三つの依頼
鍛冶屋を出たところで、ふとウノは足を止めた。
そして、額を打った。
「しまった、忘れてた」
「鍛冶屋に忘れ物ですか、主様」
「モノじゃないけどな。そうじゃなくて依頼だよ。冒険者ギルドで確認しとくのを忘れてたんだ」
多分飯食って満腹になった幸せな頭で、スッポリ抜けてしまったのだろう。
「そうですね、憶えているつもりでまた忘れるというのはよくある事です。憶えている内に、見た方がよいですね」
シュテルンも同調する。
まあ、どちらにしても買い物はほぼ終わったし、一旦はギルドに戻るつもりだったのだ。
それを思えば、今思い出せただけ、マシというものだろう。
「……ごぶ、いらい、ぼうけんしゃみたい」
そして、リユセは何だかワクワクしているようだった。
確かに武器を新調し、依頼を受けに行く……冒険者っぽいといえば、それっぽい。
「ただ、俺は一応、れっきとした冒険者なんだが」
依頼を受けるのは、普通である。
「りゆせ、ぼうけんしゃ、なるのかごぶ?」
「よくわからないけど、ぼうけんしゃ、かっこういいことばごぶ……あくだるは、ちがうごぶ……?」
「おれは、きをきって、めしくって、のんびりくらしたいごぶ……」
アクダルは、牧歌的な生活を望んでいるらしい。
同じゴブリンでも、やっぱり個性が分かれるよなあ……などと、今更のようにウノは感想を抱いた。
そして、別の疑問も浮かんでしまう。
「……っていうか、ゴブリンって冒険者登録出来たりするのかな?」
「ごぶ……っ!?」
途端に、リユセがソワソワしだした。
実に分かりやすい反応である。
ただ、こうなると逆に駄目でしたとなった時の落胆も、さぞ大きいだろう。
「そこはさすがに、受付に聞くしかないのではないでしょうか」
「じゃあ、それもついでに聞いてみよう」
シュテルンのごく常識的な意見に、ウノは頷いたのだった。
冒険者ギルドに戻ったウノは、早速先ほどの疑問を受付であるレティにぶつけてみた。
「そうですね、ここでは前例がありませんが、知性を有する人型なら幾つものケースがあるようですね。そもそもウノさん自身、獣人じゃないですか」
なるほど、それはもっともだ。
他にも森妖精に山妖精、小人族に巨人族、魔族の冒険者も存在する。
「という事は、ゴブリンはオッケー?」
「そうですね。そちらの方……ユリンさんも可能ですよ?」
見た感じ、ユリンは魔族っぽい。
あくまで見た目であって、本性はゴーストだ。
彼女が登録出来るのなら、リユセだって出来るというのが道理だろう。
その他の面々はといえば……。
「…………」
見下ろすと、仔狼のラファルがハッハとちょっと興奮気味に、呼吸していた。
「やってみたいです!!」
ウノが頭を上げ、カウンターに視線をやると、レティは突っ伏して頭を抱えていた。
「わ、私としても、心苦しいのですが……さすがに、狼の子供を冒険者にするのは……!!」
「……しょんぼりです」
元気よく振れていた尻尾も、しおれてしまう。
一方まったく意に介さない獣もいた。
澄まし顔のシュテルンである。
「私は別に、必要ありませんよ? 主様の相棒という肩書き以上の誉は、そうはありません。そうですね、妻! とか嫁! とか上には上がありますが」
「とりあえず、純粋な獣は人の言葉が話せても不可、と」
突っ込まないぞ、と心の中で絶叫し、ウノはレティと話を続けた。
「登録の適用出来る範囲が、とてつもなく広がってしまいますから、私の一存ではどうにもなりませんね……ところで、仕事が休憩に入ってからの話なのですが」
「ん?」
「くわっ!?」
ウノは純粋な疑問から、シュテルンはすわ新たなライバルの登場かと危機感から声を上げた。
だが、真剣な表情をするレティの話は二人の全くの想定外だった。
「ラファルちゃんを、もふもふしてもいいでしょうか」
「本人に聞いてくれ」
力のない笑みを浮かべながら、ウノはラファルを抱きかかえて、カウンターに乗せた。
「しっぽをぎゅっとするのはだめなのです!!」
「しません!」
「おなかはなでられると、とてもきもちいいのです!!」
「よろしくお願いします!! でもまだ仕事中ですので!!」
必死に自制し、ウノにラファルを下ろすようにお願いする。
レティはプロであった。
ひとまず聞きたい事は聞けたし、依頼を確かめる為に掲示板に……と踵を返そうとしたところで、思い出した。
シュミットとレティの関係だ。
「ところで親父さんに会ったよ。何か……すごいな」
「よく言われます。あ、私は母似なんですけど、弟もすごいですよ。王子様みたいで」
あのダンディ中年の息子だからなぁ……。
本物の貴族より貴族っぽいかもしれない。
さぞかし城下町でもモテるだろう。
「見たいような、見たくないような……」
「私は興味がありますなあ」
おや、とウノは、何気なく呟いたユリンを見た。
「ほう、そっち系の願望がユリンにはあったんだ」
「いやいや、そういう訳でもないのですがね」
ウノ達は、酒場の壁に立てかけられている大きな掲示板の前に立った。
小さな紙に依頼の概要が記され、それを剥がして受け付けへ持って行くのだ。
今は、森での素材収集以外の依頼が三つあった。
『死んだ老馬の処分』
今朝死んだ我が家の馬の処分をお願いしたい。
内容は死体の火葬と墓穴の作成。
老馬のため、食用には向いていない。
依頼者:イアン
『廃屋の取り壊し作業』
対象は、半年前亡くなったポロスの廃屋。
子供が忍び込んで怪我を負ってしまった事もあり、解体処分にします。
残骸はその場に放置してもらって構いません。薪にします。
依頼者:フローンス
『魔女へのお使い』
定期依頼。
丘の上にある魔女の家に、薬を取りに行ってもらえますでしょうか。
仕事内容は空の瓶を持って行き、中身の入った瓶を持って帰るだけです。
重い、力仕事です。
依頼者:ガマ
それぞれの依頼の最後に、報酬が記されていた。
どれも単純な作業なので、金額はさほどでもない。
だが、ウノにとっては報酬以上の価値があった。
「……主様」
ウノの答えは決まっていた。
「全部受けよう」
「ですよね」
次回、お馬さんのお話から。




