20.やっぱり……い、一緒にお風呂に入りたいです!
表通りの路地なら夜でも街灯が道を照らしてくれるが、路地裏まではその光も届かない。
私のお店兼住居は路地裏の奥地にあるので、夜中に帰宅する場合は灯りとなる物の携帯は必須である。
そんなわけで、今日の露店の商品としても売り出した携帯ランタンをここぞとばかりに取り出して、その灯りを頼りにして路地裏の道を抜けていく。
道が狭いからか、はたまた暗い路地がちょっぴり怖いのか。さりげなくピタッとくっついてくるアルミアちゃんが、なんだか微笑ましい。
そうしてお店まで戻ってきたら、屋台をお店の中に入れて、最後の後片付けに取りかかる。
売れ残った商品の整理や、売り上げの確認と保管。それから、明日には屋台を商業ギルドに返却しなくちゃいけないので、軽く雑巾で拭いたりとか。
本来であれば、もう夜も遅いので、アルミアちゃんをユグドラ王立学校の学生寮まで送り届けた後、私はこの最後の後片付けを一人でするつもりだった。
だけど急遽アルミアちゃんが住み込みで働くことになったことで、やる気満々の彼女にも手伝ってもらうこととなった。
アルミアちゃんにはいっぱい頑張ってもらったし、全然休んでもらってていいんだけどね。
普段お仕事が終わるような時間もとっくに過ぎてるし。
でもアルミアちゃんは真面目なので、私が休んでていいと伝えても「手伝います!」と言って聞かないのだ。
まあ、そこがアルミアちゃんの良いところなんだけどね。どんなことにも一所懸命な、私の自慢の助手ちゃんだ。
「おつかれさま、アルミアちゃん。今日のお仕事はこれでもう終わりだから、あとはゆっくりしてていいよ」
「はい! 今日はおつかれさまでした、先生」
一人であれば時間がかかる作業も、二人なら単純計算で効率は二倍だ。
あっという間に作業を片付けた私たちは、お店のカウンターで一休みすることにした。
「あ、そうだ! ちょっと待っててね、アルミアちゃん」
「……? はい」
アルミアちゃんに断りを入れて、私は一度お店の奥の方に引っ込む。
そうして台所から目的の物を取って戻ってくると、それをコップに入れてアルミアちゃんに差し出した。
「これ、今日の露店の成功祝いのリンゴジュース! 絶対成功するって信じてたから、昨日のうちに買っておいたんだ。アルミアちゃんのぶんもあるから、一緒に飲もう!」
「わっ、良いんですか? ありがとうございます、先生!」
お礼を言ってくれる彼女に頷くと、私も彼女の隣のイスに座って、アルミアちゃんと一緒にお祝いの乾杯をする。
それから、お互いの今日一日の頑張りをねぎらうように私も彼女もコップに口をつけてリンゴジュースを飲んだ。
「ごくごく……ぷはぁー。うん、美味しい!」
「ですね!」
疲労が溜まった体に染み渡っていくようで、なんとも心地良い感覚に包まれる。
なんと言っても、ソフィーナちゃんの母国でもある魔導国バラベルで採られたリンゴを使った、果汁一〇〇パーセントの高級ジュースだ。
明日一緒に飲もうと思って用意してたんだけど、やっぱり仕事上がりの今が一番ふさわしい。
アルミアちゃんも気に入ってくれたのか、両手でコップを持って美味しそうにリンゴジュースを飲んでいる。
アルミアちゃんがお酒を飲めるなら、エーテル酒でも用意したんだけどね。
まだ学生の彼女には早いから、今回はリンゴジュースにしておいた。
いつかはアルミアちゃんと一緒にお酒を楽しんでみたいなぁ。
「それにしても、露店って結構大変なんだねぇ……冒険者の活動とは別の意味で疲れたよ」
「そうですね……でも、どうにかうまくいってくれてよかったです」
「ふふ、そうだねぇ。アルミアちゃんと……あと、実演販売のアドバイスをくれたソフィーナちゃんたちのおかげかな。まあ、ポーションだけは全然売れなかったんだけど……」
言いながら、棚にズラッと並べられた売れ残ったポーション群を見やる。
なにを隠そう、本日売り出した商品の中でぶっちぎりで売れなかったのがポーションだった。
「あはは……しかたありませんよ。『長猫耳ポーション工房』が露店を出してたんですから。さすがに専門店の名声には勝てないです」
「うー、それはわかってるけど……結構自信があったぶん、ちょっとショックというか……実際に使ってもらえれば良さもわかってもらえたと思うのになぁ」
実演販売と称して商品を使ってみせたり、使ってもらったりしたが、やはり一部の商品はそれだけで良さのすべてを伝え切ることは不可能だった。
今回売り出した冒険者向けの即効型ライフポーションにしても、傷を治すというその性質上、効果を最大限実感するためには一度負傷する必要がある。
冒険者の中には刃物で自分の手のひらを軽く傷つけてみてポーションの効果を確かめると言ったことをする人もいるが、いかに実演販売と言えど、街中の往来でそんな過激なパフォーマンスはできない。
仮にそんなことしでかそうものなら、良くて厳重注意。悪ければ一発で市場を出禁にされるだろう。
最悪、商業ギルドから除名処分なんてこともありうるし……そこまでのリスクはお互いに背負えない。
「でも、今日は初めてまともに商品が売れたからね! ちょっとは有名になったはずだし、明日からはこのオンボロなお店の方にもお客さんが来てくれるかなぁ」
「昨日の今日ですぐに変わるとは思いませんが……今回先生が作った物、どれも割と好評でしたからね。もしかしたら、口コミで何人かは来てくれるかも?」
「ほんとっ!?」
「ひゃっ。えっと……はいっ。あくまで希望的観測ですけど、ありえない話ではないと思いますよ」
急に距離を詰めすぎて少しびっくりさせてしまったが、アルミアちゃんは首を横に振ることなく確かに肯定してくれた。
「そっかぁ。明日からお店に人が……にへ、にへへ……人がいっぱい来る……お金もいっぱい……にへへ」
「いっぱいとまでは言ってないんですが……」
だらしない笑みを浮かべる私にアルミアちゃんは苦笑すると、気を取り直すように表情を引き締めた。
「でも先生。お店に人が来るようになっても、露店販売は定期的に続けていきますからね。まだまだ知名度も足りませんし、宣伝も兼ねてコツコツやっていかないと」
「うんうん。日を決めて、月に二回以上だよね。大丈夫だよ、ちゃんと覚えてるから」
お店の立地が悪いという問題がどうあっても解決しない以上、放っておいてもお客さんが増えていくことはほぼありえない。
露店販売を介した宣伝活動は、今後も地道に継続していく必要がある。
これは今回の露店販売を始める前から、あらかじめアルミアちゃんと話し合っておいたことだ。
「さて! それじゃあお仕事の話はこのくらいにして……一応もう一度確認しておくね。住み込みで働くってことは、アルミアちゃんは今日からここで寝泊まりしていくってことでいいんだよね?」
「はい! ふつつかものですが、どうかよろしくお願いします!」
「あはは。そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。アルミアちゃんなら大歓迎だから」
勇者パーティに所属していた頃は、皆で野営したり、宿で二人部屋に泊まったりと、一人きりで夜を越すということがほとんどなかった。
だからだろうか。私はアルミアちゃんと出会ってからのこの一週間、仕事が終わってアルミアちゃんが帰った後はいつも物足りなさを感じていた。
勇者パーティにいた頃だったら……ブレイブが、マグナが、ステラちゃんが、皆が一緒にいてくれたのにって。
追放されてからそろそろ一ヶ月が経つのに、私は未だにブレイブたちのことを引きずっていた。
未練がましいって思われるかもだけど……しょうがないじゃん。
だって二年弱もの間、毎日欠かさずに挨拶を交わしてた間柄だったんだよ?
朝起きたら、おはようって言って。夜寝る前は、おやすみって言える。
そんな相手がいない日々がこんなにも心細いものだなんて、思ってもみなかったんだ。
だけど、そんな憂鬱な毎日とも今日でおさらばだ。
アルミアちゃんが一緒にいてくれるなら、きっとこれからの日常は、もっと賑やかで楽しいものになってくれる。
「お風呂とご飯……んー。今日はいっぱい汗もかいちゃったし、先にお風呂が良いかな? アルミアちゃんはお風呂、先と後どっちが良い? あ、なんなら一緒に入るって選択肢もあるよ~?」
「あはは、さすがに一緒は……私が恥ずかしいので。先生に先に入ってもらって大丈夫ですよ。私は後で……あっ」
「どうかしたの?」
いつも通りの元気な返事の途中で言葉を止めたアルミアちゃんは、なにやら熟考するように顎に手を当てて、それから少し恥ずかしそうに頬を染めて答えた。
「あ、あの! ……その……できればで良いんですが……」
「うんうん」
「やっぱり……い、一緒にお風呂に入りたいです!」
「……ん? へ……?」
あまりに予想外のお願いに、ついフリーズしてしまう。
や、最初に提案したのは私の方だったけど……ほとんど冗談のつもりだったというか。
そういうスキンシップをあまり自分からはしてこないアルミアちゃんが頷くことはないと思っていたのだ。
アルミアちゃんもそんな私の意図はわかっていたんだろう。
落ちつかない様子でモジモジと両手の指を絡め合わせながら、上目遣いにこちらの様子と反応を窺ってくる。
「も、もちろん変なことをするつもりはないですっ! ただ、こう……一緒にお風呂って聞いた時に、なんとなくソフィーナ様とタマちゃんのことが頭に浮かんでしまって……」
「ソフィーナちゃんたちを? ……あ、わかった! もしかしたらあの二人が一緒にお風呂入ってるかもしれないって思って、アルミアちゃんも同じこと試してみたいんだ?」
「は、はい! スランプをどうにかできる糸口が見つかるかもしれないなら、些細なことでも試してみたくて……!」
「ソフィーナちゃんたち、すっごく仲良さそうだったもんね。確かにあの二人なら一緒に入ってても驚かないなぁ」
イメージ的には、ソフィーナちゃんがノリノリで「一緒に入りませんか〜?」と誘っていそうだ。
タマちゃんもタマちゃんでソフィーナちゃんのそういったスキンシップを本気で嫌がってるわけではなさそうだったし、なんだかんだで一緒に入っていそうな印象がある。
元をたどれば、アルミアちゃんが私のお店で住み込みで働きたいと言い出したのも、ソフィーナちゃんと同じことを試してみて、スランプを脱する方法を探るためだ。
そう考えると筋が通っているし、夢に一途で一生懸命なアルミアちゃんらしいお願いだと言えた。
「その……ダメ、でしょうか」
「ううん。いいよ。せっかくだし、一緒にお風呂入ろっか」
「本当ですかっ!? ありがとうございます、先生!」
「お礼なんていいよー。元はと言えば私から言い出したことだしね」
むしろ、私からしてみれば役得だ。
冗談のつもりとは言ったものの、本音を言うなら私だってアルミアちゃんと一緒にお風呂に入ってみたかった。
ほら、よく裸の付き合いとかって言うでしょ?
アルミアちゃんにはお店のことでいっぱいお世話になってるし、すっごく頑張り屋の良い子だし、錬金術師としての大事な後輩だし。
もっとたくさんアルミアちゃんのことを知ってみたい。仲良くなりたい。
そんなことを私は常々思っていたわけだ。
そのための絶好の機会なのだから、これを断る選択肢はない。
「アルミアちゃんの寝間着は私のでも大丈夫? ちょっと上着のサイズ合わないかもだけど……」
「へっ? 寝間着? ……あっ! ご、ごめんなさい! 私、着替えのこと全然考えてなくって……今着てる物以外持ってきてません……」
「あはは、そんなこと気にしなくていいって。もし私のが嫌なら、いっそ錬金術で作っちゃうって手もあるよ」
「いえっ、是非先生の物をお借りさせていただければと! 明日には着替えも含めてちゃんと必要な物を寮から持ってきておきますので……!」
「そっかそっか。それじゃあ今晩は、足りない物があったら目一杯頼ってくれていいからね。私がなんでもシェアしてあげよう!」
「えへへ……はいっ。お世話になります、先生!」
嬉しそうに笑うアルミアちゃんに微笑みを返すと、私たちは早速お風呂の準備に取りかかるのだった。
Commentary:魔導国バラベルで採られたリンゴ
リンゴは魔導国バラベルの特産品の一つである。
バラベルの特徴の一つとして、大気中の魔素成分が氷属性に大きく偏っていることが挙げられるが、その中でも特に高純度の魔素が満ちた土地で育ち、実ったリンゴは、極上の味わいをもたらすのだそうだ。
体質的に肉類をあまり好まないエルフ族にとっては特に嗜好品としての価値が高く、またバラベルに多くのエルフ族が属していることもあって、最高級のリンゴが他国の市場に出回ることは滅多にない。
今回フラルが手に入れたリンゴジュースに使われたリンゴも最高級の物ではなく、あくまでバラベル産の一般的なリンゴである。しかしそれでも普通のリンゴと比べれば相当に美味しく、高級品と言えるものである。




