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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
119/140

『騎士』の事情

『騎士』の本名は、ペガル・パテアルという。

 以前は、実際にこの公爵領の騎士であった。

 父親も祖父も騎士であり、幼い頃から体格に恵まれていたペガルもまた、その将来に期待されていた。

 そしてペガルは、その強さに関しては期待以上に応えていたといってもいい。

 同年代の騎士見習いなど端から相手にならず、正規の騎士でも互角以上に渡り合っていた。

 父親を初めて倒したのは十歳の時であり、その時点で彼を知らぬ者は、とうに成人していると勘違いしかねない体つきとなっていた。

 あまりに優秀すぎ、故に傲慢であり、しかもそれが通用してしまったのだからタチが悪い。

 多少の粗暴さも、その豪腕が解決してしまうのだ。

 武器は剣を使うが、それは騎士団の主力装備がそれだったからに過ぎず、槍や槌、弓、場合によっては拳でも充分に戦う事が出来た。

 騎士団としても、彼の戦力を失うのは惜しいので、どうしても配慮してしまう。

 ……が、同僚達をはじめとした周囲の人間はたまったモノではない。

 そこで、抑止力として現れたのが、ペガルの同輩であり後の騎士団長となるオーネスト・シンケルスであった。

 ペガルが力ならば、オーネストは技の使い手であった。

 訓練で手合わせをした事は何度かあるが、勝負がついた事はなかった。

 その前に、大抵訓練場が半壊してしまう為である。

 ペガルとしては、その辺りを加減しての戦いを、勝負とは呼べずにいた。

 その辺りはオーネストも同感だったようだが、彼の場合は試合なのでしょうがないと割り切っている部分もあった。

 事が起こったのは、とある日の高級酒場だった。

 騎士といえども人間、酔った勢いというモノはあり、皆が触れずにいる事も思わず口を滑らせてしまうという事だってある。

 故に、この話題も出るのだ。

 つまり、「ペガルとオーネストはどちらが強いのか」。

 そして両者には、本人が望むや否かはさておき、既に派閥が出来ていた。

 オーネスト派閥の騎士は、大きな声を上げた。

 曰く、ペガルは確かに強いが品性に欠ける。

 数百年前ならば、蛮族の王にはなれただろうが、文化的なこの時代には馴染めないだろう。

 本人がいないだろうと思っての、戯れ言であった。

 ところが、いた。

 少し離れた場所でそれを聞いていたペガルは、戯れ言を口走った騎士を半殺しにし、制止しようとした騎士達もまた半殺しにし、酒場の用心棒を半殺しにし、駆けつけた衛兵達を半殺しにした。

 さらに、鼻の骨と歯を砕かれ泣き叫ぶ騎士の髪を引っつかみ、彼の実家に押し入ろうとした所で、話を聞いて駆けつけたオーネストによって阻まれた。

 奇しくも、本気の戦いが、酒の席の戯れ言をきっかけに、ここで開かれたのだった。

 きっかけは実に下らないモノであったが、正に死闘とも呼べる戦いであった。

 巻き込まれた舌禍の騎士は瀕死になったし、彼の実家である屋敷の正門付近は完全に破壊されてしまった。

 ただ、勝敗は結局の所、つかなかった。

 弓兵が、熊でも眠る睡眠薬を塗りたくった矢を射る事で、ペガルが倒れてしまったからだった。

 結果、ペガルは投獄される事となった。

 ペガルは裁判の席で語った。


「オレ様は充分に理性的だったぞ。誰も殺さないように自制したぐらいだからな」


 と。

 また、こうも語った。


「オレ様を射った弓兵は絶対に許さん。あの舌に油でも塗ったような騎士も許さん。オーネストとの決着は必ずつける」


 何一つ、反省していない男であった。

 そして牢獄でも、彼は我が道を貫いた。

 犯罪者や一部看守のカリスマとなり、酒や煙草もやりたい放題の生活を送っていた。

 さすがに女性は難しかったが、難しかっただけで出来なかった訳ではない。

 牢獄はさすが荒くれ者が多く、お陰でペガルはあまり退屈せずに済んだ。

 ただ、毎日のように問題を起こすので、法的に牢獄から出る事だけは出来ずにいた。

 かれこれ、十数年になる。

 そんな彼の下に、シュトライト司祭は現れたのだ。

 とても困難な仕事があり、ペガルの助けが欲しい。

 この試練をこなしてもらえたなら、自分がどんな手を使っても牢獄から出そうと言う。

 ペガルは笑った。

 別に、牢獄から出る事はそれほど難しくない。

 物理的に出るだけなら、いつでも出来るのだ。

 しかしペガルは文明人であり、可能な限り法は守る主義であった。

 ただ、己に正直なので、たまに国の法よりも己の法を貫いてしまうだけなのだ。

 そうは言うモノの、結局ペガルはその仕事を受けた。

 困難な仕事、というのが気に入ったからである。




 そして今、ペガルの前にその『困難』が形となって立ちはだかっていた。

 長身を甲冑で包んだ、糸目の女だ。

 赤毛からは太い牛の角が生えており、その意味では今の自分、強鬼(ハイ・オーガ)に通じるモノがあった。

 ただ、耳は森妖精(エルフ)のように長く、槍のような尻尾が生えている。

 全体的に見ると、悪魔のようにも見えた。

 左手には、並の者ならば両手ですら振るうのが困難そうな幅広の長剣を携えており、どういう作りをしているのか右は手首から肘までが円形の盾状態となっていた。

 異形である。

 が、ハイ・オーガとなり、やや理性のすり減ったペガルでも、分かる事がある。

 相手は、邪道でありながら正統派の騎士でもある。

 そういう事は、立ち居振る舞いから分かるのだ。


「名前を伺いたいところですが、それは少々厳しそうですな。私の名はユリンと申す。このダンジョンの警備を勤めておる者です。故に、職務としてこの地を荒らす貴方は排除せねばなりません。お分かり頂けますかな?」

「グル……」


 言葉は分かるが、ユリンの指摘通り、返事は厳しい。

 喉が、人間の言葉を話すには向いていないのだ。

 だから、行動で返答する事にした。


「ガアッ!!」


 足に力を込め、爆発的な速度でユリンに迫り、豪腕を一振り。

 それを、ユリンは剣で受け止めた。

 並の剣ならば、ペガルの鋭い爪でバターのように切り裂かれるところを、軋みすらしない。

 どうやら剣もまた、使い手と同じく尋常ではないようだ。

 ペガルは、自然と口元が笑みの形になるのを自覚した。

 ……これは、いい相手だ。

 オーネスト以来の、()()()()()()相手であろう。


「ふむ、やれるモノならやってみろ、というところですな。実に分かりやすくてよろしい。ではお互い、腕ずくでという事で、始めるとしましょうか」


 ユリンの糸目が、微かに開かれていた。

 糸目キャラの目が開かれるのは、本気を出すフラグ。

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