ゴブリン×5vsハイ・オーガ
ハッスがこうなった経緯については、語る必要はない。
ただ、彼が最終的に、最も祭壇に近づけたのは、何らかの運命か因果が働いたのかもしれない。もしくはただの偶然である。
とにかく――彼の前に立ちはだかったのは、五匹のゴブリンであった。
前に二匹、大きな盾と槌を持った太っちょと、剣士風のゴブリン。
中に一匹、おそらくはこれがリーダーだろう、他とは違う大柄な槍使いだ。
後ろの二匹は、猪骨の仮面を被った術師らしきゴブリンと、今にも逃げたそうな小物の雰囲気を纏っているベスト姿のゴブリン。
いっぱしの冒険者パーティーのような布陣を取っている。
その内の何匹かは、ハッスも見覚えがある……ような気がした。
といってもゴブリンの見分けなどに、ハッスは興味はない。
なので、あくまで『気がした』レベルであるし、そもそもどうでもいい。
「グルゥ……」
所詮は雑魚、ここで死ぬのだから。
「ガァッ!!」
繰り出した渾身の一撃が、前列にいるゴブリンを吹き飛ばす事なく、受け流された。
そしてその先には、槍の切っ先。
「ガァウッ!!」
そんな普通の武器が、強鬼の肉体に突き刺さるモノか。
構わず、槍の使い手に、反対の腕を振るおうとした。
直後、不意に足下が浮いた。
視界が強制的に上り、ダンジョンの天井が見えた。
「ガ……?」
それを遮るのは小さな影と光る刃。
ハッスが頭を傾けると、こめかみに鈍い痛みが走った。
「グォウッ!!」
慌てて腕を振るい、剣を突き下ろしたゴブリンを振り払おうとするが、それより前に相手は飛び退っていた。
コイツ……眼球を狙いやがった。
いくら、ハイ・オーガの肉体が強いスペックを誇っていても、眼球は普通に弱い。
加えて、自分を転がしたのはおそらく、その剣で踵を振り抜いたのだ。
斬れはしなかったが、バランスを崩して倒す事ぐらいは出来るという訳だ。
さらに、腰にも痛みがあった。
倒れた時、盾を持ったゴブリンが槌で金的を狙ったのだ。
さらに休む間もなく、槍と後方からは矢も飛んできた。
……認識を改める必要がある。
ゴブリンが雑魚なのは違いない。
しかし、徒党を組んだ雑魚は脅威になり得る。
考えてみれば、人間のパーティーがドラゴンをも倒すのだ。
ならば、雑魚パーティーが自分を打倒しても、おかしくはない。
通常ならゼリューンヌィが指揮を執るのだが、今回はグリューネがその役目を担っていた。
理由は単純で、ゼリューンヌィが攻撃に専念する為だ。
目の前のハイ・オーガは速度も尋常ではなく、一瞬の隙が致命傷になりかねない。
故に、最も安全圏の後方にいるグリューネが指揮するのがベストと、判断したのだった。
もちろんぶっつけ本番ではない。
これまで、森の狩りにおいてもゼリューンヌィの代理として、何度もグリューネも味方の指揮を行ってきていた。
そして今も、わずかに動きを止めたハイ・オーガの隙を見逃さなかった。
「ヴェール、けんせいの矢。目をねらって」
「……グリューネ、それもうけんせい、言わないごぶ」
若干呆れた声を上げながらも、ヴェールは矢を放った。
狙い違わず、その矢はハイ・オーガの目に届こうとするが、さすがに素直に当たってくれる敵ではなかった。
寸前で回避し、ギロリとヴェールを睨んできた。
「ごぶぅ……っ!? こ、こわいごぶおっかないごぶ!」
逃げようとするヴェールのベストの裾を握ったまま、グリューネはゼリューンヌィ達に指示を与え続ける。
「アクダルはぼうぎょに専念。スキが出来るまでぜったい攻撃しちゃダメ。リユセはそのまま攻撃をけいぞく。おやぶんは関節とか、特にねらう」
「ごぶっ!!」
ハイ・オーガの強烈な爪攻撃を、アクダルは若干後退しながらも何度も受け止める。
そして攻撃で生じた隙をリユセは逃さず、浅い傷を負わせていく。
その傷はすぐに塞がってしまうが、血は流れ、その分相手は体力を消耗するのだ。
そして如何に分厚い筋肉で身体を覆おうと、人の形をしている以上、関節やつま先のような末端部分は他より弱く、ゼリューンヌィの鋭い槍突きが的確にそこを突いていく。
恐ろしく神経を使う作業であり、後方のグリューネも必死だ。
「そしてボクは、ぼうぎょの魔法とかいふくの魔法……みんな、アレ、たおすまで休んじゃ、ダメ」
生命の水をポーチから取り出すと、それを前にいる三人に振りかける。
隣に並ぶヴェールだけは、自分で用意した分を、飲んでもらう。
「ごぶぅ……グリューネ、オレたち、こきつかいすぎごぶ……」
「しょうがない。たおさないと、みんなやられちゃうから、がんばる。みんな、命、だいじに」
ふぅ……と息を抜く暇もなく、再びハイ・オーガが襲いかかってくる。
腰を下ろす動作を確認し、グリューネが叫ぶ。
「アクダル、前!」
「ごぶっ!」
「ガッ!?」
勢いをつける前に盾で防がれ、たたらを踏むハイ・オーガ。
その足下には、鞘に剣を入れた状態のリユセが潜り込んでいた。
敵もそれを認めており、無造作に爪で振り払おうとする。
「リユセ、よく見る。脇の下、ねらう」
「……しょうちしてる、ごぶ」
爪撃を回避したリユセは勢いよく跳躍し、鞘から剣を抜き放った。
「グアッ!!」
剣閃が瞬き、ハイ・オーガの脇から鮮血が吹き出した。
さらに、分厚い胸板をゼリューンヌィの槍の穂先が何度も突く。
挑発され、ハイ・オーガは大口を開けて噛み付こうとするも――
「おやぶん、カウンター」
「ごぶごぶぅっ!!」
――牽制とは異なる、強烈な一撃がハイ・オーガの口に突き刺さり、後頭部まで貫いた。
が、それでもまだ、ハイ・オーガは死なない。
超人的な生命力で槍を噛み砕こうとするので、ゼリューンヌィは慌てて引っこ抜いた。
そして口を貫いた傷も、あっという間に塞がってしまう。
手数では圧倒的にこちらが上、けれど相手の体力はまだまだあり、当たれば一撃必倒。
まだまだ油断は出来ない。
だけど、戦い続けた事で、敵の攻撃は何となく理解出来てきたグリューネだった。
「……バケモノのパターンは、かみつき、ひっかき、とっしんの三つ。大体ボク、つかめてきた」
「こ、これなら勝てるごぶ?」
戦闘中だというのに、ゴブリン皆がヴェールを見た。
「あ」
「……言った」
「この、ばかもの、ごぶ」
「……ヴェール、ダメなせりふ……言っちゃった」
「な、なにごぶ?」
深々と、ため息をつくグリューネに、ヴェールは怯んだ。
「異教の神、言ってた。それ、『フラグ』」
……ハイ・オーガは、膝まで破れたズボンのポケットから、液体の入った小瓶を取り出した。
栓の部分をガラスごと砕き、中身を一気に煽った。
「グ、ウ……」
ハイ・オーガの身体が赤黒く変色する。
「ガアアアァァァァァーーーーーッ!!」
そして堪えきれないという風に、雄叫びを上げたのだった。




