後日談177話、震える幹部
「どうする!? どうするのだ!?」
「どうすると言われても……」
黒の結社の地下拠点の最深部。幹部用の避難壕。こちらに逃げ込んだ結社の幹部は五人。
最年長ながら最年長に見えない指導者であるビィルは、落ち着きがなかった。三十代の外見、普段から堂々と、しかしスマートな立ち振る舞いは結社における輝ける星であった。しかしその仮面は崩れ、頭を抱えている。
「勇者だ……! 勇者がボクらを殺しにきたんだ!」
ビィルは、赤の結社時代の生き残りである。勇者ソウヤの制裁、赤の結社が文字通り真っ赤な血の海になった時も、その場を目撃している。
過去のトラウマが、ビィルの心を締め付け、その呼吸は酸素を求めて荒くなる。
「おしまいだァ……! ヤツが全てを破壊するんだッ……!」
「外にいる者たちが勇者を返り討ちにしますぞ」
女性幹部のミソスが、宥めるように言った。
「お気を確かに。ビィル様」
「無駄なんだよっ! 結社の人間が、勇者に勝てるわけがないじゃないかッ!」
喚くビィル。外見通りの老いた風貌の幹部、ワイスが口を開く。
「左様。魔王を討ち果たすほどの勇者。奇襲ならともかく、正面から挑まれて勝てるはずがない」
きっぱりとしたその口調。落ち着き払っているが、実質の死刑宣告に、ビィルはさらにみっともない悲鳴を上げた。
「いったい誰だよ!? あの勇者を暗殺しようなんて言い出したのは!?
「……」
誰が言い出しっぺだったのか、幹部たちは顔を見合わせる。確か、オイユとかいう魔術師が、ガラガランダ伯爵邸に勇者ソウヤが現れたというのが発端となり……。
「そういえば、我々幹部会が対応どうこうする以前に、暗殺者がすでに放たれていたような」
ワイスが一同を見回す。
「シャール」
「私ではありませんな」
長髪の中年――表世界では子爵の身分にある貴族は、視線を隣に移した。
「グナー、貴様ではないか?」
「いいえ、違います」
グナーと呼ばれた聖職者――実は黒の結社構成員だったその女性は首を横に振った。
「わたしも、話を聞いた時はすでに。……そういえばここにいないトルメンタ卿は何処にいらっしゃるので?」
「逃げ遅れたか」
シャールの言葉に、ミソスが言った。
「二、三時間前にここを離れたのではなかったかしら? 何か急用ができたとか――」
「急用? 何だそれは?」
ワイスが確認するが、ミソスは首を横に振る。
「いいえ、知りませんよ。どこに何をしに行ったかなんて」
「運のいい男だ。肝心の時に居合わせないとは!」
幹部たちはため息をつく。警戒すべき存在である勇者の襲撃を運良く逃れた者がいる。自分も一時間前にでも何か外に用事があって席を外していれば……などと考えてしまう。
「あいつ、逃げやがったっ!」
ビィルがヒステリックな笑みを浮かべながら声を荒らげた。
「そうだ、あいつは全てを知っていたんだ! 急用? そんなものはない! ここに勇者が来ることを予想していたんだ! だからここにいないんだよ!」
「まさか……」
ミソスが絶句する。
「そんな都合よく勇者の襲撃を予想することなど――」
「わからないのか! 暗殺者を差し向けたのがあいつの仕業だとすれば、この一件も辻褄が合うんだ!」
「どういうことです!?」
シャールが席を立つ。ビィルは頭を抱えたまま睨んだ。
「知らないよっ! だが暗殺者を差し向けたのが私でもお前たちでもないなら、残るはあいつだけだ! 下っ端連中が私たちの許可もなく、勇者を勝手に暗殺しようとするか!? しないだろう!」
いや、どうだろうか――ワイスは、ビィルの意見についてとっさに反論がよぎってしまった。
赤の結社の血の惨劇を知っていれば、勇者ソウヤというだけで報復、殺害しようと動く者が組織にいないと断言できない。
ビィルは冷静な判断力を失っている。しかし今回の件について、ここにいないトルメンタが怪しく見えてくるのも事実である。
誰が差し向けたかわからない暗殺者。勇者襲撃時にタイミングよくいないという状況。偶然で片付けるには少々無理があるのではないか。
ドーン、と凄まじい轟音が避難壕に響いた。
「ひっ!?」
ビィルが机の下に飛び込む。これにはさすがに呆れ顔になるミソス。グナーが冷や汗をたっぷりかきながら不安そうに辺りを見回す。
「い、今の音は――」
「像の間あたりだろう」
ワイスは言った。自動ゴーレム、ガーゴイルなどの魔法生物が複数置いてある部屋で、最終防衛線ともいうべきトラップルームである。いよいよ、勇者が近づいてきたのだ。
「人形どもに、勇者の相手が務まりますかな?」
シャールが不安そうに天井を見上げる。
すでにガルビュータを差し向けたが、それがまったく機能している素振りも感じられない時点で、お察しではあった。
ワイスは黙っていたが、ガルビュータはすでにやられ、道中の実験室のモンスターも勇者ソウヤは突破しただろう。
直接見ずとも、勇者の怒りを感じるようだ。立て続けに聞こえてくる轟音に、ワイスは薄く笑みを浮かべる。もはや諦めの境地である。
・ ・ ・
何とも気分の悪いものだ――ソウヤは途中に見かけた実験室の光景に心底腹を立てていた。
モンスターをけしかけた構成員の言葉――人の味を教えるためにさらった子供を食わせた、というそれは、怒りという名の火に油を注ぐ結果となった。
外道構成員を潰し、モンスターにも引導を渡し、ガーゴイルや魔法人形をスクラップに変えて、ソウヤとミストは避難壕の前まで辿り着いた。
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