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22.ハンバーガーしか入ってないじゃないですかっ!

「ふぃ~……いいお湯だったねぇ」

「はい。なんだかとても長湯しちゃいました……」


 お風呂から上がって寝間着に着替えた私たちは、パタパタと手で顔を扇ぎながら居間で一息ついていた。

 窓の外の空には大きな月が浮かび、星々の輝きとともに静かな夜を彩っている。

 少し涼もうと窓を開けてみると、夜風がふわりと吹き込んできて、お風呂上がりの火照った体を優しく冷ましてくれる。

 いつもはこの時間は自宅兼お店にはもう私一人だけになっていて、どことなく寂寥感を覚えることが多いのだけれど、今日はアルミアちゃんがいるせいか、静寂が普段よりも心地よく感じられた。


 そうしてしばらく二人で涼んだ後、そういえば、と私はアルミアちゃんに振り返る。


「アルミアちゃん。今日の晩御飯なんだけど、ハンバーガーでも大丈夫?」

「ハンバーガーですか? はい、全然大丈夫ですよ」

「本当? よかったぁ。実は今、ハンバーガーしか食べれるものがなくって……ダメって言われたらどうしようかと思ったよー」

「ハンバーガーしか……? ……あの、すみません先生。ちょっと冷蔵庫の中、見せてもらってもいいですか?」

「え? いいけど……」


 アルミアちゃんは私の返事を聞くなり、なにやら神妙な様子でパタパタとキッチンの方へと駆けていく。

 なんとなく気がかりで後を追ってみると、彼女は冷蔵庫を開けて中を見たまま、愕然としたように固まっていた。


「せ、先生! これ……ハンバーガーしか入ってないじゃないですかっ!」


 市販のハンバーガーが所狭しと大量に詰め込まれ、他の食材がなにも入っていない冷蔵庫の中は、さながら食品庫かなにかの様相を呈していた。


「う、うん。だからそれしか食べるものがないって、さっき言ったよ?」

「先生のこれは『ハンバーガーしか食べるものがない』じゃなくて、『ハンバーガーしか食べる気がない』って言うんです!」


 な、なんだろう。アルミアちゃんのこの剣幕は。

 どうしてかイタズラが見つかった子どものような感覚になった私は、気まずげにアルミアちゃんから視線をそらす。


「そ、そうとも言う……かな?」

「かな? じゃありません! なんでハンバーガーだけこんなにいっぱい……これ、全部でどれくらいあるんですか……?」

「……三〇個くらい?」

「さんじゅうっ!? いくらなんでも偏食すぎます! 普段どんな食生活してるんですかっ! まさかとは思いますけど……朝昼晩、全部ハンバーガーってわけじゃないですよね……!?」


 アルミアちゃんの問いかけは半ば確信を持ったもののようにも感じたが、ここで素直に認めてしまうとまずいことになる気がした私は、どうにか言い逃れを試みる。


「え、栄養バランスはそんなに悪くないと思うよ? パンにお肉と野菜を挟んだ物だし……なにより美味しいし……」

「そういう問題じゃありません! 誤魔化すってことは……食べてるんですね、毎日三食ハンバーガー! どれくらいそんな食生活続けてるんですか!?」

「い……一か月くらい……」

「一か月!? 私がここに勤める前からずっとってことじゃないですかっ!」


 アルミアちゃんは信じられないとばかりに大声を上げる。

 でも、だって……美味しいし……。

 私のそんな内心が顔に出ていたのか、アルミアちゃんは私に詰め寄るとガシッと両肩を掴んできた。

 真正面から私の目を捉え、言い聞かせるように彼女は言う。


「いいですか、先生。食事は健康の基本中の基本なんです。こんな食生活を続けていたら、いつか体を壊しちゃうかもしれませんよ」

「そ、そうかな……?」

「そうです! 生き物の体は、それまで食べてきた物でできているんですから。毎日の食事はとっても大事なんですよ? 先生はもっと自分の体を大事にしてください!」

「はい……」


 なぜだかお母さんに叱られているかのような気分になって、私は思わずしゅんと項垂れる。


 ……勇者パーティに所属していた頃は、ブレイブやマグナ、ステラちゃんと一緒だったからか、自然とバランスの良い食事が摂れていた。

 だけどパーティを追放されて誰の目もなくなってからは、歯止めが効かなくなり、つい好きな物ばかり食べてしまっていたのだった。

 私だって子どもじゃない。こんな食生活が良くないことなんて、薄々わかってはいた。

 わかっていたのに改善しようともせず、一か月も偏った食生活を続けていて……それを私よりも年下のアルミアちゃんにお説教されてしまっては、まったくもって返す言葉もなかった。


 アルミアちゃんはそんな私の様子に小さくため息をつくと、少しだけ語気を弱めて、穏やかな口調で続けた。


「わかっていただけたならいいんです。でも、今後はちゃんと健康的な食生活を心がけてくださいね。そのためにも……先生。これからは私が先生のご飯を用意させていただいてもいいですか?」

「えっ? ……もしかして、アルミアちゃんが作ってくれるの?」

「はい! これからここで寝泊まりさせていただくわけですから、それくらいはさせてください。もちろん、先生がよろしければですけど」

「……うーん……でも、そんな家政婦みたいなことまでしてくれなくても……元々は私の問題なんだし、私がやった方が……」


 お店のことで、アルミアちゃんにはすでに相当お世話になっている。

 アルミアちゃんとしては、ただお仕事だから頑張ってるだけかもしれないけど……それでも私は彼女に感謝していたし、もうじゅうぶんすぎるくらい助けてもらっていると思っていた。

 それに、アルミアちゃんはまだ学生で見習いの錬金術師だ。

 学ぶべきことがまだまだたくさんあるうえに、一番の課題であろうスランプだってまだ脱せていない。

 だから、これ以上は彼女に迷惑をかけたくないし、自分でなんとかしたかったんだけど……。


「先生、お料理作れるんですか?」

「……れ、錬金術でなら……」

「錬金術はお料理じゃありません! もう一度お聞きしますね? 先生は、お料理、作れるんですか?」

「作れません……」

「はい、よく言えました。正直に言えてえらいです」

「料理作れないのはえらくないと思う……」


 なぜかよしよしとアルミアちゃんに頭を撫でられる。

 いや、本当になぜ? なぜ私は年下の女の子に子ども扱いされてるの? 私ってそんなに子どもっぽいかな……。

 自分で自分が情けなく思うけど、頭に感じるアルミアちゃんの手のひらの感触はなかなかに心地良くて、なんだかんだでされるがままになる。

 そんな私にアルミアちゃんはクスリと微笑むと、気に病む私を安心させるように朗らかに続けた。

 

「大丈夫ですよ、先生。私、寮でよく自炊しているので。自分の分を作るついでに、先生の分も一緒に作っちゃうだけです。量が増えるだけで、手間はあんまり変わりません」

「うー。それなら、まあ……じゃあ、せっかくだからお願いしていい?」

「任せてください! ふふんっ。私、お料理には結構自信があるんですよ~? ……まあ、冷蔵庫の中に他の食材がないので、今晩はハンバーガーのままですけど……」

「あ、あはは……面目ない」


 先生と呼ばれる身として、アルミアちゃんにはもっとかっこいいところをたくさん見せたいんだけど……なんだか親しくなればなるほどダメな部分ばかり露呈してしまっている気がする。

 素の私を知ったうえで嫌わずに受け入れてもらえるのは素直に嬉しい。

 だけど、だからと言ってアルミアちゃんに甘えすぎるのは良くないことだ。


 ……私もお料理、ちょっとくらいは勉強してみようかなぁ。

 理想としては、アルミアちゃんと代わりばんこで食事を作れるくらいになりたい。

 誰かに教えてもらうのが一番手っ取り早い、けど……アルミアちゃんに頼り切りになるのはあんまりよくないし。

 アルミアちゃん以外で私の身近で料理ができそうな人というと……ナンシーちゃんかな? 冒険者ギルドの受付嬢の。


 働かずに給料だけ貰いたい、お金があるなら仕事なんてやめてる、顔が良くてお金がある人のヒモになりたい、などとダメ人間筆頭候補みたいなことをしょっちゅう口にしているナンシーちゃんだが、意外にも彼女は多才である。

 たとえば、普段のナンシーちゃんは受付嬢だけど、冒険者ギルドの料理人(冒険者ギルドは半ば酒場も兼ねていて、酒や簡単な料理を提供したりもする)が体調不良で出勤できなかった際は、臨時で彼女が厨房に立ったこともあるそうだ。

 残念ながら私はその日、勇者パーティの皆と冒険に出かけていたが、噂によれば相当好評だったらしい。

 ちなみに本人は二度とやりたくないと言っていたし、次に任されそうになったら急に体調不良になったと自己申告して仕事を休むとも言っていた。よほど大変だったらしい。


 ナンシーちゃんなら、お願いすれば料理の勉強に付き合ってくれると思う。

 もちろん、ナンシーちゃんが嫌がる素振りを見せるなら私だって遠慮するつもりだ。

 でも私はナンシーちゃんとはそれなりに長い付き合いになるので、彼女が仕事嫌いである反面、その実かなりの友達思いであることも知っている。

 いわく『ヒモになれても一人じゃ楽しいことなんて限られるでしょ? 友人を大切にすることが人生を豊かにする秘訣なのよ』……とのこと。

 ヒモになれても、って一言さえなければ感動も尊敬できたんだけど……まあ、そういうところがナンシーちゃんだなぁって感じがして、案外私は好きだったりする。

 そういうわけで、ナンシーちゃんならお願いすればきっと料理のことを教えてくれるはずだ。


「ふふふ……」


 アルミアちゃんに内緒で料理の腕前を鍛えて、いつの日か唐突に彼女の前で料理を披露して……。

 その時のアルミアちゃんのビックリした顔を想像すると、なんだか自然と笑みがこぼれる。


「……先生、本当にハンバーガーが好きなんですね」

「うん。爆弾の次くらいに好きだよ!」


 食卓を囲み、二人してハンバーガーを食べながら、そう返答する。

 まあ、別にハンバーガーが美味しいから笑ったわけではなかったんだけど、ここで本当のことを言ってしまうと、いざ私が料理を披露した時に驚いてもらえなくなっちゃうかもしれないから、今はまだ秘密だ。


 ハンバーガーを食べながら、いつか訪れるドッキリの瞬間を妄想し、ニマニマと含み笑いを続ける。

 そんな私を、まるで不審者を見るかのような目でアルミアちゃんが見てきている気がしたが……きっと気のせいだろう。

Commentary:冷蔵庫

食料品の保管庫として利用できる魔道具。少し高価だが一般でも流通している。フラルが使っている物は自作した物である。

電力を用いた家電ではなく、氷の魔石を燃料として稼働する構造になっている。

このような我々の現代に酷似した物品の数々は、滅びた古代文明の遺物を参考にして可能な限り再現し、世間に普及させた物となっている。

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