第93話、小手先の魔法
魔法やそれに類する力を発揮する場合、必要となるのは魔力だ。
ソフィアが魔法を使えない理由は、自身の魔力を思った通りにコントロールできないのが原因だ。
何者かはわからないが、ソフィアに魔力を制御できない呪いをかけた者がいる。現状、その呪いは解けない。
だが、魔力をコントロールできない=魔力が遮断されているわけではない、ということで、何とか騙くらかして魔法を使っていこう、というのがミストの教育方針だった。
「ドラゴンブレスは、体内の魔力を口から吐き出す」
霧竜であるミストが、美少女姿のまま、息を大きく吸う仕草をとった。
「この時、肺の中の空気にも魔力が含まれているわけだけど、それを吐き出すとどうなるかしら?」
「……魔力が、外に出る?」
ソフィアが怪訝そうに言えば、ミストがビシッと指さした。
「正解よ! つまり、あなたは自分で魔力を制御できないけれど、ふだんの呼吸に含まれている魔力は、そのまま取り入れたり吐き出したりしているわけ。だからぁ――」
ミストが指先を口に近づけ、息を吹きかけると、その指先からまるでライターのような火が数秒間、発生した。
「おお!」
「いまのは大したことないけれど、これもひとつの魔法よ」
これに練り込んだ魔力を加えたのが、あの超強力なドラゴンブレスである。さすがドラゴンならではの発想だ。
「これの応用で、あなたの体液――たとえば唾や血も、魔力を含まれているから、それを敵に向けて飛ばすことで、投射系の魔法も使えるわ」
唾、と聞いて微妙な顔をするソフィア。ソウヤは血と聞いて、そういえばドラゴンの血液には魔力が豊富に含まれていたことを思い出す。
ソフィアも、魔力が強いらしいから、たとえば指先にちょっと傷をつけて、流れた血を触媒に術を使う忍者めいた魔法もできるのでは、と想像した。
そこで、ふと思う。
「なあ、ミスト。ソフィアは魔法はコントロールできないけどさあ、魔法を発動させるのも魔力のコントロールじゃねえの? それはできるの?」
「魔法の発動に必要な命令は届いているのよ。だから、ソフィアは魔法が使えないというのは、実は正しくないの」
ミストは、自身の指先を向けた。
「魔法は使える。でも制御できないために、たとえば指先にある魔力しか発動しない。周りから見たら、発動したの?っていうレベルの一瞬で消えちゃうから、使えないように見える、っていうわけ」
魔力を数字で考えた場合、一般の魔法で10の魔力が必要なのに、0.1しか使えません、ということらしい。ある意味、使えていないというのも間違っていない。
で、この0.1に無理矢理、魔力を集めて使おうというのが、ミストの指導である。息を吹きかけたり、血を使おうというのがそれだ。
むろん、普通に魔法が使える人間にとっては、そんな面倒をしなくてもできるわけだから、色々工夫を強いられていることにはなる。
「魔法が使えるのはうれしいけど……」
ソフィアが、渋い顔になる。
「そのたびに、傷つけて血を出すのは、なんか嫌」
痛いし、肌に傷をつけるのは――と、よくよく考えれば、ごもっともな意見である。
それに対して、ミストは「そうねぇ」と呟く。
「てっとり早いのは、魔力を通せば発動する魔法武器や魔道具を使うことよね」
魔力を他から拝借して魔法を使う、と言う点では、まさにそれだ。
そこへ、買い物荷物を片付けたセイジが顔を覗かせた。
「でも、そういう魔法関係の武器とか道具って、お高いですよね?」
冒険者たちでさえ、魔法武器や防具を持つ者はベテランか上位ランクの一部である。ソウヤも、勇者時代に仲間たちの装備も含めて、聖剣その他魔法武器などを見てきたが、とても貴重なものだと聞かされた。
「ふうん、人間社会だと結構、値が張るものなのね」
などとミストは、意外そうな反応を見せた。人間社会の金銭感覚には少々疎いのは仕方がない。
……とはいえ、ソウヤ自身、根っからこの世界の住人ではないので、意外なものが高かったり、逆に安かったりと驚くことも少なくない。
「でも、ソウヤ。ワタシがあげた戦利品の中に、そういう魔法武器も少なからずあったと思うけれど」
「戦利品……? あ」
ミストと会った霧の谷、その彼女の寝床でもらってきたお宝。霧の谷に迷い込んだ者たちの落とし物や、ミストドラゴンに挑み、敗れていった者たちの遺品など。
上級のドラゴンのいる谷に入るような物好きである。その装備品も上級装備で固めていた例が多い。そしてソウヤは、ミストからそれまで拾った戦利品を譲り受けていたのだ。
いきなり魔法武具を商品にすると目をつけられそうで、それらを出すのを控えていたら忘れてしまっていた。
アイテムボックスに保存されていたそれを、ソウヤは引っ張り出す。
剣や槍、斧、杖などが、どんどん出てくる。あの時は、霧のせいで全体が把握しにくかった上に、とりあえず回収しておけということでアイテムボックスに詰め込んだ。だから細部をよく見ていなかったので、改めて、ひとつひとつ確かめていく。
「これはミスリル製か」
魔法銀とも呼ばれる軽量、かつ魔力を多量に含んだ鉱石から作られた武器だ。さすがドラゴンに挑んだ者たちの装備。これを全部処理すれば、それだけで一財産築けるくらいの値がつきそうだ。
ミストは、とくに感想もなくそれを見ていたが、セイジは物を間近に見て、手にとったりした。
「いいなぁ、これ」
魔法金属製のショートソードを手にして、惚れ惚れと眺めるセイジ。ソウヤは言った。
「拾いものだからな。気にいったものがあったら使っていいぞ」
「いいんですか! やった!」
素直に喜ぶセイジ。魔法武器を持つのは冒険者としては一種のステータス。上級冒険者に憧れを持つセイジのテンションが上がるのは無理もない。
ソフィアが瞑想を切り上げて、武器を広げるソウヤのもとにやってきた。
「師匠、わたしも見ていい?」
「いいわよ、別に。でも、まずは段階的に魔法を覚えるのが先になるけれどね」
今のままなら、魔法武器の助けを借りても駄目だと暗に滲ませる。
「そもそも、魔法武器と言っても、発動にはパターンがあるわ。合わないものだったら、いくら持っても魔法は使えないからね」
「う……」
心当たりがあったのか、ソフィアは言葉に詰まった。そこでミストが一本の剣を取った。
「でもそうね、予め魔法が刻まれている魔法武器なら、あなたでも魔法が使えるでしょうよ。もちろん固定だから、自由に使えるわけじゃないんだけど」
彼女は、剣身に刻まれた文字を指さした。
「これが魔法文字よ。これに魔力を触れさせれば、選べないけどあなたでも魔法は使えると思うわ」




