後日談180話、指導者ビィルのあがき
『あいつらはバカなのか!?』
黒の結社の指導者ビィルは、頭を抱えたまま蹲っていた。勇者が蹴飛ばしただろう扉の下、その傾いた金属板の下に隠れているのだ。
幹部四人は、侵入してきた勇者ソウヤに対して魔法を使って攻撃しているが……。
『お前たちでどうにかできるわけがないだろう! 相手はッ、勇者なんだぞっ!』
ビィルは心の中で叫ぶ。
相手はかの魔王と戦い、そして生きていた男だ。魔族はそれ自体が人間を上回る。それが悔しくて、魔族を凌駕する力を得ようと赤、そして黒の結社は能力開発と発掘を行ってきた。
ただでさえ強い魔族の頂点である魔王である。その力は天変地異にも匹敵するものに違いない。
もちろんこれはビィルの誇大妄想であるのだが、彼の中では、超絶な力を持った魔王と互角以上に戦う勇者が人間とはとても思えなかった。
そんな人間の姿をした人間ではない存在に、たかが人が太刀打ちできるわけがない! ワイスもミソスも、シャールもグナーも、どうして勇者と戦えると思っているのか。これがさっぱりわからなかった。
『愚か者めッ! 実力差もわからないのか!?』
ビィルは内心で吐き捨てるが、彼とてソウヤの力を正確には計れているわけでもない。ただ途方もなく強い、いやそうに違いないくらいしかわかっていない。
正確さ云々はともかく、隔絶した勇者の強さを一番実感していたのは、ビィルだったというのはある意味皮肉だったかもしれない。
今までも様々なところに手を出して、力の探求をしてきた。他を圧倒する力、それを求めて必要と見れば手段は選ばなかった。
清純なる力で威力を発揮する魔法武器を手にいれれば、その力を発揮するためのエネルギーを得るために、子供13人を生贄にした。
血を欲する剣を入手した時は、集落一つを滅ぼし、そこの住人すべての血を吸わせた。
不可解な連続殺人――もちろん黒の結社の仕業だが、それを討伐しにきた冒険者パーティーを返り討ちにして、悪魔やアンデッド化し従える実験もした。
どれもこれも、ちょっとは強くなった。人間の尺度からすれば、まあ強かった。だがそれで魔王が倒せるとは思えず、絶対的な力と呼ぶにはまだ弱かった。
『すべて台無しだ!』
ここまでやってきた苦労も何も報われないまま、赤の結社を滅ぼした勇者が、今ここに現れ黒の結社を破壊しようとしている。
全てが無駄になる。何年もやってきた研究と実験、その成功も失敗も何もかもが無意味なものとなるだろう。俗人は、黒の結社のやってきた研究を正しく見ようともしない。後に残してもそれを引き継ぐ者もいない。つまり意味がない。黒の結社のやったことが世界の中で消え去ってしまうのだ。
ビィルは、ポケットから液体の入った筒を取り出す。
黒の結社の研究成果の一つ、超覚醒液。人間の持つ力を数十倍に拡大させ、スーパーヒューマンを作り出す魔法の薬だ。
『こんなもので……』
ビィルの手は震える。
長所に目を向ければ、それは素晴らしい。だが彼は知っている。この薬の持続時間の短さと圧倒的な短所を。
意識を保っていられるのは最初だけ。肉体は化け物のように拡張、変化する。確かに力を含め、あらゆる能力が超パワーアップする。だが肉体がその強化に耐えきれず、血管は裂け、神経は痛みに支配され、肉体は弾ける。
これは欠陥品だ。一度使えば、後は自爆するまでの命。ただの自殺する薬だ。追い詰められた馬鹿な悪党が、目の前の窮地に後先考えずに使って、惨たらしく自滅していく類いの藥だ。
こんなものを自分に打つなど、究極の馬鹿がすることだ。人間を捨て、怪物になったところで、魔王を倒すような勇者の前ではちょっと強いモンスターに過ぎない。追い詰められて頭がおかしくなった奴しか使わない。
『だが、ボクは違う!』
ビィルが言い聞かせたところで、突然背後に凄まじいプレッシャーを感じた。竜の威圧――ミストが幹部たちを脅したのだ。
「ひっ!?」
思わず声に出てしまった。背筋を凍らせ、ただでさえ鼓動が過多な心臓をさらに酷使させるような動悸を引き起こす。
「あら、そこにまだいるの?」
気づかれた。斜めっている扉の陰に隠れていたビィルだが、その扉がどけられたせいで、ソウヤとミストの視界に入ってしまう。
「こいつも幹部?」
「かもな」
ソウヤはミストに返した。大剣を片手に、彼はビィルに手を伸ばす。
『捕まる! いや、これはチャンスだ!』
ビィルは勇者の手に捕まる寸前、持っていた筒、超覚醒液をその腕に押しつけた。
「くたばれぇっ!!!」
ビィルは吠えた。限界を超えた力で肉体を破壊し最後には自壊する欠陥品。自分に使う奴は馬鹿。ならば他人に使えばいいのだ。
「はーはっはっはっ!」
ビィルはソウヤに掴まれていたが大笑いした。やった、やってやったぞ――勇者は欠陥品の薬によって死ぬ。赤の結社の敵討ち、黒の結社でやってきたことが無駄でなかったことの証だ。
追い詰められた彼の目には、ソウヤ以外のものは見えていなかった。次の瞬間、ミストに刺されていたとしても気づかなかったかもしれない。幸い、刺されることはなかったが、やってきたのはソウヤによって力強く握られ、腕が悲鳴を上げたことか。
「痛い痛い痛いっ!」
「ああ、すまない。いきなり何か刺してきたから反射で握ってしまった」
「ふざけるなっ! ああ、腕の骨が折れてしまったぞ、この馬鹿力めっ!」
ビィルは叫んだ。しかし先ほどまで抱いていた恐怖はない。ある意味感覚が麻痺してしまったのかもしれない。だが超覚醒液は打ち込んだ。この憎い勇者は醜い化け物になって、そしてその後、死ぬ!
「ところで、いったい何を打ったんだ?」
ソウヤが不思議そうな顔をしているので、勝ち誇ったビィルは壮絶な笑みを浮かべた。
「我が結社が作り出した超覚醒液だ! 人間の力を数十倍に高める秘薬だ!」
「数十倍……」
「だがそれと引き換えに、拡大した力に体が耐えきれず中から吹き飛ぶ! お前は化け物になって力を実感する! だがすぐに何もかもわからなくなって惨たらしく死んでいくんだ! ざまあみろぉっ!」
「……そうなのか?」
ソウヤはケロッとしている。
「これ、本当に効いてる?」
「え……?」
ビィルは絶句した。
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