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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
106/140

祭壇へ飛ぶ

 休日なのでちょっと長めです。

「あ」


 最初に声を発したのは、イシュタルだった。

 何か閃いたのか、獅子の耳がピクピクと震えている。


「……そうか、センテオトルだわ」

「何、どういう事?」


 ウノが問いかける。

 イシュタルの指が、ウノの腹部――胃袋の辺りを指していた。


「食べたのは、黒山羊の串焼き肉だけじゃないって事よ。コーンブレッドにコーンポタージュ。焼きトウモロコシ。神性物質を活性化させた事で、他の神の力も動いたの。そしてセンテオトルのそれは――『浄化』」

「っていうかここで、消臭剤にゃあ……っ!!」


 ゴロゴロと転げ回るバステト。

 やがて落ち着いたのか疲れたのか、その場で突っ伏した。


「いや、確かに臭いも消すけどにゃあ……」

「……しかも『食』の神よ」


 つまり、飢えるというデメリットもクリアされている……いや?

 ウノは、腹を押さえた。


「でも腹、減るみたいなんだけど」

「我慢出来ないぐらい?」

「いや、それは出来るけど」


 イシュタルの疑問に、ウノは答える。

 強いて言うなら、晩飯直前ぐらいの腹具合だろうか。

 耐える事は出来るが、食えと言われれば遠慮なくという程度であった。


「完全には抑えきれないというか、多分ユリンと一緒よ。エネルギー消費の激しい身体になったって事でしょ。それぐらいは我慢しなさい」

「飢餓も仕事しないにゃ……っ!! あっ、でも有害物質は……」


 そう、それもウノの疑問の一つだ。

 身体から分泌されるという、有害な粘液はどうなっているのか。


「それは、多分カミムスビ。ダンジョンでの担当は、下水処理でしょ。アレは、有害物質を分解する微生物を生み続ける連続性(むすび)の力の一つなの。……って、何でアンタが知らないのよ」


 ウノが食してきたモノは、センテオトル由来のモノばかりではない。

 毎朝出てくるミルクにはイシュタルが、コボルトが狩ってくるモンスターの肉にはアルテミスがそれぞれ祝福を与えているし、タネ・マフタは自ら食べられる野草やキノコを育てている。

 カミムスビの生命の水は言うに及ばずだ。

 カミムスビのムスビには三つの意味『魂を奮わせる(産霊)』『連続(結び)』『水を掬って飲む(掬び)』が存在する。

 ダンジョンで生み出される生命の水は、一つ目と三つ目の力であり、下水の濾過には二つ目が大きな役割を果たしている。

 ……そもそも、神性の有害物質を分解する微生物とか、それはそれでものすごいんじゃないだろうか。


「にゃあ、有害物質自体を分解しても、粘液が分泌されないのは不自然なのにゃ!!」

「……しかも、張り合うし。何で見込み違いをしたラスボスみたいなキレかたしてるのよ。それは(アタシら)じゃなくて、そいつの仕業じゃないの?」


 再び、イシュタルがウノを指差した。


「?」

「違うわよ。身に纏ってる方」


 首を傾げるウノを、イシュタルは否定した。

 そしてウノのジャケットの肩部分が軽く、突起レベルに盛り上がった。


テケリ・リ(にゅむ)


 ジャケットに擬態していたスライムのマルモチが、何だか奇怪な鳴き声を発する。


「ちょっ、その鳴き声はどうなのかにゃ!?」

「にゅむー?」

「……にゃ、にゃあ……イシュタル、マルモチもしかして……」


 ウノには分からないが、何故かバステトはブルブルと震えていた。

 イシュタルも、何だか途方に暮れたような顔をしている。

 マルモチは、一体何になってしまったのか。


「もしかしなくても、一緒に進化しちゃってるわよ。分泌液をマスターから汲み上げて吸収してる元凶ね。アンタが巻き込んだせいで、完全に経路(パス)が出来ちゃってるわ。……ある意味、一心同体ね」

「何て羨ましい……」


 ボソリと、シュテルンが呟いていた。


「今のは聞かなかった事にしてやるからな、シュテルン」


 一方、イシュタルとバステトは揉めていた。


「アンタがやったんだからね、アタシ知らないわよ」

「にゃあっ、見捨てないで欲しいのにゃあ!!」

「すごいわよー、その気になれば体内の神性物質(カミムスビ)に干渉して、有害物質も吐き出せそう。あと外見補正はアタシの仕業っぽい。……というかアタシの系譜のアフロディーテの力ね」


 イシュタルの説明によると、アフロディーテという美の神がいるのだという。

 自分とは別神(べつじん)なのだが、地域によっては同一視されている事もあるという。


「オーク達の美容整形と同じ力なのにゃ」


 イシュタルは、ペシッとバステトの後頭部をはたいた。


「美容整形言うな。しかもあながち間違ってないのが腹立つわね。何にしろ、マスターは外見的にはほとんど変化はないわ。強いて言うなら髪が灰色になった程度? 重要なのは、求めていた性能(スペック)の方でしょ。その辺、どうなの?」

「そうだな……多分、()()()


 軽く、その場で跳躍してみる。

 身体は体重がないかのよう、羽根にでもなったみたいだ。

 視覚や嗅覚は、これまでになく研ぎ澄まされている。

 嗅いでみると、遠くにダンジョンに臭いを感じられる。

 それに。


「上手く説明出来ないけど、感覚が何だか()()()になっているような気がする」

「それは文字通り、これまでとは次元が違うからにゃ。その気になれば、念動力や瞬間移動も可能なのにゃ」


 確かに、()()()()は出来そうな気がする。


「今は出来ないのですか?」


 シュテルンの疑問に、バステトは首を振った。


「脳だけはまだ、元の近いからにゃ。慣れるまでは難しいのにゃ……意識を急激に変化させると、ウノっちはてるんの知らない得体の知れない何かになっちゃってたのにゃ。ウチキなりの配慮なのにゃ」

「とにかく、()()()んなら、さっさと動いた方がいいわ。時間の浪費が、今は何よりの無駄遣いでしょ」


 イシュタルに急かされ、ウノは自分の身体の検証を中断した。

 行けるのならば、今は確認よりも行動を起こすべきだろう。


「そうだな。じゃあ行くよ。荷物は……」


 荷物袋を肩に背負い、土産用の袋も手に持つ。


「あ、神像忘れちゃ駄目なのにゃ」

「そうだな」


 ゾーンが作った、バステトの神像も袋に詰める。

 その傍らではイシュタルが、神像を持つエルタを見上げていた。


「エルタって言ったっけ。そっちの神像もマスターに預けて。村の貴方の家にはもう一つ、あるでしょ?」

「ゾーン、どうするの?」


 エルタの問いに、息子であるゾーンは珍しくうろたえていた。


「わ、渡すに決まってるだろ!? いや、惜しいけど、神直々にお願いなんてされて、断れる訳がないじゃないか」

「そうね、貴方が納得するなら何も問題はないのよ。ただ、製作者の許可はケジメとして必要だから」

「ふふ、確かにそうね。心配しないで。村のアレも、ちゃんと力はあるわ。っていうか、あるに決まってるの」


 イシュタルの意味深な台詞に、ゾーンは眉を寄せた。


「そりゃ、どういう」


 しかしイシュタルはその問いには答えず、神像を受け取ると身を翻した。


「さ、マスター急ぐわよ」


 イシュタルが、自身の神像も袋に詰めた。

 やり残した事と言えば……。


「主様、私は如何いたしましょうか」


 そう、ここに残る事になる、シュテルンをどうするかだ。

 このまま、飛んでダンジョンに向かってもらうか。

 単独飛行ならば、進化前のウノが走るよりも速く、到着出来るだろう。

 そんな事を考えていると、バステトが猫耳を揺らした。


「てるんは博物館の屋上に向かうのにゃ。あっちでウチキと話の続きをするのにゃよ」

「そうか、あっちにも神像はあったな。シュテルン頼む」

「はい、頼まれました」


 準備は出来た。

 これで後はもう発つだけだ。

 ウノは、ゾーンに手を伸ばした。


「じゃあ、短い間だけど世話になった。村に戻ったら、ウチにも来てくれ。歓迎する」


 その手を、ゾーンが握り返す。


「あ、ああ……気をつけてな」

「本当に、そろそろあっちに戻ろうかしら……」


 頬に手を当て、エルタは呟いていた。




 ウノは、ダンジョンのある方角に視線を向ける。

 部屋の壁があるが、この次元における物理的な制約は今のウノにはまったく意味がない。

 湿気の混じったダンジョンの臭いを探り、視力を強める。

 壁を突き抜け、城下町の町並みを突破し、街道といくつかの村を貫き、見覚えのあるテノエマ村に到着と同時に出、森の奥のダンジョン、さらにその最奥にある下層、台形の祭壇が()()()

 目的地はそこだ。

 見えたのなら、()()()


「行くぞ」

「にゃあ」


 バステトが一声鳴く。

 ウノは、祭壇に向かって一歩踏み出した。

 そこに到る圧縮された風景を一気に貫き、その足が着いたのは馴染みのある祭壇の前だった。


「……あれ?」


 ただ、何だか微妙に違う。

 臭いは同じだが、血と汗の臭いがする。

 それに、周囲は無人。

 バステトの話では、今は祭の準備をしていたはずではないのか。

 ただ、大階段の方から喧噪は届いていた。


「中層が、騒々しいのかな」

「あら……ねえバステト。これ、ちょっと違うんじゃない?」

「にゃあー……」


 違和感を感じるウノの視界に、小さな何かが映った。

 直後、その何か――大階段から吹っ飛んできた甲冑の騎士が、祭壇の麓に激突した。


「おおおっ!?」

「にゃああっ!?」

「ちょっ!?」


 ギリギリで回避したウノ達の目の前でパラパラパラ……と石粉が舞い、破片が地面に転がっていく。


「お、おい……」

「くっ……」


 何と祭壇にめり込んでいた騎士は、普通に生きていた。

 兜を脱ぎ捨てた()()は、乱れた赤髪を振ると後ろに流した。

 額を切ったのか、頭からは一筋の血が流れている、というかその程度で済んでいるのが驚きだ。

 いや、ウノの衝撃はそれ以上だ。

 彼女の見覚えのある顔に、思わずウノは叫び声を上げた。


「ユリン!?」


 ユリンはウノを見ると、怪訝な顔をした。

 まったく知らない人間を見る、視線だった。


「敵……ではないな。見ない顔だが、何故ここにいる? 撤退指示は出ていたはずだぞ? あと、人違いだ」

「ぶひぃ!!」

「エクエス、無事ですか!?」


 新たな声を共に、階段を駆け下りてきたのは血まみれのオークに背負われた、一〇代半ばぐらいのいかにも高貴な空気を纏った少女だ。


「問題ありません、お嬢様」


 ユリンの顔をしたエクエスという女性は、少女に対して跪いた。

 ウノはその光景を長めながら、バステトに問いかける。


「なあ、神様。ここってまさか……」

「にゃあ、ウノっちの想像通りなのにゃ。――ここは、三〇〇年前の祭壇なのにゃ」

 以下、没にしたバステトとイシュタルの会話。


「アフロディーテ? 薔薇のにゃ」

「それは関係ない」


 ……カミムスビに関しては、登場した時に説明入れるべきだったかと今更ながらに思います。

 というかこれ(神道)の概念とか、何度も読み返し、自分なりに噛み砕きました。


 過去編は、短めの予定でお届けします。

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