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1.君をこのパーティから追放する

「――フラル。君をこのパーティから追放する」

「……へ?」


 いったいなにを言われたのか、最初はまるで理解が及ばなかった。


 事の発端は、つい数十分前に遡る。

 朝焼けが東の空を染めるその時間、私は宿屋に借りた自室の中央で鼻歌交じりに釜の中をかき混ぜていた。

 釜なんて言うと料理をしていた風にも受け取られてしまいそうだが、私がやっていたのは料理ではなくて錬金術だ。

 釜も普通の釜ではなく、錬金術用のでっかいやつである。


 錬金術――錬成液を介し、複数の素材の要素を融合させることで、まったく別の新しいものを生み出す技術のこと。

 そうした錬金術を扱う者を、人は錬金術師と呼ぶ。


 錬金術師は、それ自体が一つの職業になり得る。

 鍛冶を生業とする人が鍛冶師と呼ばれたり、工芸を修める人が工芸家として活動したりするように、錬金術師もまた世間から職人としての評価を獲得している。

 自分のお店を持ったり、どこか大きなとこに雇われたりっていうのが通例だろうか。

 だから私のように、特定の冒険者パーティに所属し、そのパーティにのみ従事する錬金術師は案外珍しかったりした。


 私が所属しているパーティは通称、勇者パーティだなんて呼ばれている大層な集まりだ。

 個々のメンバーの実力も高くて、危険度の高い地域に赴くことも多い。

 錬金術師である私の主な役割は、そんな冒険や戦闘を道具でサポートすることにある。


 道具を扱う以上、事前準備はなによりも大切だ。

 誰よりも早起きして、朝早くからこうして釜をかき混ぜて錬金術に勤しむことは、勇者パーティに加入して以来から続く私の日課の一つだった。


 そんな朝の一幕の折、コンコンと部屋の扉がノックされたのが今回の事態の始まりだった。


『んー? 入っていいよー』


 早朝のこの時間、私が錬金術に勤しんでいることを知っているパーティメンバーたちは、私の邪魔をしないようにと気を遣ってくれているみたいで、普段はあまり部屋を訪ねてこない。

 だから珍しいこともあるものだなぁと思いつつ、私はノックの主に入室を促した。


『フラル。少しいいかな』


 そうして扉を開けて部屋の中に入ってきたのは、私が所属するパーティのリーダーである勇者だった。

 妙に神妙な顔をしている勇者に首を傾げながら、私はこくりと頷きを返す。


『うん。ちょうどキリがいいとこだし大丈夫だけど……どうかしたの?』

『すまないが、今から僕の部屋に来てほしい。大事な話があるんだ』


 冗談など微塵も感じさせない、真剣そのものと言った表情でそんなことを告げられた私は当然、困惑した。

 大事な話がある――そのセリフだけ切り取ったなら、さながら愛の告白の前振りのようだ。

 しかしあいにくと、私は今まで勇者をそんな目で見た経験もなければ見られた記憶もない。

 もちろん、私の知らぬ間にあちらからそういう目で見られていた可能性はなきにしもあらずだけど……それならそれで、他のパーティメンバーの子たちの方が可愛いしスタイルも良いしで、わざわざちんちくりんで色気のない私を選ぶ理由が理解できない。

 だから、愛の告白なんてまずありえないはず。


 けれどそうなると、大事な話とはいったいなんなのだろう。

 疑問に思いつつも日課を中断し、言われた通り勇者の部屋へと足を運んだ私を待っていたのは、私以外のパーティメンバー全員だった。


 【勇者】ブレイブ・ユグドラシル。

 【黒曜の魔女】マグナ・ソリチュード。

 【天泣の聖女】ステラ・ティアモーレ。


 それがこの勇者パーティを構成する、私を除いた三人の肩書きだった。


『えっと……皆、どうしたの? そんな難しい顔して……』


 やけに重苦しい雰囲気を醸し出す三人に私が戸惑いがちに問いかけると、三人は一様に視線を交わし合った。

 ……なんか、私だけ仲間外れな気分だ。

 私にはわからないなにかを三人だけで共有している。

 そんな光景を目の当たりにした私は、胸の奥になんだかもやっとしたものを感じる。


 けれどそれも一瞬のことで、私をここに招いた張本人であるブレイブが代表するかのごとく私の方に一歩踏み出してくると、おもむろに口を開いた。


『単刀直入に言おう――フラル。君をこのパーティから追放する』

『……へ?』


 ……そして冒頭に戻る、というわけだ。


「つ、追放? わ、私を……?」


 今までの流れを順序立てて思い返してみても、なぜ追放を宣告されたのかはわからなかった。

 なにかの聞き間違いだと思いたかったが、ブレイブは私の震えた声による確認に確かに首を縦に振る。


「な、なんで? 意味わかんないよ……い、今までずっと一緒にやってきたじゃん! なのに、どうしてそんないきなり……」


 簡単に追放されるほど、私とブレイブたちは浅い関係ではないはずだった。

 出会ってからの今に至るまでの二年弱もの間、私たちはずっと一緒にパーティを組んで冒険者として活動してきた。

 二年と言うと少ない年月に感じるかもしれないけど、冒険者の主な仕事は危険地域の探索と魔物の間引きだ。

 言い換えれば、それは命がけの冒険と戦いということになる。

 互いを理解し、互いを信じる。そうやってお互いの命を預け合う間柄を私たちは二年弱もの期間、誰一人欠けることなく続けてきたのだ。

 その中で育んだ絆は固く根強いものだって、少なくとも私はそう信じてきた。


 それなのに……追放?

 そんなこと急に言われても、納得できない。できるはずがなかった。


「理由を聞かせてよ! 私、皆になにかしちゃった……? 追放なんてされるくらい酷いことしちゃってたの!?」

「理由、か……本当にわからないのか?」

「わかんないよそんなの!」


 質問に質問で返すブレイブの言いようは、なんらかの明確な理由があることを示唆しているようにも思える。

 だけどあいにくとそんなものに心当たりはない。

 みっともないとはわかっていたが、縋りつくようにして私はブレイブに食い下がる。


「ねえブレイブ。私が作った物は、ちゃんと皆の助けになってたよね? 私はちゃんとパーティの役に立ててたよねっ!?」

「ああ。君は間違いなく、僕たちのパーティにとってかけがえのない存在だった」

「っ……」


 だった――過去形だ。

 かけがえがないと言われたことの嬉しさと、それがすでに過去のものであると突きつけられた悲しみが私の中でごちゃまぜになって、自分でもよくわからない感情になる。

 否定するんなら一から十まで全部を否定してほしい。そんな気持ちにすらなる。


「だ、だったら……役に立ててたっていうなら、どうして追放なんてするの!? それなら私を追放する理由なんてないじゃん!」

「いいや、理由ならある! 君のせいで、パーティの資金がもう限界なんだ!」


 ……は? 資金が限界?

 それってつまり……私を追放しようとしてるのは、お金が理由ってこと?


 ギリッ、と歯ぎしりする。

 二年近く一緒にやってきたのに、その仲間を追放する理由がお金だなんて……。

 なんて人でなしだ。こいつは本当に勇者なのか?


「それって私が錬金術師で、素材の調達にいっぱいお金を使っちゃうからってこと? それはしかたないじゃん! じゃないと錬金術師の私は皆の役に立てないもん!」

「違う! 確かに君の錬金術の材料費はそれなりにかかってはいるが……君が作るものの優秀さを考えれば、その程度は支出は安いくらいだ」

「ゆ、優秀? 私の作ったものが……にへへ……って、違う違う違う! そ、そんなんじゃ私は誤魔化されないよ!」


 照れくささで頬が緩みかけちゃったけど、すぐにハッとしてブンブンと頭を振る。

 そうだ、騙されてはいけない……!

 こいつは私を追放しようとしているんだ。理不尽に、不条理に!

 情で絆そうったって、そうはいくもんか!


「材料費が問題ないなら、なおさら私を追放する理由なんてないでしょ! 私のせいで資金が限界なんて言ってるけど……私、別にパーティのお金を勝手に使ったりとかしてないし! なんにも悪いことなんてしてないじゃん!」

「なにも悪いことをしてない? フラル……それは本気で言っているのか?」

「当たり前だよ! 私はいつだって清く正しく生きてるもん!」


 自分の胸の前に手を置いて、堂々と宣言する。


 ブレイブの言い分をいくら聞いても、私に非があるようには思えなかった。

 錬金術の材料費に問題はなく、私がパーティのお金を密かに使い込んだりしてるということもない。

 それなのにブレイブは、資金の不足を理由に私を追放しようとしている。

 こんなの、いかにも不当だと言わざるを得ない。


 しかしそんな風に私が不満をあらわにする一方で、ブレイブはまるでどうしようもないものを目の当たりにしてしまったように天を仰いでいた。

 反論があるなら聞かせてもらおうじゃないか。

 そんな心持ちでブレイブを睨み続けていると、ブレイブは大きく嘆息した後、ブツブツと小声でなにかをこぼし始めた。


「き……が…………のが…………んだ」

「……?」

「君が…………なのが、問題なんだ」

「……なに? 聞こえないよ。文句があるならちゃんと言ってよ!」


 こちとら理不尽に追放されようとしている身の上だ。

 追放するに足る正当な理由とやらがあるというのなら、ハッキリと口にしてもらわなければ気が済まない。

 しかしそのような私の強気な態度は、導火線に火をつける行為に等しかったらしい。


「君が……君がっ! 常軌を逸した爆弾狂いなのが問題なんだよ!」

「ひゃっ!?」


 突然の大声に、私はビクッと肩を跳ねさせる。

 らしくもなく甲高い悲鳴まで上げて、気圧されたように後ずさってしまう。


「え、えっと……ブ、ブレイブ……?」


 いつも冷静なブレイブにしては珍しく激情をあらわにした姿に、私は戸惑いを隠せない。

 さっきまで抱いていたはずの苛立ちも反感も急に萎んでしまって、まるで顔色を窺うみたいにブレイブを見上げた。

 そんな私の怯えた様子に気づいていないのか、ブレイブは今まで溜め込んできたものを吐き出すかのように半狂乱の様相で叫ぶ。


「いつも……そう、いつもそうだ! 魔物が潜む廃坑に赴けば、出入り口を爆破し崩落させ! 遺跡に踏み込めば、仕掛け扉を強引に爆破して遺跡中のトラップを作動させ! 挙げ句の果てには、乗船中だった船の甲板で突然爆弾をばらまいて大破させて……!」

「あっ……」


 どことなく聞いたことのあるトラブルの数々に、思わず声が漏れる。

 すぐさま視線を明後日の方向に向けたが、目が泳いでしまうことは避けられなかった。


「あれほど爆弾だけは使うなと言ったのに! 君は僕たちの忠告なんてまるで聞きやしない!」

「あぁー……そ、そんなことも……あったかなぁ?」

「覚えがないとは言わせないぞ! 生き埋めになりかけても! 無尽蔵のゴーレムに追いかけ回されても! 海のど真ん中で溺れかけても……! どんな目に遭ったって数日後にはケロッと忘れて、君はまったく懲りやしなかった! 依頼を受けるたびに後先考えずなにかを爆破して……弁償代だけでいったいいくらかかってると思ってるんだ!」


 嫌に実感がこもったブレイブの悲痛な叫びに、私はうっと言葉を詰まらせる。

 ……実感もなにも、全部実際にあったことなので当然なのだが……。


 べ、弁償代……そっかぁ。弁償代かぁ……。


 い、一応その……真っ当な理由がないわけではないのだ。

 たとえば廃坑の出入り口を爆破した一件は、廃坑に潜んでた魔物が猛毒を振りまく危険なやつだったので、万が一にでも外に逃さないよう出入り口を塞いでやろうと思ったのだ。

 まぁそのせいで私たちも出ることができなくなって、危うく生き埋めになりかけてしまったんだけど……うん……。

 魔物を外に逃さないという目的は達成できたので、これに関してはどうか寛大な心で許してほしい。


 次に遺跡の仕掛け扉の件だけど、これはトラップごと扉を爆破してしまえば起動させずに済むのでは? と、私なりの考えがあっての行動だ。

 結果から言えば、爆破の衝撃のせいで関係ないトラップまで連鎖的に作動してしまい、数えるのも億劫なほどゴーレムに追いかけ回される酷い目に遭ったわけなのだが……これもその、誰にでも失敗はあるということで……。


 そして最後に乗ってた船を爆破しちゃった件については……。

 一言で言うなら……手違い、かなぁ……?


 弁明をさせていただくと、私はその日、初めて船というものに乗ったわけでして。

 船酔いというものを今まで未体験だったわけでして……。

 船酔いで著しく気分を崩してしまった私は、グルングルンする頭の中で思ったわけです。


 ――うぅ……変だ……絶対おかしい……ブレイブたちは平気なのに、私だけこんなになるなんて……。

 ――ハッ!? ま、まさかこれは……海の中に潜む魔物からの、私だけを標的にした巧妙な幻惑攻撃!?

 ――まずい! 皆は全然気づいてない! 手遅れになる前に私が対処しないと!


 お酒を飲んでいると頭がポワポワして難しいことが考えられなくなるように、酔いと呼ばれる類のものはやはり正常な判断力を奪うものでして。

 気がついたら、船が大破して溺れかけていたというわけですね……はい。

 …………はい。 


「ブ、ブレイブの言いたいことは、わかったよ。私が原因でパーティの資金を結構使っちゃってるのは、間違いない……みたいだね」


 最初こそ心当たりなどないと豪語してしまったが、そのような自負はもはや露と消えた。

 というか思い返してみれば、ブレイブがさっき挙げた三つ以外にも心当たりはめちゃくちゃあった。

 ……例を挙げればキリがないくらいには。


 なんで私、清く正しくだとかあんな自信満々に言えたんだろうね……。

 墨みたいに真っ黒だったよ……。


「で、でもね! いきなり追放っていうのは違うと思うの! 私ね、これでもブレイブたちのこと本当に仲間だって思ってるんだよ!」


 私が爆弾で余分な被害を出してしまっていることが資金不足の理由だとしたら、私に反論の余地はない。

 いくら叱られても同じようなことを繰り返してきちゃったのも事実だし……これは追放されてもしかたがないと、正直自分でも思ってしまう。

 そうなると私に残された手は、情に訴えること以外にない。


 幸いにしてブレイブは真面目で勤勉、そしてなかなかに仲間思いなやつだと私は勝手に思っている。

 私の本心を打ち明けて誠心誠意謝れば、許してくれる……はずだ!


「仲間……か」

「う、うん。マグナのことも、ステラちゃんのことも、もちろんブレイブも! だから、さ。爆弾で余計な物まで壊しちゃうようなこと……もう絶対にしない、とまでは言えないけどさ。自重するように努力するから……わ、私なりに頑張ってみるから! だからもう一度だけチャンスが欲しいなぁ、なんて……」

「……フラルちゃん……」


 私の思いが届いたのか、ステラちゃんが心配そうに私の名前を呟いて、私の方に一歩踏み出してくる。

 しかしそんなステラちゃんをブレイブは手で制すと、あくまで毅然とした態度を保ったまま私を見据えた。


「なるほど。今までの所業について反省はしていると」

「う、うん。してる……ちゃんとしてるよ、反省」

「だったら今後注意さえしてくれればいい……なんて言えればよかったんだけどね。残念ながらフラル、その段階はとっくに過ぎてしまっているんだ」

「す、過ぎてる? それってどういう……」

「一週間前。僕たちが揃って参加した王城の舞踏会の最中、君はいったいなにをしていた?」


 突然、話が切り替わる。

 パーティの追放と、一週間前の舞踏会。一見、なんの関係もない別々の話題だ。

 だけどその本来なら何気ないはずの質問に私はドキリと心臓を跳ねさせた。


「な、なにをって……普通に参加した、よ? た、大したことはしなかったと思うけど……」

「そうか。大したことはしなかったか。だがフラル。聞いた話によれば、君は舞踏会を抜け出して城の一角を爆破しようと画策していたそうだが?」

「えっ!? なっ、なんでブレイブがそのことを知って……!?」

「なぜ知っているもなにもあるものか! 王城に爆弾を仕掛けるなんて、逆賊の烙印を押されて然るべき所業だぞ!」


 厳しく糾弾するようなブレイブの指摘に、私はぐぅの音も出ず黙り込むしかなかった。


 確かにあの日、私はブレイブに黙って舞踏会を抜け出した。

 その理由は至極単純で、そもそも私は初めから舞踏会に乗り気じゃなかったからだ。

 貴族でもない私が舞踏会に招かれたのだって、このユグドラ王国が擁する勇者であるブレイブの戦友だからってだけの理由だ。

 マグナとステラちゃんが参加するって言うから、私もしぶしぶ同行したけど……ダンスなんか即興で教えてもらっただけで全然踊れないし、ヒラヒラしたドレスで着飾るのも慣れなくて落ちつかないし……。

 早々に嫌気が差した私は舞踏会が終わる直前まで夜風にでも当たってようと思い、警備の目を盗んでこっそりと会場から抜け出した。

 その日は舞踏会の会場に人が集まってたし、普段は城の各地を巡回してる近衛兵の人たちも会場の警備を重点的にしてたから、人気がない場所を見つけるのは難しくなかった。


 だけどそうして他に人がいない空間でボーッとしているも、それはそれで退屈で……。

 立派なお城を見上げているうちに、つい魔が差してしまったのだ。

 ちょっとくらいなら城を爆破しちゃってもいいかな? なーんて……。


「今までの所業を反省していると君は言ったな。それは喜ばしいことだ。だがいくらなんでも、これは見過ごせる範囲を超えている……!」

「ま、待ってよ! 王城のドッキリ大爆発大作戦は私もさすがにやばいかなってギリギリで我慢したし! 仕掛けた爆弾だってちゃんと回収したよ!」


 私を追放する理由がお金だけだったとしたら、追放を宣告されてもしかたがない場面は今までいくらでもあった。

 もちろん資金不足も理由の一つであることは間違いないだろうが、おそらくこちらが本命の理由だ。

 そう察した私はこのまま話を切り上げさせてはならないと慌てて反論を試みる。


「誰にも見られてなかったし……中止で終わったんだから問題ないでしょ!」

「中止したからと言って、許されることと許されないことがあるだろう! そもそも比較的に見れば軽くとも、未遂はれっきとした犯罪だ!」

「うぐ……そ、それはそうかもだけど……」


 ブレイブの指摘は的を射ている。正しいのはブレイブの方だ。

 でも実際はやらなかったんだからいいじゃないかと、そう思う気持ちを抑えることはできなかった。


「それに誰にも見られていなかったというのも嘘だろう。僕がこうして君の所業を知っていることが、まさにその証拠だ」

「っ……ま、まさかブレイブ……私の後をつけてたの?」

「違う。あいにくだが、僕は君の所業を直接目撃したわけじゃない。もしそうなら、僕はその瞬間に君に声をかけて止めているよ」

「だったらなんで……」

「そんなもの、目撃者から話を聞いたから以外にないだろう」

「も、目撃者?」


 だ、誰かに見られてたの……?


「……う、ううん! そんなはずない! 本当に見られてたなら、すぐに止められるか捕えられるかされてたはずだし! あそこにいたのは私と、あとは私を探しに来てくれたステラちゃんくらいで、他には誰にも見られてなんか……!」


 ……ん? ステラちゃん……?


「ま、まさか……」


 ハッとしたように、私はブレイブの後ろに控えているステラちゃんの方へと顔を向ける。

 私と目が合うと、ステラちゃんはバツが悪そうに視線をそらした。


「……ごめんなさい、フラルちゃん……さすがにあれは言わないわけには……」

「や、やっぱりステラちゃんが!? うぅ、信じてたのに……ステラちゃんなら言わないって信じてたのに! ステラちゃんの裏切り者ー!」

「あぅ……う、裏切り者……」


 ガーン、とショックに顔を青ざめさせたステラちゃんは、よろめくように一歩後ずさる。


「裏切ったつもりは、なかったのですが……フラルちゃんから見たら、私はそうなっちゃうんですね……」

「え。あ……ス、ステラちゃん……?」


 見るからに傷心して目を伏せたステラちゃんを見て、私は自らの失言を悟った。

 自分から裏切り者呼ばわりしておいてこんなこと言うのもなんだけど……別に私は裏切り者だなんて本気で口にしたつもりはなかった。

 なんというか、友達同士の軽口みたいなつもりだったのだ。

 だけどそれはあくまで私の主観でしかない。ステラちゃんにとって今の私の裏切り者発言は、私からの決別の言葉に等しかったらしい。


 これでもかというほど悲しそうに眉尻を下げ、ジワリと瞳を潤ませた彼女は、懺悔するように呟く。


「フラルちゃんは、私の初めてのお友達なのに……泣き虫な私にもいつも寄り添ってくれる、大切な人なのに……そんなフラルちゃんを、私は売るような真似をして……」

「いや……あ、あのねステラちゃん。その、違うの。さっきのは別に本気で言ったわけじゃなくて……き、聞いてる? ステラちゃん。おーい? ステラちゃーんっ?」

「……フラルちゃんの気持ちも考えず……一言も相談せずに、こんなこと……最低です。私……」


 ぜ、全然聞いてない……。


 ステラちゃんは本人が言うようにちょっと涙もろい子で、前々からちょっと自罰的なとこもあったけど、ここまでではなかったはず……。

 ……たぶんだけどステラちゃん自身、ブレイブに告げ口しちゃったことを密かに後ろめたく思ってたんだと思う。

 そんなところに私が裏切り者だなんて軽々しく言っちゃったものだから、彼女は周りの声も聞こえないくらい激しい自己嫌悪に苛まれてしまったんだろう。


 私のせいでステラちゃんが思い悩んで、私のせいでステラちゃんが自己嫌悪に苛まれて……。

 あれ……つまりこれ、全部私のせいでは……。


「ごめん、なさい……裏切って……傷、つけて……フラルぢゃんは……ぐす。信じて、くれでだのにぃ……ごめ、んなざい。ごめんなざい、フラルぢゃん……ひっぐ。うぅぅっ……!」

「うえぇぇぇぇぇ!? ま、待ってっ、泣かないでステラちゃん!? ち、違うのっ! さっきのは全部ただの冗談って言うか、その、友達なりのじゃれ合いの仕方って言うか……!? お願いだから落ちついて? 泣かないでステラちゃんー!」


 今にも泣きそうだった彼女がついにポロポロと大粒の涙を流し始めてしまい、私は大慌てでステラちゃんに駆け寄った。

 傷つけた当人である私が慰めるのはいささかマッチポンプ感が拭えなかったけど、この際もう四の五の言ってられない。

 私の正直な気持ちを伝えるために俯いた彼女の顔を覗き込んでちゃんと目を合わせて、怒ってないよーって伝えるために全力で笑顔を作って、とにかく必死になって声をかける。


 そもそも冷静になって考えてみれば、ステラちゃんが取った行動に責められるいわれなんてこれっぽっちもない。

 他のパーティメンバーの問題行動をリーダーに報告するなんて、パーティの一員として至極当然のことだ。

 ……その問題行動を起こした私が言うことではないけど……。


「裏切り者なんて嘘! ぜーんぶ口から出まかせ! 私、ステラちゃんのせいだなんて少しも思ってないよ! だから泣かないで……ねっ? 私はステラちゃんの笑ってる顔が好きだなー!」

「……フラルぢゃーん……」

「ほらおいでー。フラルちゃんが抱きしめてあげよう! よしよーし。よしよーし」


 背中をポンポンと優しく叩きつつ、空いていたもう片方の手で、ついでとばかりに頭も撫でてあげる。

 なんだか小さな子をあやしているような気分になったが、ステラちゃんは子どもみたいに純真な子だし、あながち間違いでもないかもしれない。


「……落ちついた? ステラちゃん」

「はい……ありがとうございます。フラルちゃん……」

「友達なんだから、これくらい当然だよ」

「友達……そう、ですね……」


 懸命に慰めた甲斐あって泣き止んではくれたが、あいかわらずステラちゃんの表情は晴れない。

 というのも、やはり私が置かれている現状が原因だろう。

 これっぽっちもステラちゃんのせいではないにせよ、ステラちゃんの密告によって私が追放されかかっていることは事実なのだ。


 私はステラちゃんから少し離れると、改めてブレイブに向き直る。


「もういいかい? フラル」

「……うん」


 私とステラちゃんとのやり取りが終わるのを律儀に待っていたブレイブは、本題を再開すべく口を開く。


「王城の爆破未遂……君も薄々察してはいるだろうが、追放する理由はこちらが本命だ。君が言った通り未遂ではあったし、仲間のよしみとして上に報告はしていないが……」


 ブレイブ――もとい勇者という存在は、このユグドラ王国が誇る最高戦力であり象徴だ。

 つまるところ国に仕える立場にあるわけで、本来なら私の凶行を報告する義務がある。

 それなのにこうして見逃してくれているのは、私に改心の余地が残されていると思ってくれているから……今も変わらず、私のことを仲間として見てくれているからにほかならない。


「君にも自覚はあるはずだ。日に日に自分の行動が過激になっていることに」

「で、でも……起爆しちゃうのまでは我慢できたし……」

「だが城に爆弾を仕掛けることまでは我慢できなかった。違うかい?」

「う、ぐぐ……」

「今までの蛮行もそれはもう酷いものだったが……今回の件を受けて、僕たち三人で君の処遇について改めて話し合った。そしてその末に出した結論が、追放というわけだ」


 君を仲間だと思えなくなったから追放するわけじゃない。

 君を仲間だと思うからこそ、これ以上一緒にはいられないのだとブレイブは言う。


「僕たちは君を甘やかしすぎていた。今だって、あんな逆賊まがいの行為を見逃してしまっている……僕たちと一緒にいると、きっと君はダメになる」

「だ、だから追放するって……?」

「そうだ。これから先、君が真っ当に生きていくためにも、君は一度僕たちから離れて一人で生きてみるべきだろう」

「わ、私はこのままでも全然いいよ! 真っ当なんか興味なし! ダメダメ上等! 甘やかしバンザーイ!」

「君が良くても僕たちがダメなんだよ! 仲間だからと長い目で見てきたが……君の凶行は改善されるどころか日に日に酷くなるばかり! もう限界だ!」


 ブレイブは、ビシィッと私に人差し指を突きつける。


「もう一度言うぞ! フラル! 君をこのパーティから追放する!」

「そ、そんな……!」

「いつの日か君が真っ当な価値観を得て、二度と僕たちの許可なしで爆弾を使用しないと誓うなら、その時は君が戻ってくることを歓迎しよう。だがそれまでは、君一人で生きてみるんだ。それが君のためにもなる」

「む、ぐぐぐ……! ス、ステラちゃんは? マグナはっ? 二人とも、ブレイブのやつに賛成なの!?」


 追い詰められて、懇願するような眼差しをしてしまっていたんだろう。

 私に名前を呼ばれたステラちゃんは真っ先に口を開きかけていた。

 しかし結局、その震える唇から否定の言葉が発されることはなく、彼女は力なく開きかけた口を閉じると、ふるふると首を左右に振った。

 マグナもまた同様に、悲観に暮れるように瞼を閉ざしている。


「ど、どうして……」

「ごめんなさい、フラルちゃん……できることなら私もこれから先、フラルちゃんとずっと一緒にいたいです。でもそれじゃあ、いつまで経っても私たちは……だから……」

「私もステラちゃんと同じ気持ちかしら。個人的な思いを言えば、フラルちゃんが起こすトラブルは楽しくて好きなのだけれど……これ以上酷いことになったら、本当に牢屋行きになってしまいそうだし……仲間の子が牢に入れられる光景を見る羽目になるのは、さすがにねぇ……」


 二人とも、ブレイブの意見に賛成のようだった。

 いや、初めからわかっていたことだ。そうじゃなきゃ皆で私を待ち構えたりなんかしていない。


 私が王城に爆弾を仕掛けたのが、一週間前。

 そしてその一週間前から、ブレイブの言う通り三人は私のことで密かに話し合ってきたんだろう。


 今にして思い返せば、確かにここ最近は三人とも付き合いが悪かった気がするし……私のことで、いろいろと思い悩んだりしていたのかもしれない。

 そうして悩み抜いた結論が私の追放なのだとすれば、今更私がどうこう言ったところで変わらないことは明白だった。


「う、ううぅ……」


 三人のそばから、一歩、二歩と後ずさる。


 ……自業自得と言えば、そうなんだろう。

 ブレイブが言った通り、私は今日に至るまで、あちこちで好き勝手に爆弾をばら撒いてきた。

 何度爆弾を使うなと咎められようと知らんぷりをし、何度爆弾を取り上げられようと自力で素材を集め作り直し。

 何度自分の爆弾に巻き込まれ、煤まみれのボロ雑巾のようになろうともやめることはなかった。


 もちろん初めはこんなんじゃなかった。本当だ。

 最初の頃は私だって自重して、壊しても他人に迷惑なんてかからない適当な岩なんかを爆破したりして情動を発散していた。

 だけどそうやってなにかを爆破するたびに、私の心が囁くのだ。


 もっと大きな爆発を味わいたい。もっと凄まじい衝撃に胸を震わせたい。

 もっともっと、価値あるものを爆破したい!


 時が経つにつれ、そんな思いが膨らんで我慢できなくなって、私は少しずつ爆破してはいけないものを爆破するようになっていった。

 価値あるもの、歴史あるものを爆破する瞬間の感覚は、言葉ではとても言い表せるものではない。

 あの快感を一度でも味わってしまったら、以前の自分にはもう戻れなかった。


 もう一度あの感覚を。

 もう一度、もう一度、もう一度!


 ……そんな欲望に従っていくうちに、私の行動はどんどんエスカレートしていった。

 その結果が今この瞬間なのだとすれば、やっぱり私に反論の余地なんてものはないんだろう。


 でも、だとしても……。


「み、皆は……それでいいの? これから先の活動……私がいなくても、大丈夫なの……?」


 答えなんてわかりきっていた。それでも一縷の望みをかけて、私は最後の確認を取った。

 ブレイブは、真摯な眼差しで私をまっすぐに見つめる。


「フラル。君には本当に世話になった。どれだけ探そうとも、君の代わりになる者なんていない。君がいなくなることで、僕たちは今まで当たり前のようにできていたことができなくなるだろう。それどころか、なにか致命的な問題さえ発生し得るかもしれない」

「な、なら……」

「だがそれは、僕たち三人が立ち向かうべき問題だ。困難を承知の上で、僕たちはそれを乗り越えて進んでいく。だからフラル、君も自分の未来に立ち向かうんだ。これから先、君が真っ当に生きていくために」

「……あ、あぁ……」


 やっぱり……ダメみたいだ。


「うぅぅぅぅ……!」


 ジワリと、私の目に涙が滲む。

 ステラちゃんが私の方に駆け寄ろうとして、ブレイブに腕で静止されていた。

 この時ばかりは、ほんのちょっと。本当に少しだけ、ブレイブのやつに感謝した。

 もしも今、ステラちゃんに涙を拭われでもしてしまったら、無様に泣きついちゃってたかもしれないから。


「……わかった」


 私は服の袖でゴシゴシと乱暴に涙を拭き取ると、赤くなった眼でブレイブを睨みつける。


「そこまで私にいてほしくないんだったらもういいよ! こんなパーティ、私の方から抜けてやる!」

「君の方からというか、君は今僕たちが追放したんだが……」

「うるさーい! こんな時に揚げ足取るな! バーカバーカ! ブレイブのバーカ! 頭でっかち! 頑固者ー! 後になって戻ってきてほしいとか言ったって今更もう遅いんだからね!」


 ビシィッとブレイブを指差して、私は啖呵を切る。


「今までずっとパーティのために頑張ってきたけど……これからは凄腕錬金術師として名を馳せて! すっごいお金持ちになって! 私を追放したことを後悔させてやるんだから!」

「名を馳せる、か。それは悪くない未来図だね。君が多くの人に認められるようになったなら、僕たちも自分のことのように嬉しいよ」

「っ、嬉しがるな! 悔しがれよー! このっ……もういい! ブレイブたちのことなんて知らない! せいぜい、えっと、その……そう! タンスの角に小指でもぶつけて苦しんでればいいんだ! バーカッ!!」


 三人に言うだけ言って部屋の扉を乱暴に閉めると、私は荒く足音を当てて自分の部屋に戻った。

 それからすぐに宿を出ていくための身支度をする。

 いつもなら一つ一つ丁寧に持ち物を整理するのだが、今回ばかりは一秒でも長くここにはいたくなくて、どれもこれも乱雑にバックパックの中に突っ込んだ。

 荷物の整理が終わった後は、錬金釜の中に満ちる液体を特製の収納ボトルに移してバックパックへ突っ込み、さらにそのバックパックを空になった釜の中に放り込む。

 最後に釜を使った作業をする時にいつも使っている折りたたみ式の台を錬金釜にくくりつけて釜ごと背負ったら、立ち去る準備は完了だ。


「……ふんっ!」


 部屋を出た際、ついブレイブの部屋の方に視線が向いてしまった。

 名残惜しい――。

 自分がそう思ってしまっていることさえ癪に障って、私はプイッと顔を背ける。

 それからは絶対に振り返らないという強い意志を胸に抱いて、一目散に宿屋を出て行った。


 去り際に宿屋を爆破しなかったことだけは、元勇者パーティメンバーとしての私の最後の慈悲だったと言えよう。

Commentary:勇者パーティ

冒険者ギルドで活動する数ある冒険者パーティのうち、ユグドラ王国の象徴たる勇者率いる少数精鋭の通称。

まだ年若い勇者に魔物との実戦経験を積ませるため、そして大々的に活躍してもらうことで国民からの支持を集めるため、国王が設立を指示した。

教会から派遣されたステラを除き、パーティメンバー選定の裁量は勇者に一任されている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あまりにも真っ当な理由で追放されてて草 [一言] まあ、錬金術といえば爆弾、爆弾といえば錬金術だよね・・・(某錬金術士ゲームをプレイしながら)
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