第272話 売れない画家
白狼娘は最近、暇している。
狩りに行く以外はやることがない。
主人は馬列車の運行に夢中であんまり相手してくれない。
ミントは聖女さんと孤児院の寄付集めで忙しい。
貴族の友人もいるが、狩りに誘ってくれない。
誘われるのは、観劇や舞踏会が多くてあきてしまった。
だから、ひとりで街をぶらぶらしていると、街角でキャンパスを立てて絵を描いている若者がいる。
二十歳くらいの小柄な赤毛の男だ。
声を掛けてみた。
「何しているのか?」
「えっ?」
絵を描くのに集中していたのだろう。
いきなり声を掛けられてびっくりしているな。
「何をしているのだ?」
「えっと。絵を描いていまして」
絵を覗き込んでいる私と目が合って、しどろもどろになっている。
人と話すのは苦手そうな若者だな。
主人はこういう男を草食系だと呼んでいたな。
我は肉食系だと言っていた。
白狼娘は自覚していないが、輝く白銀髪と透き通る白い肌を持つ美人で男なら話すだけでドキドキしてしまうものなのだ。
それもいきなりだと特に。
「これは、街の風景を描いているのか?」
「はい。街路樹と建物のバランスがいい感じなので」
「なぜ、こんなに赤いのか?」
「夕焼けの街並みを描いているのです」
「まだ、昼だぞ」
今、目に映っている風景とキャンバスの中の絵が違うから不思議に感じる。
「今日で3日目です。夕刻まで描いて、今日完成する予定です」
「面白いな。他にどんな絵を描いているのか?」
「あ、みてくれますか?」
そう言って絵描きは大きなカバンから絵を5枚ほど取り出した。
風景を描いたもの。
パーティをしている群集を描いたもの。
動物を描いたもの。
絵の素材はさまざまだが、どれも生き生きとしている。
「この絵は売り物なのか?」
「えっ。あ、はい」
相変わらず、しどろもどろに応えている。
「この走る馬を描いた絵はいくらか?」
最近、馬列車を主人が造ってから馬に乗ることが増えた。
馬の疾走する姿は美しい。
その美しさをうまく表現している絵だと感じる。
いい感じのする絵だ。
「えっと、いくらでしょう?」
「なんだ? 絵を売っているのではないか?」
「えっと……正直に言うと、売れたことがないんです」
「そうか。では、我が値をつけていいか」
「お願いします」
ちょうど今、持っているのは、金貨が1枚と銀貨が少し。
昼食を食べるにしても銀貨があれば足りるな。
「金貨1枚ではどうか?」
「えっ、そんなに!」
すごく喜んでいる。
思ったより高かったのだろう。
「それを描くのに時間が掛かっただろう。金貨1枚の価値はあると思うぞ」
「ありがとうございます」
金貨1枚あれば、絵の具とキャンパスを買える。
また絵を何枚も描くことができる。
そんなことをお礼と共に言っている。
「では、他にも描いた絵があるのか?」
「はい。アトリエには何十枚もあります」
「また、明日、ここにくれば見れるか?」
「あー。明日は別のとこで描く予定ですが……」
「そうか、残念だな」
「あ、絵を描くところを探すつもりでなんです。明日の今頃には、ここに絵を持ってきますから」
「そうしてくれるか」
屋敷に帰ると、玄関の右側の壁に掛けてみた。
しばらく、眺めていると、主人が帰ってきた。
☆ ☆ ☆
、
馬列車の時刻表を調整して運行チェックを終わらせて家に帰ってきた。
玄関を入ると白狼娘がじぃーと壁を見ている。
いや違うか。
壁に掛かった馬の絵を見ている。
「あれ? この絵どうしたんですか?」
「買ったぞ。気に入っているから、玄関に掛けてみたぞ」
「いい感じな絵ですね。躍動感があります」
「そうだろ。我が気に入った絵だからな」
白狼娘は絵が好きなのかな。
それまでそんなことを言ったことがないのに。
前にオークションに出品したとき、一緒に他の出品するものをみた中にも絵がずいぶんあったけど、なんの反応もしなかったよな。
「絵、好きでしたっけ?」
「別に。単にこの絵が気に入っただけだぞ」
確かにいい感じの絵だな。
ただ、この世界では受けなさそうな絵だ。
この世界の絵の多くは肖像画か神様を描いた絵だ。
オークションに出品している絵もほとんどがそうだった。
動物を描いた絵も数点あったけど、入札がゼロで買い手がいなかった。
人気はないんだろう。
「だけど、どこでそんな絵を買ってきたんですか?」
「市場の近くの街角でだぞ」
そんなとこで絵を売っていたんだ。
見たことがない。
「よかったら、もっと絵、買ってきてくださいな。屋敷の中に飾りましょう」
装飾品があまりない実用本位の屋敷だからな、うちは。
絵があるくらいの方が良いかも。
「分かった。いいのがあったら買ってくるぞ」
「お金が必要なら言ってくださいね」
「大丈夫。狩りで稼いだ金貨があるぞ」
そういえば、最近は狩りの獲物の肉を肉屋に売っているらしい。
自分で食べる以上に狩れるみたいだ。
「では、あなたの眼にかなった作品を楽しみにしていますね」
「早速、明日買ってくるかもしれないぞ」
「よろしくです」
白狼娘にそういう趣味ができるのもいいね。
馬列車が発展しているうちに、白狼娘に趣味ができたようです。




