第83話、魔法トレーニングの風景
「いい、セイジ。魔力というのは、至るところにあるものなの」
朝の静謐な空気の中、ミストは、大自然の雄大さを表現するように両手を広げた。
「この魔力という存在を意識することが、いわゆる魔法と呼ばれる類いの力を使いこなすためには必要なのよ」
ミスト先生の話をセイジは、真剣に聞いている。彼はいつも真面目だ。
ソウヤは朝食の準備をしていると、テントからソフィアが顔を覗かせた。
「おはよう」
声をかけると、寝ぼけ眼をこすりながら、ソフィアが出てきた。
「……もう朝?」
「昨日はゆっくり寝られたか?」
「……うーん、微妙」
彼女は、その赤く長い髪を撫でつける。鏡ある?と聞かれたので、プトーコス雑貨店から仕入れた手鏡を貸してやる。ついでに桶に魔石水筒の水を注いでやる。洗顔用だ。寝癖がチョコチョコと立っているのが目立った。
「それで――」
ソフィアは、ミストとセイジを見た。
「何をしているの?」
「魔法の練習」
「魔法ですって?」
ソフィアの形よい眉が、ピクリと動いた。
「彼女、魔法が使えるの? ひょっとして魔術師?」
「魔法戦士ってことになってるな」
冒険者ギルドには、そう登録されている。実際は霧竜なのだが。
「ふーん……」
腕を組んで、魔法講義の様子を見やるソフィア。ソウヤは聞いた。
「興味あるか? よその魔法は」
「え? え、ええ……まあね」
虚を衝かれたような反応が返ってきた。
――そう言えばこの娘、魔法が使えないかもしれないんだっけか。
初対面の時のミストの思わせぶりな発言。盗賊と遭遇時のソフィアの言動。振り返ってみれば、魔術師スタイルなのに彼女が魔法を使っているところを見ていない。
――まあ、魔術師と言っても、色々いるからなぁ。
使える魔法も、人それぞれ。今回一緒にいる間、彼女が使える魔法を使う機会がなかっただけ、という可能性もある。
深く突っ込んだら、また反抗的態度を取られそうなので黙っておく。触らぬ神に祟りなし、である。
「あのセイジって、魔術師なの?」
ソフィアが聞いてきた。
「いや、戦士――ライトウォリアー、ポーター……まあ、魔法使い系ではないな」
「でも魔法を教わっているということは、素質があるってことよね?」
「どうかな。でも本人は使えるようになりたいらしい」
「は? 使えるようにって……。そりゃ使えればって誰だって思うでしょうけど」
ソフィアの表情が明らかに曇る。
「魔法は血筋とか、素質が特に重要なのよ! 素質も才能もないのに教わっても意味がないわ!」
力説されてしまった。ソウヤは反応に困る。
勇者時代に、何人もの魔術師に会ったが、大体はソフィアが言っているようなことを口にしていた。つまり、それが魔法に関する一般的な考え方ということだ。
だが、ミスト――ドラゴンから言わせれば、そうではないということだろう。
「素質うんぬんは知らないが、あのミストが教えているんだから、使えるんじゃないか」
彼女、無駄なことを嫌うところがある。案外、セイジには、魔法の素質や才能があるのかもしれない。
とか言っている間に、セイジが手のひらに火を発生させた。
――おおっ、魔法を使った!
「やりました!」
セイジが声を弾ませた。ミストは自身の手を当て微笑む。
「ね、簡単でしょ?」
「はい! ……あ、消えた」
セイジの手から火が消えた。ミストは
「周りの魔力が尽きたのね。でも大気は循環するから、またすぐつける。ただ魔力を持続させられないなら、起こした火はすぐに燃える物に移したほうがいいわね」
……どうやら、まだ生活魔法レベルのようだ。魔法使いとしては序の口というべきか、戦闘に耐えうるものではない。
「火を飛ばすとか、とかく火属性の技は、結局のところ、手のひら火の玉の派生でしかないのよ。それができるなら、あとは制御次第。魔力の存在を意識して、それを支配すれば、大抵のことはできるものよ」
ミスト先生は、さも簡単なものだと言ってのける。そのわかりやすい言葉を受けて、セイジはペコリと頭を下げた。
「ありがとうございます! 練習します!」
うむ、と満足そうなミストは、ソウヤの方へ向き直った。
「ソウヤ、朝ご飯! できているかしら?」
「おう、できてるぞ」
楽しい朝食の時間といこう。本日は、ミストの希望である醤油たっぷりの魔獣肉焼きにご飯の合わせ技――焼き肉丼だ。
昨晩はついつい新メニューを口走ったために、さっそく作らされた格好である。ただ肉ばかりなのは、いただけないのでサラダと果物で彩る。
四人で食事。朝から丼モノにもかかわらず、ミストは「美味い美味い」と言って食べていた。セイジも魔法のトレーニングをしたせいか、ガッツリいっている。
一方で、ソフィアは難しい顔をしている。
「口に合わなかったか?」
「いえ、美味しいわ、ありがとう」
お礼を言われてしまった。彼女にしては意外な反応だ。しかし、どこか他に意識がいって、食べるほうに集中していないように、ソウヤの目には映った。
朝から丼モノは……というわけではない。ソフィアの視線は、ミストと、セイジを交互に向けられる。
見事な食べっぷりを見ている、というわけではないのは、彼女の表情を見ればわかる。何度か口を開きかけ、しかし黙ってしまうところからして、言葉にする勇気が中々つかないのだろう。
朝の一連の行動を見ていれば、十中八九、魔法の話題だろう。本来なら、魔術師だろうソフィアなら積極的に絡める話題のはずなのに、躊躇っているのは何故なのか?
――魔法が使えないから、か……?
頭からつま先まで魔術師ですとスタイルが主張している反面、実は魔法が使えないんです――何度かソウヤが想像したやつ。
魔法が使えないのに、魔法の話題を出して、深く突っ込まれたら答えられない、とか、本当は自分も魔法のことを聞きたいのに、プライドが邪魔して聞けない、とか。
――助け船を出してやるべきか……?
ソウヤは「おかわり!」を要求するミストに三杯目を準備しながら思った。
――……このミストさんが、それをネタにソフィアを煽る未来が見える……!
ここは、本人の問題なのだから黙っておこう。案外、ソフィアは別のことを考えているかもしれない。勘違いで状況を混乱させるのはよろしくない。
ソウヤは「四杯目のおかわりはないぞ」と釘を刺して、ミストに焼き肉丼を渡した。セイジも二杯食べ、ソフィアは一杯だけだが、フルーツのほうを食べた。
食事の後は、王都へ向かって出発だ!




