後日談119話、綺麗な月の晩に
宴会場を抜け出したナダは、久しぶりに城の庭をひとりでぶらついた。
帰ってから、やっと落ち着いて見て回れる。魔王軍の残党が、歩国の秘匿する竜玉を狙い、その企みを進める中では、ゆっくりする間もなかった。
「……ナギ、いるならば、出てきてはどうか?」
宴会に集中して、人がいない庭を眺めつつ、ナダは言った。しばしの間の後、忍びであるナギが姿を現した。
「気配を完全に消していたのですが……」
「うむ、私もわからなかった。だが、いると思っていた。よかった。恥ずかしい独り言で済んでしまわなくて」
からからと笑うナダである。
「まあ、付き合いは長いからな」
ナギはジト目になった。
「ここ最近まで、適当にぶらついていて、よく言えますね」
「……」
「四年近く会っていなかったのですが」
ナギは恨み節である。付き合いで言えば、ナダが武者修行と称して、歩国を出る以前からであるから、長いというのは間違ってはいない。
「しかし、今宵は宴会。楽しんできてよかったのだぞ?」
「若が、宴会場を抜け出す常習なのを知っていれば、おちおち休んでもおられません」
ナギは冷たく言うのである。これにはナダも苦笑である。
「私は、ああいう場は好きではないのだ」
皆でワイワイ酒を飲む場。自分が王子ではなく、そこにいる家臣やらに遠慮や配慮をしなくてもよかったのなら、そうはならなかった。
「若は、お酒大好きですもんね」
「……」
「飲み過ぎると、すぐ悪酔いしますもんね。とても、とてもだらしなくなりますもんね」
「……」
ナダはノーコメントである。世の中には、無礼講を、無礼講で楽しんではいけない人間がいる。ナダもその一人である。
銀の翼商会にいた頃は、羽目をはずし過ぎないようコントロールしながら飲んでいたが、実のところ、お酒は大好きであった。
「だが、今日はお前と飲みたかったんだ」
ナダは庭に差し込む月の光に目を細めた。
「久しぶりに帰ってきたのだ。このような日は、な――」
「素直に抱きたいといえば、よいではありませんか」
ナギは、呆れ混じりにそっぽを向いた。ナダは月を見上げる。
「そう言ってしまったら、主君と家臣の立場を利用して強要しているようではないか。私は、そういうのは好かん」
「面倒くさい性格ですね」
「……おかしいな。主君だからと強要するより、とてもまともな人間だと自分では思うのだが」
国によっては、王族や貴族、富豪など特権階級にある者が身分を盾に、好き勝手したり、自分の欲を押し通す例がごまんと存在する。
身分による押し付け、強制で泣く泣く従わされるというのは、珍しくもないことではあった。
もちろん、歩国の王族に限れば、そのようなことは基本ない。基本というのは、過去を見れば、王族の血の入った者がやらかした事例が記録に残っているからだ。白くあろうと思っても、汚点は残る。
「ええ、若は、そういうことは致しません」
ナギは、目を伏せる。
「しかし、部下の方からそれを求めることもできません。それでは、はしたないではありませんか」
「はしたないか」
ナダは、難しいものだ、と呟いた。
部下の方からモーションをかけるというのは、上司に取り入ろうとする、玉の輿を狙うのような、どこか卑しさを想像させるものなのかもしれない。
しかし、王族や貴族の世界などの婚姻は、実に打算的なものであり、男女の関係に打算のない付き合いなどあろうか、とも思ってもしまうのだ。
「ナギ」
「はい」
「お前は、私のことを好いているか?」
これまでの付き合い、主と従者の付き合いの中で、それを感じていて、事実、ここ最近では成長した彼女を抱きたいと思ったが、強要になるのではと結局、まだ触れてもいなかった。
「……」
返事がないので、ナダが視線を向ければ、ナギは真っ赤になって顔を背けていた。忍びがこうもわかりやすい反応をしていいのかと、ナダは思う。
「……狡いと思います」
絞り出すような声だった。ナダはわずかに首を傾げる。
「ズルいか」
「はい」
「そうか」
ナダは天を仰ぐ。月が綺麗だ。
「ナギは、清いのだな」
「……は、い?」
困惑するナギに構わず、ナダは言った。
「私は、一人の男として、お前と添い遂げたい。第三王子とか、主従とか、そういうものとは関係なく」
「何を言っているんですか!?」
ナギはビックリした。
「酔っているのですか!? もう酔っていらっしゃるのですかっ!?」
「酔った勢いで言えるか、こんなことっ!」
ナダは一喝する勢いで言うと、顔を赤らめつつ正面からナギを見据えた。
「この数年の旅で、私は王族という身分なしでも生きられると確信した。お前が欲しい!」
「ほ、欲しいとか、わたしはものではなくてですね……」
ナギはしどろもどろである。自分でも何を言っているのかわかっていない様子である。ナダは続けた。
「そもそも、私が旅に出た理由は、全ての外圧をはね除ける強さを得るためだ。お前と添い遂げる覚悟を身につけるために、旅に出たのだ!」
「そっ、そうだったんですかっ!?」
初耳であるナギである。もう耳の先まで真っ赤である。
「そうなのだ! もし、お前に他に好きな男子がおるのであれば、その時は身を引こう。だが私のことを好いてくれているのであれば、共に生きよう!」
ナダは言い切った。どこまでも真っ直ぐに。あわあわしていたナギだが、ナダが言葉を待っているのだと気づき、口を開こうとして、それに気づいた。
庭の様々なところから、城の兵や宴会場の家臣たち、国王と王妃、ソウヤやドラゴンたちが、二人のそれを見守っていることに。
「ひぃっ!?」
思わず悲鳴をあげるナギ。
宴会場の騒ぎすら上回るナダの一喝するような声のせいで、皆なにごとかと集まり、そして成り行きを見ていたのである。
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