26.今更戻ってきてほしいと言われてももう遅い
「それで……欲しいものってなに? 爆弾と、あとなにが欲しいの?」
「そうだね。まずは――」
ブレイブたちの顔を見た当初こそ気が動転して荒れた対応を取ってしまったが、いざ落ちついてくると、段々とかつてのような接し方ができるようになってくる。
店員と客という立場を考えると私の対応は少々フレンドリーすぎるかもしれないが、ブレイブたちとは二年弱も冒険者として一緒にパーティを組んでやってきた仲なので、むしろ今更他人行儀で接する方が違和感がある。
ブレイブたちも気にしてないみたいだから、今まで通りの接し方から変える必要はないだろう。
閑話休題。なにはともあれ、私のお店の商品を買いたいというブレイブと話を詰めていく。
あれが欲しい、これも必要だと挙げていくブレイブの話を聞くに、どうやら今回の依頼の目的地は鉱山の廃坑のようだ。
鉱物の採掘か、鉱夫の護衛か、それとも棲みついた魔物の討伐か。
もっと直接的に依頼の内容がわかった方がこちらとしてもやりやすいので、その詳細を聞き出して、それならこれもいるのではないかと私からも提案して話し合いを進めていく。
「そういえば、その依頼って三人だけで行くの? まあ、ブレイブたちの実力ならどこへでも三人で行けると思うけど」
好戦的な魔物が闊歩する危険地域に赴く場合、その人物の実力にかかわらず、冒険者ギルドは冒険者同士でパーティを組むことを推奨している。
一人では不測の事態に対応しにくいことが最大の理由だ。
たとえば、突然体調を崩してしまったりとか。魔物の毒を受けてしまっただとか。
魔物が多く棲息する危険地域では、大地や大気中の魔素の比率が変動しやすい。人によってはそういった急激な環境の変化を受けつけられず、調子を崩してしまう人も一定数いる。
そして魔物の毒は言わずもがなだ。毒を中和する光属性の魔法か、適した解毒薬が手元にないのであれば、毒の脅威度は強大な魔物以上に跳ね上がる。
冒険にはいつだってトラブルが付き物だ。こういった不測の事態にどれだけ備えておけるかが、時として生死を分ける。
誰かとパーティを組むことも、そういった備えの一つなのだ。
「うん。今回は僕たち三人だけだね。臨時のメンバーが必要なほどランクの高い依頼でもないし」
「ふーん……」
パーティの人数は、最大で六人が上限に設定されている。
ただ、多すぎても連携が取りにくく、一人頭の報酬も減ってしまうので、実際は四人くらいで活動するパーティが多い印象だ。
前衛二人に後衛二人。もしくは前衛三人に後衛一人。バランスを求めるならそういう構成になるだろう。
私がブレイブたちのパーティにいた頃は、ブレイブと私が前衛で、マグナとステラちゃんが後衛だった。
私、これでもドワーフ族の血が入ってるからね。膂力と頑丈さ、そしてすばしっこさには割と自信があるのだ。
勇者の力を持つブレイブが最前線で暴れ回り、私がそのサポートをしつつ後衛の護衛。マグナが攻撃魔法で遠距離からブレイブを援護し、ステラちゃんが周囲や他三人の状態に気を配りながら支援・防御・回復を担当する。
それが私が勇者パーティに所属していた頃の基本戦術だった。
だけど私がパーティを抜けた今、ブレイブたちは現在前衛一人に後衛二人と少々バランスが悪い状態にある。
可能なら、きっと新しい前衛が欲しいことだろう。
「……一応言っとくけど、私のこと追放しちゃったからって、変に私に遠慮とかしなくていいからね。たとえば、新しくメンバーを迎えるのを控えるとか」
二年弱も一緒に活動していたから、私はブレイブの性格をよく知っている。
真面目で勤勉、責任感が強く仲間想い。幼い頃から勇者としての英才教育を受け、特別扱いされて育てられてきたことから、なんでも一人で背負いがちな悪癖がある。
そんなこいつなら、表面上はなんてことない顔をしながらも、私を追放したことに対して密かに罪悪感を覚えていてもおかしくない。
私は見極めるようにジッと目を凝らし、私の質問に答えるブレイブの反応を観察する。
「うん、ありがとう。少し気を遣わせちゃったかな。でも、今回は元々三人だけで行くつもりだったから大丈夫だよ。新しく正式なメンバーを迎え入れるにしても、実力や相性が合う人を見つけるのは時間がかかるからね」
「迎え入れるにしても、って……まだ新しいメンバーの募集はかけてないの? もう私とパーティを解約してから一ヶ月も経ってるのに」
「……君も知ってるだろう? 僕は国の象徴とも言える勇者だ。新しくメンバーの募集をかければ、大々的に噂が広まることは避けられないだろう。加入要項に条件をつけようとも、間違いなく多くの人が殺到する。時期は選ばなくちゃいけない」
「時期が大事だって言うなら、今はそんなに悪くないんじゃないの? 二年くらい前、私がブレイブたちのパーティに入ることに決まったのもちょうど今くらいの頃だったし」
かつての私が勇者パーティに加入することになった経緯は至って簡単だ。
およそ二年前のちょうど今頃、ユグドラ王立学校高等部の三年生として卒業が間近に迫った私は、卒業後の進路をどうしようかと迷っていた。
本来ならもっと前から考えておくべき事柄なのだが、錬金術師として自分のお店を持つことへの関心がそこまでなく、ただその日その日を楽しんで生きてきた私には将来の展望というものが特になかったのである。
そんな折、私の耳に、国の象徴たる勇者が冒険者として活動すべく冒険者パーティのメンバーを募集しているという噂が届いた。
勇者――それは、この世に一つしか存在しない勇者の紋章を宿す特別な存在。
勇者の紋章とは、いわく『その者の魂に神の器を授け、満ちた器が人知を超えた力をもたらす』と伝説で語られているそうだ。
実際、勇者の紋章を持つブレイブは、本職の優れた戦士と遜色ない身体能力を誇りながら、本職の卓越した魔法使いに匹敵する威力の魔法を同時に扱うことができるので、伝説にある人知を超えた力云々とやらもあながち間違いというわけでもないのだろう。
魔力の性質上、いずれか片方ならばともかく、肉体と魔法の性能がどちらも最高レベルの水準を保つというのは本来ありえない。
その常識を覆すブレイブの存在は、紛れもなく勇者の紋章がもたらす力の存在の証明と言える。
そしてその勇者の紋章は、その時代の勇者が死した後、もっともふさわしい素質を持った胎児に受け継がれるのだそうだ。
つまり一つの時代に一人しかいない、英雄になるべくして産まれた神子。それこそが勇者と呼ばれる存在なのである。
……とは言え、まあ。私としては正直、勇者がどうとかはどうでもよかった。
私の興味を引いたのは、どちらかと言えばその勇者がやろうとしていること……つまり冒険者の方だった。
冒険――良い響きだ。
その単語を耳にした途端、将来に悩んでいた私の頭に、学校に通う以前、お母さんと一緒に世界を旅をしていた頃の記憶が蘇った。
放浪の錬金術師であるお母さんについて回って、様々な人と出会い、様々な景色を見て、様々な物を拾い、様々な経験をした。
毎日が新鮮で楽しくて、夜眠る時、次はどんなものが見られるんだろうと明日が来るのが待ち遠しかった。
そんな過去を振り返るたびに、当時の気持ちが再燃した。そして気がついた時には、勢いに身を任せるようにして噂の勇者パーティのメンバー募集に飛び込んでいたというわけだ。
まあ無論タダで入れたわけではなく、経歴の確認やら手合わせやらいろいろあったのだが、その辺りは割愛する。
「ブレイブは学校に通ったことないみたいだから馴染みがないかもだけど、もうじきユグドラ王立学校で進級試験があるんだよ。で、その後には三年生の卒業式もある。まあ、ほとんどの子はとっくに進路が決まっちゃってると思うけど……将来有望な子を捕まえられるのは今だけなんだよ?」
そう、たとえば昔の私みたいなね!
最後にそう付け加えて自慢げに胸を張る私を見て、ブレイブはクスリと笑った。
「うん、そうだね。近々学校から多くの卒業生が輩出されることは僕も知っているよ。王国騎士団にいる僕の知り合いも、騎士学科からたくさんの新人が入ってくるからと気合を入れていたからね」
「じゃあ、やっぱり早く募集をかけた方がいいんじゃ?」
「今は……あの頃とは少し状況が違うんだ。当時の僕は勇者としての力はあっても、魔物との実戦経験に乏しかったからね。だから昔の君のように、一緒に経験を積んで成長していける相手でも問題がなかったんだ。だけどすでに、僕もマグナもステラも一人前の冒険者を名乗れるだけの経験を積んでしまっている。今は将来有望な子よりも、即戦力として期待できる人の方が嬉しいんだ」
「ふーん? まあ、理屈は通ってるけど……ブレイブもマグナもステラちゃんも、即戦力がどうだとか、そんな細かいこと気にして選り好みするような性格じゃなかった気がするけどなー……」
なにかを誤魔化そうとしているような、はぐらかそうとしているような、そんな気配を感じる。
……というか気配とかそれ以前に、実のところブレイブには本人が気がついていない、ある一つの癖があった。
それはブレイブが嘘をつく時は、必ずその相手と視線が合わないということ。
そして今その癖の話を持ち出したことからわかるように、現在、私とブレイブの視線は合っていない。
私はまっすぐブレイブの顔を見ているのに、あっちはどこか後ろめたそうに目をそらしている。
こいつ、やっぱり……。
ある種の確信を覚えた私は、ブレイブが抱えているだろう不要な罪悪感を取り除くために口を開こうとする。
しかしその寸前で、不意に誰かがパタパタとこちらに近づいてくる音が耳に入ってきた。
「あ、あのっ! フラルちゃん……今、少しお時間いいですか!?」
「ステラちゃん?」
振り向くと、そこには私の顔色を窺うようにしながらも、勇気を振り絞るように胸の前でギュッと杖を握り締めたステラちゃんが立っていた。
「お話のお邪魔をして、ごめんなさい……でも、どうしてもフラルちゃんとお話がしたくて……その、二人きりで……」
「んー、私は別にいいけど……」
ステラちゃんからのお誘い自体は、私としても願ってもないことだ。
一つ、彼女が関わっているだろうことでずっと気になってたこともあったしね。せっかくだから久しぶりに再会できたこの機会にしっかりと彼女の口から聞いておきたい。
ただ、ブレイブとの話の途中だったことを思うと、少し後ろ髪を引かれる思いだ。
なのでブレイブに最終的な判断を委ねるように視線を送ると、ブレイブは「行っておいで」と柔和な笑みを浮かべて頷いた。
「じゃあ、悪いけどちょっと行ってくるね。お話が終わったら戻って来るから、ブレイブはここから逃げないでよね!」
ビシッと人差し指でブレイブを指差して、立ち去る前に釘を刺しておく。
私の見立てでは、ブレイブは私を追放したことに大なり小なり負い目を感じている。
変な話だ。元をたどれば、すべて私の自業自得だっていうのに。つっけんどんな態度を取ってしまったけど、そのくらいのことは私だって本当は理解してる。
ただ、それでも後ろめたく思ってしまうのがブレイブというやつなんだ。
さすがにありえないとは思うけど、再会したばかりの私のあの荒れた対応を真に受けて、『もう二度と顔は見せない』とかふざけたことを言い出す可能性もゼロじゃない。
まあ、さすがにないとは思うけど。
「はは。大丈夫、逃げないよ。ちゃんと待ってるから、ゆっくり話しておいで」
「よろしい。じゃ、行こっかステラちゃん」
「は、はい! えっと……ありがとうございます。ブレイブさん。フラルちゃんを、お借りします」
ステラちゃんの希望は、二人きりで話したいというものだ。
だとしたら、他に人がいる店の中は不適切だろう。
ということで、私たちは場所を店の外に移すことにした。
私はステラちゃんの手を引いて、玄関から外に出ると、店の裏手に回る。
完全に日陰になっているそこは落ちついた静けさが広がっていて、話をするのにはうってつけの場所だ。
「それで、お話って?」
椅子代わりに使えそうな大きめの木箱を見つけて、そこに腰かける。
ステラちゃんは立ったままだったが、私が手招きをすると、木箱に聖杖を立てかけておずおずと隣に腰を下ろした。
私との距離は、拳一つぶんほど空いている。一緒にパーティを組んでいた頃よりも、少し遠い。
「……あの……フラルちゃん。私……」
もごもごと口ごもり、幾度となく唇を開いては閉じる。なかなか話を切り出さないステラちゃんを、急かそうとはせずにじっと待つ。
ただせめて、少しでも彼女が勇気を出す切っ掛けになれればと思い、私はふっと腰を持ち上げて、ステラちゃんとの座る距離を詰めた。
肌と肌、お互いの二の腕辺りが触れ合って、ステラちゃんが驚いたように顔を上げる。
そんな彼女に微笑みかけると、私は彼女が膝に置いていた自分の手を重ねた。
「わ、私……」
くしゃりと顔を歪め、ステラちゃんは顔を伏せる。
そのまま彼女に寄りい続けていると、やがて彼女の震える声が聞こえてくる。
「……ごめん、なさい……ごめんなさい、フラルちゃん……」
「ステラちゃんは悪くないよ。悪いのは、皆に心配かけちゃった私だから」
なにに謝っているかくらいは、すぐに察しがついた。
ステラちゃんもブレイブと同じだ。なにも悪くないのに、私を追放してしまったことに今でも負い目を感じている。
「でもっ……私がもっとちゃんとしてたら、フラルちゃんが追放されるようなことにはならなかったのかなって……!」
「ステラちゃんはちゃんとしてるよ。私より誰より、ステラちゃんは人の気持ちになって考えることができる子だもん。今だってそうでしょ? 追放された私の気持ちになって、ずっと心配してくれてたんだよね?」
ステラちゃんは、はっきり言って泣き虫だ。だけどそれは彼女が弱いことを意味しない。
彼女はただ、多くの人よりも他人の気持ちに敏感なだけだ。
その人の痛みや苦しみ、悲しみを自分のことのように感じて共感し、心を痛めてしまう。
その感受性の高さは、彼女の生まれ持った気質であると同時に、彼女が誰よりも人に優しい証明でもある。
だけど私がそう伝えるたびに、彼女はいつだって私の言葉を否定する。
今回もまたその例に漏れず、ステラちゃんはふるふると首を横に振った。
「違います……私はただ、うじうじと悩んでいただけです。謝りたいのに、仲直りしたいのに……フラルちゃんに拒絶されるのが怖くて、会いに行く勇気が出なかった。私がそうして足踏みしている間、フラルちゃんは一人で寂しい思いをしてたのに……そんな私なんかに、フラルちゃんが感じた苦しみがわかるはずありません……」
そう自虐すると、ステラちゃんはすっかり意気消沈して俯いてしまった。
うぅむ……これはなかなかに重症だ。私に対する罪悪感を、ちょっとやそっとの言葉では払拭できないほど抱え込んでしまっている。
やっぱり一ヶ月も会えていなかったのが悪かったのだろう。
一緒にパーティを組んでいた頃は当たり前のように毎日顔を合わせていたから、離れ離れになることなんてほとんどなかった。
それが突然、ある日を境に会えなくなってしまったのだ。しかもその別れ方が追放という形とあっては、ステラちゃんの性格では気に病むのも無理はない。
悪い想像に悪い想像を重ね、自己嫌悪に自己嫌悪を繰り返し、どんどん深みにはまってしまったようだ。
どうしたものかと少し考えて、私は一つ、気になっていたことを確認してみることにした。
「ねえ、ステラちゃん。ちょうどパーティを追放されちゃった日にさ、私、ちょっと不思議なことがあったんだよね」
「……不思議なこと、ですか……?」
今度はステラちゃんではなくて、私の方から話を切り出す。
世間話を始めるようなノリで、なんてことないように。
ステラちゃんは、その絹のように滑らかなブロンドの髪を揺らして、私の話に耳を傾けた。
「夜、私が毛布にくるまって寝ようとしてた時のことなんだけどね。ここの一階で物音がして、気になって見に行ってみたら、誰かがここの建物に入り込んできてたの」
「っ……そ、それは……」
一瞬、なにか心当たりがあるようにステラちゃんは顔を上げたが、すぐに思い直したように視線を逸らす。
「その、泥棒……とかでしょうか……?」
「泥棒にしては動きが妙だったんだよねぇ。なんていうか、誰かを探してるみたいでさ。それで私が声をかけたら、なにかを置いて一目散に逃げて行っちゃったの」
「……か、顔は……顔は見えたんですか?」
「顔は残念ながら見えなかったんだよねぇ。すぐどこか行っちゃったし、辺りも暗かったから」
ステラちゃんはなぜかホッとしたように息を吐く。
「それならやっぱり、泥棒さんだったんだと思います……よ? 探してたというのも、たぶんその……家主の方に見つからないように、気を張ってたんだと思います」
どこかぎこちない様子で、ステラちゃんは泥棒説を推してくる。
正直もうこの反応であの時の人影の正体が丸わかりなのだが、敢えてまだ指摘することはせず、私は話を続ける。
「ふふ。だとしたら、よっぽど優しい泥棒さんだったのかな。あんな素敵なプレゼントを置いていってくれるなんてさ」
「す、素敵な……えと、あの……お、置いていったわけじゃなくて、きっと焦って、落としてしまっただけなんだと思います」
「そうなのかな? じゃあ、私が貰っちゃったのは悪かったかなぁ……」
「えっ!? い、いえっ、悪くはないと思いますっ! 悪いのはその、泥棒さんの方なので……フラルちゃんが拝借するぶんには、なにも問題ないと思います!」
いや、泥棒が落とした物だったら普通は衛兵か詰所に届けるべきだと思うけど……見つける手がかりや証拠になるかもだし。
冷静に考えれば、それくらいステラちゃんならわかるはずである。それなのに見るからに慌てて支離滅裂なことを言っている彼女を見ていると、なんだか段々と楽しくなってきてしまった。
そろそろ正体に言及してもいい頃合いだけれど、いけないと思いつつ、私はまるで意地悪を言うみたいについ話を続けてしまう。
「そういえば他にも不思議なことがあるんだよね。ここって路地裏の奥地で、ただ見つけるのも大変なくらいなのに、どうしてあの泥棒さんは見つけることができたんだろ?」
「ぐ、偶然……偶然だと思います。そういうことも、ありますよね……?」
「そっか、偶然ならしょうがないなぁ。でも、思えばわざわざこんななにもないオンボロな建物を狙ってくるのも不思議だよね。あの頃はまだお店も開いてなかったから、文字通り値打ちのあるものなんてなんにもなかったのにさ」
「そ、それは……えっと、あの……そ、そうですっ。年季が入っているぶん、価値のある骨董品があると踏んだんだと思います……!」
「なるほど、骨董品狙いかぁ。それなら納得だね。あ、でもあともう一つ不思議なこともあってね……あの泥棒さんが焦って落として行っちゃったものが、なんと私の大好物のハンバーガー、ドラ照りスペシャルだったんだよね! これも偶然なのかな? だとしたら、すごい確率だよね?」
「そ、それはですね……その泥棒さんも、単にフラルちゃんと同じでハンバーガーが好きだったんじゃないでしょうか……? 盗んだ帰りに自分で食べようと、記念で買ってたんだと思います……!」
「ふむふむ、なるほどね。でも、それなら成功した後で買えばよかったのにね。成功する前から買っておくなんて、すごい自信のある泥棒さんだったんだね!」
「あ、あぅ……そ、そうみたい……ですね」
やばい。嘘をつくのが苦手なのに、必死に誤魔化そうとするステラちゃんが可愛すぎる。
私がなにか質問するたびに不自然なほどモジモジと身動ぎし、視線が右往左往としているのに、本人はまったくそれに気づく気配がない。
でも、いつまでも遠回しに言い続けてもステラちゃんは認めてくれなさそうだし……そろそろからかうのはやめて、ネタばらしをしてあげた方が良さそうかな。
「私ね、あの日は夕ご飯を買うのを忘れててさ。なにも食べずにふて寝しようとしてたんだ。だけどあの優しい泥棒さんが置いていってくれたハンバーガーのおかげで元気が出て、幸せな気分で眠ることができたの」
「……そうなんですね。泥棒さんには気をつけなきゃですが、フラルちゃんが笑顔になれたのなら、よかったです」
「うん。本当に嬉しかった。あの時は、わざわざ励ましに来てくれてありがとね。ステラちゃん」
「い、いえっ! 私はただハンバーガーを買ってきただけで、他にはなに……も? …………あっ!」
自分の失言に気がついたのだろう。ステラちゃんは口を手で覆って固まった。
もちろん私はあの時の人影の正体なんてとっくにわかっていたので、そんな彼女の反応をニマニマと見守る。
「あはは。やっぱりあの日の人影は、ステラちゃんだったんだね」
「……うぅ……ごめんなさい……」
やがて観念したようにがっくりと項垂れたステラちゃんは、しょんぼりとした声で呟いた。
「どうして謝るの? さっき言ったように、私はあんなにステラちゃんに元気づけられたのに」
「……でも、私は……」
「もー、『でも』は禁止! ステラちゃんはすぐそうやって自分を卑下するんだから」
ステラちゃんの手を引いて半ば強引にこっちを見させると、私は彼女の両肩にそっと手を置いた。
驚いて目を丸くする彼女の額に、私は自分の額をコツンと合わせる。
「ね、ステラちゃん。ステラちゃんはさっき言ってたよね。謝りたいのに、仲直りしたいのに、会いに行く勇気が出なかったんだって」
「……はい。そんな意気地なしな私には、フラルちゃんの気持ちを本当の意味でわかってあげられるはずがないんです」
「ううん、わかるはずだよ。他でもないステラちゃんだから、わかるんだよ。だってステラちゃんがさっき言ってたこと、全部私にも当てはまることだもん」
「え……?」
「私もね、本当は皆に会いに行きたかったんだ。迷惑をかけてごめんねって、追放なんて辛い決断させてごめんねって、ちゃんと謝って仲直りしたかった。でも、追放されちゃったあの時みたいにまた拒絶されたらって思うと、やっぱり怖くてさ……受け身になって、こうしてステラちゃんたちの方から会いに来てくれる瞬間を、ずっと待ち望んじゃってた」
「フラルちゃん……」
「……その間、ずっとステラちゃんは私を思って一人で泣いてくれてたのにね」
くっつけていた額を離して元の体勢に戻ると、潤んだ眼で私を見つめてくるステラちゃんの頭を撫でて、私はにへらと微笑みかける。
「私はさ、ステラちゃんが私を思ってしてくれたことの全部が嬉しくて、こうして一緒にいられるだけでも楽しいんだよ。ステラちゃんはどう? 私と一緒にいて、楽しくない?」
「それは……楽しいに、決まってます。だって私にとってフラルちゃんは、一番最初で一番大切な、大好きな友達ですから」
「あはは、嬉しいなぁ。でもそれならさ、やっぱり私はステラちゃんに自分を責めないでほしいな。私はステラちゃんほど無条件に人に優しいわけじゃないけど、やっぱり好きな人が辛そうにしてたら私も辛いよ」
「す、好きな人……そ、それって……」
「うん。私にとっても、ステラちゃんは大切で大好きな友達だから」
「あ……で、ですよね……」
どこか期待するような眼差しから一転、なぜかちょっぴり気落ちしたようにステラちゃんは肩を落とした。
そんな彼女の反応を不思議に思ったが、私がなにか言うよりも先に、ステラちゃんがポツリと呟くように口を開く。
「フラルちゃんは……フラルちゃんが初めて私の手を引いてお出かけに連れて行ってくれた時のこと、覚えていますか?」
「へ? 初めて一緒にお出かけした時のこと? ……あ、二人でいろんなお店を冷やかして回った時のこと? 覚えてるけど……それがどうかしたの?」
あの頃はまだ今ほど私たちは親しくなくて、遠慮がちに距離を置こうとするステラちゃんとどう仲良くなろうかと頭を悩ませていたものだ。
とにかくまずはステラちゃんのことを知らなければ始まらないと、最初のうちは結構な質問攻めをした記憶がある。
『ステラちゃんって、なにか趣味とかあるの?』
『趣味は……えっと……ごめんなさい。ありません……』
『じゃあじゃあ、好きな食べ物は? 好きな色は? 好きな景色とかある? ちなみに私は食べ物ならハンバーガーが好き! 色は錬金術をやってる最中の錬成液の色で、景色は爆弾が爆発する瞬間を見るのが大好きだよ!』
『ば、爆弾……? その……本当に、なにもないんです。ごめんなさい……』
『むむむ……? なんでもいいんだよ? ステラちゃんが好きだって思うもの、してて楽しいって思うこと、なにか一つでもないの?』
『……ごめんなさい』
もしかしたら、ステラちゃんも同じ出来事を思い出していたのだろうか。
彼女は懐かしむように目を細めて、自分の手のひらを見下ろしている。
「それまで私は、自分のために生きることを知りませんでした。捨て子だった私を見つけてくれた親代わりの人のために、育ててくれた教会の人たちに恩を返すために、教会を訪れる癒えない傷に苦しむ人たちのために……誰かのために祈って、誰かのために力を尽くして、誰かのために生きる。私にとっては、それが当たり前のことだったんです」
だけど、と言葉を区切ると、ステラちゃんは顔を上げて、私にふわりと微笑んだ。
「あの日、フラルちゃんが私の手を引いてくれたおかげで……私の世界は広がったんです。なんにもない、自分の『好き』すらわからなかった私を外に連れ出して、フラルちゃんは私に『一緒にあなたの好きを探してあげる』って言ってくれた」
「そんなこともあったねぇ。好きだって思えるものは、もう見つかった?」
「はい。私の一番の『好き』は……あの日も今も、ずっと私のそばにありました」
瞼を閉じ、大事なものの在り処を確かめるように、ステラちゃんは胸の前でキュッと手を握りしめる。
そして再び瞼を開くと、一瞬逡巡するように視線を彷徨わせてから、意を決したように私の方を向いた。
その星のように綺麗な瞳に私を映して、いつかの私が望んでいた言葉を口にする。
「フラルちゃん――お願いします。私たちのパーティに、戻ってきてくれませんか?」
「ステラちゃん……」
「今のフラルちゃんなら……ブレイブさんも、マグナちゃんも、きっと許して受け入れてくれます。もちろん、私だって……だから。だからもう一度、私たちと一緒に……!」
そう懇願するステラちゃんの声は、かすかに震えていた。
……私がステラちゃんのことを知っているように、ステラちゃんも私のことをよく知っている。
だから彼女も本当はわかっているのだろう。私がそのお願いにどう答えるのか。
それでも言わずにはいられなかったのは、きっと彼女が昔とは違って、自分のために生きることができるようになったから。
「……ありがとう、ステラちゃん。私もね、また皆と一緒に旅ができたらどんなに楽しいだろうって、心からそう思うよ」
「じゃあ……!」
「……でも、ごめんね。そのお願いには、応えられないや」
ステラちゃんを悲しませてしまうことは心苦しい。また一緒に旅をしたい気持ちも嘘なんかじゃない。
それでも今の私にはもう、首を横に振る以外の選択肢はなかったんだ。
ステラちゃんは一瞬くしゃりと表情を歪めるが、すぐにわかっていたかのように顔を伏せた。
「……アルミアちゃん、ですよね?」
「うん。あの子の夢を、応援してあげたいんだ。もしかしたらその道は全部アルミアちゃん次第で、私はなんの力にもなれないのかもしれないけど……それでも今の私は、あの子の『先生』だから。前に進む手助けをしてあげたいの」
パーティに戻ってきてほしい――もしもそのステラちゃんの懇願が、私がアルミアちゃんと出会う前にもたらされたものだったなら、私はきっと喜んで頷いていたことだろう。
だけど今の私にとって、パーティに戻るということはすなわち、アルミアちゃんを見捨てることと同義だ。
それだけは絶対にしたくない。力になる、そばにいるって約束したんだから。
自分の心に決めたことに嘘をついて違えたら、私はきっとこの先一生後悔する。
「……ぐす。う、うぅ……」
今更戻ってきてほしいと言われてももう遅いだなんて、突っぱねるような言い方をするつもりはないけれど、結果としては似たようなものだった。
必死に堪えるように唇を引き結んでいたステラちゃんだったが、堪え切れなかったのか、次第にポロポロと大粒の涙をこぼし始める。
「ステラちゃん……」
「ごめ、んなさい……フラルちゃんと別れる時に、私、決めだのに……フラルぢゃんの背中に隠れるだけじゃなくて……一人でも、大丈夫なようになるんだって……!」
「……」
「パーティに、戻ってきてほしいだなんて……そんなっ、そんなフラルちゃんを困らせるだけのようなこと……本当は、言うつもりながっだのにっ……!」
ステラちゃんの懇願を拒絶した私に、彼女を慰めるだけの資格があるのかはわからない。
ただそれでも、目の前で泣いている友達を放っておけるはずもなく、私はステラちゃんの背中に手を回すと、ポンポンと彼女の背を叩いた。
そんな私の行為を、ステラちゃんは拒まない。以前と同じように、私を受け入れてくれている。
その事実にホッと息をついてから、私は彼女に優しく微笑みかけた。
「ずっと一人で平気な人なんていないよ。すべてが満遍なく強い人だっていない。ステラちゃんも、ブレイブも、マグナも、アルミアちゃんも……私だっておんなじ。一人ぼっちは寂しいし、辛くて泣いちゃうことだってある」
「……でも、わだしは……そんな、弱い自分が……好きじゃありません……」
「もー、『でも』は禁止って言ったでしょ? 自分の弱さに立ち向かえるステラちゃんは、間違いなく強い子だよ」
いわゆる強さと呼ばれるものは、例外なくある種の弱さを内包している。
大切な人を守りたい。それはある意味、大切な人が危険に晒されること、離れていくことを忌避する心の表れだ。
夢を叶えるために努力する。それはある意味、夢破れる未来を恐れる心を原動力としている。
恐怖に屈し、目を背ける行為を弱さと呼ぶのなら、恐怖と向き合い、打ち克とうと足掻く行為を指して、人はそれを強さと呼ぶ。
「私、知ってるよ。ステラちゃんは確かによく泣いちゃう子だけど……泣くたびに、次は泣かないんだって心に決めてること。泣き虫な自分を変えようと足掻いてること」
「……でも、ただの一度も実現できたことはありません……」
「うん。でも、ただの一度だって諦めたこともなかった。次は絶対、次は絶対って。その『次は』が叶うまで頑張り続けてる。そんなステラちゃんを見てるとね、私も頑張らなきゃって勇気をもらえるんだよ」
「勇気……フラルちゃんに、私が……?」
目をぱちくりと瞬かせ、ステラちゃんはまだ少し潤んだ瞳で、不思議そうに私を見つめる。
私はそれに微笑みながら頷くと、彼女と手のひらを合わせた。
「前みたいに、ずっとは一緒にいられないけど……離れていても、私たちの心は繋がってる。ステラちゃんがどこかで頑張ってるって知ってるから、私も頑張れるんだよ」
「フラルちゃん……」
「一人でも大丈夫だなんて、寂しいこと言わないで。ステラちゃんが呼ぶなら、どこにいたって私は駆けつける。甘えたいなら、いつでも甘えにおいで。私のこと、いくらでも頼ってくれていいから」
強さとは、弱さを克服しようとする意志だ。
でも誰だって、いつまでも強がり続けることはできない。
守るために戦い続ければ、その身は傷つくばかりで癒えることはない。無理して頑張り続けていたら、いつか疲れ果てて倒れてしまうだろう。
だから大切なのは、自分の心が休める場所を見つけることだと私は思う。
「いつの日か、ステラちゃんが自分を好きになれる日が来るといいね」
「フラルぢゃーん……うっ、うぅ……! ふぇぇん……っ!」
「あはは、早速かぁ。いいよ、今は好きなだけ泣いちゃおう。泣かないように我慢するのは、また次で大丈夫だから、ね」
笑いながら両手を広げると、ステラちゃんは勢いよく飛び込んできて、私の胸に顔を埋めながらわんわんと泣き始めた。
今まで我慢していたものを吐き出すように大泣きするステラちゃんの背中を撫でてあやしながら、私は彼女の涙が落ち着くまでずっとそばに寄り添い続けた。
ステラちゃんは、やっぱり泣き虫だ。
でもいつの日か、彼女は自分の涙を乗り越える。
その日が訪れるまで、私がステラちゃんにとっての心を休める場所になれたら……なんて。ちょっとおこがましいかもしれないけどね。
Commentary:勇者
この世に一つしか存在しない勇者の紋章を宿す特別な存在。
いわく勇者の紋章は『その者の魂に神の器を授け、満ちた器が人知を超えた力をもたらす』のだと伝説で語られている。
勇者の紋章は勇者が死した後、もっともふさわしい素質を持った胎児に受け継がれるそうだ。
ユグドラ王国においては、勇者の紋章を宿して生まれた赤ん坊は、父母の任意によって神に選ばれた神子として王家に引き取られ、その際、父母には名誉爵位を与えられる制度がある。
しかしこれは真に神子として扱っているわけではなく、勇者を戦力として確保したい王国の政策によって生み出された、いわば方便に過ぎないのではないかということが教会からたびたび指摘されている。
事実、王家に引き取られた神子は国の英才教育によって優秀な戦士として育成されるので、そういった勇者の処遇を巡って王国と教会の口論は絶えない。
勇者が冒険者として活動する慣習も、国ではなく人々のための存在だと言うユグドラ王国からの対外的なアピールの一環でもあるようだ。そしてその際、監視として教会からパーティメンバーが派遣されることもまた通例である。
生まれた時から生き方が決まっている勇者として生まれることが、幸なのか不幸なのか、その答えは勇者として生まれた本人にしかわからない。




