後日談142話、除霊魔法
ゴーストは、負の魔力の塊。
死に際に発した怒り、絶望の感情が魔力に乗って、具現化する。闇属性の魔法にありがちな、霊や呪いの類い、それらも根本を辿れば、ゴーストに近しいものかもしれない。
「……というのが、私の意見なのだがね」
ジンは、ゴースト・シュストペンの周りに魔力の壁を張った。それは虹色の幕のようでもあり、ソウヤの目でも見ることができた。というより、見えるようにしてくれたのだろう。
「ゴーストを閉じ込める檻ってことか。……しかし、ちょっと範囲が広くね?」
目で見えるシュストペンの大きさに対して、ジンの張った魔法の壁はオーバーなくらい大きい。もっと小さくしたほうが、魔力の節約にもなるし、動きを封じられるのではないか。
「ソウヤ、君ももう少し魔力の目で見る習慣をつけたほうがいいと思うよ」
老魔術師は、口調こそのんびりしていたが、その目は鋭い。
「あのゴーストの範囲は、見た目以上に広い。目に見えないガスのように、辺りに広がっている。幽霊に物理攻撃は効きにくいが、魔法武器だからと安易に踏み込めば、知らずに相手の体に飛び込んでいることになるぞ」
「つまり、リーチを見誤るタイプってことね」
ソウヤは、魔力の目を用いる。アースドラゴンより授かりし力。とはいえ、元々戦士であるソウヤは、この力を頻繁に使うことはなかった。魔力に色がつくというのは、色彩感覚が狂いそうで、あまり好きではないのだ。
「……うわっ、これは」
ジンの張った壁の近くまで、霧状に広がっているのが目の前のゴーストの本体なのだろう。
そして同時に、その暗い青に染まった魔力を見やり、ソウヤは背筋が凍るような気分になった。
何という冷たさ。触れただけで氷漬けにされてしまいそうと錯覚させるほどの青。そして深淵。闇の底へ通じていそうな『死』の感覚。
「爺さん、悪寒がしてきたような……」
「君の場合、耐性がないようだから、あまりじっくり見ないほうがいいかもしれない。魔力の目を切れ」
「……これが上級のゴーストって奴か。ヤベぇな」
ソウヤは呼吸を整える。ジンが顔をしかめた。
「残念なお知らせなんだがね、ソウヤ」
ジンの張っている魔力の虹色の壁が消えていく。
「このゴースト、魔力を取り込んでいる。魔法として発現した魔力は、基本反発するものなのだが、こいつはどうやら浸食できるようだ」
「つまり?」
「一カ所に固めて、やっつけるのが難しいということだ」
一撃で倒すのは難しい。ソウヤは知らないが、影竜がブレスでシュストペンを消滅させた時、実は体は半分以上残っていたのも、それが影響している。
「つまり、倒すのに多少時間がかかってしまうってこったな」
ソウヤは武器を構えた。
「だが物理攻撃は効かないんだろう? オレは根気強いから、殴って効くならいくらでもやるんだが」
「効率的とは言えないし、近づくとゴーストの呪いに飛び込むことになる。いくら半ドラゴンとはいえ、それはリスクが大きすぎる」
「じゃあ、どうするんだい、大先生?」
「除霊するのが一番なんだがね」
ターンアンデッド。神聖なる光によって、ゴーストを浄化し、不浄の者どもを焼き尽くす。
「あいにくと、私はエクソシストではないのでね」
すっと、シュストペンがソウヤに近づいた。魔力の目を展開して、見えない敵のリーチを観測。その範囲から後退する。
「くそっ、近づけないっていうなら、時間はかかるが魔法で削っていくしかねえってことだろう、爺さん! じゃあ、オレが囮をやってやるよ」
「強力な魔法が必要だね。半端な魔法は、おそらく吸収してしまうのではないかな? それこそ、ドラゴンのブレスのような威力が必要かもしれない」
「オレもあんまブレスは得意じゃないんだよな」
ソウヤはさらに後退し、シュストペンのタッチから離れる。
「オレが引きつけている間に、爺さん、頼むぜ!」
「仕方ない。ではやるとするか」
そういうとジンは、彼にしては珍しく呪文を詠唱しはじめた。普段、短詠唱か無詠唱にしている彼にしては珍しいことだ。ソウヤは違和感をおぼえたが、それだけ強力な魔法かもしれないと、シュストペンとの相手に集中する。
と、そこでシュストペンが向きを変えた。呪文詠唱を危険視したか、ジンへと向かい出したのだ。
「爺さん!」
声に出してやりとりしたのがいけなかったかもしれない。大きな魔法を使いますよ、という話を理解できる頭があるなら、ソウヤよりもジンを狙うのは当然の流れであった。
「ゴーストの頭を馬鹿にし過ぎたか……! 下がれ、爺さん!」
「いや、これでいい。――ターン・アンデッド!」
ジンに目前まで迫ったシュストペンが、神々しいまでの光を浴びた。それはもう逃げ場などないくらいに室内を満たし、ソウヤでさえ目を守るために瞼を閉じた。
だが聞いた。ゴーストの断末魔を。引き裂かれそうなほど耳障りな騒音じみた最期を。
「じ、爺さん……!」
「すまないね。敵を欺くにはまず味方からという」
ジンは素知らぬ顔だった。
「除霊魔法を使ったのか? ……使えないんじゃ――」
「使えないとは言っていないが?」
老魔術師は、皮肉げな顔になった。除霊師ではないとは言ったが除霊できないとは言っていないのである。
「使えると言ったら、あのゴーストは体の一部を切り離して保険にしただろう。一撃で確実に葬るために、ここに集めておく必要があったんだ」
「敵を欺くってのは、そういうことか……」
ソウヤは、ようやく戻ってきた視界に目を馴染ませる。予め目を閉じろと言ってくれていれば、とも思うが、敵に気取られないようにするためには仕方がなかった。下手したら失明していたかもしれないから、ソウヤとしては一つくらい文句を言ってもいい気もしたが、大人なので諦めた。
「あれだけやらないと、倒せないほどのゴーストだったわけだ……。あんたがいてくれてよかったよ、爺さん。オレとは相性最悪だっただろうからな」
先を行こう、とソウヤは促した。
魔王軍残党の幹部、シュストペン。撃破。
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