生意気な生徒
迷宮の魔物や風景はその階層を管理する守護者の存在や心象、属性が反映される。
11~20層が石造りであるのも20層の守護者がゴーレムや自動人形であるのもその為だ。
21層~29層が森や剣、闇がモチーフなのも黒いエルフの少女が30層の守護者だからだろう。
確かに、彼女は言っていた。
『――ボクの名前は【死神】偉大なる英雄アキラとカグヤの娘だよ。』
その言葉を裏付ける光景が目の前で繰り広げられていた。
30層の守護者の心象に多大な影響を受けているであろう二人の戦い
死神対戦女神
地上で繰り広げられたじゃれ合いでは済まない。
もはや、戦いではない。
世界もろとも焼き尽くし、滅ぼし合う天災がぶつかり合っていた。
そしてその光景を樹海の出口付近で伺う候補生たちは決断を迫られていた。
「思いがけもなく、素晴らしい戦いに居合わせましたね。」
――勉強になります。
その言葉に呆れるも、幾分か冷静さを取り戻す候補生一同。
確かに好機ではあった。
「しかし、あの二人が戦い合っているのは好都合だな。この間にずらかるか?」
ジークが撤退という選択肢を提示する。
アリシアが眼前の災害から視線を外さず、ジークの提案を信じられないと言っているが無視。
「ずらかるって何処へですか?」
撤退に賛成なのかフィオナが弓を握りながら続きを促す。
「夫婦喧嘩のほとぼりが収まるまで21層でキャンプをするか、街に繰り出して飲みにでもいけばいい。そろそろ酒場も空き始める時間だ。安息日の締めにはいい過ごし方だろう。」
その言葉に安堵する候補生。
確かに今回の安息日での迷宮探索は近々起きる魔物の活性化と武具大会に備えての自己鍛錬だ。
目標である23層は超え、最下層目前まで来たのだ。
「此方も何方に仕掛けるかどうかを決めようか?」
「ほう?」
ベルゼの好戦的な意見に候補生は固まるも一理あると考え出す。
実戦ならいざ知らずここは学園迷宮。
あの二人も本物程の強さはない。
レベルもこの迷宮に属する存在である以上、固定されているか自分達より僅かに上が関の山だろう。
ならばあの戦いも幻である可能性がある。
勇気を試す為の幻術なんてアキラが使いそうな手でもあった。
「という訳だけど、マグドレアはどう見る?」
そういって一同が夢現を看破できる『神眼』の少女を振り返ると。
「先輩の見立て通り、あの二人は守護者の具象化した記憶、幻です。」
その言葉に候補生の面々が一瞬、安堵するがアリシアの言葉で戦う選択肢が一同から消えた。
「つまり神眼を持つクレアをも惑わすほどの精神干渉という事だな?」
「―――っ!!」
アキラとカグヤの戦いの記憶から目を離さず、事態の深刻さを告げるアリシア。
そう、クレアの『神眼』は神羅万象をすべて看破する。
そのクレアの眼をも欺き、心を騙す程の精神干渉力を持つ幻だという事だ。
人間は思い込みで水を熱湯と勘違いして火傷を負ったという事例が少数だが存在する。
つまり強力な精神干渉はそれ程、危険なものであり、七英雄の攻撃を受ければ即死…良くて廃人と化す。
「その通りです。あの二人に勝つイメージを持つか精神干渉を防ぐスキルでも無いと突破できません。」
「――っち! 実体を持ったリーパーの方が未だやり易かったかもな。」
七英雄に傷をつけるという強力なイメージが無ければ攻撃は通らず。
向こうからの攻撃は受け放題。
正に攻撃を受けない霊体との闘いだ。
「幻を生み出している術者か魔法陣を見つけて破壊すればいいのですが……術者である守護者は先生の管理下…おそらく地上ですし、魔法陣は29層では無く、30層にある迷宮核でしょうね。」
事実上、攻略不可能な幻。
地下迷宮で鍛錬をしている時点で弱者である自分たちに七英雄を打倒するイメージは持てない。
挑めるのは同じ七英雄クラスのみだろう。
「仕方ない……一度撤退しよう。」
「ですね。本日の成果を考えれば引き時でしょう。」
「はぁ~景気づけにお肉が食べたいですね。」
「じゃあベル君のおごりで」
「何でだ!? 皆も素材とか換金すればいいだろ!」
「つか、リーパーはどこ行ったんだろ。」
「先生の所でしょう? 何か急用でもあったんでしょうか?」
「いや、おま……先輩方? 普通、先輩が奢るよね! 後輩に集らないよね!?」
「俺達、まだ学生、君、社会人兼学生。お分かり?」
「さて街にでるのも決まったし復路の魔物相手に、今日の復習と反省を兼ねていこうか。」
「行きがけというか、帰りの駄賃だな。」
「あ、聖剣や魔剣はどうする?」
「この階層の舞台装置なら持ち込みできないんじゃないか?」
「あ~やっぱ、そんなに世の中甘くないか。」
思い思いの言葉を残し、ゾロゾロ引き返す面々。
聊か不完全燃焼ではあったが本来の目的の自己鍛錬はできた。
狩猟祭、武具大会の参加者より経験という大きな差を付けることができたのだ。
30層の扉の前では幻とは到底思えない激戦が繰り広げられていたが意に返さず29層を去っていく。
ある意味、神経が太い面々だった。
やがてアリシアとクレアの二人だけが残った。
「シア先輩は打ち上げには参加しないんですか?」
「少し、送れるけど先に始めててください。 も、少し見学してから向かいます。」
一瞬、クレアの背筋が凍った。
幻の戦いを見ているとアキラが周囲の熱や魔力を吸収している最中だった。
これだけ離れているのに、効果が出ているという事は、それだけ自分の中でアキラは強大な存在だと思い込んでいるのだろうか?
困惑しつつ、クレアも地上へと帰っていった。
そして一人残った騎士は漸く、動き出した。
◆◆◆◆◆
---アリシア---
「さて…と」
戦いは終盤に入った。
クレア達が帰って暫くして回りの記憶の中魔の森は戦いの余波で消え去った。
森は灰燼となり、核はアキラの闇魔法に飲み込まれた。
荒野となった戦場で最後の攻撃を繰り出しあい、決着が付く。
アキラの手刀とカグヤの神刀が互いを貫いた。
何方も致命傷…つまりは相打ち。
だけど不死身である筈の両者の内、アキラだけが消えていく。
カグヤの体を貫いた片腕だけ残して燃えていく。
―――死んでいないと知っていながらも心が燃える。
精霊化を使わず、生身で、しかも単独で帝国の精鋭、五将軍、七英雄と戦ったからだ。
対してカグヤは精霊化を使って生き延びた。
アキラは徹底してカグヤに敗北感を植え付けるように立ち回ったのだ。
もし両者が共に精霊化を使って戦えば魔の森が
これが半年前の戦い。
自分たちの為に、命を投げ出し戦った自分の師の戦った記憶。
一騎打ちに持ち込み、常勝の戦女神を打ち負かした戦い。
帝国の快進撃を止め、現在の冷戦、大戦を止めた戦い。
悔しいのは当時、あの場所で戦いがあった事すら気づかなかった事。
……いえ戦いから遠ざけられ、仲間として見られなかった事でしょうか。
―――刀が発する蒼い焔で灰となって消えていく幻。
頭は冷静だが、体は炎の様に熱くなりながら前へ踏み出す。
地下迷宮に幻の雨が降り始める中、私は漸く半年前の戦場に参加する。
あの時、アキラが私を不要としたのは当然だ。
仮に私が同じくらいの強さを持っていたとしても肩を並べて戦えば、戦争は終わらず、より激化したと今なら理解できる。
あの戦いの結果があるから平和な今がある。
本物の師匠は生きて戻った。
だけど憎き敵は恋敵になっていた。
だから、これから行うのはただの八つ当たり。
教師の優しさも組めない生徒の八つ当たり。
決して恋人になれないバカな女の八つ当たり。
『ガリアの騎士ですか』
「いいえ。彼の生徒ですよ。」
幻でありながら、私の制服姿を見てガリアの騎士と認識し、受け答えをする幻。
本物と変わらない偽者だというのは間違いない様だ
本物でもこの様な受け答えをしたのだろう。
『そうですか…彼の……』
言葉を切り、自分の胸に突き刺さった腕を引き抜いていく幻。
その所作は間違いなく本物の其れと幻視させる。
私は既に術中にあり、私の記憶がそう受け答えさせているだけかも知れない。
故に、愛おしそうに自身の心を文字通り打ち抜いた腕を大事に抱えるこの恋敵が憎くて堪らない。
『それで? 共に戦わなかったのならば、師の意を汲めているでしょう?』
カグヤの記憶は、私が此処で戦いの一部始終を見ていたのを察していた。
その事実に違和感を感じるが、私の今、やることは、もう決まっている。
「いいえ、私は優等生ではありませんから。」
「では貴女は?」
剣を抜き放ち、構える。
今、この場において私は騎士ではない。
仲間を思いやる優等生な副会長でもない。
「只の生意気な生徒ですよ。」
立場も責任も無い、独り身になった生意気な私。
生意気な生徒の最強への八つ当たりが始まった。
「私が勝つ!!」
『きませい!!』
偽帝(・`ω・´)「いいでしょう!今度は木端微塵にしてあげます!あの人のように!」
シア(‘o’)アキラのことかー
天の声( ゜∀゜)「死亡フラグが立ちました。」
偽アキラ(゜Д゜;)「死んだふりしてるって言えない状況になってきた!?」
真アキラ(;・∀・)「また死亡フラグが増えた!! 何で!?」




