24.やぁ、フラル。元気にしてるみたいだね
アルミアちゃんが住み込みで働くようになってから、早いものでそろそろ一週間が経つ。
露店販売の効果か、あれ以来お客さんがポツポツとではあるものの来てくれるようになっていた。
決して繁盛と呼べるようなものではないけれど、商品の評判や売れ行きはなかなかに好調で、売り上げも細々とだが伸びていっている。
「はい、お釣りの銅貨五枚ね」
「ああ、確かに。この店は見るからにオンボロだが……品物は冒険者の活動に寄り添った良い物が揃っている。これからも贔屓にさせてもらうよ」
「オンボロは余計だぞー! でも、ありがとね! またお越しくださいな!」
お釣りと品物を手渡すと、狩人風の格好をした男性冒険者は手を振って去って行く。
彼は、この一週間の間にも何度か見かけたことのある顔だった。
このお店は立地が立地なので、基本的にお客さんはリピーターか、そのリピーターの人からの口コミでやってきた人になる。
冒険者向けの商品を中心に売り出すよろずの錬金術店として徐々に名が広まっていく感覚は、いかんともしがたいものだった。
「んー……しばらく次のお客さんは来そうにないかな。じゃあアルミアちゃん。もう一回スプーンを作ってみよっか」
「はい! ……いきます!」
あらかじめ用意していた素材となる木材を手に、錬金釜の前に立つアルミアちゃんを見守る。
お店の経営も重要だが、進級試験に向けたアルミアちゃんの錬金術の修練も大切だ。
果たして幸いと言うべきかはわからないけれど、私のお店はまばらにしかお客さんが来ないので、手が空いている時間が非常に多い。
錬金術の修練を進めるにはもってこいと言える。
まあ、初めこそアルミアちゃんは「お仕事中に錬金術の修練なんて……」と遠慮していたのだが、店内の掃除をすべて終えてもなお余り続ける虚無の時間を計三時間ほど体験してからは、私の説得もあって考えを改めてくれた。
アルミアちゃんが来てくれた最初の十日間は露店の準備もあっていろいろと忙しかったものの、このお店、なにもない時はマジでなんにもやることがないのだ。
時間を無駄にしないためにも、やれることがあるならそちらを進めた方が絶対にいい。
「……できました!」
錬金術の結果は、成功。
木製スプーンが入ったシャボン玉が、煙とともに釜から飛び出てきた。
私がアルミアちゃんに釜に蓋をできるくらいの大きな受け皿を渡すと、アルミアちゃんは慣れた手つきでそれを釜の上に置いて、シャボン玉をつついた。
割れたシャボン玉の中からからんと受け皿の上に落下した木製スプーンを回収し、ドキドキとした面持ちで私にそれを差し出してくる。
「……うん、良いね! お店に並べてるのと遜色ないくらいの出来だと思う!」
「えへへ、ありがとうございます」
私に合格点をもらえたことが嬉しかったのか、はにかんだように笑うアルミアちゃん。
しかし、その笑顔はすぐに曇ってしまう。
「……でも、やっぱりダメですね。こんな簡単な物を作るので手一杯だなんて……」
「あー! アルミアちゃんってば、またそういう自分を卑下するようなこと言って! そんな子はこうだ!」
「ひゃっぷ!?」
アルミアちゃんが反応するよりも早く、ガバッと彼女に抱きつく。
そのまま「よしよし、よしよーし」と、彼女の頭を撫でてあげると、一瞬のうちにアルミアちゃんの耳が羞恥で赤く染まっていった。
「~~っ!? も、もうっ! 恥ずかしいです、先生!」
さすがいきなりすぎたせいか、正気を取り戻したアルミアちゃんにすぐに引きはがされてしまう。
それから彼女は慌てたようにお店の出入り口の方を見て、誰にも見られていないことを確認すると、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「あはは、ごめんねアルミアちゃん。でもアルミアちゃんも知っての通り、錬金術は心が重要だからね。ずっとそんな風に自分なんかダメだって思ってたら、また成功しなくなっちゃうから」
「うー、それはわかってますけど……その、こういうことする時は、せめて事前に声をかけてください。あと、周りに他に人がいないことを確認させてください……誰かに見られたら、恥ずかしいどころの話じゃないので……」
「えー? 一緒にお風呂に入って、同じベッドで眠った仲なのに」
「他の誰かに見られるかどうかとは話は別なんです!」
ぷんすこと怒るアルミアちゃんが可愛くて、つい頬が緩んでしまう。
ただ、さすがにアルミアちゃんに本気で嫌われるようなことはしたくない。
アルミアちゃんに言われたことは、次からはちゃんと気をつけようと思う。
抱きつくな、とか。頭を撫でるな、とか。
そんな風に拒絶されたわけじゃないもんね。にへへ。
「さて。これで、スプーンは十回連続で成功したかな」
「……はい! 最初は十回中二、三回の成功が関の山でしたけど、今は自信を持って作れるようになってきた気がします」
「うんうん。最後の方は品質もどんどん良くなってきてたからね。じゃあ次はもうちょっと難易度が高い物に挑戦してみよっか」
技も知識もいらない。ただ純粋に、自分自身の心を込めること。
それだけで成立する簡単な錬金術を生活の中に見つけて、繰り返し実践していく。
アルミアちゃんがスランプを脱するためにいつか私が提案した地道な修練方法は、少しずつだが着実に実を結んできていた。
「アルミアちゃん、ちょっと店頭の対応任せてもいい? アルミアちゃんの次の目標になりそうな物、なにかないか探してくるから」
「はい! 任せてください!」
次はなにがいいかなぁ、と考えながら、良さそうな物を探しに店の奥に引っ込む。
……と。そんな時、この前新しくお店の扉に取りつけたベルが、カランコロンと音を立てて来客を知らせた。
それとほぼ同時に、アルミアちゃんが「いらっしゃいませ!」と元気に挨拶する声も聞こえてくる。
お店に来てくれるのは大抵リピーターの人だし、これまで何度もアルミアちゃんにも接客はしてもらってるから、彼女一人でも問題はないだろう。
そう思っていたのだが……いつまで経っても、客が立ち去ったベルの音は聞こえてこない。
なにか商品を吟味してるのかなと思いつつも、少し心配になったので、私はひょこっと顔だけを出して様子を見てみることにした。
「あ、先生。今、こちらのお客さまがたが先生に会ってみたいと仰っていて……こちらに来ていただけませんか?」
「私に? 常連さんじゃなかったの? いったい誰、が……」
アルミアちゃんに呼ばれて店先に戻ってきた私は、言葉を最後まで言い終えることができなかった。
アルミアちゃんが接客していたのは、このお店の主なターゲット層に当たる冒険者の三人組だった。
一人は、真面目で清廉な雰囲気を纏う金髪の青年。
青年と呼称したものの、男性とも女性とも取れる中性的な顔立ちをしており、線が細い体つきも相まって、正確にどちらなのかはイマイチ読み取れない。
格好自体は男性向けの軽鎧で、青と白と黒を基色として、鈍い金色の装甲がところどころにあしらわれている。
腰に下げた長剣も柄や鞘には少々凝った装飾が施されているが、決して華美な装飾ではなく、実用性を重視した業物であることが窺えた。
続く二人目は、妖艶な笑みを称える黒髪の女性だ。
美人と表現するにふさわしい容姿と抜群のプロポーションを併せ持っており、妖しげな色香が全身から溢れ出ている。
ただ、どこか楽しげに細められた紫の目は、なんとなくイタズラ好きな子どものような茶目っ気と純真さを感じさせた。
黒い魔女のローブに黒い三角帽子、そして宝珠があしらわれた身の丈ほどの長杖という装いが、彼女が純正の魔法使いであることを示している。
そして最後の三人目は、おどおどとした気弱そうな少女だ。
祭服に身を包み、胸の前で不安げに聖杖を握り締めている。
まるで小動物のようなその佇まいは、見ているこちら側が守ってあげたくなるような保護欲を掻き立てられる。
絹のように滑らかなブロンドの長髪と、宝石のように輝いた碧眼はどちらも芸術品のように美しいものの、顔立ちは年相応の幼さを残している。
「あ……あ、あぁぁ……」
そんないかにも目立つ出で立ち三人組を見て、私は言葉を失っていた。
理由は簡単。この三人組に、果てしなく見覚えがあったからだ。
「やぁ、フラル。元気にしてるみたいだね」
三人組のうちの一人、金髪の青年が私に会釈すると同時に、私もそいつを指差して、力いっぱい叫んだ。
「あぁーーーーーーーーーーっ!! ブレイブぅぅぅぅぅうぅうっ!!!!」
【勇者】ブレイブ・ユグドラシル。
【黒曜の魔女】マグナ・ソリチュード。
【天泣の聖女】ステラ・ティアモーレ。
私をパーティから追放した張本人たる面々が、私の目の前にいた。
Commentary:プロジオン錬金術店
ここ最近ひっそりと名が出回るようになった、冒険者向けの商品を中心に売り出しているよろずの錬金術店。
あらかじめ場所を知っていなければたどりつけないような辺鄙な路地裏の奥地にあり、店自体もオンボロで、とても繁盛しているようには見えない。
一見しただけでは本当に大丈夫かと不安になるが、反面、実際にここで商品を買った人たちからの評判はかなり良いようだ。
今はまだ知名度が足りなすぎるが、隠れた名店になる可能性を秘めていると言えるだろう。




