第85話、化け物と追っ手
立ち去ることを勧める――この得体の知れない裸青年の言葉に、ミストが胡乱げな目を向ける。
「まっ、なんて恩知らずな言い草。少しは感謝くらいしたらどうなの?」
「……」
「いいんだ、ミスト」
こちらが勝手にやったことだ。青年にとっては迷惑だった、ただそれだけのことだ。
「何か事情があるようだな。それはそれでいい。ところで周りの死体は、あんたの仲間か?」
「知らないほうがいい」
美形青年は答えた。ソウヤの貸したマントで下半身は守られているが、上半身は裸なので、どこかシュールではある。
「知らないほうがいい、か」
益々、訳ありのニオイがプンプンしている。
素直に仲間と言えないところからして、周りの死体は味方どころか敵だった可能性が高い。
人間離れした力で引き裂かれた死体を量産したのは、この青年なのかもしれない。……とても、そんな力があるようには見えないが。
戦ったとしても、彼には武器がない。それどころか衣服ひとつ身につけていない始末。わけがわからない。
新手の変質者、ではないだろう。見せつけ野郎だったら、ミストやソフィアがいる時点でやっているだろうし、それをしていないところからしても、服がないのは何らかのトラブルの結果だと思いたい。……裸族ではないだろう。
「一応、街道に死体が散乱しているのは、今後通る人間のことを考えれば処理をしておくべきなんだが……」
「……」
「疫病の原因になるのはまずい」
「……わかった。俺が処理をしておく。あんたたちは、もう行け」
やはり淡々と彼は言うのである。怒るでもなく、しかしどこか急かすような雰囲気だ。
――オレたちを早く立ち去らせたい? 何故だ。
危険が迫っている、とでもいうのか。……味方ではない死体。つまりそいつらの仲間が迫っているということか。
「ソウヤ」
ミストが林の奥へと視線を向けている。
「何かこっちへ来てる……」
「魔獣か?」
「ワタシの咆哮を聞いて、確かめてやろうなんてバカな獣はいないわよ」
先ほどの竜の咆哮は、おそらくこの周辺一帯に響いたはずだ。
「それを無視してくるなら、人間か、それに近い亜人じゃないかしら」
「ふむ……。あんたのお仲間か?」
ソウヤが青年に問う。だが彼は黙っていた。答える気がないか、あるいは彼でもわからないか。
「今から離れても遅いかな……」
「そう思うなら、立ち去れ。俺が何とかする」
青年は言った。――なるほど、心当たりはあるわけだ。
「ひとつ聞かせてくれ」
ソウヤは、青年を見据えた。
「あんたは悪い奴か?」
言葉の意味がとっさに理解できなかったのだろう。彼は、ソウヤの顔をまじまじと見た。そして数秒の間の後、青年の唇が動いた。
「ああ、俺は悪い奴だ」
「……違うな、あんたはいい奴だ」
ソウヤは、そう告げると彼の肩を叩いた。
本当に悪い奴は、身に危険が迫っている時に他人の身を案じたりはしない。見ず知らずの通行人を盾にして、自らの命を惜しんだはずだ。
そういう『いい奴』が、逃げろという相手が迫っている。ならば、やることはひとつだ。
・ ・ ・
その男たちは、茂みをかき分けてやってきた。
旅人を思わす外套やマント。狩人か、はたまた冒険者か。ひとりは弓、別のひとりはクロスボウ。他に三人がダガーなどの近接武器を携帯していた。
鋭い視線を投げかけ、警戒する。動きに無駄がなく、また静かだった。
――なるほど、こいつら、只者じゃねえな。
ソウヤは街道脇の林のそばに穴を掘っていた。セイジが遺体を並べていて、ミストがやってきた者たちを見張るように睨んでいる。
「何者だ?」
弓とクロスボウが、こちらに向けられた。ソウヤはスコップで掘るのをやめて、穴からそれらを見上げた。
「通りすがりの商人だ。そういうおたくらは何者だ?」
「冒険者だ」
「そうかい。冒険者ってのは商人に、武器を向けるものなのかい?」
「……すまないな」
ソウヤと話していた男が合図すると、弓とクロスボウを持った男たちが武器を下げた。
「ここで何をしている?」
「見ての通りだよ。ここを通りかかったら遺体があったんでな。このままじゃ獣の餌になっちまうから、埋めてあげようってお節介焼いてるところ」
男たちは警戒感を露わに顔を見合わせる。リーダーと思しき、先ほどから話している男が「そうか」と頷いた。
「俺たちはある化け物を追っている。たぶん、そこの死体になった連中をやった奴だろう。ここに来た時、見ていないか?」
「いんや、見ていないね。オレらが来た時には、死体しかなかったよ。……へえ、化け物ねぇ、それってどんな奴なんだい?」
「獣人らしい。が、少々特殊な個体だ」
「特殊……?」
「人間に化けるって話だ」
「人間に……?」
ソウヤは眉間にしわを寄せる。
「そりゃあ、特殊だ」
あの青年が、人間に化けた獣人だった説。服がなかったのは、変身したら体格が変わるからとかだったりするのか? 正体について納得しかけるソウヤ。
「……何か心当たりが?」
じっと、リーダーらしき男が見つめてくる。少々間ができたのが、こっちが何か知っていると感づかれたか。ここで慌てて否定しても怪しまれるか。
「なあ、その人間に化けるってのは、どんな姿かわかるかい?」
「何か見たのか?」
「ここの死体を見つける少し前、背が高めの男が去って行くのが見えたんだ。旅人かなって思ったんだけど……ひょっとして」
男たちが再度、顔を見合わせた。リーダーらしき男は言った。
「そいつはどっちへ行った?」
「あっちだ。王都方面」
「ありがたい。恩に着る」
行くぞ、とリーダーらしき男は仲間たちと共に街道を小走りに進む。ソウヤは肩にスコップを担ぎながら、口を曲げる。
「おいおい、手伝ってくれねえのかよ……。なんてな」
穴から出て、座るソウヤ。駆けていく男たちの小さくなっていく背中を見やる。
「何やら追っ手がついてるみたいだが、話を聞かせてもらえるか?」
そう言うと、ソウヤはアイテムボックスにしまっていた青年を表に出した。




