後日談163話、追いかける人
贔屓にしている取引先の玄関口が壊れていて、何やら荒事があったと察した時の心境は、筆舌に尽くしがたい。
そう銀の翼商会のセイジは思う。昔、訪ねたら揉め事の真っ最中で大変だったことがあったと思い出す。
――あれは確か……。
タルボットの醤油蔵。もう三年以上前。元勇者のソウヤがいて、ミストドラゴンのミストがいて、悪質な金貸し業者にブチ切れて返り討ちにしたのだったか。
ソウヤたちのことを思い出すと懐かしくなり、また同時に寂しくなる。三年前の魔王との戦いで、ついに帰ってこなかった。
「……っと! それどころじゃない!」
セイジは、ロッシュヴァーグの武器工房に入る。敷地内はさほど荒れていない。破壊目的ではないように映り、そうならば強盗の類いかと見当をつける。
「ロッシュヴァーグさん、います!?」
「お、おう、セイジか!」
工房の手前の休憩所に、ドワーフのロッシュヴァーグとその弟子がいた。予想していなかったセイジの登場に困惑する二人。
「ロッシュヴァーグさん、怪我を!?」
「おう、かすり傷じゃわい。弟子が大げさに包帯を巻いただけじゃ」
親方の言葉に、苦笑する弟子。セイジは問うた。
「いったい何があったんですか!?」
「物取りじゃな。貴重な鉱物があると知って、そいつを盗んでいきおった」
フンと鼻をならすロッシュヴァーグ。思い出したらムカムカしてきたのだ。
「その貴重な鉱物って――」
「……」
「バァ金属とか?」
「知っておるのか!?」
「親方!」
ロッシュヴァーグが驚く横で、弟子が口にしては駄目と言わんばかりに首を横に振った。だがロッシュヴァーグは気にしない。
「わしとセイジの仲じゃ、構わん構わん。こいつを信用できんようなら他の人類全部信用できんわい」
真面目さと誠実さにかけては、セイジのことを高く評価しているロッシュヴァーグである。
「で、セイジ。どうしてバァ金属のことを知っておる?」
「銀の翼商会でお客様から話を聞いたんですよ」
セイジは答えた。
「何でも幻と言われた金属が、それなりの量が見つかったとか、そういう噂ですけど」
銀の翼商会は行商で、取り扱っている幅が実に広い。だからこそ、それを持っているか、あるいは心当たりがないか問い合わせがくることは、よくある話であった。
「なるほどのぅ、銀の翼商会なら話が行くのも自然か」
ロッシュヴァーグは弟子を睨むように見た。
「わしらのうっかりで、ずいぶんと噂が広まっておったんじゃな」
「そうみたいですね」
弟子もやれやれと首を振った。
「ということはじゃ、セイジ。お主もバァ金属について、わしのところに相談にきた、というところかの?」
「一応、もしあれば買えないか、それか出所の情報とか、顧客の守秘義務に引っかからない部分で情報を窺えれば……と思ってきたんですけど」
そこでセイジは微妙な表情を浮かべた。ロッシュヴァーグは眉をひそめる。
「どうした?」
「こういう時に言うのは空気が読めないと思われそうなんで恐縮なんですが……。子供が生まれました」
「お主の?」
はい、と頷くセイジ。ロッシュヴァーグのずっと厳めしかった顔に笑みを浮かぶ。
「そういえばソフィアが身籠もって、そろそろじゃったのぅ。そうかそうか、生まれたのか! これはめでたい! おめでとう」
「ありがとうございます」
セイジは頭を下げた。
「でも、すいません。こういう時に」
「いや、少し慰められたわい。あー、それと盗まれたバァ金属のことじゃが、もうわしは心配しとらん。近いうちに戻ってくるじゃろう」
「そうなんですか?」
セイジは意外そうな顔になる。
「もう王都の警備隊が動いているとか?」
エンネア王国の王都軍でも世話になっている武器工房である。そこで強盗があったとあれば、お上も本腰を入れるに違いない。
しかも貴重な鉱物、鉱石ともなれば、ただの泥棒ではなく、他国からの刺客、国が出張ってくるレベルの事件かもしれなかった。
銀の翼商会にも貴重な鉱物の噂が流れてくる程度だから、界隈では有名な話ともなれば他国に情報が伝わっている可能性も否定できない。
「え、ああ、うん……。そうじゃのう――」
ロッシュヴァーグはあからさまに視線を逸らし、ドワーフ自慢の顎髭を撫でつけた。この反応に、セイジは勘づく。
――これは、何か隠しているな。
動いているのは王都の犯罪対策をしている部署ではなくて、もっと大きなところがかかわっているのではないか。
それこそ公言するのも憚れるところ……。エンネア王国の諜報機関とか、あるいは国の指示で動く暗殺組織とか。
――これは本当に大事なのかもしれない。
・ ・ ・
「ここを通ったのか……」
フード付きのマントで顔を隠したソウヤは、王都の一角にある民家らしき建物を見上げた。
窓は閉められ、中の様子を窺い知ることはできない。人の気配も感じない。ロッシュヴァーグの工房からバァ金属を盗んだ連中は、この建物に逃げ込み、そして。
「地下へ降りた」
ソウヤはドアを開けようとするが、内側からロックがかけられていた。ちょいと力を入れれば、金属の器具ごと扉が外れた。
中に誰もいないのは魔力でわかっているので、ソウヤは扉を脇に置くと建物の中に侵入した。
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