表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/18

15

 ヴィオラがキールの屋敷に来てから半年が経った。キールはいつも忙しく、日中屋敷にいないことも多い。騎士なので遠征することもよくある。そのため屋敷にいるときは魔力放出を避けるためになるべくヴィオラの側にいて片時も離れないということがほとんどだ。この日も久々の休日ということでキールはヴィオラのそばにべったりだった。


「ヴィオラ、今日は二人で出かけよう」


 そう言ってヴィオラが連れてこられた場所は王都内にある上流貴族御用達の宝石店だった。


「これはこれはキール様、お待ちしておりました」

「今日はよろしく頼む」

「はい、お任せください。それでは奥様、こちらにどうぞ」


(奥様って、私はまだ婚約者なのだけど……それにこれは?)


 目の前にはさまざまなデザインの指輪がたくさん並んでいる。シンプルなものから派手なもの、美しい装飾が施されたものなどこんなにも種類があるのかとヴィオラは驚き眺める。


「ヴィオラ、どのデザインがいい?」

「えっ、私が選ぶのですか?」

「あぁ、そのために来た」


 キールの返事に戸惑いつつ、ヴィオラは促されるまま指輪をじっくりと眺めた。そして、一つの指輪に目が止まる。それは細めのリングに小ぶりの石が二つ流れ星のように並んだ指輪だった。


(シンプルだけど石の場所がお洒落で素敵だわ。石の大きさも邪魔にならない大きさだし)


 じっとヴィオラが眺めていると、店長がニコニコと笑顔で指輪を差し出す。


「こちらお気に召しましたか?」

「え、あ、はい。とても素敵です」


 ヴィオラが控えめにそう言うと、キールはヴィオラを見て言った。


「気に入ったのならこれにしよう。店長、これに俺と彼女の瞳の色の石をつけてくれ」

「かしこまりました、すぐに装着してきますのでお待ちください」


 そう言って店長はいそいそと店内の奥へ下がっていった。ヴィオラはキョトンとしながらそれを眺め、キールを見上げる。キールと目が合うと、キールの瞳は長めの前髪の間からじっとヴィオラを見つめている。


(えっと、これは一体……?)


 この国では特別な相手に自分の瞳と相手の瞳の色の石を付けたアクセサリーを送る風習がある。しかも指輪の場合、愛を告げる意味も込められているのだ。いくら色恋に疎いヴィオラとはいえ、それくらいの知識は持っている。


「あの、なぜキール様は私に指輪を……?」


 ヴィオラの問いにキールが答えようとした時、店の奥から店長が戻ってきた。


「出来上がりました、キール様ご確認ください」


 箱に入った指輪を見せ、キールがそれを確認する。そしてほんの少し微笑むとキールは力強く頷いた。


「ありがとう、これをいただく」

「こちらこそありがとうございます!末永くお幸せに」


 店長は嬉しそうにヴィオラへそう言うと、ヴィオラは戸惑いながらキールを見上げる。見上げた先のキールの顔はヴィオラをとてつもなく愛おしいものを見るような瞳で見つめていて、思わずヴィオラは顔を真っ赤にする。そんなヴィオラを見てキールはさらに嬉しそうに微笑み、そんな二人を見ながら宝石店の店長はニコニコと満面の笑みを浮かべていた。



 宝石店からの帰りの馬車の中ではいつものようにヴィオラのむかいに座るキールの長い足がヴィオラの足を包み込むような形になっている。最初は驚いたが、今では当たり前の光景だ。


 目の前のキールは窓の外を眺めながら無言だ。いつもはヴィオラをじっと睨んでいたりヴィオラの菓子パンをもらってみたり、何かしらヴィオラに絡んでくるのだが今日はそれがない。一体どうしたのだろうかとヴィオラは不安になる。

 昔ほど常に何かを食べなければいけないということはなくなったが、それでも緊張したりするとつい食べ物を口に含みたくなってしまう。いそいそとバスケットの中からクリームパンを取り出してもぐもぐと食べ始めた。


(あぁ、やっぱり美味しい。それにこうしていると落ち着く)


 嬉しそうに頬を膨らませもぐもぐと口を動かしていると、ふと視線を感じキールを見る。するとキールは宝石店で見せた表情のようにとても愛おしいものを見るような瞳でヴィオラを見つめていた。それに気づいてヴィオラの体温は一気に上がる。

 そんなヴィオラを見つめながら、キールはそっとヴィオラに手を伸ばす。キールの手がヴィオラの頬に伸びてきて、ヴィオラは少し縮こまって咄嗟に両目を瞑ってしまった。だがヴィオラはすぐに目を開くとキールと目が合う。そしてキールの手がゆっくりとヴィオラの口元を掠めた。


「クリーム、またついてたぞ」


 ふっ、と笑いながらキールは指についたクリームを舐める。その仕草は前に見た時のように色っぽく、ヴィオラはさらに体温が上昇してしまうのを自覚した。


「ヴィオラ、俺に触れられるのがそんなに怖いか?」


 顔が真っ赤になっているヴィオラを見つめながら、少し寂しげにキールが尋ねる。その顔は黒豹騎士と言われるような鋭い目つきではなく不安げだ。


「そ、そんなことはありません。ただ、慣れていないせいか緊張してしまって……キール様が嫌というわけでは決してありません!」


 ふんすと鼻息を荒くしてヴィオラが言うと、キールは思わずプッと吹き出し、声を上げて笑い出した。


「あー、すまない。ヴィオラは本当に見ていて飽きないな。不安になっていた自分が馬鹿らしくなったよ。……ヴィオラ、屋敷に戻ってから言おうと思っていたんだが、気が変わった」


 キールは真剣な眼差しをヴィオラへ向けると、先ほど宝石店で買った指輪を箱ごと取り出し、ヴィオラへ見せる。


「二人の瞳の色の宝石を付けた指輪の意味は知っているよな。初めは本当に契約結婚のつもりだった。君がただそばにいて魔力放出の発作を止めてくれればいい、君は君で魔力が枯渇しなくて済む、お互いに好条件だからと思っていたんだ。だが今は違う」


 キールはヴィオラをじっと見つめながら言葉を続ける。


「君と一緒に過ごすうちに、君自身に惹かれていった。大食いなところも、大食いだと周りから言われてもなお自分より俺を思ってくれることも、食べ物を幸せそうに食べる姿も、たまに照れて真っ赤になる顔も、控えめに見えてでもちゃんと自分の意思を持っているところも、知れば知るほど君に惹かれている。そして契約結婚ではなく、本当の意味で夫婦になりたい、一緒に生きていきたいとそう思うようになったんだ」


 キールの言葉にヴィオラは両目を見開きどんどん頬を赤く染めていく。


「ヴィオラのことが好きだ、愛している。どうか俺と結婚してください。契約結婚ではない、本当の結婚相手として俺を選んでほしい」


 長めの前髪から見えるキールの瞳は真剣で、でもいつものように恐ろしいわけではない。その真剣な瞳はキラキラと輝き、吸い込まれそうなほど美しい。そしてそんなキールの瞳を見つめながら、ヴィオラは考えるより先に口を開いていた。


「……私も、キール様のことが好きです。キール様のそばにずっと一緒にいたいです、それに本当の夫婦になれたら嬉しいです」


 そう言ってからすぐに自分が言った内容にハッとする。驚いた顔になるヴィオラを見てキールはまた声を上げて笑った。


「ヴィオラは本当に面白いな。でもそれが本心なら嬉しい」


 そう言って箱から指輪を取り出し、ヴィオラの左手をとって薬指に指輪をはめる。指輪はピッタリと薬指に収まった。


「すごい、どうしてこんなにピッタリなんでしょう……」

「ヴィオラの指のサイズを測ることなんていつでもできる」


 ククク、と嬉しそうに笑いながらキールはヴィオラの頬に手を添えた。ヴィオラは一瞬驚いて身を縮めるが、すぐに元に戻った。


「キスしてもいいか?」


 真剣な眼差しのキールに、ヴィオラは胸がドキドキして仕方がない。めまいがしそうになるのを堪えながら、ヴィオラはゆっくりと頷いた。

 そんなヴィオラを見てキールは嬉しそうに目を細め、静かにヴィオラに顔を近づける。ヴィオラが思わず目を瞑ると、キールの唇がヴィオラの唇にそっと触れ、すぐに離れた。


「やっぱり匂いも味も甘いな」


 嬉しそうに笑いながらそう言うキールと一緒に、ヴィオラも嬉しそうに笑った。


「よし、今日の夕食は豪勢にするように料理長に伝えないとな。ヴィオラの好物をたくさん用意しよう」


 キールの言葉にヴィオラは豪勢な夕食を想像して両目を輝かせながら嬉しそうに微笑んだ。




 いつも無表情で笑うことがない黒づくめの黒豹騎士が、小さな小さなリスのような妻の前では表情を崩し溺愛していると巷で噂になるのはもう少し先のことだ。そして黒豹騎士と小リス令嬢のカップルは社交界でもお似合いの夫婦だと公認され、夫婦として憧れの視線を向けられることになる。










最後までお読みいただきありがとうございました!二人の恋の行方を楽しんでいただけましたら、感想やブックマーク、いいね、☆☆☆☆☆等で応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ