25.お店が大繁盛してて、私すっごく忙しいんだから!
勇者パーティの皆との突然の再会に、私は思わず後ずさる。
……が、後ろはお店の商品棚だ。
ゴンと棚に頭を打ち付けてしまい、その衝撃で商品棚に積まれた品々がドサドサと音を立てて私の頭に降り注いでくる。
「ぎゃっ!?」
「先生!? 大丈夫ですか!?」
「わ、私、頑丈だから大丈夫……そ、それより!」
慌てて駆け寄ってきたアルミアちゃんが心配してくれるが、今はそれどころではなかった。
痛む頭をさすりながら、私はブレイブをキッと睨みつける。
「なんでブレイブがここにいるのさ! 今更のこのこと……! っていうか私、ブレイブにここのこと教えた覚えないんだけど!」
「せ、先生? お客さまに対してそういう乱暴な態度は、その、良くないかと……」
「ブレイブなんかこのくらいの対応でいいの! こいつ、私のことパーティから追い出した張本人だし!」
「お、追い出した……ですか?」
私が言い放った穏やかではない関係性に、アルミアちゃんが困惑したように私とブレイブを交互に見る。
ブレイブは私が頭をぶつけて痛そうにしているところを心配そうに見ていたが、私が「ガルルル……!」と威嚇していると、やれやれと困ったように肩をすくめた。
「僕たちのことを、フラルはその子に話してないみたいだね。なら、まずは自己紹介から始めよう。僕の名前はブレイブ・ユグドラシル。少し前まで、フラルとは冒険者としてパーティを組んでいた者だ」
「マグナ・ソリチュードよ。同じく、フラルちゃんとパーティを組ませてもらっていたわ。よろしくね。さ、ほら。ステラちゃんも」
「は、はいっ! あの……ス、ステラ・ティアモーレと申します! その、よろしくお願いします……!」
ブレイブが爽やかな笑顔で名乗ると、マグナがそれに続き、ステラちゃんの背中をポンと押して前に出るよう促す。
人見知りの気質があるステラちゃんは案の定ガチガチに緊張していたが、相手が歳が近いだろうアルミアちゃんだったからか、幾分か自然体で自己紹介できたようだった。
アルミアちゃんは戸惑いながらも、三人にぺこりとお辞儀を返す。
「私はこのプロジオン錬金術店の店員で、ユグドラ王立学校高等部錬金学科所属の一年生、アルミア・ケミストールです。よろしくお願いします」
「ユグドラ王立学校……それに、錬金学科。そうか、なるほどね」
私のことを先生と呼んでいたことや、アルミアちゃんの立場から、私とアルミアちゃんの関係性を察したのだろう。ブレイブは得心がいったように頷いた。
「それで……えっと、皆さんは先生が冒険者として本格的に活動していた頃のパーティメンバーだったんですよね? 追い出したというのはいったい……」
「ああ、それは……」
「言葉通りの意味だよ!」
アルミアちゃんの質問にブレイブが答えようとしたところで、見合う二人の視線と会話を遮るように私は間に入り込んだ。
アルミアちゃんがブレイブに変に誑かされないよう、アルミアちゃんの腕を抱き寄せながら、逆の手でビシッとブレイブを指差す。
「私、皆のこと大切な仲間だと思ってるって言ったのに! こいつはそんな私を問答無用でパーティから追放したの! ひどいと思わない? 私、なんにも悪いことなんてしてなくて、清く正しく生きてただけなのに!」
「清く正しく……先生が……?」
アルミアちゃんが私に向ける目が、なぜか途端に胡散臭いものを見るようなものに変わる。
な、なに? その目は。
アルミアちゃんとはそこそこ信頼関係が築けてきてるって思ってたのに……まさかアルミアちゃん、私の言葉を信じてくれてない……!?
「ほ、ほんとだよ! 無実だよ、無実! お願い、信じてアルミアちゃん!」
「……本当ですか? 信じていいんですよね? 先生のこと」
「うぐ……いや、あの……えっと……」
真偽を見定めるように、至近距離から私の瞳を覗き込んでくるアルミアちゃん。
実際、清廉潔白かと言われると全然そんなことはなく、普通に後ろめたいことがあった私は彼女を直視し続けることができず、つい目を泳がせてしまった。
それでもアルミアちゃんは私を逃がすことなく、たじろぐ私の目をジーッと見つめ続けてくる。
「……その……ちょ、ちょっとは悪いこと……した、かも」
「はい、よく言えました。嘘はダメですよ先生。でも、ちゃんと言えたのはえらいです」
「あ……えへへ……って、違う違う違う! み、見るなブレイブ! 見るなーっ!」
嘘をついた罪悪感を抱いていたところにアルミアちゃんに優しく慰められて、思わずにへらと頬が緩んでしまう。
が、ハッと我に返った私はブンブンと頭を振ると、慌ててブレイブを睨みつけた。
まるで取り繕うように必死に威嚇し続ける私を、ブレイブはなぜだか微笑ましげに見守り、マグナは面白そうにニヤニヤと観察している。
そしてステラちゃんは、少しだけ羨ましそうにアルミアちゃんを見ていて……。
さきほどブレイブたちがこの店に来る前、自分を卑下するアルミアちゃんを私が半ば強引に元気づけた際、こういうところを誰かに見られるのは恥ずかしいと彼女が言っていた理由が実感を伴って理解できた。
これは確かに、恥ずかしい。めっちゃくちゃに恥ずかしい。
年下の女の子に頭を撫でられて嬉しそうにしている。そんな情けない醜態を、よりにもよってブレイブたちに見られてしまうだなんて……。
見知った相手からの生暖かい反応に耐えきれず、私は羞恥で悶えることしかできなかった。
「うぅ~……もうっ! 私のことはいいから、早く用件を言ってよ! 今はお客さんがいないけど……お店が大繁盛してて、私すっごく忙しいんだから!」
「先生……またすぐにばれる嘘を……」
路地裏の奥の奥というわかりづらすぎる立地。オンボロすぎる様相の建物。見るからに閑散とした店内。
一目見ただけで閑古鳥が鳴いているとわかる店の中で堂々と忙しさを主張する私を見て、アルミアちゃんは呆れたようにため息をついていた。
「用件、と言われてもね。冒険者である僕たちが、冒険者向けの商品を中心に売り出す錬金術店にやってきた。なら、用事は一つしかないんじゃないかな」
「……うちの商品を買いに来たってこと? でも別にそんなの、私のお店である必要なんかないじゃん。この街には他にも錬金術店はいっぱいあるんだし」
「いいや。僕たちは君が作ったものがいいんだよ、フラル」
「む……」
ピクリと眉を動かした私に、続けてマグナとステラちゃんが語りかけてくる。
「ふふ。フラルちゃんが作った道具が一番しっくり来るのよねぇ。冒険者の活動はいつだって危険と隣り合わせだもの。命を預けるなら、信頼できる人が作ってくれたものが一番でしょう?」
「わ、私も……使うなら、フラルちゃんが作ったものが良いです」
「……ふ、ふんっ」
だらしなく頬が緩んでしまいそうになるのを堪えながら、私はプイッとそっぽを向いた。
私は錬金術師だ。錬金術は、心を込めることで形を成す。そうして作ったものを頼ってもらえるのは、やっぱり嬉しい。それがかつてパーティメンバーとして苦楽をともにした相手なら、なおさらだ。
だけど意地っ張りな私はそれを素直に認めてしまうのがなんだか悔しくて、ついつっけんどんな態度を取ってしまう。
「私を追放してから、一度も……一か月も顔を見せなかったくせに! 今更そんな調子のいいこと言ったって、ブレイブたちに売るものなんか一個もないもんね! ふんだ!」
「……ぐす」
私が拒絶の言葉を口にした瞬間、ステラちゃんがくしゃりと顔を歪める。
あ、やばい……と思いかけたが、私がステラちゃんに声をかけるよりも早く、彼女は目元に滲んだ涙を自分で拭った。
「な、泣いてません! 泣いて、ません……!」
「そ、そう? なら……いいんだけど……」
勇者パーティの中でも、ステラちゃんは群を抜いて繊細だ。
ちょっとだけ悪い言い方をするなら、泣き虫。人の心の機微に敏感で、些細なことでも傷ついてしまう。
特に、初めてのお友達だという私から嫌われたと判断すると、途端に大粒の涙をこぼして泣き出してしまう傾向にあった。
いつもは私がそんな彼女のそばに寄り添って、気持ちを落ちつかせてあげてから誤解だと伝えていたのだが……。
意外にも彼女は今回、自分で涙をぐっと堪えてみせた。
思わずあっけに取られていると、ブレイブがこれ見よがしに首を左右に振った。
「そっか。売ってくれないんだね……残念だ。君の爆弾があれば、きっと次の依頼に役立つと思ったんだけど」
「……っ! もしかして、爆弾が欲しいの……?」
半ば反射的に私が聞き返すと、今度はマグナが残念そうに肩を落とした。
「そうねぇ。私の得意な雷の魔法だと広範囲を殲滅するのは少し苦労するから、フラルちゃんの爆弾はとっても頼りになると思ったんだけど……売ってくれないのね……」
よよよ、と目元と顔をハンカチで隠すマグナ。
見るからにわざとらしいし、絶対に今笑っているだろうが、彼女が魔法使いの割に広範囲の殲滅を不得手としていることは紛れもない事実だ。
それに、私の爆弾を頼ってもらえて悪い気はしない。
「……私も。フラルちゃんが手がけた、フラルちゃんの好きなものが近くにあったら……安心します」
ステラちゃんに至っては、もはや爆弾を使わずに肌身離さず取っておきそうな気配すらあったが、私の作品を必要としてくれていることに違いはない。
私の中でぐらぐらと天秤が揺れて、売ることを拒む気持ちと、売ってあげたい気持ちがせめぎ合う。
いや……本当は最初から後者に傾き切っていることを、私自身とっくに自覚していた。
「ま……まぁ……そこまで言うなら、売ってあげるのもやぶさかではないけど? ……一応、ブレイブたちもお客さんなわけだし……」
爆弾という私が大好きな物を引き合いに出して、口車に乗せられた――そういう流れでなら、一度は意地を張ってしまった私でもなんとか素直になれる気がした。
そう。私はただ、口車に乗せられただけ。それだけなんだから。
言い訳をするように自分に言い聞かせながら、あくまでしかたなくという体を装って、私は商品を売ろうと三人に譲歩する。
私のそんな意地っ張りな内面を見透かしているのか、それとも単に私が歩み寄ってくれたことが嬉しいのか、ブレイブがにこやかな笑みを浮かべる。
「本当かい? 助かるよ。それで、物は相談なんだけど……実は爆弾以外にも欲しいものがあるんだ。そっちも売ってもらっていいかな?」
「……むー……いいけど、爆弾だけは絶対買ってかなきゃダメだからね! それで、いらないからって捨てたりせずにちゃんと役立てること! わかったっ?」
「もちろんだ。ここにある物は全部、君が心を込めて作った物だ。一つだって無駄にはしないさ。ありがとう、フラル」
「……ふんっ」
気恥ずかしさを誤魔化すように、私は再度、プイッと顔を背ける。
普通のお客さんならこんな乱暴な態度で接すれば怒って帰ってしまうだろうに、ブレイブもマグナもステラちゃんも、そんな私の対応に文句の一つも言わなかった。
それどころか、三人とも嬉しそうに笑っていて……そんな情景がふと、かつてのパーティでの日々を思い起こさせた。
私たちの関係は、あの頃となにも変わっていない。
パーティを追放されても、私がブレイブたちのことをそう思い続けていたように……。
ブレイブたちにとっても、私はずっと仲間のままだった。
「……良かったですね。先生」
「……うん」
私とブレイブたちのやり取りを見守っていたアルミアちゃんが、私にだけ聞こえるようにそっと耳打ちする。
私はそれに、小さく頷き返した。
Commentary:魔法使い
その名が示す通り、魔法の扱いを得意とする者のこと。
すべての魔法使いは自身の魔力属性と同じ属性の魔法を最も得意とする。
魔力変換という技術を用いれば自身の魔力属性とは異なる属性の魔法を行使することもできるが、変換の際に魔力の純度が下がるため、変換後の魔法の威力は本来の自身の魔力属性の魔法には及ばない。
また、魔力を魔法として形作るためには魔力を体外に放出する素質が必要である。この素質には才能の有無もあるが、身体的・種族的要素が大きく関わってくる。
身体能力や肉体強度に優れた成長性を持つ者は、生まれながらにして「肉体の強化」というある種の先天的な魔法に魔力の性質が割かれている。この強化は自身の内側のみで完結するため、身体的に高い素地を持つ者ほど体外へ魔力を放出する性質が弱くなる傾向にある。
一方で身体能力や肉体強度の成長性に劣る者は、魔力の性質に内側への偏りが存在せず、自在に体外へ放出することが可能である。
ただし、体外へ放出する素質があるからと言って、その当人に魔法の才能があるかどうかは別の話である。魔法の習熟は才能や知識、想像力など多分な要素によって得手不得手が分かれる。
魔法使いへの道は険しいのだ。




