後日談145話、刃と刃
剣と爪がぶつかる。
ガルのミスリルの剣と、ブルハの爪。その勢いは時間と共に増し、速度もまた速くなった。
金属のぶつかる音は、その間隔が短くなっていく。速さに自信があるガルだが、ブルハもまた野生の獣じみて速い。
――玉座にふんぞり返って、衰えているかと思ったが。
ガルは、命を刈る爪を避ける。
――魔王が死んで三年。どうやら鈍っていなかったらしい……。
「フン!」
振り下ろされた爪の一撃は、石材でできた床をも穿つ。それで折れない爪の強度は鋼鉄以上か。
「爪に魔力を纏わせているんだな……」
ただ硬いだけの爪で、この威力はない。魔法の力が上乗せになっての破壊力だろう。
――受けるのは、そろそろヤバくなってきた。
ガルはブルハの攻撃を避けつつ、カウンターを仕掛ける。しかしブルハもまた素早く爪で迎撃する。両手がそれぞれ使えるから、片方が攻撃、もう片方で防御ができるのだ。
しかし。
――こいつが冷静であるようには見えないが……。
ブルハは猛り狂っていた。獰猛なる魔獣の如く。
――サキュバスというガラではないんだ、このやりようは。
魔王のことは禁句だったのかもしれない。もしかしたらブルハは、魔王と男女の関係にあったのだろうか。
空気すら刃となりつつある攻撃を、ガルは躱し、冷静にブルハを見据える。
あの澄ました表情は、今の彼女にはない。怒り、憎悪。目の前の敵を八つ裂きにしてやるという強い殺意が見える。
――いいぞ、もっと感情を出せ。
怒れ、悔しがれ。生の感情を醜く露わにしろ。
爪が空を切る。直撃すれば腕や足が軽く切断されてしまいそうだ。回避についても、そろそろ限界だ。何とか凌いでいるガルだが、ブルハの速さは追従するのも難しい領域に入ってきた。
これが魔王軍の幹部。サキュバス・クイーン。ただの色情魔ではない。
だがガルは、口元に笑みを浮かべる。
――どうした? そんなものか?
ブルハの顔を見る。彼女は歯を剥き出し、さらに怒りのボルテージを上げた。
「たかだか人間相手に、攻撃が届かないのはどんな気分だ? サキュバス・クイーンさんよ」
ガルは煽る。自分とて有利ではない。むしろ攻めあぐねている。
もう少し魔法の腕があれば、まだ攻撃をねじ込めたかもしれないが、魔法を使おうとすれば、おそらく回避が間に合わなくなる。
そして一撃を食らえば、それが致命傷となるだろう。皮一枚。防具に頼るのは無理と見立てる。
――あいつは、おれが魔法を使えるとは知らない。
勝機を見いだすなら、そこだろう。中途半端に使えば、以後通用しない。ブルハの動きを見れば、彼女が幹部の座にあぐらをかいているタイプでないことがわかる。
認めよう。ブルハは強い。
冷静にさせたら、おそらく人間と魔族のスペック差で負ける。
「意外に動けるもんだな。夜な夜な、魔王のいない穴を、人間で埋めてるあばずれだと思ったが」
「ッ!?」
ブルハの大ぶりの攻撃。滑り込んで回避。すれ違いざまに、足へ斬りつける。が、ブルハはジャンプして避けた。
「人間相手じゃ、さぞ物足りなかったんじゃないか? いや、それで満足してしまったのか? ずいぶんと安い女王様だ」
「挑発のつもりかぁーっ!!」
飛びかかるブルハ。ガルは転がりながら、床をえぐる斬撃を回避。勢いで立ち上がり、懐に忍ばせた鉄針を投擲する。
ブルハは上体を逸らして、鉄針を胸の先で躱した。間一髪。胸が大きいのも考えものだ。
「お前に、お前如きーっ!」
「どうした? さっきから大したことは言っていないぜ?」
あまり挑発は得意ではないと思っているガルだが、今のところ、ブルハの怒りの火に油を注ぐことはできているようだ。
「魔王とヤる時は、どんなんだったんだ、女王様? 澄ました顔で魔王を手玉にとったか? それとも今のように感情をむき出しで貪ったのか?」
「黙れぇぇっ!」
大ぶりの爪の振り回し。それで届く距離ではない、と油断すれば、かまいたちにも似た魔法の刃がガルを切り裂いていただろう。魔力の流れを見ることができるガルは、見えない刃にも対応してみせた。
「どっちが上だ? 魔王を上から踏みつけたりしたのか? え、女王さんよ」
「があああああっ!」
一直線にブルハは突っ込んできた。ガルはほくそ笑む。先ほど飛び込んできた時と同じパターン。やるならここだ。
「ライト!」
短詠唱。ガルを引き裂かんと目を見開き猛進してきたブルハの眼前で、閃光の魔法を使った。
「ぐっ!?」
いわゆる目くらまし。これがガルにとって一番隙も準備もいらない簡素な魔法。だがそれでいい。
ブルハは、そんな魔法を使われるとはまったく想定していなかったに違いない。敵の前で立ち止まるのが如何に危険であるか――教えてやる!
ガルはミスリル剣でブルハの体を切った。まず一撃。浅い。踏み込みを察して、一瞬後ろに引いたのか。構わない、畳みかける。
剣を振る!
「あぐっ!?」
ブルハがとっさに出した腕を切りつける。胴を狙ったのだが、目くらましで怯みながらも彼女は致命傷を避けようと、剣の先で踊っている。本能か勘か、どちらでも構わない。
ガルは剣で突く。ブルハは、脇の下の間に通して刺突を避けた。爪は使えないが、組み付ける距離。見えないながら彼女はそこに状況打破の光を見いだした。
が――
「胸がガラ空きだ」
忍ばせたダガーで、ブルハの胸を突き刺した。
「ギャッ!?」
しかし刃の小さなダガーだ。致命傷ではない。だが。
「痛いよな。そうとも、痛いものは痛い」
今こそ復讐の時。痛みを知れ!
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