【バレンタイン番外編1】可愛い可愛い小リス令嬢
バレンタイン。この世界のこの国では、男女関係なく家族や恋人など愛する人や大切な人へお菓子や花などを送る日だ。この日、ヴィオラはキールへ送るケーキを作っていた。
(キール様と一緒に食べるケーキで、まだチョコケーキは作ってなかったはず。喜んでくださるといいな)
ヴィオラは魔力が枯渇し、食べ物を食べていないと体が瘦せ細り、そのままにしておくと死んでしまう。そのため、魔力が膨大で魔力放出という暴走を起こしてしまうキールと婚約、結婚することになった。キールと結婚する前から自分で食べる用のケーキやお菓子を作っていたが、キールと結婚してからもたまに作っており、ヴィオラがお菓子を作るとキールが一緒に食べたいと言って一緒に食べていた。
厨房に広がる甘いチョコの香りがヴィオラの鼻先をくすぐる。整えた生地に溶かしたチョコをかけ、側面を丁寧にパレットナイフで整えると、最後に金箔を飾った。ケーキの横に添えるための生クリームもしっかり準備しておく。
(できた!自分で言うのもなんだけど、とっても美味しそう!キール様のお口にあうといいのだけど)
ヴィオラは頬を少し赤らめて、ケーキをゆっくりと大切そうに冷蔵庫へしまった。
キールが任務から帰宅し、夕食の時間になって二人はダイニングに揃っていた。執事がキールの元へ食事を運び、キールへ話しかける。
「旦那様、本日は旦那様宛にたくさんのプレゼントやお菓子が届いておりましたが、事前に言われた通り、全て送り主へ戻すように手配しました」
「ああ、それでいい。俺はヴィオラ以外の女性から送りものを受け取るつもりはない」
執事とキールの会話を聞きながら、ヴィオラはきょとんとして二人を見つめる。どうやら、昼間ヴィオラがいそいそとケーキ作りをしている間に、そんなことが起こっていたようだ。
ヴィオラと婚約、そして結婚してからキールの評判がぐんと上がっている。いつも真顔で近寄りがたいキールがヴィオラにだけは甘く優しい表情を向けヴィオラを一途に愛する姿に、いけないと思いつつ横恋慕するご令嬢も増えているようだ。一方的にキールへ思いを寄せ、バレンタインという日にプレゼントやお菓子を送りつけてきたのだった。
(それもそうよね、キール様、とても素敵でかっこいいもの……!)
キールへ思いを寄せてしまう他の令嬢の気持ちはよくわかると思うヴィオラだが、その反面、なんだか心の奥がしょぼんとした少し悲しい気持ちになっている。
(こんな素敵なキール様の側に、私みたいな女がいて、納得しない方もきっといらっしゃるわよね……)
命を維持するためとはいえ、両頬を食べ物でいっぱいにしてひたすら食べ物を食べ続けるヴィオラを小ばかにしたように小リス令嬢というあだ名がつけられ、家族からも嫌がられていた。
キールと一緒になってからは昔ほど食べ続けなければいけないことはなくなったが、それでも他の人よりは明らかに食べ物を摂取する回数が多い。
こんな食費のかかる小リス令嬢より、美しくて才があるご令嬢はたくさんいるのだ。そんな人たちがキールの相手が小リス令嬢で納得するわけがない、そう思ってしまう。
「ヴィオラ?どうかしたのか?」
「へえっ!?いえ、な、なんでもありません!」
キールに声をかけられて、ヴィオラは思わず首をブンブンと大きく振る。キールに心配をかけまいとして無理に明るく振るまおうとするヴィオラをキールはジッと見つめる。
「ヴィオラ、何か勝手に気にしているようだが、俺はヴィオラだから一緒になった。ヴィオラだから一緒にいるんだ。他の誰でもないし、他の誰でも駄目だ。だから気にすることなんてない。俺にとってヴィオラは食べ物を美味しそうに頬張る、愛らしくて可愛らしい大切な奥さんだ。何も気にせず、ヴィオラはヴィオラらしくいればいい。そんなヴィオラが俺は好きなんだよ」
「キール様……!」
何も言わなくても、ヴィオラの落ち込んだような顔を見てキールはわかったのだろう。キールの言葉にヴィオラの胸は少しずつほわほわと暖かくなっていく。
「さあ、せっかくの料理が冷めてしまうぞ」
「そうですね、今日の料理もとっても美味しそうです!」
(こんな美味そうな料理の前で余計なことを考えるなんて、料理長にも失礼よね。料理を堪能しないと!)
目の前の料理を一口頬張ると、ヴィオラはその美味しさに頬を赤く染め、目を輝かせて満面の笑みを浮かべる。そんなヴィオラを見て、キールも嬉しそうに微笑んだ。




