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21.もうっ! お湯が熱いせいですからっ!

「んふふー」


 湯船に張ったお湯の中で、ぐぐーっと両腕をまっすぐに伸ばしてから脱力し、私は満足気に声を漏らす。

 チャポンとお湯をすくっては手からこぼすと、その度にお湯の表面がゆらりゆらりと波打って、少しだけ楽しい気分になる。


 私とアルミアちゃんは今、同じ湯船の中に肩を並べて浸かっていた。

 そんなに浴槽が大きくないので、二人で同時に入るためにはどうしても身を寄せ合うような形になる。

 アルミアちゃんの体温をじかに感じるような、そんな距離感の近さが私はとても新鮮で嬉しくて、なんだか心が浮足立つようだ。


 一方、アルミアちゃんの方はだいぶ緊張しちゃっているみたいで、湯船に浸かってからもうしばらく経つというのに、さっきからずっと顔を俯かせて身を縮こまらせていた。

 耳まで真っ赤に染め上げて、時折お湯の中でお互いの肩や腕、足が触れ合うたびに、モジモジと気恥ずかしそうに身じろぎしている。


「アルミアちゃん大丈夫? のぼせてない?」

「は、はいっ! だ、大丈夫です!」

「そう? 無理しなくていいからね。お風呂はリラックスする場所なんだから。アルミアちゃんに楽にしてもらえるのが一番だもん」

「は、はい……そうですよね。リラックス、リラックスー……!」

「そうそう、リラックスリラックス~。ふふっ」


 一所懸命自分に言い聞かせながら、深呼吸を繰り返すアルミアちゃん。

 そんな微笑ましい彼女の様子を見守っていると、なんだかステラちゃんと初めて一緒にお風呂に入った時のことを思い出す。


 ステラちゃん。勇者パーティの一員であり、私の大切な親友でもある女の子だ。

 パーティの中では最年少に当たる子で、歳は私の三つ下の十七歳。

 ただしそれはあくまで現在の話であって、出会った当時の彼女はまだ十五歳――今のアルミアちゃんよりも歳下の子だった。


『あの……こ、これからよろしくお願いします。フラルさん』


 私が勇者パーティに加入した際、ステラちゃんはそう言って、ペコリと所在なさげにお辞儀をした。

 歓迎するような言葉とは裏腹に、どこか萎縮しているような。一歩引いた位置に立っているような。

 おずおずと私の顔を覗き込んできた彼女と目が合うと、彼女は慌てたように目線をそらしてしまった。


 教会から派遣されてきたと言うステラちゃんは、勇者パーティの一員に抜擢されるだけあって優秀な能力を持っている。

 希少な光属性の魔力に、障壁や結界と言った防御系統に卓越した魔法の腕前。魔法だけでなく医学的にも専門的な知識がなければ扱えない高度な治癒の魔法をも容易く行使し、外傷や内傷を問わず傷を癒す。

 私はあまり魔法については詳しくないが、同じ勇者パーティに所属する魔法使いのマグナいわく、ステラちゃんは紛れもない天才だそうだ。

 ただ、優秀な能力を持っているからこそ、勇者パーティに加入する前はシスターとしてあちらこちらに引っ張りだこだったようで、同世代の子と遊んだ経験がまったくと言っていいほどなかったらしい。


 そんな彼女と仲良くなりたいと思った私は、実にいろんなことを試した。

 街の外に散歩に出かけてみたり、日当たりの良い場所でのんびりお昼寝してみたり、市場で美味しいものを食べ歩いてみたり。

 一緒にお風呂に入ってみることも、そのうちの一つだった。


『い、いいっ、一緒にですかっ!? そ、そんなはしたないこと……あうぅ……』

『ダメ?』

『……ダ……ダメでは、ないですけど……』


 ステラちゃんは今まで誰かと一緒に入浴した経験がなかったらしく、今のアルミアちゃん以上に緊張していたことを覚えている。

 終始顔を真っ赤にして目を覆っていたし、自分の肌を見られることだけじゃなくて私の方を見ることすら恥ずかしがっていて、結局、一分も経たないうちにのぼせてしまった。

 さすがに一気に距離を縮めようとしすぎたかもと、その時はちょっとばかり反省したものだ。

 出会いから二年弱が経った今でさえ未だに今のアルミアちゃんみたいな状態になるので、ステラちゃんの恥ずかしがり屋な気質は筋金入りと言える。


 嫌なら断ってもいいんだよ、って毎回言ってるんだけどね。

 ステラちゃんってよっぽどのことじゃないと絶対に『いいえ』って言わないんだ。

 そういうところ直さないといつか悪い人に騙されちゃうよっていつも言ってるのに、ステラちゃんってば『フラルちゃんにだけですから……』って言って全然聞いてくれないの。

 そういうところも、まあ、可愛いんだけど。


「先生……なんだかご機嫌ですね」


 私がそんな思い出に浸っていると、ようやく緊張がほぐれてきた様子のアルミアちゃんが、私の方を向いてそう尋ねてくる。


「んふふー、そう見える? だったらそれはきっと、アルミアちゃんとこうして一緒にお風呂に入れて嬉しいからかなー」


 横にいるアルミアちゃんにぴったりとくっついて、彼女の肩に頭も乗せてみる。

 アルミアちゃんは一瞬、驚いたように体をビクッとさせたが、さすがに慣れてきたみたいで、すぐに力を抜いて私を受け入れてくれた。


 ちなみにステラちゃんは私がこうすると大げさなくらい動揺して、言葉にならない声を発しながら目をグルグルと回す。

 すっごく可愛いけど、やりすぎるとすぐのぼせちゃって一緒にお風呂に入っていられる時間が短くなっちゃうから要注意だぞ!


「先生って、その……一緒にいられて嬉しいとか。私がいてくれたから、とか……口にすると照れちゃいそうなことでも、さらっと言っちゃいますよね……」

「あー、うーん。それ、たまに言われるんだけどねぇ。私、そんなに恥ずかしいこと言ってるかなぁ」

「はい。それに、普段から距離も結構近いというか……急に抱きついたりとか、今みたいに寄りかかったりとか、スキンシップも……」

「……もしかして、嫌だった?」 


 近すぎる距離感が苦手な人がいることは私だって理解しているつもりだ。

 だから、アルミアちゃんが言うようなスキンシップをする際は、相手が嫌がっていないかだけは注意してるつもりだったんだけど……。

 ちょっと不安になって尋ねてみると、アルミアちゃんは慌てて首を横に振った。


「いえっ、嫌とかじゃないんです! ただ……どうしてそんな風に自分に素直になれるんだろうって、不思議で……」

「アルミアちゃんも割と素直な方だと思うけど……」


 夢に一途で、一所懸命で、どんなに泥臭くたって努力を惜しまない。

 むしろ、ここまで自分の気持ちに素直な子はそうそういないと思うけど……アルミアちゃん的には、私とアルミアちゃんはなにかが違うらしい。

 私はアルミアちゃんが望むような答えがなにかを少し考えてから、結局よくわからなかったので、思ったことそのままを口にすることにした。


「だってさ、もったいないじゃん」

「もったいない……ですか?」

「私が今、こーんなに嬉しくて幸せな気持ちになってるのに……それを全部独り占めしちゃおうだなんて。だから、うん。おすそ分け、かな」

「おすそ分け……」


 私の言葉を咀嚼するように呟いてから、アルミアちゃんはクスリと小さく微笑んだ。


「なんだか先生らしい……ですね。それにやっぱり今も、私だったら照れちゃいそうなこと、平気で口にしてます」

「えー……? ……あっ! もしかして今、ちょっとバカにされてる!?」

「してません、してませんよー。ふふふっ」

「むー。ほんとかなぁ……」


 むにむにとアルミアちゃんのほっぺを指でつつくと、アルミアちゃんはくすぐったそうに笑いながら身をよじる。

 話しているうちにだいぶ打ち解けられてきたようで、アルミアちゃんも多少のじゃれあい程度ではすっかり動じなくなっていた。

 そうしてひとしきり笑った後に、アルミアちゃんはなにやら少し迷うような素振りを見せる。

 それから、よし、と覚悟を決めたように顔を上げて私の方を向くと、おずおずと口を開く。


「本当ですよ。だって私も、こうして先生と一緒にお風呂に入れて……嬉しい、ですから」

「……アルミアちゃん、顔真っ赤だよ?」

「っ……う、うぅ~! もうっ! お湯が熱いせいですからっ!」

「ぷひゃっ!? ……あはは」


 アルミアちゃんは言い訳をするようにバシャッと私の顔にお湯をかけると、プイッと拗ねたように顔を背けて、こちらを向いてくれなくなってしまった。

 せっかく勇気を出してくれたのにからかいすぎたかなぁ、とちょっぴり反省しながら、私は湯舟の中にあるアルミアちゃんの手に自分の手を重ねた。

 指先を絡めて、手のひらを合わせるようにして、そっと優しく握り込む。


「おすそ分けしてくれてありがとね、アルミアちゃん」

「……はい」


 顔は背けられたままだったけど、お湯の中でぎゅっと手を握り返してくれて、私の頬に笑みが浮かぶ。


 それからしばらくの間、他愛もない話をしながらゆったりとお風呂を楽しんだ。

 今までよりも少しだけ距離が縮まったような。そんな気がするひと時だった。

Commentary:魔力属性

この世界ではすべての生命が魔力を持ち、それぞれに属性がある。

特殊な身体構造をした魔族や魔物を除き、原則、魔力属性は一つの生命につき一つである。絵の具の「赤」や「青」の色を混ぜても「紫」になってしまい、それを「赤」や「青」と呼べないように、一つの属性が複数の属性を併せ持つことはない。

魔力属性は魔法を行使する上で根幹を担うものであり、火の魔力がなければ火の魔法は扱えず、他の属性も同様である。

ただし属性変換という技術を用いることで出力する属性を変更することは可能。これを活用すれば一人で複数の属性の魔法を行使することができる。

属性変換には相性があり、仮に火の属性を氷の属性に変えるのであれば、多くの魔力ロスが発生するばかりかコントロールの精細さも欠いてしまう。しかし水の属性を氷の属性に変えるのであれば、少量の魔力ロスだけで済む。

例外として光と闇の魔力は互いに変換し合うことができない。光属性や闇属性の魔力を持つ者がそれらと逆の魔力を扱うためには二度の属性変換を経由する必要がある。それは箸で箸を摘まんで、さらにその箸で針の穴に糸を通すようなものであり、決して実用的なものではない。

属性は、火、水、氷、風、土、雷、光、闇の八つが主だが、更にそこから細分化された特殊な属性を持つものも存在する。

八つの属性の中でも光属性は特に希少である。この光は物質的な光ではなく、生命のエネルギーの本質のことを指している。治癒の魔法などの生命の構造に直接干渉する魔法は、光属性の魔力でなくては行うことができない。

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