死神の愛娘
週一ペースで更新できたらいいなぁ
21階層は森だった。
「ち、地下なのに森が?…それに、この景色は……」
「成る程、此処からが本番という事でしょうね。」
彼女達が知る学園迷宮は石造りの遺跡、迷宮然としたダンジョンだ。
それは21階層から最下層まで変わらない。
石造り、石畳の一枚一枚に刻まれた攻撃魔法陣、治癒魔法陣、召喚魔法陣、転移魔法陣。
多種多様な魔法陣が仕掛けられた地下迷宮。
回廊にする事で魔法陣を刻み易く、罠や魔物を配置換えも容易に行われる。
フィオナは魔法陣の強化、配置換えが今回の調整だと想定していた。
しかし、ここまでの改造が施されるとは思えなかった。
額に同様が隠せない。
狩猟による森や山での生活に慣れているフィオナの感覚を持ってしても此処が地下迷宮とは思えなかった。
転移魔法で迷宮の外に放り出されたと言われたほうが未だ納得がいく。
「……フィオナ、落ち着いて…森での戦いは貴女の出番でしょう?」
「え、ええ。」
「棒立ちではいい的です。手早く索敵を。」
「任せて。」
アリシアの鎧でくぐもった声にフィオナは冷静さを取り戻す。
この迷宮を設計したのは自分たちの担任だ。
常識人ぶっていて常識を足蹴にし世界の理から外れ、裏をかく詐欺師じみた男だ。
これくらいの非常識などガリア、王立学園内では常識の範疇だろう。
「索敵、始めます。」
「ええ、警戒は私が。」
フィオナは鍛えられた五感全てを駆使して索敵を行う。
しかし、森という場に置いては狩猟民族の出であるフィオナが勝る。
そして暗殺者、近衛騎士であるアリシアは殺気を捉える警戒心、危機察知能力が高い。
フィオナは弦を引き絞りながら五感で索敵を始める。
舞い落ちる葉の数、森の匂い、温湿度、川の音、生物の息遣い、前のアリシアの気配。
その全て感じ取る。
アリシアは迷宮独特の魔力、自分たちに向けられる殺気、敵意、害意といった気を探っていく。
気を探る一方、剣を鞘に納め、腰に携え即座に攻撃に移れる様に居合に構え直す。
魔物の存在が感じとれない。
森に生息する魔物が気配を隠しているのとも思ったが此処には魔物や罠を起動する魔法陣が無い。
魔法陣も帰還用の治癒と転移魔法陣のみ。
空気は濃いだけ。
生物はいる。
しかし、それは魚が川か池で跳ねる水音、虫の羽音、鳥の鳴き声がするだけ。
森である21階層の環境を維持するために使われている。
土の魔法陣で地形と植物の恵みを与えている。
水の魔法陣で川や池を作り。
風の魔法陣で空気を調整。
火の魔法陣で陽を擬似的に生み出す。
治癒魔法陣で薬草を始めとした植物を育てている。
閉じられた空間でありながら自然同様、命と魔力が循環している。
しかし何処か歪な空間。
言うなれば作られた自然では無い魔の森。
休憩所か鍛錬する為の場だと自分の経験、知識が答えを出す。
アリシアも殺気の類は感じ取れない。
迷宮の製作者であるアキラの悪巫山戯は感じ取れるが、殺気には届かない。
魔物特有の殺気も感じ取れない。
「不自然な森です。……ですが罠の類は無いようです。休憩所か補給所と思われます。」
その言葉にアリシアは驚愕する。
「……馬鹿な、世界は明日滅ぶのですか?」
あり得ない。
落とし穴や不意打ち、朝駆け、夜襲、弱点を打つなど基本戦術として扱うあの師匠が……あり得ない。
森なら底なし沼、落とし穴を大量に仕掛ける筈だ。
空を模した天井から、土砂降りの雨を降らすか、毒虫、蛙を降らす位はする男。
その男の名はアキラ。
自分の尊敬すべき師匠である。
「本当に尊敬してます?」
「師匠の辞書には悪巧み、悪巫山戯、不意打ちの単語は太文字で記入され、色事関連の単語には全てチェックが入ってます。」
当然、正々堂々という単語が除外されているのは言うまでもない。
「それって唯の卑怯なスケベ野郎じゃないですか。やっぱり軽蔑してますよね?」
「……そして彼の辞書には油断大敵という単語のページには付箋が貼られるほどです。油断せずにいきましょう。」
「間がありましたね。」
「ありません。唯の卑怯者を尊敬するほど私は盲目ではありません。」
ただ、級友の感知能力は信頼できる。
そして師匠の教育方針も信用している。
彼の出す課題は難解ではあれど解答は必ず用意されている。
そしてこの迷宮は授業の一環であるならば、学ぶべき事がこの階層にはある。
21~30階層は恐らく森林が続く。
しかしこの階層には魔物はいない。
森での薬草や食物、水の補給の仕方?
野営の仕方?
しかしそれなら浅い層に設置する筈。
20層を超えたレベルの学生に今更、そんな事を教える筈がない。
何か、何か見落としている。
そう、ここは森。
森なのだ。
人間の手によって整えられた不自然で歪な森だ。
そんな不自然な迷宮が、嘗てガリアには存在した。
そしてこの迷宮が手を加えられた時期とその迷宮が消失した時期が一致する。
フィオナはその迷宮を狩場としていた。
アリシアはその迷宮前の砦に駐在した事があった。
故に、直ぐ答えにたどり着く。
「やはり、この場所は。」
「ええ、この不自然さ、間違いありません。」
――そう、魔の森だよ。
会話に紛れるように、木々がそよ風に揺れた音と重なるように声が響き――
二人の間に王立学園の制服を纏った何かが出現した。
「「―――!!」」
二人は弾かれたように左右に距離を取る。
あり得ない。
自分たちの警戒網に掛からずに入り込めるなんてあり得ない。
フィオナは再度、弓の有効射程距離まで離れ、
アリシアは剣の間合いまで離れ声の主へと視線を向ける。
「ふふふ、怖がらなくてもいいよ?この迷宮では生徒は殺さない。そういう契約だから。」
王立学園の制服を纏ったエルフ耳の少女。
21階層に三人目の少女が突如、出現したのだ。
二人の間に、何の前触れもなく、現れていたのだ。
二人の索敵と警戒。
狩人と暗殺者。
魔弓の射程と魔剣の間合いをくぐり抜けて現れていた。
王立学園でもトップラクスの実力を誇る二人を凌駕する実力であるのは想像に難くない。
そして条件反射ともなった解析、鑑定眼が少女たちの網膜に突如現れたエルフの情報を表示する。
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称号 死神
役職 魔の森の守護者
練度 壱百五拾
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守護者。
迷宮のボス。
そして魔の森の守護者という事は30階層の守護者。
何より死神という称号が彼女の存在を際立たせている。
「あ、もしかして今、ボクのプライバシーってば侵害されてます~?」
「そんな事しなくても教えてあげるのに自己紹介でもしようか~?」
「100人どころか、会う人会う人に自己紹介するほどボクは律儀じゃないからこれは貴重な体験だよ。質問も先着10名様にだけ答えてあげるよ~♪」
巫山戯た態度、隙だらけに見えて全く隙が無い立ち振舞。
何処かで聞いた緩やか且つ間延びした口調。
腰には革拵えの鞘に収めた短い魔剣。
全てに覚えがある。
レベルは150
冒険者でいうBランクの強さ。
決して強いレベル評価では無い。
魔力も霊力のさして感じない。
脅威を感じ取れない。
だからこそ怖い。
攻撃態勢に入っていたのに、攻撃出来ない。
油断していなかったにも関わらず、いきなり間合いの内側に出現した。
動揺が隠せない。
レベル150の強さを持つという事は技量や装備次第で奇跡的な確率で臨界者に届く牙を備える強さを持つ。
加えてこの階層の守護者がいきなり脈絡もなく現れる。
迷宮の守護者が無作為に現れるという迷宮の前提を覆す異常事態。
少なくてもフィオナはそうだった。
故に現呼吸という精神を安定化させるスキルを習得しているアリシアが話しかける。
「では私から。」
「ふふふ、どうぞ?」
アリシアは冷静だった。
冷静だったが故に、彼女の正体の確認をとった。
「貴女の親は誰ですか?」
声は震えていた。
訊いたのは死神という称号でも、迷宮の守護者でも、練度の事でもない。
彼女の出自だ。
エルフ特有の華奢な少女。
しかしその髪と瞳の色は漆黒。
雰囲気や口調、物腰、そして自分たちの感知能力を上回る気配遮断能力。
魔力、霊力は自然に溶け込むような滑らかさ。
これらの特徴がアリシアのよく知る人物を幻視させた。
認めたくない。
自分の尊敬すべき且つ、仄かな恋心を持つ男とは無関係であって欲しい。
しかし、少女は同性でも見惚れる様な笑顔で答えた。
答えてしまった。
「――ボクの名前は【死神】偉大なる英雄アキラとカグヤの娘だよ。」
その言葉を合図に、死神の愛娘と死神の弟子たちとの死闘が始まった。
アキラの死亡フラグ数 2→8




