしい」
「? 何がおかしいんですか?」
おかしいと思う事の理由をクルルは思いつかなかった。しかしロゼの真剣な表情を見れば、それが冗談ではないというのが伝わってくる。
ロゼは重く、口を開く。
「私が天国にいるのはおかしくないが、クルルが天国にいるのはおかしい。きみはどう考えても地獄往きだ」
「な、なんでですかー!」
頬を膨らませてぷんぷんと怒るクルル。
「だって考えてみてくれたまえ。姉の私に多大なる迷惑をかけているクルルが天国にいける訳ないだろう」
「それはきっと完全な私怨だね」
双子なのでいつも比べられるのは当たり前。クルルはおしとやかで大人しいので人気がある。それをロゼは根に持っているのだろう。
二人はやんややんやと口喧嘩をする。
「おい、お前たち。一応王の御前だぞ。少しはわきまえろ」
アルビノが顔に手をあてて呆れるように言った。それでようやく思い出したのか、二人はぴしっと背筋を伸ばす。
「いやいや、元気があって結構である。私も子供のころを思い出す」
それから少し談笑をして四人は試合に戻っていった。
「残りも頑張るんじゃぞー」
「まかせてー」
大きく手を振りながら別れた。
「いや~、ままと会えて元気でた~」
「お前だけな」
「君だけな」
「リンドウくんだけだと思います」
仲間から非難の声があがる。
「なぜ!?」
「王の御前でよくもまぁ緊張しないもんだな」
「緊張はしてたよ」
どの口が言っているのだと三人は強く思った。全員同じ人間でしょ、とか言って言いくるめそうだ。
「まぁ、緊張してもどうしようもないしね。普通が一番だよ」
真似は出来ないなと素直に関心した。リンドウは心が、精神力が高い。それは親に捨てられた以上のことがないと思っているからだろう。あの時の感情を超える事はもうない。あれと比べれば、それ以外のことはたいしたことはない。
その気持ちがかろうじてわかるのはこの場ではアルビノだけだろう。それを察してか、アルビノは「そうだな」と深く相槌をうったのだった。
試合会場に戻っていく途中に見覚えのある顔に呼び止められた。
「おい」
と、ぶっきらぼうに一声。その一声は明らかに見下している、貴族特有の声のかけかただった。
その相手とは同期のファルトたちだった。
「次の相手は俺たちだ。謝る練習でもしてろよ」
「謝る理由が思いつかないんだけど?」
リンドウはいたって冷静に対処をする。アルビノなら言い返していただろう。
「気にくわねぇんだよ」
ファルトは真っすぐと言い放った。そしてチラッと視線をリンドウの後ろにやる。そこに映るのは同じ顔の二人。嫉妬の眼差しがそこにはあった。だが、それは誰一人として気が付いていない。
「ぶん殴ってもいい機会だ。遠慮なくやらせてもらう」
「うん、いいよ~」
明日遊びに行ってもいいかと聞かれたあとの返事のように軽く言い放った。それがまた余計にイラつく。
「けっ」
吐き捨てるようにファルトはその場を去っていく。
ジンだけが残り、言葉を交わす。
「いつもすまんな」
「あいつはいつも怒っているな」
「貴族って立場がまたそうさせるんだろうね。ぼく庶民でよかったよ~」
心の底からそう思える。
「ジン、手加減しないぞ」
「あぁ、正々堂々やろう。お互いに成長できるいい機会だしな。それじゃあとで」
そう言い残してジンは駆け足でファルトの背中を追った。
「あいつはいい奴そうだな」
ロゼがそんなことを言った。
「そうだな。あの中で唯一まともかもな」
「身体も大きいですしねぇ」
「関係なくない?」
「関係ないな」
「クルル、君は少し黙ってなさい」
「なんでよー!」
今から試合が始まる。緊張はしているが、この四人なら、どんなことでも乗り越えられそうな気がした。それがチームワークというものだろう。自分の目的にまっしぐらだった二人は、こんな生活がやってくるとは思ってもみなかったことだ。
悪くない。
そう思えた瞬間だった。
第二試合目。
「よし、前回と同じ作戦で行くぞ。リンドウが前、ロゼクルルが中、俺が後ろだ」
「おっけい」
「は、はいっ」
「今回の試合はかなりの私怨がありそうだな」
ロゼはため息をつきながらそう言った。いつもファルトはアルビノとリンドウを敵視していた。そしてこの試合は相手を殴れる。願ってもない機会だろう。
「ぼくたちはなーんも心当たりないんだけどねぇ」
「まぁ、妬みや嫉妬だろう。君たち二人は人気者だからな」
他人事のようにロゼは言った。しかし、今回は他人事で済まされないとわかっている。だからため息が出るのだ。
「どうも私たちは巻き込まれた感があるが、ファルトの狙いは君たち二人だ。二人でなんとかしてくれ」
「頑張ってくださいねっ」
「ロゼとクルルがケガをしないように頑張るよ。頑張るよって言ってもどうしようもないときはどうしようもないけどね」
「そうだなぁ。ロゼとクルルは今回はもう少し後ろで、俺の視界に入る範囲でいてもらうか」「見くびるなよ、と言いたいところだが、私たちの戦闘能力は高くない。平均かそれ以下だろうな。まぁ足止めぐらいはするさ」
「そ、その間にリンドウくんが頑張ればいいんですねっ」
グッと両手の拳を胸の前で力強く握った。
「他力本願だな」
「私の座右の銘にしときますっ」
「う~ん……」
リンドウは少し悩んだが、まぁいいかと割り切った。
油断はしないでおこう。同等かそれ以上だと思って試合に臨む。自分が気を抜いて隙をつかれて負けたりでもしたら仲間に申し訳ないし、それ以上に自分が許せそうにない。魔女を守ることなど、この先出来はしないだろう。これはその予行練習のようなものだ。仲間を見事守って勝つ。
「よし、始まるぞ」
全員が自陣の旗の位置についた。そしてスタートの笛が鳴り響く。
それと同時にリンドウ、ロゼ、クルルは全速力で走りだした。
「きゃうっ」
しかし開始早々三秒でクルルが転んでしまう。
「何をやっているんだ君は! おいていくぞ!」
「そんな~ロゼちゃん待ってよーう」
「僕はお先に~」
待っていたらダメだ。そもそも一緒に走る理由などどこにもない。自分の役割は相手が自陣に来るよりも先に敵陣にたどり着くこと。そして旗を取る。だから転んだクルルにかまっている暇などない。
そもそもロゼとクルルはアルビノがギリギリ見える位置で待機するのでそんなに急ぐ必要はどこにもない。ただの気持ちの持ちようだ。リンドウが懸命に走っているのに自分たちが歩くのはどこか違う気がした。
クルルはようやくロゼに追いついて、一定の距離をとって辺りを警戒した。
真正面から来るか、左右に分かれて来るかどっちだ。
前を走っているリンドウは中盤を少し過ぎたあたりで、前方で人の気配を感じ取っていた。草木をかき分けて走ってくる音が聞こえる。
「……一人じゃない」
二人か? 三人か? 四人全員か?
ほどなくしてそれを目視する。
ファルトとジンの二人だ。相手もこちらに気がついたようだった。
始まる。リンドウがそう思っていたら、ジンが走る方向を変えた。リンドウを避けるように迂回し始めたのだ。しかしファルトは真っすぐリンドウ目掛けて走ってくる。それを見て、ジンの表情が曇った。
「ファルト! 作戦と違うぞ! 迂回するんだ!」
「うるせー! こいつをボコボコにする!」
「何を言っている! やめるんだ作戦を守れ!」
もはやファルトの耳には届いていないようだった。ジンは舌打ちをしてどうするかを高速で考える。選択は二つだ。
一緒に戦うか、見捨てるか。
二人なら勝てるかもしれない。しかし、今のファルトと連携がとれるとは到底思えなかった。ジンは止まることなくその場を駆け抜けた。ファルトが少しでも長くリンドウを足止めしておけば、その隙に自分が旗をとれるかもしれない。それに懸けたのだ。
「僕なんかにかまってていいの~?」
リンドウは攻撃を避けながら言った。
「うっせー!」
大振りの攻撃。そんなものリンドウに当たるわけもなく、虚しく空をきる。隙を見て、リンドウは足払いをしてファルトをこかす。
「足元がお留守だよ」
「ち、ちきしょーがー!」
顔は真っ赤になって必要以上に睨みつける。これはもはや試合ではない。ただの喧嘩に近い。だが、リンドウは相手にしない。これは試合だ。勝つことが優先される。
こんなところで時間をかけている暇はない。隙を見つけて一撃で倒そうとした瞬間だった。それは音もなく現れた。
リンドウとファルトは目の前にいる敵だけに集中していた。とは言ってもリンドウはしっかりと辺りを警戒している。他に敵はいなかった。ジンは駆け抜けて行ったし、戻ってきたらすぐにわかる。
そこに生命体がいるかどうかぐらいは気配みたいなものを感じ取ることが多少できる。それは狼の毛皮を纏っているので、野性的なものには敏感なのだろう。しかし、そのリンドウですら感じ取れなかった。つまり――。
音もなくそれは空間を引き裂く流れ星のように一直線だった。その流れ星、という表現は間違っていない。
ゴツ、と鈍い音がした。
「ぐあっ」
それは一直線に音もなくファルトの後頭部に命中した。あまりの衝撃にファルトは白目を剥いて気絶する。
「なっ、なっん……」
状況が呑み込めないリンドウは地面に転がったそれを見る。
「……石?」
それは拳の半分ほどの石だった。それがどこから飛んできたのかはわからなかったが、リンドウは辺りを見渡す。すると、振り返った瞬間。
「ブッ!」
見事におでこに直撃してリンドウも地面へと屈服した。
物陰から審判がひょこと出てきて顔をしかめる。
「……これは珍しい」
ダブルノックアウトだな、と呟いて二人の手当てをせっせと始めたのだった。
石がどこから飛んできたのかというと。時間は少し遡る。
「ねぇ、ロゼちゃん」
「なに?」
「来るかな?」
「そら来るだろ」
「え~、来てほしくないですぅ」
「そうなったら試合にならんだろ。自分も成長できないぞ」
「ぅぅう~。あぁ、神様。どうして世界はこんなにも厳しいのですか……」
両手を胸の前に組んで空に問いかける。
「祈るだけ無駄だ。そんなことをする暇があったら少しでも集中しろ」
おもむろにロゼは自分の足元を見た。するとそこには拳の半分ほどの石がいくつか転がっていた。
「ロゼちゃんロゼちゃん、いいことを考えましたよ!」
これぞ名案、とばかりに石を持ってはしゃぐクルル。
「……いい予感がまっっったくしない」
「ひどいっ」
そんな姉を無視して自分の名案を説明する。
「この石を投げましょう」
「……どこへ?」
「前へ!」
「……誰もいないのにか?」
「だから、けん制みたいなものですよー。当たったらラッキー程度の威嚇です」
「ふむ」
意外と悪くないかもしれない。音もなく飛んでくる石を避けるのは不可能に近いだろう。それが当たって、数が減ったらたしかに儲けものだ。
「まぁ、好きにやってみればいいさ」
「やったー」
姉の許可を頂いたところでクルルは「では」と意識を前へと集中させる。
そして足をこれでもかと大きく上げ、振りかぶって思いっきり投げた。
ポーン、と。
石はクルルの意思を無視して大きく弧を描いて遥か彼方へと消えていった。
「…………」
「…………」
「……てへっ」
「てへっ、じゃないだろう。どこを狙って投げたらあんな暴投になるんだ。相変わらず、無駄に肩の力が強いな」
「おかしいですねぇ。もう一度」
もうやめとけ、とロゼがいう前に石は発射されていた。それも同じく凄まじいスピードで明後日の方向に飛んでいった。
「……クルル」
「……はい」
「もういい、もう、いいんだ……」
「ぅう~……」
大きな瞳から一滴の涙が零れ落ちたのだった。
自分の投げた石が見事に敵をノックアウトしたとは知らないクルル。
そして味方のリンドウもその餌食となっているなど、知る由もないクルル。
リンドウは前衛だ。リンドウを失って誰が攻めるのか。それ以前に、誰もリンドウがリタイアしたことがわかっていない。それを如何に早く気付くことが出来るのかが試合の行方を左右する。
ジンは敵陣へ走りながら、きっとファルトはリンドウに負けたと予想していた。一対一で勝負を挑んで勝てるような相手じゃないのはよくわかっている。そしてそれが二対一でも怪しい。少しはファルトが足止めをしてくれている事を祈る。その隙に自分が早く敵陣へ乗り込んで旗を取るしかない。それが自分たちが勝てる唯一の方法だ。
「見えた!」
前方に影が二つ。
「ロゼとクルルか」
そしてその後ろにはアルビノが、旗があるはずだ。ジンは止まることなく一気に駆け抜ける。
「ききき来たああああああっ」
「落ち着けクルル! 構えろ! 絶対に通すな!」
ロゼとクルルが叫んでいる声はアルビノの耳に届いた。
「誰だ! 何人来たんだ!?」
目を凝らして前を見つめる。自分の見えているものだけがが正解ではない。左右に隠れて来ている可能性だってある。
「一人か!」
あれはジンだとすぐにわかった。それと同時に、ジンがここにいるという事は、きっとリンドウも敵陣へ着いているはずだ。あとは多少の時間があれば、リンドウが旗をとって審判の試合終了の笛の音が聞こえてくるはず。
だったら無理をすることはない。
「ロゼ、クルル! 下がって来い!」
声を張り上げて言うが二人の耳には届いていない。すでに意識は目の前のジンへと注がれている。かと言って自分が旗の前を離れるわけにもいかない。
ただ見ている事しかできない。
二対一だ。なんとか足止めをしてくれればそれだけで良かった。しかし、ジンは二人とは戦おうとすらしなかった。
「あっ――」
「ちょっ――」
ジンは木の葉が舞うように綺麗に二人の間をすり抜けてきたのだ。それを見てアルビノは目を剥いた。その行動には素直に驚いたし、無謀だと思った。誰が見てもそう思うはずだ。なのになぜそのような行動に出るのか。可能性は一つ。
ジンは囮。
アルビノの頭はそう判断をした。
「ロゼ、クルル! こっちに来なくていい! 辺りを警戒しろ!」
アルビノのその言葉にロゼはすぐにその意図を理解して返事をした。
「了解!」
「は、はいっ!」
クルルはおそらくよくわかっていない。
二人は一定の距離を保ちつつ、いつでもアルビノを助けられる位置まで移動して辺りを警戒する。きっと一人ではないはずだと。
木と木がぶつかり合い、鈍い音が四人の鼓膜を震わせた。
「ジン、お前、一人じゃないだろ」
組み合っている最中にアルビノは言った。
「さぁ、どうかな」
それにジンは曖昧な返事で答えた。
これはジンの作戦勝ちだ。無謀な行動を堂々ととることで、他に仲間がいると思わせた。実際には誰も来ていない。三人は見事にジンの術中にハマったのだ。
組み合った剣が離れる。アルビノが力で押してジンを少し後退させた。そこに隙なく連続で攻撃を叩き込む。ジンは受けるのが精いっぱいだった。しかし、なんとか一撃も喰らわずにいなす事が出来た。
それでもジンの手は悲鳴をあげる。力、スピード。そのすべてがアルビノが上だと、今の攻撃でわからされてしまった。
今の攻撃で決めようと思えば決めれたはずだ。なのにそうしなかった理由は一つ。仲間をおびき出す事。
アルビノはしっかりと自分を見ているが、その意識は周りにしっかりと配られている。そんなものを見せつけられては心が折れてしまう。自分とはレベルが違いすぎる。
だからといって、降参するなど断じてあり得ない。
「アルビノ、ずっと前から本気で戦ってみたかったんだ」
「手加減しないぞ」
二人は再び剣を交える。と同時にアルビノは足払いをした。これは小さい頃にいつもペストにやられてきたものだ。それが綺麗に決まって、ジンは尻餅をつく。意識は手から離れる。
アルビノはジンの持っていた木製の剣を思い切り薙ぎ払った。まるで磁石が反発するかのようにジンの手から離れていった。
「あっ――」
剣を目で追った直後に右頬に衝撃が駆け抜ける。
「ぐっは――」
殴られたのだと気が付いた時は、自分の右手が勝手に動いてアルビノを殴っていた。倒れて取っ組み合いになり、何度殴られ殴ったのかわからなくなった時だった。
ジンは自分の体が動かなくなったことに気が付いた。自分の背中は堅い地面についている。一方、アルビノはしっかりと膝をついて自分の上にいた。
その瞬間に負けたのだと悟った。
「……参った」
「……二試合目でこんな本気の殴り合いとか勘弁してくれよ」
アルビノはジンに手を差し伸べる。それにしっかりと捕まってジンは体を起こしたのだった。
「……おかしい」
アルビノは違和感を感じ取った。
ジンを倒して守りを強化するためにロゼとクルルを後方へと呼んで少し経った時だった。
「何がおかしいんですか?」
「君の頭だ」
「ロゼちゃんひどいっ」
ぽかぽかとロゼを殴る。そんな微笑ましい姉妹喧嘩は今はどうでもいい。
「今、試合が始まってどのくらい経った?」
「そうだな、半分ぐらい……十五分ぐらいじゃないのか?」
「私もそのぐらいだと思いますっ」
アルビノ自身もそのくらいだと思う。この時間の感覚に間違いはないようだ。だったら尚更だ。
尚更おかしい。
「やっぱりどう考えてもおかしいな」
「だから何がだ?」
自分が理解出来ないことをさっさと答えを言えとロゼが怒り気味で言う。
「……リンドウはどうした?」
「…………」
「リンドウくん?」
アルビノの言葉にロゼは理解したらしい。クルルはわかっていない。
「もう試合も半分は過ぎた。あいつがまだ旗を取っていないというのはどういう事だ?」
「……たしかにおかしいな」
「苦戦しているだけなんじゃないですか?」
「クルル、君は少し黙ってなさい」
そう言われてクルルはしゅんとなった。きっと獣の耳と尻尾があったなら、さぞかし萎えている事だろう。
「あいつが苦戦? それこそありえない」
「たしかにそうだな。なら考えてみよう」
「ジンはすでにリタイアしている。という事は相手の数は三人だ。一対三で今も戦っている?」
「可能性としてはなくもないと思うぞ」
「なくないかもしれないが、限りなく低い。あいつなら一対三でもなんとかしそうだ」
「たしかに。なら次の可能性は?」
「…………」
次の可能性の方がもっとありえない。だからアルビノはそれを口に出すか少し迷った。
「……あいつが負けた可能性」
「それこそありえないだろ」
すぐさまロゼが反論する。もちろんアルビノ自身もそう思う。だが、これはあくまで可能性の話だ。
「……何かの罠にハマった可能性だってある。でも仮にそうだとしたらもっとおかしい」
「なにがだ?」
「なぜ敵はこちらに攻めてこない?」
「…………」
一対三でリンドウが負けていた場合、一人を防衛に残して二人でこちらに攻めてきてもいいはずだとアルビノは考えた。
だが、いくら待っても誰もやってこない。
「隙を伺っているだけか……もうその変に二人いて、こっちが三人だから様子を見て作戦を決めているだけか?」
「よし、クルル。その辺を走ってくるんだ」
「なんでですか~!? 完全に囮じゃないですかー!」
「その通りだ。誰かがやらねばならん。君のその豊満な胸を使って走ってくればいい。その私と違って豊満な胸を使ってな」
「私怨じゃないですかー!」
「さっさと行け!」
「ふぇぇぇえん」
可哀そうにと思いながらアルビノはクルルを見送ったのだった。
クルルが周辺をえっほえっほと走っているのを静かに見つめるアルビノとロゼ。
「どうだアルビノ」
「出てこないな。いないのか……」
「そうじゃなくてだな」
「?」
「クルルの“私と違って“豊満な胸はどうか、と聞いているんだ」
「…………」
無視しよう。アルビノはそう思った。
この作戦をいつまで続ける? もう時間はあまり残されていないはずだ。次の作戦を早急に考えなけれいけない。
「クルル! もういい! 戻ってきてくれ!」
そう大声で言われてクルルの顔がパッと明るく弾けた。それほど嫌だったのだろう。
「お次はどうする?」
ロゼにそう言われて腕を組んで考えるアルビノ。
どうする? どの判断が正解だ?
こういった状況の時に、何を考えても正解だとは到底思えない。すべてが不安になってくるものだ。しかし、その一つを必ず選択しなければならない。それがきっと、絶対に正解だと信じて。
「……誰かがこの場を離れるしかないだろう」
「まぁ、このまま膠着状態が続くのはどうかと思うしな」
「これって時間が過ぎたらどうなるんでしたっけ? 人数が多い方が勝ちでしたっけ?」
「いや、人数に関係なく引き分けになるだけだ」
誰がこの場所を離れて、誰がこの場所を守る?
「……俺が敵陣に行く」
「そして私たち二人が防衛か」
「責任重大ですね……」
二人とも反論せずにアルビノの案を受け入れた。それがきっと一番いい方法だ。相手は三人いる。一人は必ず防衛に残るだろう。しかし相手からしたらリンドウとアルビノがいる。防衛に人数を割いてもおかしくはない。二人の可能性もある。そうなった場合に、攻めるのは一人。こちらはロゼとクルルに守らせておけば二対一だ。さすがに負けないだろう。
その間に自分が敵陣に乗り込むしかない。
「よし、あとどれぐらいの時間が残されているかわからんが、気を抜くなよ。もしリンドウがまだ攻めているなら、それを手助けすればすぐに勝負は終わるはずだ。だが……どうなんだろうな」
これから先は予想外のことが待ち受けているに違いがない。
「わかった。早く行け」
「ここは任せてくださいアルビノくんっ」
「あぁ、行ってくる」
アルビノは後ろ髪を引かれつつも走り出した。なるべく周辺を警戒しつつだ。敵が隠れているならそれを倒すにこした事はない。あの二人の負担を少しでも減らすことが出来る。
敵陣までがまるで世界の果てのように遠く感じる。
どれほど走っただろうか。
「半分ぐらいは来たか?」
敵の姿は見えない。もしかしたら素通りした可能性だってある。だったら尚更、敵陣に到着して早く旗を取らなければいけない。
地面には争ったあとがあるが、それが今回のものかはわからなかった。当然前回の試合の名残だってある。
いつ試合終了の笛が鳴ってもおかしくはない。この先に、どんな光景が待ち受けているのかわからないが、先に進まなければ何も始まらないのだ。
不安に向かって走っていると錯覚してしまいそうになる。
「そうか、これが……」
心の強さが試されている。
アルビノはそう感じた。身体を鍛えることは簡単だ。しかし、心を鍛えるのは容易な事ではない。何年もの歳月がかかるだろう。
「これを乗り越えれば」
自分は人として成長してもっと強くなれる。
魔女だって、殺せる。
それが嬉しくてたまらなかった。それに気が付いた事。それに向かっていける事。
アルビノはシニカルに笑いながら敵陣を目指した。
目的地に到着した瞬間にアルビノの目に飛び込んできたのは、旗を守る二人だった。それを見て、アルビノは二つのことを思った。
まず一つ。ファルトがいない事。どこかですれ違って自陣へと向かっているのかもしれない。なら、早急にこの敵陣の旗を取らないといけない。
そして二つ目。リンドウがいなかった事。それこそすれ違った可能性だってある。しかしアルビノは直感した。
やられてリタイアしたのだと。
「……あのバカっ」
ここへ来て正解だった。あのまま無駄な時間を過ごしてしまうところだった。リンドウの説教はあとでもできる。それよりも優先されるのは目の前の旗だ。
アルビノは止まることなく一気に旗へと向かっていった。旗を守る二人は慌てふためいている。
時間はかけていられない。もう、いつ、試合終了の笛が鳴っても不思議ではないのだ。
一人目を一撃で倒す。腹部に放たれた拳は深くめり込んでいた。すぐさま次へ行こうとしたときだった。後ろに引っ張れる感覚。
「なっ――」
首と視線を後ろへと流せば、そこには今にも気絶する寸前なのに、行かせまいと必死で服を掴まれていた。気絶して倒れると同時にバランスを失ってアルビノも倒れる。
「放せッ」
背中の部分の服を握られているので自分の手が相手の手に届いても、うまく力が入らない。そこにゴツっと頬に衝撃が走る。
殴られたのだとすぐにわかった。全身の体重を乗せた一撃。目の前が一瞬飛びかかる。殴った生徒は足の踏ん張りもきかずにこける。
三人が重なるようにして倒れていた。
「ど、どけッ」
必死に振り払って立ち上がろうとするが、態勢が悪い。足に力が入らないし、お互いが絡み合っている。
まず、自分の頬を殴った相手の顎を正確に狙って気絶をさせた。それでも自分におおいかぶさったままだし、まだ背中の服を掴まれている状態だ。
アルビノは力任せに身体をドリルのように回転させた。服が破れようとも、相手の指が折れようとも、そんな事はどうでもよかった。
「は、旗を――」
なんとか立ち上がって旗に手を伸ばした瞬間だった。
「そこまでだッ!」
試合終了の笛が空高くこだましたのだった。
「……クソッ!」
アルビノは地面に八つ当たりをする。もう少し、あと三秒あれば旗を確実に取れたはずだった。三秒なんて時間はどこかで絶対に縮ませることが出来る秒数だ。もっと全力で走っていれば、もっと早く敵を倒していれば、もっと早く振り払っていれば、もっと早く決断をしていれば勝てたかもしれない。いや、確実に勝てていたとアルビノは確信している。
だから自分が許せなかった。
「……あとでリンドウに殴ってもらうか」
そう思って気が付いた。
「リンドウのやつ、いったいどうしたってんだ……」
話はそこからだ。概要がまったくわからない。ロゼとクルルと合流してもリンドウの姿は見えなかったので審判に聞いてみた。すると予想外の言葉が返ってきたのだ。
「彼なら救護室にいますよ」
そう言われて三人は顔を見合わせた。
救護室? まさかケガでもしたのか?
三人は走って救護室に向かう。もし大きなケガだったら今後の試合参加は難しいだろう。自分たちの大会はここまでとなる。
不安がぬぐい切れぬまま、救護室に押し入った。
「リンドウ!」
「リンドウ!」
「リンドウくん!」
カーテンを開けるとちょうど目が覚めたリンドウがいた。救護係から説明を受けているようだった。教護係はアルビノたちが来たのである程度の話をして早々に立ち去っていく。
「お大事に」
「ありがとうございました」
何から話していいのか困惑していると、一番先に口を開いたのは当のリンドウだった。
「みんなごめんね」
ぺこりと頭を下げる。
そんな謝罪は必要ない。仲間だから。
「いや、そういうのはキチンとしておこう」
リンドウは申し訳なさそうにそう言った。
「……俺たちが知りたいのは、いったい何があったんだ、という事だ」
それほどここにリンドウがいるのが信じられなかった。救護室に敵を送ることはあっても、リンドウが送られるとは思ってもみなかったのだ。
「それがさ……」
歯切れが悪く、後ろ頭をぽりぽりと掻く。
「……よく覚えていないんだ」
「覚えていないんですか? それほど一瞬で?」
気が付く前に倒されてしまったという事だろうかとクルルは思った。だが違う。
「これ」
リンドウは自分のおでこに貼られた大きな絆創膏を指さした。
「何かが直撃したっぽいんだけど、それが何かも誰から何をされたかもわからないんだ……」
腕を組んで「う~ん」と唸る。さすがに惚けているようには見えない。そーいえば、と言葉を続けた。
「僕が気絶する前にね、ファルトもやられたんだよ」
「……意味がわからん」
「ちょっと待って。思い出すから」
リンドウは自分のこめかみをグリグリと指で捩じって必死で思い出そうとする。そして数秒後、顔がパッと明るくなった。
「そうだ、何かが飛んで来て直撃したんだ!」
「何かってなんだよ。なにかって」
「う~ん……石とか?」
「馬鹿言ってんじゃねーよ。石が勝手に飛んでくるはずないだろ」
「まぁそうだよねぇ。はははっ」
どうやら話は平行線なようだ。答えは結局かわからずじまい。
だが、そんな中で顔を真っ青にして冷や汗がダラダラと湧き水のように出ている者がいた。視点はどこを見ているのか不明で、身体は左右にふらふらしている。
「……クルル」
「は、はひっ」
姉から名前を呼ばれて、ようやく意識が戻ってきたようだ。固い首をギギギと回してロゼの方を見る。
「なななななんでしょうかロゼちゃん?」
「…………」
ロゼはすべて理解した。しかしそれを口に出すのを躊躇う。なぜなら目の前には今にも大泣きして死にそうな妹が頑張って気絶しないように立っているからだ。
それに責任は自分にもあるのかもしれないと思った。ロゼは奈落の底よりも深く、眼を瞑った。
そして眼をあけて、ポンとクルルの肩を叩いた。クルルは罪状を待つ罪人のような顔をして、必死に許しを目で乞うている。
「……二人には黙っていよう」
これは墓場まで持っていく秘密だ。双子の共有の秘密だ。そう言われてクルルは激しく、首がもげるのではないかと思うくらい、首を縦に振った。
「どうしたんだ二人とも」
「なんでもないさ」
それからロゼとクルルは妙に仲が良くみえたのだった。




