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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
104/140

バステトとの合流

 鍛冶屋の作業場前。


「つまり、敵が攻めてきた。数は四体、それも強鬼(ハイ・オーガ)……勝てるのか、それ?」


 ウノは、バステトからダンジョンの状況を神託で聞き、一瞬途方に暮れた。

 数時間前、ロイと話した時は、思ったよりも状況は悪いという話をしていたが、それどころか現在進行形でヤバい。

 ウノとしては怪我人なんて出て欲しくないし、これが『敵』が騎士団を引き込む口実である事ぐらい、バステトの説明無しでも分かるというモノだ。

 何より、今のダンジョンの面子で四体の強鬼(ハイ・オーガ)……深層のオーガですら逃げ出すモンスター相手に、賞賛があるのかどうか。


 ――んー、微妙な所にゃあ。ユリンは鉄板にゃけど、それでも一体にゃ。まあ後の戦力は、ラファルの両親、ゴブリンズと他ゴブリン、コボルト、オーク、逃げてきたオーガ数体、イーリスってトコだけど。


 バステトの神託に、ウノは唸る。

 そして、シュテルンを見た。


「正直、厳しいですね」

「五分と五分……いや、うん、微妙だな、確かに」


 どちらかといえば、分は悪い。

 通常のオーガですら、攻撃力と速度は圧倒的だし、生半可な武器ではかすり傷一つつかない。

 その上位種となると……ウノでも勝てるかどうか。


 ――少なくとも、他の連中よりは有利にゃ。

 あと、コボルト達も頼りになるにゃ。次点で、ラファル達かにゃあ。


「……基準は犬か?」


 何で強鬼に犬が相性がいいのか、いまいちウノにはピンと来ない。


「とはいえ、主様がここからどれだけ急いでも、おそらく一日は掛かるかと」


 シュテルンのいう通り、休みなくぶっ通しで走れば、それぐらいでダンジョンに戻る事は出来るだろう。

 だが、それはそれで問題はある。


「それやったら、スタミナなくなって、向こうで使い物にならないだろ、俺」


 生き物である限り、疲労はする。

 自明の理であった。

 そんな話をしていると、作業場の扉が開いて、汗だくになったゾーンが姿を現した。

 上半身は裸で、女性が見たらその無駄なまでの色気に卒倒する事間違いなしである。


「お前達は何ボソボソと内緒話をしているんだ?」

「あ、終わったのか?」

「ああ、突貫作業だが何とか、完成した。ちゃんとメッキ加工もしておいたぞ」


 スライムのマルモチで型を取り、そこから作られた神像は金色に輝いていた。

 形としては猫耳の生えた細長い女性像で……バステトにちゃんと似ていた。

 そしてちゃんとした神像が完成したという事は。


「にゃあ、ありがたい話だにゃあ!!」


 ゾーンを見上げるように、バステトが出現していた。


「うおっ!? 何だこいつどこから現れた!?」


 そうだろうなあ、驚くよなあ。

 この手の反応が、やけに新鮮に感じられるウノであった。


「にゃあにゃあ、細かい事を気にしちゃ駄目なのにゃ。もうじき、イシュタルも来るのにゃ」

「へ?」


 イシュタルが何で? と尋ね返す前に、ウノの後ろの扉が勢いよく開いた。

 アパートにいたはずの、ゾーンの母親エルタが、肩で息をしていた。

 その腕には、愛の神エスタルの神像を抱えている。


「ゾ、ゾーン! ちょっと大変! 神像から、女の子が出現したの! ……って、どうして土下座してるの!?」

「わ、分からない……が、その子、いや、その方から抗い難い力が……」


 エルタの手前には、黄金色の髪に獅子の耳と尻尾を持った幼女が威風堂々とした態度で立っていた。

 彼女、すなわちイシュタルの威光に、ゾーンは平伏していた。


「っと、悪かったわね。ちょっと抑えるわ」


 イシュタルの不可視の圧力が消え、ゾーンが顔を上げる。

 その彼を、エルタが不安げに気遣っている。


「さて、他に力になれそうなのは、カミムスビだけど、あの子にこれ以上の負担はきついわね」

「二柱もいれば充分にゃあ。さて、そちらの二人に事情を簡単に説明するにゃ」


 バステトとイシュタルは、まだ混乱しているエルタとゾーンの親子に話した。

 ダンジョンの現状と、自分達がカミムスビとは異なる神である事。

 エルタは半信半疑かもしれないが、ゾーン自身は身を以て理解をしたはずとも。

 二柱がそれぞれ、神像を経由して出現したのだ。


「つ、つまり……二人は本物の神って事?」


 今度は別の意味で動揺しだしたエルタに、バステトが頷く。


「にゃあ。テノエマ村の向こうにある森のダンジョン『邪教神殿の洞窟』の主、バストことバステトなのにゃ。まあ、騎士団に滅ぼされちゃって邪神扱いされちゃったけど、実際には……ん、んー?」

「そこで首捻ったら駄目だろ!? 相手が不安になってるじゃないか!?」

「にゃー、やっぱりウノっちのツッコミは、一番しっくりくるにゃあ。とにかく無害だから安心するのにゃ」

「無害……?」


 鳥類にはあるまじき何とも言えない表情で、シュテルンが怯んだ。


「やめろシュテルン。そこに突っ込むとますます収拾がつかなくなる」

「そしてアタシは愛の神であり軍神でもあるイシュタル。またはエスタルとも呼ばれているわね。ゾーン、貴方の先祖が崇めていた神よ」


 一旦はへたり込んでいたゾーンが、再び跪いて頭を下げる。


「はっ……! って、何か跪いてるし、俺……!」


 一方、エルタはイシュタルの影響を受けている様子はあまりない。

 息子への影響に脅威を感じてはいるようだが、畏怖とは違う種類のようだ。


「お姉さんの方は、カミムスビの信者みたいね」

「まあ」


 こんな時だというのに、イシュタルの言葉にエルタは嬉しそうだ。


「母だ」


 ゾーンが、イシュタルの認識を修正する。


「そう。カミムスビは『邪教神殿の洞窟』にいるわ。テノエマ村に戻ったら、一度来てみたら。美容にいい温泉もあるわよ」

「それは、興味深いですね」


 美容という単語に、エルタが食いついた。

 それどころではないと、ウノが間に割って入る。


「いや、イシュタル。営業してないで」

「ああ、そうそう。状況的には強鬼四体を一気に相手にするのは、ちょっと分が悪いわ。数だけはこっちが圧倒してるけど、質的には微妙な所だからね」


 さすが軍神だけあって、イシュタルの分析は的確だった。

 ダンジョンの敗北条件は、下層の祭壇の破壊だ。

 ここを壊されると、バステト達の姿は消え、また騎士団を防ぐ事も出来なくなってしまう。

 強鬼達に一気に押し寄せられると、防ぎきれるかどうか、怪しい。


「だから、ダンジョン内で分散させ、各個撃破を狙う。そこまではいいんだけど、どうしても手が足りないわ」

「ネックはそこか」

「そ。だから、あのダンジョンで一番強い戦力を呼び戻す必要がある」


 イシュタルが、ウノを指差した。


「つまり貴方ね」


 そうは言っても、どうしても距離の問題がある。

 ここからダンジョンまでを短時間で、移動するとなると……。


「召喚術とか使うのか?」

「にゃあ、それが出来れば一番にゃけど、ウノっちはウチキの使い魔じゃないし使えないのにゃ。だから別の方法を使うのにゃ。下準備はもう、出来上がってるしにゃ」

「下準備?」


 そんなモノあったっけ? とウノには心当たりがなかった。


「にゃあ、黒山羊の串焼き肉食べたのにゃ。お祭りでも出す予定でいっぱい焼いてあるのにゃ……それはさておき、ウチキがこの姿になった時の事を憶えているにゃ?」

「んー、マルモチとエルモで灯りを作った時だっけ。進化……だったか?」


 それまでは黒猫だったバステトが、ダンジョンの発展と共に進化をした。


「そうにゃ。それを、ウチキがウノっちに施すのにゃ。ウチキは初めて会った時に、こう言ったにゃ。信者になったら、ウノっちに超すごい能力を与えられるのにゃ」


 確かにバステトは、そんな事を言っていた。




『例えばウノっちなら、相手の臭いさえ分かれば、時間だろうと次元だろうと無視して永久に追い続けられるにゃ。丸っこい空間に隠れてない限り、絶対追い詰めちゃうにゃ』




「アレか」

「そう。進化名――『ティンダロス』にゃ」

 ちなみに進化には代償もありますが、それは次回にて。

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