27.爆弾投げつけられてもおかしくないと思います
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「それで……欲しいものってなに? 爆弾と、あとなにが欲しいの?」
「そうだね。まずは――」
私――アルミア・ケミストールは、先生と、先生の元パーティメンバーであると言うブレイブさんが商品について親しげに話し合い始めたのを見て、ふぅ、と密かに胸を撫で下ろしました。
フラル先生が経営する『プロジロン錬金術店』は、まだまだお客さんの入りが少ない新参のお店です。
外観もみすぼらしく、立地も決して良くありません。はっきり言って、自分から売り込みにいかない限り、お客さんから興味を持たれる要素は皆無です。
ようやく名が知られ始めた今の段階で、もしも悪い噂が立ってしまえば、途端に客足が遠ざかり今後お店を続けていくことが難しくなってしまうでしょう。
だから先生が急に乱暴な態度でお客さんに接し始めた時はかなり肝を冷やしたんですが……どうやら、その心配は杞憂だったみたいです。
先生のお知り合いの方なら先生が応対した方が良いだろうと、私はお二人から少し離れると、ひとまず床に散乱している商品を拾い集めることにしました。
ちなみになぜ床に商品が散らばってしまっているのかと言うと、先生がブレイブさんたちと顔を合わせた際、驚いた衝撃で棚に頭をぶつけてしまったからですね。
先生自身は丈夫だから大丈夫だと言っていましたが……落っこちた商品まで無事とは限りません。
今後は簡単には落ちてこないように、なにかしら工夫をした方がいいかもしれません。
割れやすい物は中段より下に置くのは当然として……確か、スライムから取れる素材で吸着力を持った変形する吸盤のような物が作れたはずなので、それを薄く敷いた上に商品を並べるとか……。
つらつらと改善のアイディアを考えながら、私は拾った商品をカウンターの上に並べていきます。
……んー……大丈夫そう、ですかね?
『プロジオン錬金術店』は、冒険者向けの商品を中心に売り出している錬金術店です。
冒険者は荒事に巻き込まれることが日常茶飯事なので、売り出す物は特に耐久性を重視していると先生は仰っていました。
一見壊れやすそうなポーション用の瓶さえ例外ではなく、高いところから床に落とした程度では罅一つ入らない優れものです。
……まあ以前、突如として「見て見て!」と瓶を床に落下させて自慢げにこのことを語った先生には、商品を乱暴に扱わないでくださいと叱りつけさせてもらいましたけど。
あの時と同様、商品はどれも傷一つないようでした。
これなら、そのまま棚に戻しても大丈夫そうですね。
そうして私は、一つずつ棚に商品を戻していったのですが……。
なんでしょう……全部戻したはずなのに、なんだか妙に棚のスペースが余っているような……。
「――アルミア・ケミストールちゃん、だったわよね? これ、向こうの棚の影に落ちてたわよ」
「あ、あの、こちらも……」
棚の空いている部分を眺めて首をひねっていると、不意に背後から声をかけられます。
振り返ると、マグナさんとステラさんが立っており、お二人の手の上には見覚えのある商品が乗っかっていました。
どうやら私が気づかないうちに遠くまで転がってしまっていた商品があったようで、お二人はわざわざそれを拾ってきてくださったみたいです。
「わわっ、すみません。お手数をおかけして。ありがとうございます。マグナ様。ステラ様」
「ふふ。いいのよ。元はと言えば私たちがフラルちゃんを驚かせたせいだもの。それから、様付けなんていらないわ。もっと気楽に話してくれていいわよ」
「わ、私も……様付けはしていただかなくても大丈夫、です」
「そうですか?」
うーん……店員とお客様の関係としては、店員側がそういった親密な距離感で接するのは良くない場合もあるんですけど……。
……でもまあ、先生はそういうのは気にしませんよね。
それに、お二人は先生のお知り合いみたいですし。
郷に入っては郷に従えということで、ここは先生のやり方に合わせましょう。
「わかりました。それではせっかくなので、マグナさん、ステラさんと呼ばせていただきますね。私のことも、お好きにお呼びいただいて大丈夫ですよ」
「ならアルミアちゃんね。フラルちゃんもそう呼んでたし」
「アルミアさ……ちゃ……うぅ~……ア、アルミアちゃんで!」
なんだか対照的なお二人でした。
マグナさんはなんというか、大人の余裕みたいなものがある方で……ステラさんは、人見知りなのでしょうか?
どこか落ちつかない様子でそわそわとしていて、少しでも視線が合いそうになると慌てて目をそらされてしまいます。
お二人が拾ってくださった商品を順番に受け取ってお礼を言うと、状態に問題ないことを確認したのち、それらを棚に戻しました。
そうして床に散らばった商品と棚の整理が一段落したところで、ステラさんが遠慮がちに手を上げました。
「その……もしよろしければ、少しお聞きしたいことがあるんです。アルミアさ、じゃなくて……えぇと。ア、アルミアちゃんは……フラルちゃんと、どういったご関係なんでしょうか?」
モジモジと両手の指を合わせ、口ごもりながらステラさんが質問します。
私と先生が、どういう関係か……。
いざ尋ねられてみると、一言で言い表すのはなかなか難しいかもしれません。
「そうですね……私にとってフラル先生は、錬金術の修練を見てくれる先生で、インターン先の仕事の雇用主で……今は住み込みで働かせてもらっているので、同じ屋根の下で暮らしている仲でもあります」
唇に人差し指を当てて、うーん、と思案します。
「友達、とは違いますし……ステラさんたちのような冒険の仲間というわけでもなくて……先生と助手、師弟、雇用関係、同居人……全部そうですけど、それ一つだけだと足りないような。そんな間柄でしょうか?」
「な、なるほど。そうなんですね。同居人……でしたら、折り入ってもう一つお聞きしたいのですが……フラルちゃんは、その……元気そう、でしたか?」
先生はいつも元気ですけど……。
半ば反射的にそう思いましたが、そのまま口に出すことはせず、私は一旦口を噤みます。
ステラさんが聞きたいのは、そういうことではないだろうと思ったからです。
おそらく彼女は、パーティを追放された後の先生の様子がずっと気になっていたのでしょう。
だけど自分は追放してしまった側だから、安易に本人に直接尋ねるのも憚られる。
だから私に白羽の矢が立った、と。そういうことなんだと思います。
「私が先生と出会ったのは半月ほど前のことなので、それ以前の様子はわかりませんけど……私が知る限りでは元気に過ごしていましたよ。フラル先生はいつも明るくて、元気いっぱいです」
「そうですか……それなら、良かったです」
「……ただ」
「ただ……?」
私は、ブレイブさんたちと再会した時の先生の反応を思い返します。
あんな風に強がって、いじけたように意地を張る先生の姿を、私は今まで見たことがありませんでした。
「あくまで私が知る限りでは、です。当たり前のことではありますけど、私がここに勤める以前や、一人でいる時の先生がどうなのかまでは私にはわかりません」
「っ……じゃ、じゃあ……」
「あ、だからと言って先生が元気じゃないと言っているわけではないですよ? ただ、どこまで行っても私が話せるのは私から見た先生の印象だけですから。だからもしもステラさんが本当に先生に伝えたいことがあるなら……先生と直接話をしてみてはどうでしょうか?」
直接話すことが憚られたから、私に尋ねてきた。
そのことはもちろんわかっていましたけど、それでもやっぱり私は直接話すべきだと思い、そのことをステラさんに訴えます。
「直接……で、でも、私は……」
「大丈夫です。先生なら、ステラさんの言葉をちゃんと受け止めてくれるはずですから」
案の定、臆するように顔を逸らして口ごもるステラさんに、私は安心させるように微笑みかけます。
私はまだ先生との付き合いがそう長いわけではないので、先生について知らないことがおそらくたくさんありますけど……それでも、先生が真剣に思いを伝えようとしている相手を無碍にするような人ではないことくらいは知っています。
ステラさんは最初こそ不安げに視線をさ迷わせていましたが、私が微笑を崩さず根気強く見つめ続けていると、徐々に彼女も私と視線を合わせてくれるようになりました。
それから勇気を絞り出すように胸の前で聖杖をギュッと握りしめると、小さくはありましたが確かにこくりと頷きました。
「わ、わかりました……! 私、フラルちゃんときちんとお話してみます……!」
「はい! 私もそれが良いと思います。頑張ってくださいね、ステラさん」
「は、はいっ! その……ありがとうございました! アルミアさ……ア、アルミアちゃん!」
ペコリと丁寧にお辞儀をすると、ステラさんはパタパタと先生とブレイブさんがいる方へと駆け出していきました。
……結局最後まで、ちゃん付けを言い直してましたね……。
ステラさんの背中を見送りながら、私は心の中でちょっぴり苦笑します。
「これで一安心かしらね。ステラちゃんの背中を押してくれてありがとうね、アルミアちゃん」
私とステラさんのやり取りを見守っていたマグナさんが、頬を緩めて言います。
「ステラちゃんは、フラルちゃんが元気にしてるかどうかずっと気にしていたの。でも、そういうステラちゃんの方がフラルちゃんと別れてからずっと元気がなくってね……だけどこれできっと大丈夫。アルミアちゃんのおかげよ。礼を言わせて」
「い、いえっ、私は別に大したことは……それに私が伝えなくても、マグナさんが同じことを伝えていたんじゃないですか?」
「ふふ、そうね。確かにそのつもりだったわ。でも、それはあくまで仮定の話。今回ステラちゃんを励ましたのは私じゃない。紛れもなくアルミアちゃんよ?」
諭すように、マグナさんは私に微笑みかけます。
「目の前で誰かが困っていても、手を差し伸べられる人はそう多くないの。特に、それが自分以外の誰かにできることならなおさらね。だけどそんな状況であなたは他の誰かに任せる選択をしないで、自分自身でそれを成し遂げた。その結果は他の誰でもない、あなた自身が誇っていいことよ」
「うーん……そこまで言われちゃうと、ちょっとむず痒いですけど……えへへ、わかりましたっ。マグナさんのお礼、しっかり受け取らせていただきますね」
「ええ、受け取ってちょうだいな」
マグナさんの温かい言葉に、私は晴れやかな気持ちになります。
まだまだ未熟な私ですが……こんな私でも、少しくらいは誰かの役に立てるんだと。そんな風に思えたからです。
……と。そんなやり取りをしている私たちのもとに、今度はブレイブさんがやって来ました。
「あら、ブレイブ。フラルちゃんとの話し合いはもう済んだのかしら?」
「いや、まだ途中だよ。でも、ステラがフラルと話したそうにしてたからね。僕がいたら話しづらいこともあるかもしれないと思って、抜けてきたんだ」
その時ふと、カランカランと店の扉を誰かが出入りする音が店内に響きました。
玄関の方に目を向けてみれば、フラル先生とステラさんの二人が外に出ていく後ろ姿が見えました。
二人だけでどこかへ出かける、というわけでもないでしょうし。
ブレイブさんの言う通り、店の外で二人きりで話したいことがあるみたいですね。
「……というか、ステラを焚きつけたのは君だろう? マグナ。久しぶりの再会なんだ。僕ももう少しフラルと話していたかったんだけどね」
先生とステラさんの二人の背を見送ったのち、ブレイブさんが物言いたげな様子でマグナさんの方に振り返ります。
それに対し、マグナさんは心外とばかりに肩をすくめて見せました。
「あら。焚きつけたなんて人聞きが悪いわね。ステラちゃんは自分の意思で勇気を出して頑張ったのよ? それに、ステラちゃんを励ましたのは私じゃないわ。アルミアちゃんよ」
「彼女が?」
ブレイブさんの視線が、今度は私に向けられました。
私はそれに少しだけ緊張しながら頷き返します。
「はい。先生ならステラさんを悪く扱わないはずだと思ったので。その……すみませんでした。ブレイブさんと先生のお話の邪魔をする形になってしまって」
「あぁ、いや……こちらこそすまない。責めるつもりだったわけじゃないんだ。君はなにも悪くないから、どうか頭を上げてくれ」
元々、仲間であるマグナさんに向けた軽口のようなものだったのでしょう。
優しく語りかけるようなブレイブさんの口調に、これ以上の謝罪は迷惑になるだけだと判断した私は素直に頭を上げました。
「というより、君にはむしろ礼を言わなくちゃいけないと思っていたところなんだ」
「ステラさんのことでしたら、そこまで気にしていただかなくても大丈夫ですけど……マグナさんにもお礼の言葉をいただきましたし」
「もちろんそのことにも感謝はしているんだけど、そっちじゃなくてね。僕が言いたかったのはフラルのことについてなんだ」
「先生について、ですか?」
ブレイブさんは小さく頷くと、先生が出て行った扉の方へとその目を向けました。
「フラルと親しげに接していた君ならわかると思うけど……彼女は人のことをよく見ていて、自分から進んで歩み寄り、積極的に理解し合おうとする。そうして仲良くなり自分を受け入れてくれた相手には、心を開いて目一杯に甘える。ありていに言えば、人懐っこい性格だ」
「まあ、そうですね……先生は、隙あらば距離を詰めてくる印象です」
「はは、君も苦労してるみたいだね。でもね、それはフラルの心の内の裏返しでもあるんだよ」
「心の内の裏返し?」
「フラルは生粋の錬金術師だからね。彼女はいつだって自分の心と向き合い、その声に耳を傾けて生きている。だから彼女の言動のそのほとんどは、自分が誰かにそうしてもらえたら嬉しいという思いの発露なんだ。まあ、案外それは誰だってそうかもしれないけど、フラルの場合は特にね」
……確かに、そう言われてみれば思い当たる節がないわけじゃありません。
たとえば私が先生と初めて顔を合わせた日なんかは、私は先生から入社祝いと称して、先生の大好物だと言うハンバーガーをいただきました。
私に喜んでもらいたい気持ちももちろんあったと思いますけど……それと同時に、私に先生自身のことを知ってほしかったのでしょう。
「自分を見てほしい。近くにいてほしい。理解してほしい。一緒にいたい。一人にしないで……フラルはああ見えて、結構寂しがり屋なんだ」
「……」
「だから君に、フラルと一緒にいてくれてありがとうと。そう伝えたかったんだ」
「……ブレイブさんたちは、どうして先生をパーティから追放したんですか?」
話を聞いている限り、ブレイブさんやマグナさん、ステラさんがフラル先生のことを疎ましく思っているようにはとても見えませんでした。
嫌っているわけでもなければ、愛想を尽かしたわけでもない。
それどころか、パーティを離れた後のことを総出で心配しているくらいで……好意的な感情さえ感じ取れます。
そして思えばそれは、追放されたと言う先生の側だってそうでした。
確かにブレイブさんたちへの当たりはちょっと強かったですけど……あれだってなんというか、これくらい乱暴な態度でもブレイブさんたちなら許してくれるはずだという信頼のようなものを感じた気がします。
最初に先生の前でパーティからの追放の話題が出た時は、その詳細を尋ねる前に、はぐらかすように先生が話を先に進めてしまいましたが、ここまで来たら聞かないわけにもいきませんでした。
ブレイブさんは私の質問に一瞬躊躇するように視線を逸らしましたが、すぐにまた私と目を合わせると、その重い口を開きました。
「そうだね……君には、話しておいた方がいいかもしれないな」
そうしてブレイブさんは、フラル先生を追放した経緯について私に語り聞かせてくれました。
先生が普段からトラブルばかり起こしていたこと。その行為は徐々にエスカレートしていき、つい少し前には城を一角を爆破しようと画策してしまったこと。
結果的には未遂に終わりましたが……逆賊の烙印を押されても文句を言えないほどの所業を犯しかけた彼女の将来を本気で心配し、先生以外のパーティメンバーで散々話し合った結果、先生をパーティから追放する決断をしたこと。
「せ、先生……」
話を聞き終えた私は、さすがに呆れを通り越して頬を引きつらせずにはいられませんでした。
爆破テロ未遂……しかも、よりにもよって王城をなんて。下手したら一生檻の中から出られなくなってもおかしくなかったでしょう。
先生が相当な爆弾好きなことは私も把握してましたけど、まさかそこまでとは……。
さすがにはしゃぎすぎですよ、先生……。
「えっと……そのですね? 先生も、悪気があったわけじゃないと思うんです。なんというかたぶん、ブレイブさんたちと過ごす毎日が楽しくて、羽目を外しすぎてしまっただけで……」
先生にお世話になっている身としては、庇わないわけにもいきません。
万が一でもブレイブさんたちが先生に悪感情を覚えていて、それを見過ごしてしまったら私も後味が悪いですし……先生の代わりに、できる限りの釈明はしておいた方がいいでしょう。
「ああ、わかっているよ。僕たちと過ごす日々が楽しい。そう伝えてくれるような彼女の笑顔を見るのが好きで……僕たちも、そんな彼女をつい甘やかしすぎてしまったんだ。そんな風にどうしても強く言えない僕たちのそんな甘さが、あの事態を招いた」
「んん……?」
いえ、そこまで言うほどブレイブさんたちは悪くない気がしますけど……。
なぜか急に重々しい空気を纏い始め、まるで懺悔でもするようにブレイブさんは続けます。
「フラルに追放を告げた時の呆然とした顔と、別れる間際の泣き顔が……今も僕の瞼の裏には焼きついてる。彼女にあんな顔をさせてしまったのは、紛れもなく僕の責任だ。フラルをあんな辛い目に遭わせなくても、僕がリーダーとしてしっかりしていれば、もっと上手くやれたはずなんだ……」
「えぇ……」
すべての責任は自分にあるとでも言うように顔を伏せるブレイブさんを見て、私はちょっとついていけずに困り顔で立ち尽くしてしまいました。
先に先生を庇うようなことを言っておいてなんですが……十割中十割、普通に先生が悪いと思いますよ?
もしかしてマグナさんも……と視線をチラリと向けてみましたが、幸いにも彼女は至って冷静だったようで、私の視線に気づくと申しわけなさそうに苦笑しました。
それから彼女はどんよりと俯いたままのブレイブさんを一瞥し、やれやれと言いたげに肩をすくめます。
……どうやら、ブレイブさんだけの問題みたいですね。
おそらくですけど、ブレイブさんはとても責任感が強く、仲間思いな方なんでしょう。
それ自体は美点なのでしょうが……そこに『どのような理由であれ仲間を追放してしまった』という罪悪感が加わってしまった結果、こんなことになってしまったようです。
フラル先生の前では、先生を気に病ませまいと強がっていたんでしょうね……。
ブレイブさんたちへの先生の対応を見る限り、別にそこまで思い詰めなくてもいい気もしますけど……。
どうしたものかと私が悩んでいる間にも、ブレイブさんはさらに重苦しい雰囲気を強めていってしまいます。
「今日僕たちがここに来たのは、ステラをフラルに会わせるためだったんだ。ステラはずっと、フラルのことを気にしていたからね……でも、僕はもうここには二度と来ない方がいいのかもしれない」
「は、はい? いやいやいや! ちょっと待ってください! 来ない方がいいって、どうしてそんな結論になるんですかっ!?」
さすがに意味がわからなくて問いかけ直すと、ブレイブさんは沈痛な面持ちで俯きました。
「僕らに対するフラルの対応を見ただろう? あんな風に僕らを邪険にする彼女は初めて見た。特に僕への当たりは心なしか少し強かった……まあそれも、僕は彼女を追放した張本人なんだから当然だね。フラルが嫌がっているなら、僕もここへ来るべきじゃないだろう……」
「いえ、あの……私には特に先生がブレイブさんを嫌っているようには見えなかったんですけど……」
自責の念が強すぎて、周りが見えなくなってしまっているんでしょうね……。
つっけんどんな先生の態度をそのまま真に受けて、もう会わない方がいいだなんて本気で口にしてしまう生真面目さに、私もマグナさんと同じように呆れたため息が出てしまいそうになりました。
私の反論を、ブレイブさんはただの慰めだと判断したのでしょうか。力なく首を左右に振ります。
「アルミアちゃん、だったね。ありがとう、気を遣ってくれて。でも、もういいんだ。僕はフラルに嫌われてもしかたがないことをしたんだから」
「いえ、気遣いとかそういうのではなくて……あのですね、ブレイブさん。その宣言通りにそのままここに来なくなったら、今度こそ本当に先生に嫌われちゃうかもしれませんよ?」
「それは……なぜ? どうして君はそんな風に……」
「なぜと言われましても……ブレイブさんが自分で言ったんじゃないですか。先生の言動は先生の心の内の裏返しなんだって。ブレイブさんは一度、先生が言っていたことをちゃんと思い出してみてください」
「フラルが言っていたこと……」
ブレイブさんは腕を組んで考え込み始めますが、いまいちピンと来ていないのか難しい顔つきをしています。
うーん……ダメですね。全然伝わっていないみたいです。
私は今度こそ本当にため息を漏らすと、ブレイブさんの目を見てはっきりと言いました。
「『今更のこのこと』。『一度も……一か月も顔を見せなかったくせに』。先生はそう言ってましたよ」
「……それがどうしたんだい?」
「もー……ですから! 先生は『もっと早く会いに来てほしかった』って拗ねてただけだって言ってるんです!」
「……えっ?」
ブレイブさんは目を点にして瞬きをした後、ようやく言葉の意味を理解したかのように目を見開きます。
さすがにもう伝わったかとは思いますが、さきほどまでのブレイブさんのすっとぼけっぷりを見るに、まだ斜め上の解釈をしてる可能性も普通にありえます。
なので誤解のないようにきっちり説明していきます。
「先生は、パーティを追放されたことに怒ってたわけじゃありません。もしそうだったなら、もう一度あんな風にブレイブさんたちを受け入れたりはしないはずですし……先生だって、自分が悪かったことくらいはわかってると思いますよ」
現に、パーティを追放された後……つまりは私と一緒にいる間は、先生は大きなトラブルを起こしませんでした。
まあ、爆弾への愛は説かれましたけど……せいぜいそれくらいです。
ブレイブさんたちのパーティに所属していた時にしてしまったことを、先生なりにきちんと反省していたのでしょう。
「これは私の推測ですけど……先生は、ブレイブさんたちに謝りたかったんじゃないですか?」
「フラルが、僕たちに……?」
「だけど追い出された自分の方から会いに行って、もしもまた拒絶されたらと思うと、どうしても足が進まなかった。だから、できることならブレイブさんたちの方から探しに来てほしかった。自分と同じように、まだ相手のことを仲間だと思っているのなら、きっとまた会いに来てくれるはずだって信じてた」
「……」
「……なのに、全然会いに来てくれないから拗ねちゃったんです。それでようやく会いに来てくれて、なんだかんだで嬉しくて、仲直りもできそうだって時に……突然『もう二度と顔は見せない』なんて言い出したらどうなると思いますか?」
「……怒るだろうね。間違いなく」
「はい。爆弾投げつけられてもおかしくないと思います」
私の言葉を咀嚼するように、ブレイブさんはゆっくりと瞼を閉じて沈黙しました。
そうして再び瞼を開いた時には、もうさきほどまでのどんよりと重い空気はすっかりなくなっていました。
「ありがとう、なんだか目が覚めた気分だよ。あのままだったら僕は、またフラルを傷つけてしまっていたかもしれない」
「いえ。私はただ、自分が思ったことを口にしただけですから」
「はは。自分が思ったことを、か。話してみて思ったけど、やっぱり君は少しフラルと似ているね」
「先生と私が、ですか? まあ、確かに身長は同じくらいですけど……」
「見た目じゃなくて心の話さ。助けたいから助ける、助けなきゃいけないから助ける。この二つは似ているようで違うんだ」
「えっと……?」
いまいち要領を得ず、小首を傾げると、ブレイブさんはクスリと微笑んで続けました。
「要は、誰かのために起こした行動を自分の意志と言えるかどうかさ。たとえもたらされる結果が同じだとしても、そういった心の持ちようは見える世界に変化をもたらす」
「……フラル先生は前者、ですよね? 助けたいから助ける。先生はそういう人です」
「そうだね。人によっては、それを自己満足の偽善と呼ぶのかもしれないけど……助けた相手と笑い合って喜びを分かち合う彼女のありようを、僕は偽物だとは思わない」
「……ブレイブさんは、フラル先生のことを本当に大切に思ってるんですね」
節々から感じられる先生への親愛や信頼に、思わずぽつりとこぼしました。
ブレイブさんは、そんな先生の在り方と私が同じだと考えているのでしょうか。それ自体はとても光栄なことですけど……。
自分の手のひらを見下ろして、本当にそうだろうかと自問自答して……私は、ふるふると首を横に振りました。
私は、先生とは違います。
先生はいつだって自分の気持ちに素直に、心のままに生きています。自分のやりたいことを、やりたいようにやり抜くことができる人です。
他の誰よりも真剣に錬金術と向き合っていて……だからこそ、先生が作るものはいつだって一級品で。
大切な人たちから頼られて、そしてそれに応えられるだけの力を持っている。
私は、そうじゃありません。
無駄にあれこれ考え込んでしまう性格のせいで、これはどうしよう、あれはどうしようと迷ってばかり。
上手くいかなかった時のことばかり心配して、そのせいで私の錬金術は失敗が常です。
そしてその肝心の錬金術だって……今はもう、本当に好きなのかどうかさえわからない。
そんな私には当然、両親の期待に応えられるだけの力だってあるはずもなくて。
先生は、私にはない全部を持っている。私なんかとは全然違う。
――一人じゃどうしようもないなら、私がアルミアちゃんを一人にしないよ。私がアルミアちゃんのこと、ちゃんと見てる。力になる。
――ドーンと頼ってくれていいんだよ? なんたって私は、アルミアちゃんの先生なんだからね!
……それでも、そんな私が錬金術師になれると、先生は信じてくれました。
自分の心がわからず、期待に応えるだけの力もない。そんな私のそばにいると言ってくれた。
自分を信じることができなくても……先生の言葉なら信じられる気がした。
そしてそれからというもの、少しずつですけど、最近はまた錬金術が使えるようになってきていました。
「……アルミアちゃん? どうかしたのかい?」
私が一人で物思いに耽っていたのが気になってしまったのでしょう。どこか不安げにブレイブさんが私の顔を覗き込んできます。
元々自責の念が強い人みたいなので、なにか気に障ることを言ってしまったかと心配になってしまったようです。
そんなブレイブさんを安心させるように、私はにっこりと笑顔を返しました。
「いえ、なんでもないですよ。先生と同じ……えへへ。そんな風に言ってもらえたのが嬉しかっただけですから」
それは紛れもなく本心でした。
私が先生と同じだとは、やっぱり思えませんけど……尊敬している人と同じだと言われて、嬉しくないはずがありません。
なんだか心が浮足立って、先生に早く会いたいと、そんな気持ちにさえなっていました。
いえ……気持ちになるだけで終わらせちゃダメですね。
自分の心に素直になること。それが錬金術師になるための近道なら、きっと今すぐにでも行動に移すべきです!
「よーし……! 私、ちょっと先生のところに行ってきますね!」
私はパタパタと小躍りするように、扉の方へと駆け出そうとします。
しかしそんな私を慌てたようにマグナさんが呼び止めました。
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい!」
「はい? どうかいたしましたか?」
「え、えぇと……どうというほどのことではないのだけど。その、まだたぶんステラちゃんが話している頃だと思うから……もしかしたら、ここで待っていた方が……」
なにかを危惧するような、そんなマグナさんの口ぶりに私は首を傾げました。
「話をしている様子なら、邪魔にならないよう戻ってきますから。とりあえず様子だけでも見てきますね!」
「あ……」
扉を勢いよく開けて、私は店の外へと飛び出してます。
マグナさんがなにかを言いかけたような気がしましたが、もう私の耳には入っていませんでした。
先生とステラさんは……店の裏手にいるみたいですね。かすかに話し声が聞こえてきます。
お二人の話の邪魔をしないよう、こっそりと裏手に近づいた私は……そこで耳にした会話の内容に、思わず足を止めてしまいました。
「フラルちゃん――お願いします。私たちのパーティに、戻ってきてくれませんか?」
――え?
先生が、ブレイブさんたちのパーティに戻る……?
「ステラちゃん……」
「今のフラルちゃんなら……ブレイブさんも、マグナちゃんも、きっと許して受け入れてくれます。もちろん、私だって……だから。だからもう一度、私たちと一緒に……!」
一瞬、頭の中が真っ白になって……同時にふと、ブレイブさんたちに物を売ってもいいと告げた後の先生の横顔を思い出しました。
喜ぶブレイブさんやマグナさん、ステラさんを眺める、その顔は――心の底から嬉しそうで。愛おしそうで。
そして今も……きっと先生は同じ顔を浮かべている。
そう思った途端、私は無意識のうちに物陰から後ずさっていました。
「……ありがとう、ステラちゃん。私もね、また皆と一緒に旅ができたらどんなに楽しいだろうって、心からそう思うよ」
「じゃあ……!」
――その続きを、聞きたくない。
自分の心に蓋をするように耳を両手で塞ぐと、私はその場から逃げるように立ち去りました。
……やっぱり私は、先生とは違う。
あそこに立っていたのが先生だったなら、きっと心のままに、迷いなく飛び出ていくことができたはずなのに。
自分の心に素直になるだなんて、私には……とてもできそうにありませんでした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




